第7話 愛犬たち(4)
この年になって気づいたこと。どうやら人生には、アドベンチャーゲームよろしくフラグがある。ある結果には、様々な原因があり、ある原因行動を除くと結果はおそらく発生しない。その原因行動がフラグである。なぜこの確信に至ったかは、別の話で述べたい。
福ちゃんの死の結果を導くフラグは、主に私が立ててしまった。
「買い物に行くけど付き合う?」
2012年1月21日、休日、午前中の勉強をしているとき、妻が聞いてきた。歩いて5分の、ショッピングモールにある食鮮館とダイソーに行きたいのだという。勉強の切りは悪い。最初は断ろうと思った。しかし、私はあることを思い出す。今日のチラシで、モール内のペットショップにタツノオトシゴが入荷したとあった。最後の受験機会だが、勉強は行き詰まり、神頼みでもしたい気分だった。辰年生まれの私にタツノオトシゴは力をくれる気がした。そこで付き合うことにした。
「福ちゃんは?」
私たちは福ちゃんを、時々買い物に連れていっていた。妻が買い物をしている間、食鮮館側の細い道路に面した入り口で待つ。車の通りも少なく、車を怖がる福ちゃんも落ち着ける場所だった。食鮮館とペットショップの組み合わせなら、いつもの待ち合わせ場所だが、今日はダイソーにも行く。反対のモール側の入り口は、駐車場に面し、人も車も多い。だが、抱っこしていれば大丈夫だ。私は福ちゃんを抱いて、モール側で待つことにした。いつものように妻が、福ちゃんにハーネスを着けて出かけた。
妻を食鮮館入り口で見送ると、待ち合わせ場所のモール口へ、福ちゃんを、いつもは途中まで歩かせるが、今日に限って抱きっぱなしだった。私は抱きながら大きくなったななどと呑気なことを考えていた。そのとき、後ろの親子連れの声が耳に入った。
「おかしいの。あのひと、犬を赤ちゃんみたいに抱っこしている。」
別に何ということはない幼稚園くらいの子供の言葉、しかし私の心に突き刺さった。私たちの結婚は遅く、私が30半ば、妻は40前だった。二人とも子供好きで、妻は子供をほしがった。自然にはできそうにないので不妊治療に通った。2年頑張ったが、私の精子が原因で出来なかった。不妊治療は女性が辛い。必死な妻に、最後は私が、もう止めようと言った。
妻は福ちゃんを娘として扱ったが、私はどこかで、犬は犬だと思っていた。いろんな思いが混じり、私はなぜか意地になった。福ちゃんは可愛い犬で、道を歩くと、知らない人もよく寄ってきた。後ろの親子に見せつけてやろうと、子供のような感傷に襲われた。
福ちゃんを、モールの入り口前で下した。食鮮館の店員さんが可愛いですねと言って寄ってきた。私は見たかという思いだった。おかしくも変でもない。福ちゃんは可愛いんだ。私は、ハーネスが緩んでいたのに気づかなかった。
多くの車に驚いたのか、下された福ちゃんは珍しく暴れた。あれあれと思っている間に、すぽんとハーネスが外れた。福ちゃんは、最初びっくりしたようだったが、大きく伸びをした。やっと自由になったというように。私は動揺を隠せなかった。よりによって、こんな車が多いところで、危険だ。早く何とかしなければ。私は刺激しないように、そーっと近寄って行った。
その時のことは、今でも鮮明に覚えている。
福ちゃんは、私を見てニカッと笑った。そして、本当に、ぺこりと一礼した。そのまま、踵を返すと全速力で大きい道路のほうへ走っていった。
車を、あれほど怖がっていたのに。
走ったが、とても、追いつけなかった。後姿の福ちゃんは、楽しそうに笑っているように見えた。角を速度を落とさず曲がった。そこで一瞬見失った。同じ角を曲がった私が見たのは、縁石に横たわる福ちゃんの姿だった。
急いで抱き上げた。顔は楽しそうに笑っていた。口から血がツーと垂れた。命が失われたのは明らかだった。私はおろおろと、福ちゃんを抱きながら、出したことのない大声で、そこらじゅうを、ばかやろーと叫びまわった。誰に?やはり自分にだったと思う。
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