第8話 愛犬たち(5)

 妻は気丈だった。女は土壇場になると男より強い。福ちゃんを抱え、おろおろする私に妻は言った。

「病院へいこう。」

 躾教室でお世話になっている病院にタクシーで走った。

タクシーの中で、妻はだらんとする福ちゃんを抱きながら、

「がんばれ、がんばれ。」

と祈るように言い続けた。私も祈るような気持だった。


福ちゃんは即死だった。

車が頭にぶつかったらしい。


 紙の棺に入って家に帰った。1歳2か月、別れるには早すぎた。

一晩寝ないで、ふたりで棺を囲んだ。

妻は最後の様子を聞きたがった。

私は手ぶり身振りを交え、一生懸命話した。

聞き終わった妻は、福ちゃんを優しく撫でながら、遠い目をして言った。


「最後は、思いっきり走ったんだ。」


翌日、お葬式をした。

ワーゲンの霊柩車は、空の色をしていた。

妻は火葬場に行きたくないという。

私も、妻のほうが心配だったので家に残った。

「福ちゃん、ありがとー。」

二人でわんわん泣きながら霊柩車を見送った。


福ちゃんは、小さな骨壺に入って家に帰ってきた。

妻は、そのうち故郷の島の海に散骨したいと言っていた。

エメラルドグリーンの海に。

その後も、新しい家族を迎えても、お骨はそのまま家にあった。

東京にも連れて行った。

妻は最後まで、福ちゃんを離しきれなかった。


死んだ犬は、虹の麓で主人をいつまでも待っているという。

いつか虹の麓で会えるその日まで

ありがとう、福ちゃん。

やすらかに



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