第6話 愛犬たち(3)

 今から思うと、別れのサインはいろいろ出ていた。あとで悔やむから後悔と言うが、結果が発生しないような注意は本当に難しい。

 2012年1月、私たちが、福ちゃんと暮らして一年が経過した。妻は二週間に一度、相変わらず抗がん剤を打ちに行く。再発防止のためとはいえ長いな、この時点でちゃんと確認すればよかったのに、仕事と試験勉強で忙しいのをいいことに、私は一緒に病院に行かなかった。真実を知るのが怖かっただけかもしれない。


 福ちゃんは1歳になった。親ばかだが、毛並みがきれいな、人が認める美しいポメラニアンになった。別れの3日前から、不思議な行動をするようになった。納まっていた噛み癖が、急に復活した。机の脚や畳をガジガジ齧る。注意されても、また隙を見て繰り返す。こんなことは今までも無かった。


 私が勉強をしていると、背中にぺたっと身体をくっつけて寝るのが好きだった福ちゃん。その日も、同じように背中に張り付いたと思ったら、すぐに、ぷぃとどこかに行ってしまった。珍しいなと思った。また勉強を始めたが、背中に違和感があった。濡れている。あわてて風呂場に走る私を見て、妻は大笑いした。福ちゃんも、笑っているように思えた。引き取った時から、シートにしか、おしっこしたことがない福ちゃんが、私におしっこをかけた。


 亡くなる前日の夜、サッシを前足でちょいちょいと引っ掻いて、ベランダに出たがった。今まで、こんなことをしたことがない。不思議に思いながら一緒にベランダに出ると、外は満天の星空。冬なので、とても綺麗だった。福ちゃんは、その空を見上げていた。犬でも星を見るんだな、そう思いながら、福ちゃんが中に入るまで、10分ほど一緒に星を見た。


 こういった行動のすべては、福ちゃんの、自分のことを忘れないでほしいといったサインに思えてならない。2012年1月21日の悲劇を思うとき、いつもこう感じる。

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