第4話 愛犬たち(1)

 犬と暮らすことに決めたのは、妻が二度目の癌の手術を終え退院して、ロースクールに通うため住んでいた西宮から、故郷の鹿児島へ引き上げる準備を始めた2010年の10月ごろだ。


 2009年9月大腸で発症し、12月ステージ4の末期と言われ、肝臓にも転移していた妻の癌は、その後の二度の手術と辛い抗がん剤治療で、奇跡的に完全に無くなっていた。ただ、高度の再発の恐れがあると告げられ、医学的治療は続けられた。

 家族として何かできることは無いかと調べたところ、体内の免疫力を上げることが鍵だと知った。しかし、この免疫力と言うやつ、どうやったら上がるか解明されていない。実は有名な丸山ワクチンも、様々な食餌療法も、体内の免疫力を上げる手段と言う意味では共通する。免疫力が高まると、人によっては笑って旅行しているうちに癌が消滅したりする。好きな音楽を聴くことで、癌を抑制したケースもある。

 不確かだが、家族にできるサポートは、病院を探すこと、治療費を稼ぐこと、精神的な支えになること以外はこれしかない。私は、なるだけ妻の好きなことを、自由にやってもらうことにした。妻は前々から犬を飼いたいと言っていた。司法試験に合格したならと、歯止めになっていたのは私だ。私から犬を飼おうと提案した。


 どんな犬が良い。


 私が小さい頃から慣れ親しんでいたのは秋田犬、四国犬などの室外犬だった。妻は若い頃、室内犬のポメラニアンを飼っており、飼うならポメが良いと言う。しかも、三毛の。

 妻はこのころ、ドラマ「猫タクシー」にはまっており、飼うなら幸せをくれる三毛猫のようなポメが良いと言った。そんなポメいるのか。ネットで調べまくったところ、トライカラーというレアな毛並みがあるらしい。しかし、扱っているところは、ペットショップもブリーダーも、ネットや電話であたりまくったが、無かった。どうやら、トライカラーと言う毛並み自体が普及していないため、3色でも2色のパーティと同じ扱いらしい。

 パーティカラーを目指して、ネットや実際に店舗を一件一件当たっていく、気の遠くなるような作業が待っていた。毎日、予定の勉強が終わると、妻に付き合って大阪や神戸のペットショップを回り、帰ってからは全国のブリーダーやペットショップをネットで検索し、問い合わせの電話をかける。努力を続けても結果は出なかった。

 ただ、妻がペットショップを回ること自体が楽しそうだったので、まぁいいかなこのままでも、と思っていた。


 2か月が過ぎたころ、大学院の友人たちとの自主ゼミから帰ると、妻が興奮して「いた。いた。」と言ってきた。豊中市の岡本にあるペットショップ、そこにいるポメがどう見ても三色だという。私には2色にしか見えなかったが、岡本まで付き合うことにした。

 岡本は、私たちが住んでいる甲東園から、阪急線を乗り継いで30分ほどのところにあった。件のペットショップで、ポメを確認すると茶白に黒が混じった紛れもない三色、生まれて2か月の小さな可愛い女の子だった。なんと、私たちがポメを探し出したころに生まれたことになる。運命を感じた私は、持ち金をはたいて手付けを打った。

 名残惜しそうにペットショップを後にする妻の肩に、ちらちらと粉雪が降ってきた。そうだ、今日は2010年12月24日、クリスマスイブだった。私たちへのクリスマスプレゼント、病気は大変だったが、これからどんどん良くなる。そんな気がしてきた。

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