第23話 儚い命を抱きしめて

 先日、facebookの過去の思い出と言うトピックで、荒川公園でオオムラサキの放蝶会に行った記事を見た。記憶があいまいだったが、このイベントは、東京に行って約2カ月が経過しようとしていた6月末だったのか。このころ、妻はまだまだ元気で、趣味のDIYに没頭し、新居を改装しまくっていたころだ。オオムラサキのイベントは、私が出勤途中に荒川都電の中吊り広告で見つけ妻を誘って参加した。妻は高校の頃の恩師の影響で蝶が好きで、私たちが関西にいたときも、箕面の昆虫館に定期的に通ったほどだった。

 昼近く、もう熱くなってきた東京は、もはや夏の気配がしたのを覚えている。犬たちを留守番させて、私たち二人だけでオオムラサキのイベントに向かった。その日は良く晴れて蒸し暑かった。汗をぬぐいながら、電停から荒川公園へと昇り、放蝶が行われているゲージの中へ入った。ここには、オオムラサキの誕生から死までが、自然そのままに展示されていた。葉っぱについた卵も見れるし、運が良ければ蝶の羽化するところを見ることもできる。その一方で、これが自然なのだろう、命尽きたオオムラサキは、無造作に通路に羽を広げて転がっていた。


 さすがに踏まれたら可哀想、

妻はしゃがみこんで、オオムラサキたちの遺体を、通路から植え込みへと移動させだした。私も手伝おうと手を伸ばしたとき、ふいに片方の羽が半分しかないオオムラサキがひらりと舞い上がった。まだ生きていたのか。しかし、羽がこの状態ではもう長くないだろう。そう思いながら眺めていると、よろよろと飛んだ蝶は妻の背中にピタッと張り付いた。

 すごく不吉な感じがした。すぐ取ろうとした私の手を妻が制した。

妻は、後ろに手を回し、疵ついた羽の上からオオムラサキをそっと撫で、丁寧に指にとまらせると、植え込みの白い花弁の上に優しく置いた。

「がんばれ、がんばれ。」

 繰り返し、そう呟いていた妻は、どんな気持ちだったのだろう。

そのあと、とても聞ける雰囲気ではなかったので、ずっとそのままになっていた疑問だ。その一年後は、もはやこの世にいない妻、がんばれは自分に向けた言葉でもあったのだろうか。今では知る手段はない。

 

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