宝箱

 ミノタウルスを倒してからの道中はすんなりと進んでいった。

 僕とアカリは着々とダンジョンの奥へと進んでいき、出てくる敵の数もかなり増えたが、今の僕たち(ほとんどはアカリ)にとって最早敵ではない。道具はなるべく節約したいため、魔法はなるべく使わないようにしていた。

 僕たちが順調に進んでいると初めての行き止まりに到達してしまった。

 しかし、これはこれで良い。そこには宝箱がこれ見よがしに置かれていた。その目の前には、何故か少し大きめのククリ刀と人間の全身の屍が落ちている、というか置いてある。

 その光景を見た僕は直感でそれがモンスターだと気が付いた。だって宝箱の前にはそれを守護するモンスターがいるのが、RPGの定石だから……。

 アカリも同じ事を感じたようで、既にレイピアを構えている。やっぱりアカリってなかなか重度のゲーマーなんじゃないかな。それとも、野生の勘なのか……。

 僕たちは忍び足をするようにゆっくりとその屍に近づいていく。

 フロアに突入して数歩したところで、まるで風に舞うかのようにフワッと屍が空中に浮き上がり、あっという間に人間の骨格を創りあげる。そして、落ちていたククリ刀をその手に握り、笑うかのように顎骨をカチカチと打ち合わせながら、その切っ先をこちらに向けてくる。


「スケルトンね。攻撃力は高いけど、防御力は全然無いわよ。ただ思い出せないんだけど、なんか特殊能力があったような……」


 アイリス頭を抑えながらそんなあやふやなことを言うと、まるで僕たちの追求を許さないように魔導書へと姿を変えてしまう。


「まあ、いいわ。まずは私が突っ込む。特殊能力があるからって、さすがに私が一撃でやられるってことはないでしょ」


 アカリはそう言うとレイピアを強く握り締めスケルトンに向かって走り出す。

 スケルトンはアカリが接近してくるのを見ると、ククリ刀を振り上げてアカリが自らの元に来るのを待つ。アカリもその姿をしっかりと確認しているにも関わらず、自身の身体をスケルトンの間合いへと持っていく。

 アカリが間合いに入った瞬間、スケルトンは自らの手に携えたククリ刀を振り降ろす。アカリはそれを下から切り上げるようにして弾いた。

 スケルトンはククリ刀を弾かれ体勢を崩し、隙だらけの格好になったところを、アカリは切り上げたレイピアをそのまま振り下ろしてスケルトンを斬り裂いた。レイピアだって突くだけでなく切ることだってできる。

 斬られたスケルトンは生気を失ったように骨格がガタガタと崩れ、元あったような状態に戻った。


「何こいつ。全然手応えないじゃない……。少しは緊張して立ち合ったのに、なんか無駄な精神力使っちゃったかも」


 アカリはそんな悪態を吐きながら、スケルトンを倒したその足で宝箱へと近づいていく。

 どうやらアカリはものすごく楽しみにしていたようで、鼻歌交じりに歩みが軽くスキップみたいになっている。

 アカリが宝箱の前に到着し宝箱に手を掛けようとした瞬間、僕は違和感に気が付いてアカリに向けて叫ぶ。


「アカリっ。後ろ、後ろっ!!」


 アカリは僕の声を聞いてすぐさま振り返り、後ろからの不意討ちを咄嗟にレイピアを盾にして何とか防いだ。


「嘘でしょ。また不死身のモンスターなの」


 アカリに襲いかかったのは、先程倒したはずのスケルトンだった。スケルトンはククリ刀をアカリのレイピアに押し付けながら、笑うようにケタケタと顎を動かしてアカリの方を眺めている。

 僕がアカリに視線を向けると、ククリ刀を防ぐアカリの手が震えていた。スライムのときと同様、アカリは不死身のモンスターに対しては少し耐性が低いのだ。

 僕はアシミレイションとフレイム・エッジを唱えると、すぐさまスケルトンへと接近する。

 相手の防御力が無いなら、僕が相手の意識の外から攻撃してやれば、倒せないにしてもアカリのように体勢を崩すことはできるはずだ。

 僕はスケルトンの背後へと到達したところであることに気が付く。

 頭蓋骨を破壊すれば、スケルトンの復活を防げるのではないか。さっきのアカリの攻撃は、当たる前に分解して自ら崩れたのではないか?もしそうなら、分解ができない頭蓋骨を粉砕すれば……。

 僕は炎を纏った刃をスケルトンの頭蓋骨に精一杯の力を込めて突き刺した。存在しない者からの攻撃に、スケルトンも自ら分解することもできない。

 防御力が無いため、僕の筋力でも容易に頭蓋骨に風穴を開けることができた。そして頭部を失ったスケルトンは崩れるように全身が分解し、再び元の姿に戻った。


「アカリ、早く宝箱を開けて中のものを……。こいつは僕が見張っているから」


 アカリは僕の言葉に頷くと、今度はとても緊迫した表情で宝箱へと近づき、取っ手を持ち上げて宝箱を開ける。筋力の高いアカリですら、大変そうに宝箱の蓋を開けている。

 アカリは中に何が入っているかも確認せずに、その中に魔導書をかざして中のものを回収する。

 アカリが回収した瞬間、僕の努力も虚しく、スケルトンは再びその身体を元に戻す。砕いたはずの頭蓋骨も、欠片までしっかりと寄り集まっていた。頭蓋骨砕いてもダメって、どうすればいいんだよ……。


「アカリ、急いでっ!!」


 僕は緊迫感の込もった声で叫ぶようにアカリに呼びかけると、僕の隣をさらに大きな声で叫びながら一人の少女が風のように颯爽と駆け抜けていく。


「いやあああああああああああああああああ」


 『一人の少女』と言ったのは、その姿があまりにも普段のアカリとはかけ離れていたから、それが本当にアカリなのか疑ってしまったからだ。……ってか、どんだけ恐がってんだよ。

 しかし宝箱の中身を手に入れたらこの場所に用はない。僕もスケルトンからの攻撃を一度だけ弾き返すと、倒すこともせずにアカリの後を追って全速力で逃亡する。

 それにしても、珍しく叫び声をあげながら僕の横を全速力で走り去って行くアカリには、可笑しくて笑みが零れた。


「はあっ、はあ……、疲れたー。スライムと違って本当の不死身なんだもん。でも、倒すと一定時間動かなくなるみたいで助かったよ。おかげで何とか、宝箱を回収することができたね」


 僕たちはかなり先まで全速力で逃げたため、すっかり息が上がっていた。

 身体中が汗でびしょ濡れになり、物凄く気持ち悪い。そんな汗だくの自分を見ていると、ある記憶がフラッシュバックするように脳裏に浮かんでくる。その瞬間、僕の顔は一気に紅潮して真っ赤になる。

 僕のその様子を見たアカリが不思議そうにこちらを見て尋ねてくる。


「トオル、どうかした?顔真っ赤だけど大丈夫?」


 その質問に、僕はビクッと肩を揺らして反応すると、ぎこちない動きでアカリの方を向いてその質問に答える。


「な、何でもないよ。たぶん、あれだけ全力で走ったから、体温が上がって顔が赤くなってるだけだよ。はははは……」


 我ながら隠すのがド下手である。最後の笑いなんて凄まじく乾いた笑い声で、怪しさしか感じられない。

 それでも、アカリはそんなに気には留めていない様子で、「そっか」と軽く返事をすると、興味が無さそうに魔導書へと視線を移す。


「で、結局どんなアイテムが手に入ったの?」


 アカリが魔導書に目を移したのを見て、咄嗟に浮かんだ疑問を口にする。

 スケルトンのせいで実際に宝箱を開けて覗く楽しみは味わうことはできなかったが、普通のモンスターからのドロップアイテムとは一味違う、宝箱からのアイテムというのが一体どんなものなのか気にならない訳がない。


「そうね。ミスリルの結晶って書いてあるわ。おそらくエミリアさんが言っていた、武器の強化素材なんじゃないかな」


 ボス戦用の特殊アイテムとかじゃないのか……。と少しガッカリはしたものの、武器の強化がどんなものなのか早く見てみたい、という気持ちも間違いなくあったので、ここは素直に喜んでおく。


「じゃあ、帰ったら武器の強化ができるかどうか、試しに行かないとね。あっ、いくつくらい入ってたの?」


 僕の質問に対して、アカリはもう一度視線を魔導書に戻すと、僕の方を見て少し気まずそうに指を三本立てて答えた。


「三つね。奇数だから等分はできないけど、どうしよっか?」


 そんなの決まっている、今までこんなに助けてもらっているのだ、全部アカリの分だよ。……と言いたい気持ちもあるのだが、正直一つくらいは欲しい。

 全部あげるよと、カッコよく言いたい気持ちを圧し殺して、僕はアカリに提案する。圧し殺さなきゃいけないのが逆だろというのは、今回は放っておく。


「今までいっぱい助けてもらってるんだし……、アカリの方が多くていいよ」


 言う前にもう一度迷ったが、やっぱり物欲には勝てなかった。僕の言葉にアカリは少し驚いたような表情で返事をする。


「べ、別にそんなつもりで助けてる訳じゃないんだから、気にしなくてもいいのに。まあ、でも、くれるって言うなら貰っとこう、かな」


 そんな、もしかしてこいつ優しい?みたいな顔しないでくれ。どう考えたって、ここは僕が全部譲る場面なんだから。ってか、アカリ良い奴過ぎだろ……。

 僕はアカリからミスリルの結晶を一つ譲って貰うと、自分の魔導書に新たなアイテム名が記載されて少し笑みが漏れる。

 初めてのアイテムが記載されるというのは何となく嬉しさが込み上げてくるものだ。

 僕たちがそんなやり取りをしていると、唐突にアイリスが妖精の姿に戻り何かを思い出したように話し始める。


「そっか、思い出した。さっきのスケルトン、別に不死身って訳じゃないわよ。物理攻撃が効かないのよ。あいつみたいな奴等を、アンデッド系っていうんだけど、決まった種類の魔法しか効かないモンスターなの」


 要は近接タイプの武器攻撃型しかいない僕たちでは、到底勝ち目のない相手だったのだ。そんな奴等がいるなら、今後パーティを組むときはそういうバランスも考えないとな……。


「今回スケルトンがあの宝箱の守護モンスターに選ばれたのは、おそらくあんたの考えた通りで合っているわ。スケルトンは物理攻撃を喰らうと、一定時間動けなくなる。物理攻撃が効かなくとも、その時間を利用すれば宝箱を開けることができる、ってのが今回の仕組みだったみたいね」


 まあ、本当は倒す気満々で攻撃したんだけどね。というのはさておき、結果的には僕の作戦は正解だったようだ。

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