邂逅
彼女の言葉で少しは元気を取り戻した僕はとりあえず、市街地を目指して平野を歩いていた。
目指してと言っても、僕が召喚されたところから既に市街地の城壁は見えていたので大した距離ではない。この辺は襲ってくるモンスターもほとんどいないらしく、今の僕でも安心して歩くことができた。
「あっ、それにしても名前とかあるでしょ?これから君を呼ぶときに困るから、教えてくれると嬉しいな」
僕は少し照れ笑いしながら、彼女の名前を尋ねる。さっきから妖精って呼んでいたから、呼びにくいったらありゃしない。まあ、口には一回も出していないけど……。
「私の名前はアイリスよ。でも、あんたから気安く名前で呼ばれるのも、なんか癪よね」
この妖精、改めアイリスは、何か一言余分に言わないと落ち着かないらしい。でも大人な僕はそんなことは気にしない。後半の言葉は聞いてない振りでスルーする。
「アイリスか……。綺麗な名前だね。僕の世界にも同じ名前の花があってね。でも、綺麗ってよりは儚げって感じかな。パッと花開くってよりも、厳かで大人しく咲いているって感じだった。うん、君とはまるで正反対だね」
全然大人じゃなかった。仕返しとばかりに言い返していた。僕って、本当に子供だな。
そしてアイリスももちろん子供なので、期待通りしっかりと言い返してくる。
「はあ、何それ。私への当てつけ?厳かで大人しくとか、誰がそんなかったるいことしてられるかっての。大体、私が大人しくなんかしてたら、あんた一生あの場所で、うだうだ落ち込んでいたに決まってるわ。私がこういう性格だったことに感謝しなさいよね」
フンッとそっぽを向きながら、腕を組んで頬を膨らませて「怒っています」と言わんばかりの態度を取る。
さっきからアイリスってこの態度ばっかりだよね。それにしても、さっきのちょっと優しかったアイリスはどこに行っちゃったのかな?
「悪かったよ。僕が大人気なかった。それにしても、そんなに嫌ならなんで僕のこと見捨てないでいてくれるんだよ。それってもしかして、なんだかんだ言って僕のことしんぱ……」
そこまで言いかけたところで、僕の言葉を遮るようにすごい剣幕でアイリスは僕への拒絶を言い放った。
「ばっかじゃないの。あんたなんか、離れられるなら出会う前に見捨ててるわよ。それを、私が心配してるですって?冗談じゃないわよ。あたしはね、あんたと一心同体なの。離れたくても離れらないの。私とあんたは見えない鎖で繋がれているようなものなのよ」
その剣幕に気圧されて、僕は一歩後ずさりをしていた。遮られた言葉は完全に言う気を削がれ、僕は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
それにしても、気が合わない異性と鎖で繋がれてしょうがなく一緒にいるとか、それはそれでなかなか素晴らしいシチュエーションじゃないのか……。などと僕のオタク脳は相変わらずフル回転していた。
そんな感じでブツブツと言い争いをしながら市街地に向かっていると、僕の視界に一人の女の子と一匹の妖精が入ってきた。まだ割と距離があるのに、言い争っている声がしっかりと聞こえてくる。つい最近どこかで見た光景だな……。
「だから、何がどうなって私が世界を救わなくちゃいけないとかいう話になるのよ。私はね、今さっきまで部屋で友達と電話してたの。なのに急に睡魔に襲われて……。ああもう、私電話中に急に寝るとか、滅茶苦茶感じ悪いじゃない。どうしてくれるのよ」
明るめの茶髪の肩に掛かるかどうかくらいのショートカットで、毛先には少し癖が付いている。眼つきは少し鋭いが、顔立ちが良いのでそこまできつく見えない。胸は僕と同じようにプレートに覆われているので、はっきりとは言えないが、少なくともアイリスよりはありそうだ。
彼女も僕と同じような格好をしているため腰回りなどははっきりとしないが、おそらく体は引き締まっており、向こう側の世界で言えばスポーツ少女といった感じだろう。
対する妖精の方は黒髪のツンツン頭で、少女と同じように鋭い眼つきをしており、こちらは男ということもあって、眼つきのままきつい表情に見える。
服装は黒いローブみたいなのを頭から被っている感じだ。耳にピアスなんかしちゃって、お洒落さんなのかな……?
ただ僕たちとの違いは、言い合ってはいるものの、怒声を上げているのは女の子の方だけで、妖精の方は溜め息をつきながら呆れ顔で彼女の言葉を聞く振りをしている。
ここの妖精たちって皆こんな無愛想な奴なのかな?僕の知っている妖精って言えば優しくて、心の傷を癒してくれるような存在なんだけど……。
僕がそんな風にこの世界の妖精たちに幻滅していると、向こうの二人組がこちらに気が付いたようで、女の子の方がズカズカとこちらに向かって歩いてくる。
「ちょっと、あんた人間よね?こいつじゃ話通じないから、私を元の世界に返してくれない?」
スポーツ少女は少年の妖精を指差しながら、僕にそんなことを頼み込む、……というより命令する。しかし、僕がそんなことを知っている訳もなく、答えに困惑していると、隣の性悪妖精が嫌味をふんだんにおり混ぜながらその問いに答えた。
「こいつがそんなこと知ってる訳ないでしょ。こんな冴えない男に頼み事するとか、あんた本当に元の世界に帰る気あるの?まあ、心配しなくても、元の世界に帰る方法なんて無いんだけどね」
僕への嫌味だけではなく、彼女への嫌味もしっかりと含まれていた。初対面の人間にここまで腹の立つ態度を取れるとは、ここまでくると逆に軽蔑するレベル……、じゃなかった、尊敬するレベル。
まあ、先程まで少し離れていたところで見ていた様子からして、こんな喧嘩を吹っかけたみたいな態度を取られたらスポーツ少女も黙ってはいないだろう。
ほら、顔が下から順に赤くなって、まるでヤカンのよう。そして顔全体が真っ赤になったところで…。
「あんたねえ、小さいくせして、えらい大きな口叩くじゃない。その背中の羽を引きちぎってから、ゆっくりと握り潰してやろうかしら」
あっつあつのお湯が沸けましたぁ、……じゃなかった。そんなことされたら、僕が終わってしまう。
だって、アイリスは僕の写し鏡で、あの魔導書には僕のパラメータとかが載っている訳で……。そんな彼女が無残な姿になってしまった暁には、僕がどうなってしまうかわかったもんじゃない。それだけは阻止しなければならない。
「ちょっと待って、落ち着いて。二人ともストップ。アイリスはすぐに他人に喧嘩を売らない。この子もきっと急にこんなところに連れてこられて混乱してるんだよ。君も、一旦落ち着いて。ねっ……」
僕は二人の間に割って入って何とかお互いが視界に入り合わないようにした。そして、スポーツ少女がとりあえず動きを止めたのを確認すると、落ち着いてもらうために話しかける。
「僕もさっきここへ来たところなんだ。だから僕も君の質問には何も答えてあげることができない。でも、同じ境遇だからこそ協力できることがあると思うんだよ。ちなみにさっき聞いた話だと、この妖精たちも僕たちの世界については知らないみたい。だからその子にどれだけ僕たちの世界のことを聞いても、たぶん答えられないよ。答えないんじゃなくて、答えられないんだ。その辺解ってあげて欲しいなって……」
僕の言葉を聞いていく内に、スポーツ少女の顔色は、少しずつ元の肌色を取り戻していく。
僕は安堵の溜め息を吐きながら、ふと少年の妖精の方を見ると、相変わらず無愛想な表情で僕の方を見ていた。君のことも擁護してあげたのに、その態度は無いんじゃないの……、と心の中で思っていると、落ち着き始めたスポーツ少女がゆっくりと口を開く。
「そうね、私も困惑していたのよ。少し落ち着くわ。ユナンもごめん。私が熱くなり過ぎちゃった。ユナンの話を何も聞かないで一方的にこっちの意見を押し付けてた」
スポーツ少女は意外と素直に妖精に誤った。どっかの性悪妖精とは大違いだ。少年の妖精、改めユナンも軽く溜め息を吐くと、その無愛想な表情のままスポーツ少女の言葉に返答する。
「ああ、アカリの気持ちもわからなくはない。気が動転してしまうのも無理はないと思う。だが、少しは俺の話も聞いてくれ。そうでなければ、何も伝わらん」
ユナンの声はとても落ち着いた低い声音で、キィキィうるさいうちの妖精とは大違いでとても大人びていた。
「うん、ごめん。あと、ありがと」
素直なことは美しきかな。僕は二人の仲直りの様子を、とても暖かい表情で見守っていた。二人とも、これから嫌でも付き合っていかなければならないのだ。ここでしっかり仲直りしておかなければ、先が思いやられる。まあ、人のこと心配してる場合じゃないのは重々承知しているんだけど……。
僕が二人の様子を満足げに頷きながら見ていると、スポーツ少女がこちらを振り返る。
「君もありがと。おかげで、助かったわ。協力しよって話だけど、こちらこそよろしくお願いします。私はアカリ。こっちでは、なんか姓を言うのは良くないらしいから、気にせず名前で呼んでくれていいわよ」
はっ?と僕の中に疑問符が浮かび上がっていた。姓を言ったらダメとか、一切聞いていない。僕が勢いよくアイリスの方を振り向くと、知らん顔しながらほとんど音の出ていない口笛を吹いていた。おそらく忘れていたのだろう。
「僕はトオル。こちらこそ、よろしくアカリ」
僕が手を差し出すと、何も気にする様子もなくアカリは僕の手を握り返してくれた。うわっ、僕超自然に女の子と握手しちゃった。
根は素直でいい子のようで安心した。これから一緒に行くのに、アイリスみたいなのが二人もいたら、体力の前に精神力が持たない。それにしても、女の子の手って柔らかいなあ……。
僕たちが握手を交わしていると、わざわざ横槍を入れるかのように性悪妖精が口を挟む。
「何よ、簡単に大人しくなっちゃって。はあ、つまんない……。もう少し骨のある女だと思ったのに」
僕は、暴言を吐くしか能の無い飛び回る生き物を乱暴に掴むと、そのまま自分のポケットに押し込んだ。流石の僕も、そろそろ我慢の限界だぞ。
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