使命


「で、僕はこれから何をすればいいの?」


 こちら側の世界を現実として受け入れるとしても、僕はいったいこれから何をすればいいのか全然理解できていない。

 でもきっと、世界を救うとか言われたってことは、僕が主人公になってこの世界を救って、この世界のお姫様と結ばれて幸せに暮らすっていう、俺の妄想が実現するんじゃないのか……。

 などと浮かれていると、妖精が二、三度頷きながら僕の質問に答え始める。


「そうね。その辺の説明をちゃんとしとかないとね。あんたはこれから、ダンジョンって呼ばれる様々な迷宮を攻略して、自分自身を鍛えて、いずれ来るとされるラグナロクに備えて欲しいの」


 その言葉を聞いて僕は飛び上がりそうなほど喜んだ。


「きたああああああああああああ」


 僕は半分悲鳴みたいに甲高い声で叫びながらガッツポーズをした。その様子を見ていた妖精が、もうこれ以上ないくらい引いていた…。


「キモ……」


 いや、流石に僕がこうなったらいいなって思っていたことがそのまま来れば、これくらい喜んだっておかしくないでしょ。まあ、他人から見たらどうかは別だけど……。


「ごめん、ごめん……。で、何だったっけ?」


 僕が落ち着いてから会話の続きを促すと、一旦落ち着くために咳払いをすると、再び妖精が説明を始める。


「そして、これがあなたの強さと力の全てよ」


 そう言って妖精が胸の前で手を組み祈るような格好になると、その身体が光を帯び始め、やがて古びた本へと姿を変えた。

 僕は空中に浮遊したままの本を手に取ると、それをパラパラとめくる。その本の中には、一ページ目と二ページ目だけに文字が記されており、それ以外は白紙だった。僕が首を傾げながら何度かページをめくり直していると、もう一度元の妖精の姿へと戻る。


「これが魔導書グリモワール。あなたの身体能力や、あなたの使える魔法、武器なんかがこの本に記されているわ。つまり、これはあなたの分身ってこと。この本の中の文字はあなたにしか読めないし、この本自体あなたにしか使うことができない。とりあえず一ページ目を開いてみて」


 いちいち妖精と魔導書の姿を行き来するのは、恐らく魔導書の姿のままだと話すことが出来ないからなのだろう。

 僕は言われるがままに一ページを開いてみる。見慣れない文字のはずなのに、そこに何が書いてあるかが、手に取るようにわかる。


筋力:5 耐久:5 敏捷:5 技量:5 魔力:5 運:5


 ……ん。何この平均的なパラメータ?僕がこれまで見てきたラノベの主人公とかは、どれか一つだけ異常に低くて、後々それが急上昇するとか、どれか一つだけしかパラメータが上がらないとか、そういう特徴が必ずあるはずなんだけど……。あれ?おかしいな。僕のパラメータ、本当に平均的だ。

 僕が独りでに、心の内でかなりの勢いで落ち込んでいると、妖精は元の姿に戻って更に説明を続ける。


「で、二ページ目を開いてみて。あなたが使える魔法が書いてあるはずだから」


 あっ、そういうことか。パラメータは平均的だけど、使える魔法が滅茶苦茶強いとか、そっち系の主人公か……。

 などと大きく期待を膨らませながら、僕は二ページ目を開く。


風景同化アシミレイション:風景と同化し、敵から視認されにくくなる

 

 僕の空気に徹する努力がこんなところまで反映されている。最早プロ級だったんだな。流石、努力の勝利ってやつ……。


「……って、んな訳あるかあああああああああああ……」


 僕は勢い余って、魔導書を地面に叩きつけた。誰が使える魔法が滅茶苦茶強いって?最早攻撃魔法ですらないじゃん。風景同化って何?戦闘に一切使え無さそうじゃん。俺の主人公的要素がどこにも見つからないんだが……。


「いったいなあ……。ちょっと何してくれんのよ。この魔導書に書いてあることが気に入らないなら、それは紛れもなくあんたのせいよ。言ったでしょ、これはあんたの分身だって。これはあんたの写し鏡なんだから、もし恨むならあんた自身を恨みなさいよ」


 いつの間にか元の姿に戻っていた妖精が頬を膨らませて、胸の前で腕を組んだ状態で、プンスカという効果音が聞こえてきそうな感じで怒っていた。

 まあ、急に投げ飛ばされたりしたら誰だって怒るよね……。でも、僕の怒りも少しは理解してほしい。だって、今まで散々夢見てきた(この世界も夢であるかもしれない)ファンタジー世界にやっと来られたのに、どこを見ても自分に主人公要素が感じられないのだ。

 これまでの十七年に蓄積された僕の妄想は、現在ほぼ瓦解しそうなところを、この世界自体が夢かもしれないという可能性だけが支えている状態なのだ。


「はあ、やっぱり僕は物語の主人公にはなれないのか……」


 僕が心からの溜め息を吐きながら心の声を漏らすと、まるで嘲笑うかのように嫌味な笑みを浮かべて妖精は僕に向かってこう言った。


「何が、主人公よ。別にこの世界に主人公なんていらないのよ。欲しいのは、強力な力を持った冒険者たち。つまり、一人じゃなくて大勢の力が欲しいの」


 それを聞いた僕は、一つの疑問にぶち当たる。


「んっ?ちょっと待って。ここに召喚されたのって僕だけじゃないの?」


 僕の疑問に対して妖精は、はあっ?何言ってんのこいつ、みたいな顔をしながら僕への疑問に答える。


「はあっ?何言ってんのあんた。たった一人の人間に何ができるっていうのよ。冒険者があんただけな訳ないじゃない。あんたなんか、その他大勢の中の一人よ。熟練された冒険者なんか、すでにあんたなんかじゃ手も足も出ないほど強いわよ。あんたは、その強い冒険者たちのお手伝いみたいなもんよ。今のままじゃね……」


 みたいな顔じゃなくて、しっかり言葉にしていた。そして、僕の妄想は完全に瓦解した。

 僕の心には現在、雪崩が起きるような凄まじい轟音が鳴り響いていた。

 妄想たちよさらば。……んっ?でも今最後に何て言った?「今のままじゃ……」って言わなかったか……。


「それって、僕にもまだ、主人公になれる可能性が残っているってこと?」


 僕の落ち込んでいた表情は、一筋の淡い希望を見つけたことで、期待に胸を膨らませる少年のような表情に早変わりしていた。その変わり身の早さに軽く引きながら、妖精は説明を続ける。


「何よ、その主人公に対する強いこだわりは……。そりゃ、あんたがたくさんのダンジョンを攻略して滅茶苦茶強くなれば、強い冒険者たちと肩を並べて戦うことだってできるでしょうね。まあ、あまり期待はできないけど」


 そうだ、まだ今すぐにラグナロクが起こる訳じゃない。ラグナロクが起こるまでに僕が頑張って強くなれば、僕が主人公になる可能性は残されている。

 僕はこれまで誰かに立ち向かうための努力なんてしたことが無かった。でもここは僕が今まで生きていた世界じゃない。僕がこれまで散々夢見てきて、妄想を膨らませてきたファンタジーの世界。

 僕はこの世界で変わるんだ。これまでしてこなかった努力を積み重ねて、いつか主人公になってやる。

 僕が決意を新たに、目を輝かせながら拳を握りしめていると、妖精から冷たい声音で残酷な報告を告げられる。


「意気込んでいるとこ悪いんだけど、あんたの身体能力って、最底辺なのよ。身体能力のそれぞれの最低値って、五なのね。それの意味わかるわよね」


 平均的だと思っていたパラメータはまさかの全て最低値……。いや、待て。召喚された人たちは皆同じパラメータから始めるとかいう可能性だってある。

 僕の表情から希望を見つけたことを察したのか、僕が尋ねる前に妖精は僕の希望を粉々に打ち砕いた。


「あんたのことだから、どうせ皆同じ身体能力から始まるとか思ってるんだろうけど、それだったら、わざわざ最低値とか言わないからね。あんたは正真正銘、最弱の冒険者ってこと。これまで何人か冒険者を見てきたけど、大体最初の身体能力って平均値二十くらいはあるわよ。強い人だと四十弱ぐらい。あんた程ひどい身体能力を見たのは初めてよ」


 僕の心の中の轟音が再び鳴り響き始めていた。これまで見てきた中でも最弱って、僕ってもしかすると速攻で死んじゃうんじゃないの……。せっかくこんな楽しそうな世界に来たのに、これじゃ何の意味もないじゃん。

 この時の僕は、全てにおいて最低値とか、もしかすると滅茶苦茶主人公らしいパラメータを持っているんじゃないか?ということに全くと言って良い程気が付かなかった。

 あれだけ自分で『普通のパラメータは嫌だ』とか言いながら、自分がもしかすると何もできないまま死ぬんじゃないかという恐怖に、そんなことは完全に忘れ去っていた。

 だから妖精がボソッと零した言葉も、完全に聞き逃していた。


「でも、全て最低値なんて、聞いたことも、見たこともないわ。もしかすると、もしかするかもしれないわね。でも、なんか本当に冴えなさそうだし、そういう身体能力ってだけかもしれないし、下手なことは言わないでおこっと。それに、そんなこと言えば、あいつ調子乗ってウザそうだし……」


 そんな未来への一筋の希望の予言を聞くことなく、僕は地面に埋まりそうな勢いで項垂れて落ち込んでいた。


 散々落ち込んでいた僕を、妖精は柄にもなく少しだけ優しげな声音で慰めてくれていた。


「ああ、もう。そんな落ち込んでてもしょうがないでしょ。何するにしたって、今のままじゃどうしようも無いんだから、まずは市街地の方に行きましょう。そしたらゆっくり私も考えてあげるわよ。こんなところでモンスターに出くわして、それこそ死んじゃったらシャレにならないでしょ」


 僕は凄まじく情けない表情で、そうやって元気付けようとしてくれている彼女を見つめていた。

 普段ツンツンしている子が急に優しげな言葉を掛けてくれると、誰だってドキドキしますよね。これぞ、まさしくツンデレ。デレではないかも……。

 などとふざけている余裕は、今の僕には無かった。でも彼女の優しさが嬉しかったのは紛れもない事実だ。

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