集会(ギルド)
「うえぇぇぇぇぇん」
泣いていた。ただ、ひたすらに泣いていた。泣いているのはもちろんアイリスである。
「怖かったよぉぉぉぉぉ。うえぇぇぇぇん」
そりゃもう、赤ちゃんのように泣いていた。
あれだけ、大きな口を叩いておいて、僕がポケットの中に突っ込んだ後少しの間放っておいたらこの有り様だ。
ツンツン娘は打たれ弱いって相場が決まっているけど、ここまでひどいのはなかなかいないだろう。ってか、本当に泣き止もうよ。このままじゃ僕が虐待したみたいで、街の中に入り辛いんだけど……。
そんな訳で、僕たちは市街地の入口の前で、アイリスが泣き止むのをひたすら待っていた。
市街地は先程も言ったように、城壁で囲まれている。僕たちがいるのは、その城壁の巨大な城門のところなんだけど、さっきから門番がこっちをジロジロと嫌な視線を送ってくるので、肩身が狭いったらありゃしない。
それにしても、鎧を着こんだ門番が数人もいるとか、ますますRPGみたいになってきたな。よく見ると城門の上にも、門番がいてこっち見てるし……。本当に何人いるんだよ。
「ねえ、その子まだ泣き止まないの?私たち、先に入っていてもいい?」
アカリにそろそろ我慢の限界が来ているようだった。そりゃ、子供を慰めるためだけに待たされていたら嫌気がさしても仕方がない。しかも、さっきまで自分に突っ掛かってきた相手となれば余計に嫌になるだろう。
「うぅっ……、もう少しだけ待っていてくれないかな?アイリスも、僕が悪かったって……。だから、機嫌直して。何でも一つ言うこと聞いて上げるから。ねっ」
もう完全に泣いている子供をあやすお母さんみたいになっていた。好きなお菓子買ってあげるから。みたいなノリで、僕は良く考えればとんでも無いことを口にしていた。しかも、あの性悪妖精相手に……。
しかし、意外なことにその性悪妖精はすっかり心が折られており、大人しくて可愛い妖精へと変貌を遂げていた。
「グスッ、ほんとう?じゃあ、もう暗い所に閉じ込めたりしないって約束してくれる。グスッ」
潤んだ瞳で上目使いをしながら甘えるように、今までには見たことのないような可愛い表情で、彼女は僕にそんな願い事をした。
何でも一つ言うことを聞くという、僕のかなり危ない約束はとても簡単な願い事によって消化された。ってか何だこれ、滅茶苦茶可愛いじゃないか。そうそう、妖精って言ったらあんな無愛想な奴じゃなくて、こういう可愛い奴のことを言うんだよ。
「うん。絶対にもうしないから。だから、泣き止んで」
僕の言葉にアイリスは頷きながら、腕で目をこすって涙を拭うと、顔を少し俯かせて、もじもじとしながら返事をした。
「わかった……。もう、泣かない……」
そう言うと、アイリスは俯いたまま僕の肩の上に腰を下ろした。僕は人差し指で軽くアイリスの頭を撫でてやると、アイリスは少し頬を染めながらそっぽを向いた。何これ、いきなりヒロイン攻略しちゃった?
そして、何とか落ち着いたアイリスを連れて、僕はアカリと合流しついに市街地へと足を踏み入れた。
僕が市街地の中に消えていくまで、門番の視線は終ぞ消えなかった……。
市街地はとても賑わいを見せており、レンガ造りの建物が所狭しと並び立っている。
二人は街の大通りを進んでおり、人間だけでなくそこには見慣れない様々な生き物たちがいた。生き物と言うのは、彼らに失礼だろう。彼らは亜人、つまりはデミヒューマンなのだ。
例えば、鱗に覆われた顔から巨大な口が突き出している人型の龍。その巨大な口の隙間からは鋭い牙が顔を覗かせており、腕の太さは人間とは比べものにならない。彼らはおそらく龍人だろう。斧を肩に担いでいる姿なんか滅茶苦茶様になっている。
他には犬や狼、狐といった様々な種類の動物の耳を携えながら、様々な色の毛に覆われており、しかしそれ以外はほとんど人間と変わらない容姿をしている者たち。彼らは獣人だろう。猫耳の女の子とか、狐の尻尾が伸びてる女の子とか……。
さらに、その小さい体に生い茂るような髭を蓄えながら、のしのしといった効果音が聞こえてきそうな歩き方をするドワーフ。彼らもまたその体格には似合わない巨大な斧を携えており、身を包む鎧の様々な傷は彼らが歴戦の戦士であることを物語る。
その種族全ての者が容姿端麗で、僕たち人間と耳の長さ以外はほとんど変わらないにも関わらず、どうしても人間とは違う様に見えてしまうエルフ。彼らの容姿はあまりにも綺麗で、エルフが横を通り過ぎるたびに目が引き付けられてしまう。
そんなデミヒューマンたちがこの街では当たり前のように行き交っている。もちろん、僕たちと同じ人間もたくさんいる。
「うわあ、こういうの見ると異世界に迷い込んだって実感しちゃうわね。本当にデミヒューマンとかって存在したのね。っていうか、龍人とかに襲われたらひとたまりもなさそうね、私たち……」
アカリが辺りを見回しながら感嘆の声を上げている。最初はあれだけ困惑していたのに、こういう風景は意外と受け入れられているようだ。まあ、妖精がいるんだから、デミヒューマンがいたっておかしくはないか……。
「こんなのに驚いてたらダンジョンなんて行けないわよ。龍人に襲われなくても、あんたなんかダンジョンに入った瞬間、モンスターに襲われてお陀仏よ」
そういえば全然ヒロイン攻略できてなかった。アイリスは相変わらず触れるものには全て噛み付く勢いで、暴言を振りまいていた。
でも、ほんの数時間しか一緒にいないけど、さっきの大人しいアイリスよりこっちの方がなんか落ち着く。
「アイリス、少しは大人しくしてろよ。アカリがお前に何かした訳じゃないだろ?いちいち突っ掛かってたら、お前も疲れるだろ」
僕がアカリに噛み付くアイリスを少し黙らせようとしていると、アカリが溜め息を吐きながら呆れ声でアイリスに……、ではなく僕に向けて告げる。
「別に気にしてないわよ。そんな子供の戯言なんて。大体、いちいち気にしてたら、こっちが疲れるのよ。だから、その減らず口を気の済むまで叩いて構わないわよ」
アカリが僕に向ける表情は、満面の笑みだった。その笑みがなんか、すごく怖かった。
アイリスもその笑みから漏れる邪気に中てられたのか、急にしおらしくなって黙ったまま僕の肩へと腰を下ろした。アイリスとアカリって、何でこんなあって数時間でここまで仲悪くなれるんだろう。
僕が溜め息を吐きながらふとアカリの方を見ると、アカリの肩に腰を下ろしていたユナンが、その無愛想な顔をこちらに向けていたが、何か僕に言いたいことがあるとかそんな雰囲気ではなさそうだったので、僕は気が付かない振りをして先を急いだ。
アイリスの道案内により、僕たちはまずはギルドへと足を運んでいた。暴言は吐くものの、何だかんだで仕事はこなすのが、アイリスの良いところである。
街の中心にある巨大な建物『ギルド』。まるで城かと言わんばかりの巨大な建物で、特に円錐状の巨大な赤い屋根とかもうこれ城以外の何物でもないだろ、という感じだった。
ギルドの入口にはとても大きな大広間があり、冒険者たちが情報交換したり、ダンジョンでの自らの武勇伝を語らったり、時にはナンパをしている人もいたりと様々だった。
大広間の中央には立派な噴水があり、またそれを囲むように花壇が備え付けられているなど、内装にも余念がない。壁際の至る所には看板のようなものがあり、そこには所狭しと、何事か書いた紙が貼り付けられている。
しかし、今僕たちが目指しているのはもっと奥にある場所である。僕たちは多くの冒険者の合間を縫って先へと進んだ。
熟練の冒険者たちからすると、一目で僕たちが初心者だとわかるのか、たまに視線が向けられることもあったが今は気にせず前に進む。まあ、装備があまりにも貧相だから、誰だってわかるよね。
そんな視線を向けられたり冒険者の先輩たちに囲まれたりで、緊張していた僕とアカリは、一言も声を発することなく早足で歩き続けた。
アイリスに連れられて辿り着いたのはいくつものカウンターが並んだ、現実世界で言うところの銀行みたいな場所だった。
僕とアカリは空いている席を見つけ、そこへ近づいていくと、そこにいたお姉さんが笑顔で僕たちを出迎えてくれた。
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