油断
そんな二人が和気藹々とした雰囲気を作り出している間、周りのスライムたちが何もしていない訳も無く、スライムたちは僕の頭の上で一つの大きな塊になっていた。
そのことに、和気藹々としていた当の本人たちは気が付くはずも無く、アイリスはと言うと、相手がスライムとわかった瞬間面倒くさそうにあくびをしながら、目を閉じてウトウトとしていたし、ユナンはレイピアとなってアカリの手の中にいたので、誰一人としてスライムたちの行動に気が付いていなかった。
そしてそのスライムの塊は僕の頭上から勢いよく落下した。
ズボッというまるでぬかるみに足を突っ込んだかのような音を鳴らしながら、僕の頭を丸々覆ってしまった。
アカリはというとやっと落ち着いたところに、気が動転してしまっていた元凶が急に目の前に現れたことにより、またも、
「きゃあああああああああああ!!」
と言う大きな悲鳴を上げて、腰を抜かして地面に尻餅を付いていた。ちなみに、そのアカリの悲鳴はスライムに顔を完全に覆われてしまっている僕の鼓膜を震わせることは無かった。
そして僕はそのスライムの攻撃の怖さを思い知る。息ができない。まるで水の中に入ったかのように、息をすることができなくなっていた。僕は溺れているかのように、倒れこみ手足をジタバタとする。
アカリが僕の危機に気が付き何とか立ち上がると、一瞬スライムを触るのか考え込んだ後、やっとの思いで僕をスライムの海から引きずり出してくれた。
陸地で溺れるという有り得ない体験をした僕は、足りなくなった酸素を必死の思いで摂取する。粗い深呼吸でありったけの酸素を摂取し、何とか呼吸が落ち着いてきた僕は一気に怒りが込み上げてきた。
さっきは害の無いモンスターとか言ったけど前言撤回。こいつら危なすぎるだろ。今のソロなら確実に死んでたぞ。
僕はその怒りを拳に込めて、地面を這ってどこかに向かうスライムを思いっきり殴りつける。しっかりとした手ごたえを感じた。どうやらスライムの攻略法は、斬撃でなく打撃によってダメージを与えることのようだ。ってか、アイリス絶対このこと知ってただろ。
僕は必死に力を振り絞りながら、スライムに殴打を加えていく。ただし油断すると先程のように頭に取りつかれてしまうので、それだけ注意しながら少しずつ相手にダメージを与えていく。
「アイリスっ、あとどれくらいでこいつ倒せる?」
僕は必死で打撃、回避を繰り返して、十回程度手ごたえのある打撃を与えたところで、スライムから目を離さないようにしながらアイリスに尋ねる。というか、僕の戦闘している絵面って、傍から見たらあまりにもシュールな気がする。
今の僕にはスライムですら視線を外すのは自殺行為になる。ちなみに、今のアイリスは僕の肩から離れて、少し離れたところでフワフワと浮いていた。
「わっかんな~い。あんたの攻撃じゃ、一生殴っていても死なないんじゃないの」
アイリスは面倒くさそうに、こちらを向くこともなくそんなことを言う。アカリの時はお前ちゃんと後どれくらいかとか教えてあげてたじゃん。さっきから、スライムの倒し方も教えてくれないしこいつどんだけ僕のこと嫌いなんだよ。
「アイリス、お前そんな態度取ってたら、後でどうなるか覚えとけよ。真っ暗な場所に閉じ込めて、一生出してやんないからな」
僕が少し脅しをかけてやると、アイリスの方から小さな悲鳴が聞こえてくる。本当はこの時のアイリスの顔を見ておきたかったけど、アイリスの表情か自分の命かを天秤にかけたとき、選ぶのは言うまでもない。
「わ、わかったわよ。ちゃんと、教えるわよ。だ、だから暗いのは、やめてくれる?」
何故かもの凄く甘えたような可愛い声で、そんなことを求めるアイリスだった。どんだけ暗いとこが嫌いなんだか……。
それにしても、今なら天秤の傾きが少し平行に近づいた気がするが、まだ僕の命の方に天秤が傾いている。ってか、そんなので傾くとか僕の命どんだけ軽いんだよ。
「えっと、確かに少しずつダメージは与えてるっぽいけど、決定打に欠けるわね。ほら、あいつの中心部にちょっと色の違う塊が見えるでしょ。あれがあいつらの核になるところ。あそこにダメージを与えれば、あんたでも倒せるわ」
確かに今まであまり気が付かなかったが、スライムの中心部に周りとは色の違う部分が存在している。だがさっきまでの攻撃で、スライムの中心部に攻撃できないことは予想がつく。普通に攻撃してもだめなら……。
「アカリ、申し訳ないんだけど、ちょっと手伝ってくれる?」
すっかり遠くに退避していたアカリに助力を求める。僕がちゃんと相手取っていたのにどんだけこのスライムが怖いんだよ。
アカリは僕の頼みに嫌々ながらも答えてくれる。その足取りはとても鈍く、アカリが僕の元までたどり着く間にスライムに三発の打撃を加えることができた。ごめんね、そんなに嫌な思いさせて……。
「で……、私はどうすればいいのよ?なるべくあいつには近づきたくないんだけど。」
相手がどれだけ弱いとわかっていても、第一印象ってなかなか拭えるもんじゃないんだよな。これは現実世界でも同じことが言えると思う。第一印象恐るべし……。
「アカリがレイピアであいつの核を目掛けて斬って。そしたら、僕が露出した核を叩く。嫌なら無理にとは言わないけど、どうかな?」
僕もあれだけ嫌がっているのを見せられると、強気でこの作戦を押し勧めることが出来ない。そもそも、この作戦が上手くいくかもわからない。
でも一人で同じことをずっとやっていても、どれだけ時間が掛かるかわからない。食糧だって限界があるから、あまりゆっくりしている訳にもいかない。
「うっ……。わかったわよ。やってあげるわよ。もう、仕方無いんだから」
アカリはちょっとの間逡巡を見せた後、なんか恥ずかしいことを強要されて仕方無くそれを実行するときみたいな返事をして剣を構える。
それにしても、なんかアカリの瞳が潤んでいるような気がして、僕の心がズキズキと痛む。ごめんねアカリ。今度なんかお詫びするから……。
「はあああああああああ!!」
覚悟を決めたアカリが、一気にスライムに斬りかかる。アカリの視界はきっとぼやけているだろうが、それでもアカリはしっかりとスライムの核に向けて剣を振り下ろす。
核を中心にしてスライムが真っ二つに割れる。そしてスライムはビチャッと音を立てながら、地面へと消えて行った。
「……えっ。……えええええええ」
僕は驚愕の叫び声を上げながらその様子を見ていた。なぜなら僕の出番は一切なく、結局アカリがスライムを倒してしまったからだ。打撃じゃなくても核をちゃんと狙えばいいんじゃないか。アイリス……、何故一番大事そうなところを隠している。
僕はまたどうせ僕を馬鹿にしたような顔でこちらを向いているだろうと予想し、凄い剣幕でアイリスの方を睨むと、意外なことに小さな悲鳴を上げながら潤んだ瞳でこちらを眺めていた。やばい……、僕この数分間で女の子二人も泣かせちゃった。
「はあ~、大丈夫だよアイリス。僕は全然怒ってないから。暗いところに閉じ込めたりもしないから。ほら、いつも通り肩の上に乗って、ね」
どうやら本当にただ忘れていただけのようなので怒る気にもならず、溜め息を吐きながらアイリスを肩の上に乗るよう促す。アイリスも軽く頷くと、素直に僕の肩の上へと腰を下ろした。
それにしても、アイリスちょろ過ぎじゃないか……。これからなんかあったら、脅せば簡単に泣きついてきそうだな。でもその方法は僕の心が持たないかもしれない……。
何しろこれまで女の子と付き合ったこともなければ、幼馴染の奴以外に喋ったことすらほとんどないヘタレ童貞の僕に、女の子を泣かせるという行為は凄まじく心を削る。さっきから僕の心の中のダメージは半端じゃない。
「なんだ、あいつを倒すの簡単なんじゃない。それならそうとさっさと教えなさいよね」
隣でなんか、無駄に上機嫌になっている女の子がいた。どうやらスライムの弱点がはっきりして、恐怖心が消えたおかげで、すっかり機嫌がよくなっているようだ。ああ、あのか弱いキャラのアカリは何処へ……。
「それにしてもユナン、アイリスが教えてくれなくたってあんたが教えてくれたってよかったんじゃない?今回はあんた妖精状態のままだったんだから、別に喋ることもできたでしょうに」
アカリの言葉にユナンは腕を組みながら、相変わらず無愛想な顔で首を横に振る。
「妖精の全員がアイリスのように、モンスターの特徴を見破れる訳ではない。俺はそういうのには向いてないんだ」
ユナンはもう少し可愛げのある顔すれば、素直で良い奴そうに見えるのにどうしてもあの表情が邪魔をする。アイリスよりよっぽど素直で悪口も言わないのに、どうも妖精たちはどこか一癖あるらしい。それにしても、アイリスって何だかんだで有能な奴なのかも。
「そっか、ならしょうがないか。それにしてもお腹空いちゃった。そこら辺の腰下ろせる場所で少しご飯にしましょ」
アカリのその提案により、僕たちは腰を下ろせる場所を探した。
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