角兎
すぐにちょっとした岩場があったのでそこへと近づいていく。そこには最初に出会ったモンスター、ザンザーラが三体ほど居座っていた。
「くっ、ちょうどいい場所見つけたってのに、なんでこんな所にまであんたたちがいんのよ。まあいいわ、ちょうど試したいこともあったし、私が一瞬で片付けてあげる」
そう言ったアカリは魔導書からレイピアを出すと、レイピアを横に寝かせて柄の部分と刀身の部分を持って支える。
「断罪の刃に纏いし、大いなる風よ。その身を風の刃と為さん……。ヴィント・スパーダ」
アカリが呪文を唱えると、アカリのレイピアが風を纏い始める。
これが所謂付与魔法と言われる奴だ。それ単体では効力を持たず、武器などに付与することで力を得るタイプの魔法。初心者の冒険者が覚えやすい魔法の代表格だ。
風を纏ったレイピアを携えて、アカリは三体のザンザーラの元に迷いなく突っ込んでいく。
そしてその剣を一振り横に薙ぐと、先程と同じ攻撃とは思えないような凄まじい斬撃が繰り出された。何しろ先程はなかなか硬くて刃を通さなかったザンザーラの胴を、いとも容易く切り裂いたのだ。
ザンザーラは緑の体液を流しながらアカリに応戦するが、アカリの剣によって、その大きな脚も容易く切り落とされる。そして先程とは比べものにならない早さでザンザーラ三体を殲滅した。
ザンザーラを狩っているときのアカリは、滑らかで繊細な動きをしながら相手の攻撃避け、そして自分の攻撃を流れに逆らうことなく繰り出し、まるで踊りながら戦っているように見えた。
僕はその姿を素直に綺麗だと感じていた。僕はいつの間にか、彼女の戦闘に見入ってしまっていた。
「トオル、何してるの?片付けたんだから、早くご飯にしましょう。私お腹空いちゃってペコペコなの」
アカリが急かすように僕を呼び寄せる。
僕は彼女に見蕩れると共に、嫉妬していた。
なんで僕じゃないんだ。どうして僕が彼女を守る側じゃなくて、守られる側になっているんだ。
僕はそんな気持ちを顔には出さないように、しかし唇の中では歯を強く噛みしめてアカリの元へと向かった。
僕たちは魔導書にしまっておいた食糧を取り出し、岩場に腰を下ろして食べ始めた。今回持ってきているのはパンばかりで、しかもほとんどが味の付いていない素のパンだ。
今回は質より量を選んだので仕方がないのだが、数時間前に食べたご飯が恋しく思えてくる。
「そう言えば、アイリスたちはご飯とか食べないの?」
僕がふとした疑問を口にすると、アイリスは僕の肩の上で割と普通の口調で答える。
「そうね、私たちに人間と同じような食事という行為は必要ないわ。まあ強いて言うなら、あんたたち人間の身体から少しずつ魔力をもらってるから、それがあなたたちの食事と同義といっても過言ではないわね」
感じたことはなかったけど、どうやらアイリスたちは僕たちの魔力を食べて生活しているらしい。ってことは僕の食事そのものがアイリスたちの食事になるってことか。
食事は体力や魔力を回復する重要な行為だからお腹が減ったと思ったらなるべくすぐに食事を取りなさいって、エミリアさんも言っていたし……。
「そういえば、トオル。あんたのパラメータどれくらい成長した?やっぱり、ほとんど戦ってないから、パラメータも全然伸びてない?」
僕がアイリスの食事について考えていると、隣で食事を取っていたアカリからそんなことを尋ねられる。
僕もすっかり忘れていたが、あれぐらいの戦闘でいったいどれだけパラメータが伸びているのだろうか。僕の視線を受けたアイリスは、一度しょうがないなあという表情を浮かべた後、魔導書へと姿を変える。
「え~と、そうだな、確かに少しは伸びているけど、まだまだかな。他のページにも新しい記載は無さそうだし。」
僕が一ページ目を開くと、微妙に伸びたパラメータがそこには記載されていた。
筋力:9 耐久:7 敏捷:8 技量:5 魔力:5 運:5
筋力と耐久と敏捷が伸びていたが、技量と魔力と運については伸びてすらいなかった。どうやら戦闘で使用した部分のパラメータが伸びていくようだ。
つまり、今回の戦闘においてスライムとの一部攻防があったため筋力、耐久、敏捷については向上したが、ただ殴っただけで魔法も一切使っていないため、技量と魔力については一切向上しなかった。
最初だからスライムとあんな低俗な戦いをしてもパラメータの伸びがみられたが、いつまでもあんなことをしている訳にもいかない。そもそもこのパラメータですら他人と比べれば、スタートラインにすら立っていないのだ。
それにしても僕の武器はいつになったら記載されるのだろうか?このままではボス攻略何て夢のまた夢だ。
「そういうアカリは?ザンザーラってやつ四匹も倒したし、スライム倒したのも実質アカリだし、魔法まで使ってたし、パラメータ割と伸びたんじゃない?」
僕の問いに対するアカリの表情は、そこまで芳しいものではなかった。
「う~ん、意外とそうでもないのよね。私って、元のパラメータもそこそこ良いから、あれくらいじゃそんなに伸びないみたい。戦い方も大分わかってきたし、早く深層に行って、強いモンスターを倒して、ボスまでに平均パラメータ50くらいにはしたいわね」
アカリはもうかなり先のことを考えているようだ。しかしそれも先程の戦闘を見せられれば自ずとわかる。
初戦こそ戦闘に慣れていなかったために多少手こずったが、相変わらず飲み込みの早いアカリは三戦目には悠々と敵を殲滅してしまった。
こんな低層に滞在していては、折角の高パラメータを伸ばすことが出来ないだろう。でも深層に向かうには僕が邪魔をしてしまう。ここでも荷物なのに、深層に行けばもっと迷惑をかけてしまう。
「あっ、でも、だからってあんたを置いて行く気はないわよ。そのために食糧もたくさん持ってきたんだから。さっきのでも、ちゃんとパラメータが伸びたなら、ゆっくり伸ばしていけば大丈夫よ。急げば回るって言うでしょ。焦りは禁物よ」
アカリは急に僕にフォローを入れるようにそんなことを言う。もしかして無意識のうちに不安な気持ちが表情に出てしまったのだろうか。だとしたら、余計にアカリに気を遣わせてしまっているのではないだろうか……。
それにしても、『急げば回る』ってなんだよ。『急がば回れ』って言いたかったんだろうけど、やっぱりアカリって頭は弱いんだよな……。
「うん。ありがとう。一生懸命頑張って、少しでも早くアカリに追いつくよ。そして、一緒にこのダンジョンを攻略しよう」
ここで後ろめたいことを言えば、余計にアカリに気を遣わせてしまう。だからここは前向きな言葉だけを返しておくべきだろう。僕はその後無言で少し硬くて味気のないパンを貪った。
それにしても、アカリの覚え違いは直してあげるのが優しさだっただろうか?
食事を終えた僕たちは更に先へと進む。それにしても、やっぱりランクの低いダンジョンだからなのだろうか、モンスターとの遭遇率はかなり控えめなものだった。
ゲームだと数歩歩いたらすぐにモンスターとエンカウントするのに、数分歩いてやっと一体とか、数体の群れに遭遇するというのがこれまでの流れだ。
これが現実とゲームの違いか。いや、ここが現実かと言われると答えにくいんだけど……。
「トオル、そっち行ったわよ」
そんな訳で僕たちは現在、戦闘中だった。相手はホルンラパン。名前の通り鋭い角を額に携えたウサギである。真っ白のもふもふとした毛並に、それに似合わない鋭い角。
こいつはその角でしか攻撃ができないため、攻撃パターンがかなり限られてくる。それさえ見抜くことができれば、簡単に攻撃を避けて反撃に移ることが出来る。そのため、力と敏捷のパラメータ上げにはもってこいの相手だった。
「…っと、喰らえええええ!!」
僕はラパンの突進を何とかかわし、そのまま拳で一撃を入れる。なんとなく可愛い見た目をしているので殴ることに少し抵抗を覚えるのだが、そこはモンスターだと割り切ることで自分の心に折り合いをつけていた。
僕の殴打によって壁に叩きつけられたラパンだったが、決定打にはならなかったようだ。それにしても、僕の拳でそれだけ飛ぶってことは、相当軽いんだろうな。
ラパンは起き上がると再度突進を仕掛けてくる。僕はそれを間一髪でかわす。
「はあ……、はあ……」
ラパンとの攻防は数分間続いた。既に僕の息は上がっており、ラパンも、小刻みに肩を震わせている。もちろん相手は一匹で、ボス戦ではなく通常モンスターとのタイマン勝負だ。
「ふあ~。いつまで掛かってるんだか……。あんたも付き合い良いわよね。あんなの放っておいてさっさと先に行けばいいのに」
「それをされたら困るのはあんたも一緒でしょ」
「まっ、そうなんだけどさ」
僕には攻撃魔法も武器もないため、アイリスは魔導書になる必要がない。だから現在、アカリと二人で僕のラパンとの死闘を観戦していた。あの二人、いつの間にか少し仲良くなってないか?
そんな二人を横目に、僕は全力の拳をラパンにお見舞いするために構えを取る。ラパンも僕との間合いを取りながら、自らが突進するタイミングを見計らっている。
もう一度言うが、これはボス戦でもなければ、一騎当千の戦いでもない。雑魚モンスターとの一対一の通常戦闘だ。
僕とラパンは静かに睨みあう。お互いの早まる心臓の鼓動を感じながら、敵が動くのをまだかまだかと待ち続ける。そして、ラパンの目が鋭く細められたと思った瞬間、ラパンは地面を蹴って全速力で駆けだした。
僕との距離数メートルといったところで、ラパンは更に地面を強く蹴り僕の心臓向かって、角を突き出して飛び込んできた。
僕のプレートをラパンの角が掠めていく。その瞬間、僕には世界の時間の進みが遅くなったようにスローモーションに感じた。
ラパンは僕のプレートを掠め、そのまま僕の背後の岩壁に頭から突っ込む。僕はその隙を見逃さず、全力の殴打をお見舞いする。
「はああああああああああああ!!」
僕は雄叫びと共に全力でラパンに拳をお見舞いした。たぶん二人から見たら、相当地味な絵面だったと思う。それでも、ようやく僕は、ラパンの討伐に成功した。
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