再戦
その後、しっかりと着衣を済ませたアカリを前に僕は正座をしていた。
「だって、アカリがいなくなっちゃったんじゃないかって心配になって。でもさっきあんなことを言ってくれたのに、アカリが先に行っちゃうなんてことはきっと無いから、もしかしたらアカリに何かあったんじゃないかって……。それで、慌てて探していたら、茂みの奥に池があることなんてすっかり忘れてて……」
お互いが落ち着いたことにより、さっきは全然出てこなかった理由、もとい言い訳がしっかりと言葉になって出てくる。それを聞いたアカリも、先程のように激昂する様子はなく、比較的落ち着いた様子で池にいた理由を述べてくれる。
「さっきも言ったと思うけど、全力疾走してあんたを探したせいで、凄い汗掻いちゃったのよ。それで、気持ち悪かったから綺麗な水の池で汗を流してたの……」
アカリは腕を組みながらこちらを見下ろすような格好を取っているため、なかなかの絶景となっていた。この眺めはこの眺めでありだな、とかなんとか心の中で考えていると、アカリから心底呆れたような溜め息が聞こえてきた。
「もういいわ……。なんか、怒ってるのも馬鹿らしくなってきたし。悪気はなかったんでしょ。なら、もうこの話は終わり。トオルもさっきあったことは忘れること。これ以上この話をしていても、私が余計恥ずかしくなるだけだわ」
「うん、もう忘れる。本当にごめん……」
あれだけガン見していたためしっかりと脳裏に焼き付いてしまっており、忘れるなんて到底出来そうもない。それに怒られ続ければ、もう少しこの眺めを楽しめるのでは……。いや、止めておこう、ここは大人しく謝って穏便に終わらせておこう。
「もう良いわよ。っていうか、わざとじゃないんだったらこれ以上謝るのは止めなさい。もしかしてわざとだったんじゃないかって、勘ぐってしまいそうになるから……」
そう言って僕の方を一瞥するアカリに、僕は全力で首を横に振る。それを見たアカリは、もう一度溜め息を吐いて腕組みを解くと、僕に背を向けて壁の方まで歩いていく。
壁に背を預けて座り込むと、魔導書からおもむろにパンを取り出してかじり始めた。
アカリが食事を始めたのを見て、ようやく正座から解放された僕はしびれる足を引きずりながら、アカリとは逆方向の壁へと腰を下ろした。
するとアイリスがフワフワと僕の肩に飛び乗ると、僕の耳に近づいて小さな声で僕に話しかける。
「さっきから何をバタバタしているのかと思えば、あんた覗きなんてしてたのね。あんたにそんな甲斐性があったなんてびっくりだわ。少し見直しちゃった。ふふっ……」
最後の不気味な笑い声がすごく気に障ったため、ブスッとした顔でアイリスの方を向くと、含みのある笑みを浮かべながら楽しそうに僕の方を見ていた。
「うるさい。別に見たくて見た訳じゃないから」
とは言ったものの、あれだけガン見しておいて見たくて見た訳じゃないなんてよく言えたものだな、と自分でも苦笑が漏れだした。でも本当にわざとじゃないんだからね……。
僕とアカリはゆっくりと食事を済ませると、ミノタウルスとの戦いに向けての話し合いを始めた。
「正直なところ僕はそこまでパラメータの伸びが無かったんだよ。まあ、魔力や技量は少しくらい上昇したけど、他はほとんど変わらなかった」
僕のパラメータの変化の無さにアカリは疑問を投げかける。
「そりゃ、私みたいな元からパラメータの高い冒険者は、いつまでも同じ敵と戦っていてもパラメータが上がらないのはわかるんだけど、なんでトオルみたいなパラメータの低い冒険者が、伸びないんだろう?」
それについては僕も同意見だ。まるで僕のパラメータがすでにここにいるモンスターに釣り合っていないために、パラメータの上昇が止まったような感じだった。
しかし、実際には僕のパラメータは、初心者冒険者の平均パラメータと大差の無いものだった。
「でも、いつまでもここにいる訳にはいかないよ。ここのモンスターを倒してもパラメータが上がらないのなら、先に進むしかない。確かに、このパラメータのまま強い敵と戦うのは怖いけど、それでも僕にはいざとなったら存在を消す魔法だってあるし、何よりアカリがいてくれる」
僕は強い意志の込もった眼差しで、アカリの顔を直視しながらそんなことを言った。僕のその言葉に対して、アカリは頬を少しだけ染めて、恥ずかしそうに紅潮した頬を掻きながら、照れ笑いを見せる。
「……まあ、信用してくれていいわよ。トオル一人くらいなら、私がしっかり護り切ってあげる。それくらいの力は私にもあるはずだから」
その照れ笑いに反して、言っている内容は客観的に見ればとても傲慢で猛々しかった。しかし僕にとってそれはとても心強いもので、全くもってその言葉を疑う気にはならなかった。
「うん。ありがとう。僕もなるべくアカリの力になれるように頑張るよ」
もう後ろめたい言葉は言わない。ただひたすら前を見て進もう。僕はなんとなくアカリに向けて手を伸ばした。最初アカリは僕の意図を読み取ることが出来ず不思議そうな顔をしたが、やがて僕の意図を酌みとってその手を取った。
僕たちはお互いの意思を確かめ合う様に、お互いの手を握り合い握手を交わした。これから命を預け合う者同士、二人は力強くお互いの手を握り合った。
そして僕たちは、ミノタウルスを倒すべく、セーフティゾーンの先にある開けたフロアへと歩み始めた。
先程とは違い、ミノタウルスは最初からフロアの真ん中を陣取り、僕たちを待ち構えていた。開けたフロアに出た瞬間、ミノタウルスは巨大な斧を携えて雄叫びを上げながらこちらへと突っ込んでくる。
前回の戦闘との違いとして、パラメータの違いは確かにあるのだが、何よりもアカリのアームガードが壊れてしまっていることが大きい。
つまり、敵の攻撃を先程のように受け止めることは恐らく不可能であると思われる。
相手の力を込めた一撃を喰らえば、僕もアカリもひとたまりもないということだ。しかし相手から一撃も喰らわなければ、それは何の問題にもならない。
僕とアカリは走り込んでくるミノタウルスに対して、左右に別れるようにして距離を取った。ミノタウルスが標的に選んだのはアカリの方だった。ミノタウルスは僕には目もくれずに、アカリを目指して方向転換をする。
ミノタウルスのその様子を見たアカリはすぐさまレイピアを魔導書から引き抜く。そして一旦立ち止まり、ミノタウルスを迎え撃つ体勢をとる。
ミノタウルスは斧を大きく振り上げて、アカリに向けて思い切り振り下ろすと、斧は野太い叫声を上げながら空を切る。
アカリはその攻撃をレイピアでは受けきれないと悟り、地面を蹴って後退したのだ。そしてアカリが元いた場所に、ミノタウルスの斧はめり込むように振り下ろされ地面に罅を刻み込む。
「本当に、何て馬鹿力してんのよ。やっぱりまともに攻撃を受けるのは無理そうね」
地面の四方八方に罅が入り、少し離れた場所でも地震のような揺れを感じる。
ちなみに僕はというと、アカリを標的にしたミノタウルスの視線から離れたため、アカリの様子を見ながら魔法を唱える準備をする。
アシミレイションには先程も述べたように発動条件がある。それは相手に視認されていないこと。逆を言えば、視認されている相手には魔法が発動することはない。それを上手く利用するのが、今回僕たちが考えた作戦だ。
ミノタウルスの意識をアカリに向けさせる。その瞬間ミノタウルスの視界から僕は外れる。僕はミノタウルスをアカリと挟むように位置取りをすることで、アカリには視認されているが、ミノタウルスからは視認されていない状況を作り出すことが出来る。
つまりそこで魔法を唱えれば、ミノタウルスからは存在を認識されなくなるが、アカリからはしっかりと認識されていることになる。
僕はアカリの視界に入るタイミングを見計らって魔法を唱える。
「アシミレイション」
元々ミノタウルスはアカリを標的にしていたため、僕の存在が消えたことには全く以て気が付いていない。なら魔法を唱えなくてもいいんじゃないかと思われるかもしれないが、こうしておくことで、僕が接近してもミノタウルスは気が付くことが出来ないのだ。
野生の感覚ってのは怖いから、念には念を入れてしっかりと安全な状況をつくっておくに限る。
僕はラビット・ナイフを魔導書から引き抜き、ミノタウルスに近づいていく。
適当に振った斧が当たる、なんて間抜けな状況にだけはならないように気を付けて、僕はミノタウルスとの距離を詰める。その間アカリは必死に敵の攻撃を避け続ける。
そして僕はミノタウルスの背後を取った。それでもミノタウルスが僕の存在に気が付く様子は一切ない。そして、僕は新たなる希望を口にする。
「勇猛で気高き我が刃よ、その身に紅蓮の炎を宿せ。フレイム・エッジ」
先程の無茶な戦いで得た、僕の新たな魔法。
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