共闘
「勇猛で気高き我が刃よ、その身に紅蓮の炎を宿せ。フレイム・エッジ」
先程の無茶な戦いで得た、僕の新たな魔法。ラビット・ナイフに炎が宿り、刀身が熱を帯びる。熱を帯びた刃なら、僕の低い筋力パラメータでも硬い獣皮を貫くことが出来るはずだ。
僕は炎を纏ったラビット・ナイフをミノタウルスの背中に向けて突き出した。その刃は、予想通りミノタウルスの背中に突き刺さり、ミノタウルスの悲鳴にも似た叫び声を上げる。
しかしミノタウルスには僕のこれくらいの攻撃では、大したダメージにはならない。僕はミノタウルスに攻撃を加えたことで、完全にミノタウルスに認識されて魔法が解ける。
そして、急に背後に現れた僕を追い払うために、標的を僕に変えてその斧を振り回し始めた。
僕の攻撃が大したダメージにならないのは想定済みだ。そもそも僕は攻撃することが目的ではない。アカリの攻撃を確実にするための隙をつくることが僕の役目。
アカリは僕が接近したのを見て、既に自らのレイピアに風を纏わせていた。ミノタウルスが自分に背を向けた瞬間、地面を蹴って一気に距離を詰める。そして風を纏ったレイピアで、何撃もの突きを繰り出した。
「はああああああああああ!!」
凄まじい速さでミノタウルスの背名に突きを繰り出していく。突きを喰らったミノタウルスは背中から血のような大量の赤い液体を流してその場に倒れる。これで終わりかと僕は一瞬思ったが、そうは問屋が卸さない。
ミノタウルスは地面に手を付いて立ち上がると、まるで四足歩行のような体勢になり、その四つの手足で地面を蹴ってその場から飛び退き、僕たちから距離を取った。重荷になる斧は最早目もくれずにミノタウルスは素早い動きで僕たちの元を離れた。
どうやらミノタウルスは攻撃力を捨てて、スピードの勝負に出たようだ。ゲームと同じように自らの危機を感じ取ると、攻撃パターンが変わる奴だ。
「アカリ、一撃は斧を持ってる時と比べると弱くなったかもしれないけど、あいつは素手でも十分攻撃力が高い。気を付けてね。たぶん僕がとどめを刺すことは不可能だから、あくまでもサポートに回る。無茶はしないでね」
僕の言葉にアカリは静かに頷く。アカリの表情がどこか楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。まるで強敵を前にして興奮しているようにも見える。
でも今はそれでいいのかもしれない。強敵を前に怯えてしまっては、自分のパラメータを十分に発揮することもできずに負けてしまうこともあるだろう。それなら、興奮状態で自分のパラメータを存分に発揮した方が余程いいはずだ。
僕がそんなことを考えている内に、ミノタウルスが次の行動に移る。二足歩行の体勢に戻ると、地面を蹴って猛ダッシュでこちらへと走ってくる。
その速度は先程とは比べものにならないほど速く、予想よりも早くに距離が縮まる。今度は二人で別々の方向に別れるなんてことはしない。アカリは走りくるミノタウルスに向かって走り出す。
アカリとミノタウルスが正面からぶつかり合う。アカリのレイピアを、ミノタウルスは蹄で受け止める。
二人がぶつかった衝撃が辺り一面の草花を大きく揺らす。それを見ただけでも、二人がどんな勢いでぶつかったが想像できる。正直僕があの二人の間に入れば、数秒も持たずに死んでしまいそうな気がする。
僕はアカリがミノタウルスを止めてくれている間に、もう一度さっきと同じ位置取りをしに行く。今回は僕がアカリの背後にいるので、先程の位置取りをするためには、回り込まなければならない。
そう思った僕は、二人が蹄と刃を打ち合わせているところを回り込もうとしたのだが、二人のちょうど真横辺りを通り過ぎたところでミノタウルスの血走った眼球がこちらをギロリと睨んだ。僕の額に一気に汗が滲み出る。
ミノタウルスは普段よりも力を込めてアカリの剣を振り払うと、体勢を崩したアカリを尻目に、僕の方へと接近してくる。
今の状況でアシミレイションを使ったところで、何の意味もない。逃げるにも、僕の低い敏捷ではすぐに追いつかれる。
ならば、僕が取る行動は一つしかない。アカリがミノタウルスに追いつくまでの数秒を、自分自身の力で乗り越えるしかない。
僕は足を止めてミノタウルスと向き合った。
戦うんだ……。自分の意志で、生き残るために戦うんだ。
「フレイム・エッジ」
僕は刃に手をかざしながら魔法を詠唱する。小さな刃は炎を纏い赤く燃え上がる。
ミノタウルスは僕の数メートル前で跳躍し、頭上から僕に襲い掛かる。腕についた蹄を突き出して、重力に任せて僕へと突っ込んでくる。僕は逃げることなく、炎を纏った刃をその蹄に向けて突き出した。
僕のナイフとミノタウルスの蹄がぶつかり合う。普通のラビット・ナイフのままなら、おそらく折れていただろう。それくらいの衝撃が僕の身体中を走った。正直、ミノタウルスから受けた衝撃で、地面がへこんだのではないかと思うくらいだった。
しかし、魔法によって強化されたナイフは、ミノタウルスの攻撃を、軋みながらも何とか受け止めた。ミノタウルスの眼球が小さく歪む。
だが、そこでミノタウルスも攻撃を止めることはない。その場から一度退いて着地すると右手の蹄をすぐさま僕へと突き出して攻撃を加える。
僕はそれを何とか退けるが、技量も敏捷も心許ない僕は、アカリのような打ち合いをすることはできない。
次々に繰り出される蹄を何とかさばいてはいるが、一撃ずつコンマ数秒の遅れを取っていく。そして遂に僕のラビット・ナイフはミノタウルスの蹄に弾かれ、宙を回転しながら離れた所に突き刺さった。僕は無防備な状態になった。
しかし、それで十分だった。僕の視界にはしっかりとアカリが映し出されていた。僕が見せた隙に誘われて僕に攻撃することしか頭になかったミノタウルスは、完全に背後の意識を失っており、アカリが間合いに入るまで気付かなかった。
アカリはがら空きのミノタウルスの背中に、風を纏った刃を串刺しするように突き刺す。その刃はミノタウルスの身体を貫き、ミノタウルスの腹から銀色の刃が顔を出していた。
ミノタウルスの動きは完全に停止し、アカリが刃を引き抜いた瞬間真っ赤な液体を辺りに撒き散らしながら膝から倒れ込んだ。
ミノタウルスは僕に覆いかぶさるように倒れ込んできたが、最早息は無い。
僕が倒れ込んできたミノタウルスの重さに悲鳴を上げていると、数秒も経たない内にその身体は灰になりミノタウルスは姿を消した。
僕たちは、ミノタウルスに勝利したのだ。
まあ、正直な話をすると、それほど大げさな話ではない。アカリのパラメータがあれば、時間を掛ければ一人でも十分に倒せるような相手なのだから。それでも僕たち二人にとって、ミノタウルスを倒したことは大きな一歩になるだろう。
アカリは、ようやくミノタウルスの重みから解放された僕の元に歩み寄り、僕に向けて手を差し伸べた。
「おつかれ、トオル。しっかり戦えたじゃない。少しは、カッコよかったわよ」
そう言うアカリの表情は、優しげな笑みに満ちていた。僕がその手を取ると、アカリは軽々とその手を引いて僕を立ち上がらせてくれる。
「アカリこそおつかれ。なんか、アカリに言われても、皮肉にしか聞こえないよ。本当にカッコいいのはアカリだろ。ほとんど、アカリがやったみたいなもんだし……」
そう、ほとんどはアカリがやった。でも、全てじゃない。少なくとも僕はしっかりとこの戦いに参加していた。それは今まで頼りきりで、戦いを避けてきた僕にとって大きな進歩だった。
僕たちは少しずつ成長していく。パラメータのように目に見えるものだけでなく、精神面においても少しずつ変わっていくのだ。
それこそ、ゲームとは違う現実的なファンタジー。パラメータの数値だけでは強さを計ることはできないのだ。
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