出発
「まあ、準備はこんなものかしらね。お金もほとんどなくなっちゃったし」
エミリアさんはやっと僕たちのサポートを終え、伸びをしながらそんなことを言った。一悶着ありはしたものの、大きな問題が起きることはなく準備を終えることができた。まあ、問題は山積みな気がするけど、今はそれについては触れないでおこう。
僕たちはその後道具屋を回って、薬草の買い足しや聖水と呼ばれる精神力を安定させる水なんかを買ったりした。
魔法を使うと精神力を消費し、だんだん集中力が保てなくなってしまったり、ひどいときは意識を失うらしい。つまり魔力の回復のための道具であり、薬草と並んで必須のアイテムとされている。
後は残りのお金で食料の買い足しなんかをして、準備は完了となった。ちなみに魔石なんてものは、今の僕たちには到底買うことができなかった。
「後はギルドに戻って、ダンジョンへと送り届けてもらうだけね」
ギルドでは冒険者をそれぞれのダンジョンへと無償で送り届けてくれるサービスがあるらしい。僕たちはそのために、現在ギルドへと向かっている。
「蒸し返すようで悪いけど、大事なことだからもう一回だけ言っとくね。確かに今現在、トオル君に武器は無い。だけど、最初は素手で戦ってきた冒険者も数は少ないけれど存在する。ただ、その冒険者たちは例外なく、力のパラメータが高かったけど……。だから、トオル君は別に戦えない訳じゃない。最初はアカリちゃんの助け無しには、どうしようもないかもしれないけど、ある意味トオル君は可能性を秘めていると思うの。だから、諦めないで、絶対に生きて帰ってきてね」
素手で戦うことができるという事実は、僕に一筋の希望を与えてくれた。魔導書から生み出した武器でなければ戦えないと言われていたので、てっきり素手でも効果が無いと思っていたのだが、どうやら魔導書を持つ冒険者たちは魔力を身に纏っているため、素手での攻撃は可能らしい。
ただ、同じパラメータで武器を持つものと比べれば、与えられるダメージは相当少ないらしい。その上僕のパラメータは最低値だ。
けれど、ゼロじゃない。僕はそれだけを、いや、アカリのサポートも希望にダンジョンへと向かうことを決意した。
ギルドへと到着すると、先程は通り過ぎた大広間の先にある扉へと向かった。その扉を開けると、そこには馬車みたいなものが用意されていた。
馬車ではなく、馬車みたいと言ったのは、それを引くのが馬ではなく足の長い亀(?)だったからだ。
象のような体を持ちながら、しかしその背中には甲羅を乗せている。また、胴から伸びる首は亀のそれと類似しており、その大きな体を覆う皮膚は爬虫類のそれと同じだった。だから僕はそれを亀だと思ったのだ。
だが、その亀らしき物体は足の長さが亀のそれと比べると長く、高さが二メートル近くあった。それゆえ、亀と断言することはできなかったのだ。
「これ、モンスターですよね?なんで、ギルドの中にモンスターが…?」
僕が驚いてその亀(?)を眺めていると、エミリアさんが可笑しそうに笑いながら説明をしてくれた。
「まあ、みんな最初は驚くわよね。こいつの名前はカームタートル。もちろんお察しの通りモンスターよ。でも、モンスターの全てが敵って訳じゃない。冒険者の中にテイマーって呼ばれる人たちがいるんだけど、その冒険者たちはモンスターを手なずけることを得意としているの。で、そのテイマーが手なずけたモンスターをギルドで預かって、こうやって冒険者の運搬に一役買ってもらっているって訳」
ゲーム世界ではもはやおなじみのテイマーという職業。まあ、こっちの世界に職業という概念はなさそうなのでそういう分け方は違うかもしれないが、彼らは基本的に武器を使わず、自分たちのステータスも低めで、手なずけたモンスターを戦わせることができるという少し変わった戦い方をするのが特徴だ。
某RPGには、本当にモンスターを仲間にして戦わせ、主人公は一切手を出さないというものもあった。
「このカームタートルには、人間をモンスターから知覚されなくできる力があるのよ。だから、カームタートルがいれば、安全にダンジョンを行き来することができるわ。だから、道中でモンスターに襲われるなんて心配は無用よ」
このように、モンスターにも様々な特徴があるらしい。そんなモンスターたちを手懐けてしまうテイマーはやはりすごいと思う。
そんな訳で、僕はまたテイマーという新たな可能性に少し気分を高揚させて、亀のモンスターの眠たそうなつぶらな瞳を眺めていた。
「さあ、乗った、乗った。考えたって仕方がないことは考えない。大丈夫、君たちならきっと何とかなる。アカリちゃんはデフォルトで強いし、トオル君のその特殊な魔導書の中身はきっと何かある。だから、自分たちを信じて頑張ってきてね」
僕たちはエミリアさんに促されるがまま、亀の引く乗り物に乗り込む。とりあえず乗り物の中の椅子に腰を下ろした僕は、備え付けの窓へと顔を近づけ、そこからエミリアさんに向かって手を振る。
「色々お世話になりました。絶対に生きて帰ってきて、またエミリアさんのお世話になります。帰ってきたときは、あのおいしいご飯をもう一度奢ってくださいね」
隣にいたアカリも、同じようにして窓から手を振る。
「本当にありがとうございました。またすぐ、お世話になりに行くんで、忘れず待っていてくださいね」
僕たちを送り出すエミリアさんは、まるで我が子を送り出す母親のように、瞳に涙を浮かべながら手を振る。
「いってらっしゃい。待っているからね」
エミリアさんのその言葉を合図に、カームタートルはドスンッといういかにも重たそうな足音を立てながら動き始めた。
さあ、ついに僕たちの冒険は始まった。ここが僕の主人公への道の幕開けだ。絶対に生き残って見せる。そして、僕の魔導書の特異性に何の意味があるのか、それを見届けるまでは僕は死ぬ訳にはいかない。
僕たちはエミリアさんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。エミリアさんも同じように、僕たちが見えている間は手を振り続けてくれていた。
馬車にいる間は二人とも深い眠りについていた。
これもエミリアさんの忠告で、ダンジョンに入ったら寝る時間も無くなってしまう。しかし、睡眠をなるべく取らないと精神力がもたず、魔法が使える量が減ってしまう、とのことだった。
ギルドがこうやって無償でダンジョンへの移送を行ってくれるのは、そういう配慮があってのことらしい。だから馬車の中もある程度広く、睡眠をとることができる。
エミリアさんとの別れ際に、含みのある意地の悪い笑みを浮かべて、
「アカリちゃんに手出すんじゃないわよ」
なんて忠告されたが、僕が彼女に手を出せる訳がない。それは命を捨てる行為に等しい。考えるだけで寒気がする。
僕が手を出して彼女に嫌われて僕を捨てて先に行かれてしまったら、僕は何もできずにモンスターに殺されてまうから。その前に、彼女に殺されてしまいそうだが……。
でもこんな言い方をすると、まるでそんなハンディキャップが無かったら手を出しているみたいに聞こえてしまうかもしれないが、もちろんそんなことは無い。僕は、誰彼構わず手を出すような節操のない男ではないのだ。
そんな感じで馬車の心地よい揺れを感じながら、馬車の窓のカーテンを閉め、できるだけ外からの光を遮り、僕たちは夢の世界へと旅立った……。
「んっ、うううん、んん……」
僕は唸りながら少しだけ目を開く。眠気眼のぼやけた視界に入ってきたのはAM 3:00という、うっすらと発光するデジタル時計のディスプレイ。
覚醒しきっていない頭では何も考えることができず、適当に辺りを見回す。そこは、僕がこの十数年過ごしてきたいつもの僕の部屋。
本棚には漫画が敷き詰められるように並んでおり、テレビに備え付けられたレコーダーが今まさに録画を行っているのか、薄らと光を放ちながら動作音を鳴らし続けていた。
僕はぼうっとした頭を働かせる気すら起こらずに、僕の中に寄生し続ける睡魔に抗うことなく、もう一度目を閉じていく。
まだ冒険は始まったばかりなのだ……。
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