幕開
心地よい揺れの収まりと共に僕は目を覚ました。先程まで何か夢を見ていたような気がしたが正直あまり覚えが無い。ただ、とりあえず睡眠は取れたようで、頭はすっきりとしており悪くないコンディションでダンジョン攻略へと向かうことが出来そうだ。
そんなことを思いながら僕は馬車のカーテンを開ける。暗く閉ざされた部屋の中に薄らと陽の光が差し込む。
僕は軽く目を細めながら外の景色をゆっくりと見渡す。先程までの景色とは打って変わって、周りは木々がびっしりと生い茂っており、鳥たちのさえずる声や、あまり聞き慣れない鳴き声が森中にこだましている。
僕が起きたせいで、僕の肩の上に乗っていたアイリスが転がるように落ちるところを、危うくキャッチする。その振動でアイリスは目を覚ましたが、寝起きのため頭がぼうっとしているようで、自分の身に何が起きたのかはわかっていないようだった。
窓から入り込んできた木漏れ日に撫でられて、アカリも目を覚ます。彼女もゆっくりと眠りにつくことができたようで、気持ち良さそうに伸びをしていた。
僕は彼女に向けて手を差出し、外に出るように促す。
「おはよう、アカリ。さあ、ダンジョン攻略に向かおう」
僕たちの冒険が、ついに幕を開けた。
ダンジョンはものすごくわかりやすくなっていた。どうやら今回のダンジョンはエミリアさんが言っていた中の洞窟型らしく、緑で埋め尽くされた森の中にどう考えても一か所だけ灰色のゴツゴツとした場所があった。
しかも、標高が一か所だけ妙に高い。もっと自然に溶け込んでいるものかと思ったけれど、案外そうでもないらしい。どちらかというと、そこにあったものを押し除けて無理矢理出現したという印象を受けた。
森のダンジョンと聞いていたので、どちらかというと神殿型か塔型をイメージしていた。森の中に悠然と存在する少しさびれた感じで植物の蔓がそこかしこに張り巡らされている塔、といいうのが僕の中の森のダンジョンのイメージだったからだ。
僕がそんなことを考えていると、アカリもこのダンジョンへの感想を口に出して言った。
「これがダンジョンか……。ちょっとイメージと違ったなあ。森のダンジョンって言うから、てっきりさびれていて、植物の蔓とかが張り巡らされている塔みたいなのかと思っていたんだけど、まさかの洞窟型だったとはね。なんか周りの風景と比べると、凄い異質なのよね」
聞いてびっくり……、アカリは僕と全く同じ想像をしていたようだ。やっぱりそうだよな。森の中のダンジョンって言えばそういうのイメージするよな。いやあ、ちゃんとわかってるじゃないか、アカリ。
僕がそんなことを思いながらこっそり親指を立てていると、肩から声が掛けられる。
「ほら、突っ立ってないでさっさと行くわよ。ここジメジメしてて気持ち悪いから、さっさと攻略して街に戻りましょう」
「あ~やだやだ」と言いながら、アイリスはわざと見せるかのように明らかにげっそりとした表情を浮かべている。
もう少し感傷に浸らせてくれてもいいだろ。なにしろ、これが初めてのダンジョン攻略なんだから感慨深いものがあってもいいと思うんだけど……。
しかし、そんなことは口には出さない。アイリスのことだから、いちいち反論すれば、また突っ掛かってくるに違いない。ここは穏便に済ませておこう。
「そうだね、そろそろ行こうか」
これから先導していくのはアカリのはずなのに、何故か僕が指揮を執ってしまった。まあ、アカリはそんなことを気にしている様子もなく、普通に僕の後ろをついてきてくれているんだけど……。
アカリの肩に乗るユナンは、相変わらず無愛想な顔のまま黙ってそこに佇んでいる。
僕たちは森の中を少し歩いたところにある、今回の洞窟型ダンジョンの入口に到着していた。唯一の風の通り場所であるその入口は、まるで泣き叫ぶかのような音を鳴らしている。その音は、早く入ってこい、と僕たちを急かしているようにも聞こえる。
中は薄暗く、外から様子を見ても中の様子を覗うことができない。
「何があるかわからないし、僕が最初に足を踏み入れてみるよ。戦闘では当分役に立たなさそうだから、こういうところでアカリの役に立たなくちゃ」
そう言ってみたものの、先が見えないというのはやはり怖い。僕は息を飲んで喉を鳴らし、冷や汗で額を湿らせながら、ついにその足を本当にゆっくりと入口の中へと踏み入れた。
恐る恐る足を踏み入れるが、そこでいきなり襲われるということは流石になかった。岩壁に手を付きながら十歩程先に進んだそのとき、僕は急激な浮遊感に襲われ、そのまま転がり落ちていった。
正直落下した距離は5メートルくらいで、尻餅を付いたところに柔らかい芝生が敷き詰められており痛みを感じることもなかった。
そして僕は周囲が急に明るくなったことに気が付く。僕が顔を上げ、その先にあるものを僕の目が認識した瞬間、僕は驚きに包まれた。
その中はまさにダンジョンというにふさわしく、辺りはコケや草花、ところどころが木々に覆われており、コケや石がそれぞれに光を放つことで、暗い洞窟の中を照らしている。
この光景を見た途端、森の中のダンジョンっていうのはこういうものだ、とか言っていた自分が馬鹿らしくなり、ダンジョンの内部に見入ってしまう。
「トオル……、大丈夫なの?生きているなら返事してよ」
生きているならって……、それはあまりにも酷くないですか。とは思ったものの、それに対してわざわざ口を挟むこともなく、僕は大声で外のアカリに無事を伝える。
「大丈夫だよ。ちょっと段差があって落ちただけで、別に怪我もしてないよ。アカリも降りておいで」
僕の言葉が暗闇に消えて行った直後、そこからスカートを必死に抑えたアカリが、叫び声を上げながら落ちてきた。
「きゃああああああああ!!どいてえええええ!!見ないでえええええええ!!」
僕は落ちてきたアカリを受け止めることなく、必死でその場から逃げ出した。ここで受け止めに行かないとか、主人公以前に男としてどうなんだ、自分……。
しかし、僕と同じように、アカリも柔らかい芝生のお陰で怪我もなく落ちてきたようだ。
「み、見てないでしょうね……」
真っ先に気にするとこそこなんだ…。どうやら、僕が受け止めに行かなかったのはしょうがないと思われているらしい。それはそれで寂しいんだけど…。
「大丈夫、全然見てないから。そんな余裕もなかったし……」
僕が苦笑を浮かべながら否定すると、険悪な表情をしていたアカリが、急に驚いたような表情へと変貌する。僕の後ろに広がる光景に、ようやく気が付いたようだ。
「うわあ、綺麗ね。この光景を見ると、森の中のダンジョンって感じはしないけどなんだか幻想的で、これはこれでありだと思えるわ」
これまた僕と同じ感想を抱いてくれたらしく、僕も分かり合える同志ができたみたいで、少し嬉しくなる。それにしても、何でアカリって僕みたいなオタクと、気持ちを共有できるのだろうか……。
アカリはどうやら、スカートの中を見ただの、見なかっただのはどうでもよくなったらしく、立ち上がってこの空間のど真ん中に歩いていくと、そこで急に立ち止まる。
「さて、ダンジョンにも入ったことだし、軽く試してみますか」
アカリのその言葉をいまいち理解できなかった僕が首を傾げて彼女を眺めていると、「ユナン」 と急に大きな声で自らの分身の名を呼んだ。名を呼ばれたユナンは、何の返事もないまま、アカリの目の前まで飛んでいくと、自らの身体に光を纏いその姿を魔導書へと変貌させた。
そしてアカリはそれを手に取ると、それがどのページなのかを確認することもなくページを開き、そこに手を押し当てた。
「疾風の如く、触れる物全てを断罪する愚かなる刃よ、我が元に来たれり」
アカリがその言葉を言い終えると同時に魔導書が漏れださんばかりの輝きを放ち始める。
そしてアカリは魔導書に押し当てていた手を握りしめ、ゆっくりと魔導書から引き離していく。
すると、魔導書の中からゆっくりと一本の刃が顔を覗かせる。そして最後は一気に引き抜くように、その全貌を露にした。
これこそ、この世界の武器の生み出し方。魔導書から生み出された武器は魔法の力を帯びており、モンスターにダメージを与えることができる。僕の魔導書には未だ記されていない力。
「カッコいい……。カッコいいよ、アカリ」
僕は自分がまだ同じことができないことなど忘れ、アカリのその姿に見蕩れてしまった。呪文を詠唱しながら武器を生み出すなんて、カッコ良すぎる。厨二心をこれ以上なく震え上がらせる光景だった。
確かに生み出した武器自体はお世辞にもカッコ良いと言えるものではなかった。柄の部分から伸びるシンプルな直線状の鍔には特に装飾もなく、色は全て銀色という何の特徴も無い剣だった。
特徴を上げるとするなら、その刀身はかなり細く作られており、斬るよりも突きを得意とする剣ということだ。ただし、しっかりと刃もついており斬ることも可能なようだ。
「これが私の武器なのね……。確かに、とっても細くて軽いわ。これなら、私でも扱えそうね」
アカリが感慨深そうにその剣を何度か素振りしながら満足そうに笑顔を見せる。こんな姿を見てしまったら一刻も早く自分の武器が欲しくなる。
「なあ、アカリ。その剣って名前とかってあるの?」
僕がなんとなく感じた疑問を口にすると、アカリが魔導書へと目を移しその名を口にする。
「コンヴィクト・レイピアって書いてあるわね」
つまり、断罪のレイピア。さっきの詠唱の中にも断罪って言葉が入っていたし、この細い刀身に刃が付いているとなれば、剣というよりレイピアだ。
どうやら、ネーミング自体は僕らの世界と変わらないようだ。しかし、武器の名前に断罪とか入っているとやっぱり厨二心をくすぐられる。
一通りアカリがそのレイピアで素振りをして、体を慣らし準備が完了したところで、僕たちのダンジョン攻略は遂に動き始めた。
僕がやったことといえば、屈伸とか伸脚とかこれから体育の授業でもやるのか、と言われそうな準備体操だった。だって、武器とか無いから自らの身体を暖めておくくらいしか、僕にできることはないんだもん……。
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