装備
店を出て少し歩いたところで、冒険者たちで賑わう商店街が見えてきた。この商店街はさすがに元の世界とは訳が違う。まず防具屋のような、あからさまに危ないものを平気で外に飾ってある店が点在していること。
それと怪しげなお店がやけに多いこと。それはそうと、防具屋はたくさんあるのに武器屋はどこを見渡しても見当たらなかった。それなのに、鍛冶屋はあるといった、違和感しか覚えない店の並びをしていた。
ちなみに道具屋なんかは、僕たちの世界の八百屋なんかを想像してくれるといいと思う。棚の上に、薬草やらがたくさん並んでいた。
「あの黒々としたお店はなんですか?なんか光る石がいっぱい並んでますけど……」
僕はいかにも怪しげな、黒々としていて、入口もなんか黒いカーテンみたいなのが垂れている店を指差した。商品の紹介なのか、店先の台の上にいくつかの怪しげな光を放つ石が並べられている。
「ああ、あれは魔石屋よ。いろんな魔石を売っているわ。見た目はすごく怪しげだけど、中身は全然……、なんてことはなくて、中身も十分怪しげなの、これが。でも、商品の質は信頼してもいいわ。ただし、凄く高価だから今のあなたたちには縁のない店よ」
「魔石ってなんですか。なんか召喚できたりするんですか?」
某RPGをやっていた僕としては、魔石と聞くと召喚獣を思い出してしまう。召喚獣を呼び出すときのシーンって、いつみても心躍るものがあるよな。
「魔石っていうのは、まあ言葉通り魔法を閉じ込めた石ね。トオル君の言うとおり、召喚型の魔石もあるけど、それは滅茶苦茶高価でほぼ取引されないらしいわ。基本的には、魔導書に書かれていない魔法でも、一時的に使うことができるようになるのが魔石よ。ランクが高いダンジョンになると欠かせないのが転移石ね。これを使うとダンジョンからこのホフンヘイムにひとっ飛びできるわ。ランクが高くなるとイレギュラーも多いから、そういう時はこれを使ってダンジョンから離脱するのよ。覚えておいてね」
正直ランクが低くてもそれは関係ないんじゃないか、という疑問はあるが、僕たちが買えるような値段ではないことは明らかなのでそれに関しては言及しない。
ちなみにお金の稼ぎ方については、ギルドが発行しているクエストをこなしたり、ダンジョンでのモンスターからのドロップアイテムを売却することでお金を稼ぐらしい。
クエストについては初心者が受けることはできないらしく、エミリアさんから「また今度ね」と言われて、詳しい説明を受けることができなかった。
僕たちはその怪しげな魔石屋はとりあえず通り過ぎて、防具屋へと足を踏み入れた。
鎧や手甲、プレートや肘当て、兜など様々な種類の防具が取り揃えられていた。いろんな防具屋があるのにどうしてここなのか気になったので尋ねると、エミリアさんは質問だらけの僕に嫌な顔一つせずに答えてくれる。
「その店ごとに、ブランドっていうものがあるのよ。良いブランドになればなるほど、値段も質も上がっていく。初心者には初心者のための店ってのがあるのよ。ここは初心者御用達の店だから、素材はそこそこだけど、値段もそこそこだからこの店にしたの」
要は僕たちの世界の洋服みたいなものだろう。しかし、僕たちの世界では高いブランドものの服はただのステータスでしかないのだが、この世界ではそのブランドが耐久力という命に係わるステータスとなるので、洋服選びのように高いのに似たデザインだからこれにしようなどといった選び方はご法度だ。
「今日のところは肘当てとか膝当てとか、手甲とかのそれぞれのパーツにしといた方がいいわよ。召喚型の冒険者だから、プレートは最初っから装備しているのがあるし、そもそもプレートとか鎧はそれだけでいい値段いっちゃうから最初の買い物ではお薦めしないわ。それなら、道具とかの方にお金を回した方が、効率がいいと思うわ」
僕はエミリアさんの教え通り手甲と膝当てを買うことにした。今回肘当ては諦めて、最安価の奴ではなく中間くらいの値段のちょっと良い物を選ぶ。
僕は気に入ったデザインのそれらを選んで、試着するために店に置いてあった鏡を見つけてその前に立った。そして、そこに映る姿を見て驚愕の声を上げてしまった。
「な、なんだこれえええええええええ!!全然、ぼ、僕じゃないじゃないか……」
よく考えたらこれがこっちの世界の僕との初対面だった。だって、アカリもアイリスも僕のことを冴えないって言うから、てっきり向こうの世界と同じ顔をしているのかと思った。
でも、鏡に映っていたのは、くせっ気を帯びた濃い赤の豊かな髪を持ち、鼻も元より高くなってた僕だった。ただ、目は向こうの世界と変わらない少しだけ垂れ目の情けない目をしているのが気になったが、向こうの世界の僕と比べればよほど整ったカッコいい顔をしていた。
それにしても、僕は眼鏡なしで過ごしていたことに、今更になって気が付いた。
僕のことを冴えないと言った彼女たちは、いったいどんな男なら冴えているように見えるのだろうか。まあ、目のせいで情けなさが抜けきれていないのは認めるけど……。
「何よ?大声あげて、うるさいわね。鏡にあんたの死相でも写っていたの」
アイリスが久しぶりに言葉を発する。おそらく、エミリアさんがアカリの防具選びに付き添っているため、今現在僕が一人になっていたからだろう。アカリには初対面で喧嘩吹っかけたクセに、意外と人見知りなのかもしれない。
「いやあ、今初めて僕の顔を見たから、少し驚いちゃって……」
僕がそう言うと、アイリスは鼻を鳴らしながらこう言った。
「そうでしょ。あんた、相当冴えない顔しているでしょ。それで何?前の世界の自分の顔と比べて、想像以上に冴えなくなってて、驚いちゃったの?」
こいつ、久しぶりに喋りだしたと思ったらすぐこれだ。まあ、そんなことを気にしていたら、これからアイリスと下手をすれば一生付き合っていかなければならないので、ここは本音を隠して流しておく。
「まあ、そんなとこかな。僕のことは気にしないでよ、アイリス」
うん、何とも大人な対応……。降りかかる火の粉は払うのではなく避けるのだ。こういう火の粉は払おうとすると余計に火力が上がるから、そのまま避けるのが正解だ。
僕の言葉に何とも腑に落ちない表情をしならが、こちらを睨み付けているアイリスはとりあえず無視して、僕は自分が選んだ手甲と膝当てを試着してみる。手甲は深紅をベースにしており縁は金属のそのままの色であろう銀色になっていた。
膝当ては漆黒というのが相応しい光も反射しない黒のもの。こちらは縁が灰色になっている。付け心地はどちらも少しだけ違和感を覚えた。何しろひざや手の甲に何かを填めるなんてことしたことが無かったから、違和感を覚えるのは当然のことだ。
僕は鏡の前で胸の前に腕を構え、深紅の手甲を鏡に向けてポーズをとる。カッコいい。
こんな格好を元の世界でしたら、厨二病とさげすまれながら馬鹿にされることが、こちらでは寧ろこれが当たり前なのだ。本当にここは僕にとっての天国である。
嬉しくなった僕がいくつか鏡の前でポーズをとっていると、アカリがこちらに近づいてくる。
「トオルも、もう決めたの?あっ、手甲と膝当てにしたんだ。割と様になってんじゃん」
僕はその言葉に猛烈に気分が高まった。さっきまで冴えないと言われていた女の子に、様になっていると言われたこともあるが、この格好を見て様になっていると他人から言われたことが、なんだかやっとこれまでの元の世界での自分が認められた気がして嬉しくなったのだ。
隣の性悪妖精は、一切僕のことを褒めずにあくびなんてしてたのに……。
「アカリも、凄く似合っているよ。アカリは膝当てと、アームガードにしたんだね」
よくよく考えたら女の子に向かって「似合っているよ」なんて言うのは初めてな気がしたが、如何せん今の僕は気分が高まっているので、緊張することなく元の世界なら恥ずかしさが込み上げてくるような台詞を自然に言ってのけた。
「さっき魔導書から出して確認したんだけど、私の武器って細剣なのよ。それで、細剣だったら大振りしない細かい動きが必要になるから、手甲だとどうしても手首の可動域が縮まっちゃうんだって。だから、慣れるまではなるべく手甲は使わない方がいいって、エミリアさんが教えてくれたの」
アカリは色を合わせたのか、どちらも翡翠色のベースに縁が銀色となっており、なんとなくおしゃれな雰囲気が出ていた。
それに比べて僕の色のチョイスはなんとなく地味だ。どちらも配色が黒々としている。しかし、僕はおしゃれなんか求めてない。厨二上等、僕はおしゃれよりも、カッコ良さを選ぶ。
「ん?ちょっと待って、アカリってもう武器持ってんの?」
散々どうでもいい思考を巡らせた後、僕は一つの引っ掛かりを覚える。アカリは既に武器を持っているという。しかも、魔導書中に……。でも、僕の魔導書には武器なんて書かれてなかったし、というか、パラメータのページ以外はあの使え無さそうな魔法が書いてあるページしかなかった。
「そりゃ、武器の一つくらい持っているでしょ。じゃなきゃ、どうやってダンジョン攻略なんてするのよ。モンスターと戦えないじゃない」
そう言えば、防具屋はたくさんあったのに武器屋はなかった。つまり、武器は買うのではなく、魔導書から魔法のように生み出すものなのか?しかし、僕の魔導書には今のところそんなページは一切ない。
あれ?僕ってどうやって戦うの……。
「あ、あのエミリアさん……。魔導書に武器が無い僕は、どう戦えばいいんでしょうか?」
僕が泣きそうな声を上げながらエミリアさんに問いかけると、彼女はバツの悪そうな表情でこう言った。
「不思議なこともあるものね。あ、あははは……」
僕って他人よりもハンディキャップ多すぎませんか……。ねえ、神様……。
その後エミリアさんに聞いた話だと、最初に武器の記載がない場合は基本的にダンジョン攻略を進めていくと何らかの条件で魔導書の中に記載されるようになるらしい。
それを元に、自分がモンスターから手に入れた素材を用いることでそれを強化することはできるが、一から武器を作ることはできないらしい。だからこそ、武器屋は無いのに鍛冶屋があるのだそうだ。
いや、その説明には少し誤解がある。武器を作ること自体は可能なのだが、一から作った武器ではモンスターにダメージを与えることができないのだそうだ。だから、基本的には元となる最初の武器が初期の魔導書に記載されているはずなのだが、どうやら僕は例外らしかった。
「あまり見たことないわね……、武器の記載がない魔導書なんて。あっ、でもアイリスちゃんを責めちゃだめよ。これに関してはアイリスちゃんには一切責任無いから。彼女たちはただ与えられた力をその魔導書に書き記していくだけで、それを消したり、書かなかったりすることはできないの。だから、まあ、言っちゃなんだけど……、それがあなたの力ということね」
エミリアさんはアイリスのフォローをした後に、ものすごく言いにくそうにこの現象についての説明をしてくれた。そうです、全て僕が悪いんです……。
僕はあからさまに落ち込みながら、どんよりとした顔を隠すことなく項垂れていた。
「でも、本当にどうすればいいんですか、エミリアさん?それじゃあトオルは、これから一生ダンジョン攻略に行けないじゃないですか。それだったらトオルがこの世界に呼び出された意味は何なんですか?」
意外なことに、アカリがまるで僕の気持ちを察したかのように、僕の言いたいことをエミリアさんに告げた。
でも、そんなことをエミリアさんに言ったところで仕方がない。だって、彼女が僕をここへ呼んだわけじゃないんだから。
だから僕はその言葉を飲み込んだ。吐き出して、誰彼構わず暴れて叫びたかったけど、その責任はここにいる誰にも無いのだから。もし、ここにいる誰かに責任を求めるとするなら、それは僕自身でしかない。
「やめろ……」
僕はこの世界に来てから初めて、こんな冷たくて、暗くて、怒りの混じった声を発した。アカリが僕のために言ってくれたからこそ、そんなことを言わせた自分が許せなかったから。
「やめてくれ……」
これ以上みじめになるのは嫌だ。僕が目指したものには、僕はどうしても追いつけないという現実。それが本当に悔しかった。自分の頬を、熱い何かが流れ落ちるくらいに……。
「でも、このままじゃ、だってトオルはこの世界に来たこと、あんなに喜んでいたじゃない」
今まで明るかった僕のそんな声音を聞いたアカリが、少し泣きそうな顔をした。やめてくれ、そんな顔されたら僕が泣けないじゃないか……。
アカリにこの世界が楽しいなんて、言葉にして言ったことはなかった。それでも、僕の態度の節々を見て、僕がこの世界を本当に楽しんでいるのだと、気が付いてくれていた。それくらいには、僕を見ていてくれていた。
僕は自分を必死に押し殺して、きっとアカリにもエミリアさんにもばれていただろうけど、それでも必死に作り笑いをして見せた。
「それでも僕は、ダンジョン攻略に行くよ。それが僕の夢だったから……。素手でだって戦ってやる。それが、僕がここに来た意味だと思うから……」
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