食事

 空腹でお腹を鳴らしまくっていた僕に気を使ってくれたのか、先に昼食を取ることになった。今更だがこの都市の名は、ホフンヘイム《希望の国》というらしく、ギルドを中心に円形に街が広がっている。

 もちろんお金さえ貯まれば家を買うこともできるそうで、それまでは宿屋での寝泊りとなるらしい。

 また、この都市は巨大な壁に囲まれており、それはモンスターたちがいつこの都市に襲い掛かってくるかわからない、という危惧から作られたものらしかった。

 ギルドからそんなに離れていないところに、お姉さん改め、エミリアさんの行きつけのお店はあった。


「すいませぇん。席三つ空いてますか?」


 キィッという少し寂れた音を立てながら、西部劇の酒屋にあるような下に吹き抜けがある扉を開いて店の中へと入っていく。中には何人か既に客がいたが、空席もいくつかありその中の一つに案内される。

 それにしてもここはなかなかに天国だった。だって、ウェイトレスは皆、元の世界のメイド服となんら変わりない格好をしており、その中の獣人のウェイトレスなんかは、天然ものの猫耳メイドになっていた。

 店内を見渡しても種族は獣人とヒューマンで固められており、奥に見える無愛想で年季の入った猫の獣人以外の店員は、メイド喫茶で働くメイドたちみたいな感じだった。


「おばちゃん、適当になんか見繕って。おいしいのお願いね」


 猫の獣人は手を高く上げたエミリアさんを一瞥すると、何の返事もなく料理をする手元へと視線を戻した。僕がそんな様子を見て『うわぁ』と思っていると、それが表情に出ていたのか、エミリアさんがこの店の女将さんであろう彼女のフォローをしっかりと入れる。


「ここの女将さんは、見た通り無愛想だけど腕はいいから安心して。それにこの店の、ウェイトレスの子皆可愛いでしょ。おばちゃんの趣味みたいなんだけど、あんな可愛い子たち拝みながらご飯食べられるなんて、素敵でしょ」


 さっきまでの大人な女性のエミリアさんはどこにいってしまったのだろう……、と思いながら彼女の楽しそうに話す様子を眺めていた。なんか、言っていることが女性らしくないというか、どちらかといえば男性目線の意見だった。でも、男の僕は大いに賛成だ。

 それにしても、あのなりでこの趣味とは、女将さんも変わってらっしゃる。

 僕はもう一度店内をグルっと見回した。木造の建物で、厨房の前にはカウンター席が七つほど置いてあり、今僕たちが座っている周りには僕たちが座っているのと同じような丸いテーブル五つほど並んでいた。

 入口の右奥にはジュークボックスが置いてあり、ジャズっぽい音楽がそこから流れてきている。天井ではグルグルと扇風機の羽みたいなものが回っている。

 ウェイトレスは可愛いのに、そんなおしゃれな店内の雰囲気のせいで、メイド喫茶とは少し違ったイメージを覚えてしまう。

 それでもウェイトレスたちは可愛いのでついつい目で追ってしまう。そんな僕のメイドを追う呆けた表情を見たアカリは、かなり鋭い視線でこちらを睨み付けてきた。

 怖いです、女神様……。と先程までのアカリのイメージを引きずったまま、僕はサッと視線を机の上に戻した。だって机以外のところを見るとどうしてもウェイトレス、もといメイドさんが目に入ってきて隣から痛い視線が突き刺さってくるんだもん。

 僕が隣の視線から逃げていると、エミリアさんが僕へと話しかけてきた。


「それで、私の仕事ぶりはどうだった?かなり自分のキャラを隠して、お淑やかなお姉さんみたいな感じでやってみたんだけど、どうだったかな?」


 そう尋ねてくるエミリアさんは、もう最初のイメージとはあまりにも違い過ぎて、キャラ崩壊を起こしていた。でもオンオフの切り替えが上手くてこれが自然体なんだろうな、と思いながら僕は彼女に賞賛の言葉を贈る。


「本当に騙されちゃいましたね。さっきまでのエミリアさんを見ていたら、凄く仕事のできるベテランの方って感じがしましたから」


 僕がそう言うと、彼女は幼い表情で少しだけ膨れてみせる。


「え~、それだと私が本当は全然仕事ができないみたいじゃない」


「ち、違いますよ……。言葉の綾です」


 そう言ってうろたえる僕に、少し邪気の混じった小悪魔みたいな笑顔を見せる。どうやら遊ばれていたようだ。僕もそんな彼女に愛想笑いを浮かべていると、アカリが続いて、エミリアさんに尋ねる。


「でも、よかったんですか?仕事放ったらかして、私たちと一緒に来ちゃったりして」


 それは僕も疑問に思っていたところだった。いくら僕たちが初めての客で大事にしたいからといっても、ここまでくると世話焼きが過ぎるような気もするが……。


「大丈夫よ。私、今日はあれで仕事終わりだったから。だから、今はプライベートの時間よ。プライベートをどう使おうが私の勝手でしょ」


 それはそれで、なんだかエミリアさんに申し訳ないという気持ちになってくる。だって、せっかくのプライベートの時間を僕たちのために使ってもらっている訳だから。

 でも楽しそうに笑っている彼女を見ると、そんなことを聞くのは野暮なのだろうと、僕はただ感謝の言葉だけを述べる。


「ありがとうございます。こんなに良くしてもらって」


 僕は心からの感謝の気持ちを述べた。それに続いてアカリも同じように感謝の言葉を述べると、エミリアさんは少し頬を紅潮させながら、頭を掻いて照れ笑いを浮かべる。


「いやあ、なんかそうやって面と向かってお礼を言われると、恥ずかしいわね。あまり、気にしないでね。好きでやっていることだから」


 そう言って僕たちの机が生暖かい空気に包まれていると、猫耳メイドが料理を運んできた。


「お待たせにゃ」


 小さめの身長に不釣り合いな、ウェイトレスの制服から零れそうな程大きな胸が目の前で揺れる。そんな光景を僕の視線が逃す訳がない。吸い込まれるように、彼女の姿を凝視していると、猫耳メイドが不思議そうに尋ねてくる。


「ボクの顔になんか付いてるにゃ?」


 その上、僕っ娘きたああああああああああああああ!!などと僕が心の中で歓喜の雄叫びを上げながらガッツポーズを取っていると、またも僕のたぎった心を一瞬で凍りつかせるような冷たい視線が両サイドから向けられる。

 そう言えば、ここに来てからアイリスのことすっかり忘れてたけど、今の視線でしっかり思い出しました……。


「な、何でもないです。ご、ごめんなさい」


 僕が急いで謝ると、はにゃ?と可愛げに首を傾げながら、料理を僕らの席に置いて、厨房へと帰っていく。冷たい視線が飛び交う僕の隣で、エミリアさんが浮かべていたすごく含みのある笑みには、気が付かない振りをしておこう。

 僕が心を落ち着かせていると、それに続いてヒューマンのメイドも二皿の料理を運び込んできて、すぐに机いっぱいに料理が並んだ。そこから漂う香ばしい香りが鼻孔を刺激し、空腹のお腹がまだか、まだかと鳴り始める。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 そう言ってエミリアさんが手を合わせたのを見て、僕たちも手を合わせた。どうやら、そういう文化は僕らの世界とあまり変わらないらしい。

 そして僕は目の前の料理から漂ってくる香りをゆっくり楽しむこともなくがっついた。

 料理はとてもおいしかった。僕たちの元の世界のものと、使っているものは見た目的には変化なく、所謂ゲテモノ料理が出てくることはなかった。僕は何気にそれを結構気にしていたので、料理が並んだ瞬間に急激に安心感を覚えて肩を撫で下ろした。

 食べている間はほとんど会話を交わすことは無く、ただ食べることに集中した。僕はもちろんのこと、アカリも相当お腹を空かせていたようで、女の子らしさを残したまま、それなりに料理を頬張っていた。

 机に並んだお皿の上が二十分も経たないうちに綺麗になった。あの無愛想な女将さんも、僕たちの食べっぷりを見て満足そうに、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。

 でも、僕の視線に気が付いた瞬間、その笑みを引込めて視線を自分の手元へと移した。


「いやぁ、食べた、食べた。君たちも、よっぽどお腹空いてたんだね。もしかしてまだ足りない?」


 更に追加注文を尋ねるエミリアさんに、僕は手を顔の前で振りながら否定を示した。アカリも僕の方を見て、うんうんと頷いていた。エミリアさんはそんな僕たちを見て満足そうに笑みを浮かべて見せた。


「じゃあ、腹ごしらえも終わったし、そろそろ身支度をしに行きますか」


 エミリアさんはそう言って立ち上がると、続けて大人っぽくこう言った。


「あっ、今日の支払いはお姉さんに任せなさい。冒険者デビュー祝いってことで、お姉さんが奢ってあげるわ」


 そう言って、女将さんのところに行くと、支払いを済ませて戻ってきた。


「さあ、行くわよ」


 エミリアさんの後を追って僕たちは店を後にした。あっ、もちろん出ていく前にちゃんとごちそうさまは言ったよ。だってあの女将さんそういうとこ厳しそうだし。言わなかったら、次来たときどんな顔されるかわかったもんじゃない。

 まあつまり、僕はまたここに来ようと心の中で決めていたのだ。

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