準備

お姉さんがタイミングを見計らったかのように帰って来た。


「ランクEの森のダンジョンであなたたち二人を登録してきたわ。たぶん、今回は横取りされることはないと思うから、安心して」


「横取りされることってあるんですか?」


 お姉さんの言葉にアカリが疑問を投げかける。


「もちろん、あくまでもダンジョン攻略は早い者勝ちだから、後から来た冒険者にボス攻略を先にされちゃっても文句は言えないわ。特にランクC、B辺りのダンジョンっていうのは、冒険者の数も多くてそんなのばっかりよ。その中で、抜き出た冒険者たちが上級冒険者と呼ばれるようになるの」


 つまり、ランクEやランクDといった初心者組は冒険者自体の数が少なく、ダンジョンの取り合いにならないということだ。あとはランクA以上の上級冒険者と言われる人たちも、冒険者の数が少なく取り合いにならないらしい。

 あれ?そう言えばお姉さんの話し方がいつの間にか砕けたものになっているような……。まあ、いっか……。


「あの、ランクSSSまで分類分けされていますけど、現状で一番強いとされる冒険者の方でどのくらいのダンジョン攻略が可能なんですか?」


 僕はふとそんなことを疑問に思ったのですかさず質問する。一番上を知っておくのは一つの目標を立てるために必要なことだ。まあ、大体高く目標を立てすぎて失敗する人がほとんどなんだけど……。


「そうね、今現在攻略可能とされている、最高のランクがSね。ソロ攻略ならAだけど。大体の上級冒険者たちは既に固定パーティを組んでいるんだけど、その中でも一番強いとされているパーティが、つい先日ランクSを攻略したところよ。まだランクSSまでは当分掛かりそうだけどね」


 世界最強のパーティか……。なんかカッコいいな。いったいどんな人たちが組んでいるんだろう、と疑問に思った時には既に口にしていた。


「最強のパーティってどんな人たちなんですか」


 僕はそのカッコいい響きに興奮しながら、机に身を乗り出してお姉さんに尋ねていた。

 その勢いに少し困惑して、「まあ、落ち着いて」と両手で座るように促され、僕は我に返り椅子に座り直す。

 隣で「何やってんのよ……」と小言を言われたような気がしたが、気にしないで無視する。いや、さっきまでは女神様とか言ってたけど……。


「パーティって基本的に四人で組むんだけど、彼らは種族で言えば、龍人とヒューマンとエルフとウンディーネね」


 お姉さんは指を四本立てて説明を始める。


「龍人の冒険者は攻撃力が凄まじく高くて、とにかく特攻型の近距離戦タイプ。赤黒い鱗に覆われているから、『深紅の剛龍』なんて呼ばれているわ」


 やっぱり亜人の最強って言ったら龍人だよな……、なんて思っていると、お姉さんはドンドン説明を続けていく。


「次にヒューマンの冒険者が、魔力と力をバランスよく合わせ持った、中距離タイプの子よ。主武器が細剣なんだけど、この太刀筋が凄まじく速いってことと、凄くきれいな黒髪ってことから『漆黒の流星』なんて呼ばれている」


 次々と出てくる異名に、すっかり聞き耳を立てており、ジッとお姉さんを見つめていたことに、今の僕は気付いていなかった。


「エルフの冒険者が魔法専門の遠距離攻撃型。異常な魔力量が生み出す破壊力のある魔法を使うことから『断罪の魔術師』って呼ばれているわ」


 そして最後の説明をしようと、お姉さんが人差し指をピンッと立てた。


「で、最後のウンディーネの冒険者は、治癒や補助の魔法を得意とするわ。上級と呼ばれるダンジョンに向かうためにはこの役割の冒険者は欠かせないと言われている。補助と治癒が加わるだけで、一つ上のランクを攻略できるようになるとまで言われているの。でこの子のが『神癒の女神』って呼ばれてるの」


 なんと一人残らず異名まで付けられていた。やはり、上級冒険者ともなると有名人になれるらしい。まあ、異名の付け方に前二人と後ろ二人で若干の差異はあったけど、その辺は気にしない。

 それにしても、そんな上級冒険者の中にちゃんとヒューマンが含まれていることに少し驚きを禁じ得なかった。

 何しろこういうデミヒューマンがいる場合、大体人間よりも彼らが頭一つ抜きんでていることが多い。その中で人間でありながら、最強パーティに入ることができることを知れたことで、僕の中で闘志が燃え上がった。

 僕でも頑張れば最強パーティの一員、いや、最強の冒険者と呼ばれる日が来るかもしれない。

 しかし、そんな気分の高まりはすぐにもう一つ疑問によってかき消されてしまう。


「あれ、でも待ってください。もしかしてダンジョンのランク付けって、四人パーティの場合とかだったりします?」


 例えば、これが四人パーティとしたときのパラメータ平均だとしたら、二人でパーティを組んでいる僕たちは間違いなく力不足だ。どれだけアカリが強かろうと、数の暴力には敵わない。だがそれは僕の杞憂だったようだ。


「その心配はないわ。確かにランクC以上は基本的には四人パーティの平均パラメータで考えられているけど、ランクEやDは一人あたりってことになっているわ。まあ、確かに人数が多い方がいいけど、初心者でいきなり四人パーティを組めなんてなかなか難しいもの。でも、さすがに一人で行くのはなるべく止めているけどね」


 お姉さんは僕の杞憂を取り払う様に晴れ晴れとした笑顔を見せてくれる。

 僕はほっとしながらアカリの方を見ると、どうやらアカリも気にしていたらしく、小さく安堵の溜め息を吐いていた。


「とりあえずこれで、いつでもダンジョンに向かえるんだけど、身支度とかはまだしてないわよね?」


 僕たちはこちら側の世界に来てからアイリスたちに促されるがまま、このギルドへと来た。寄り道をしている時間などなかったため、身支度など何もしていない。というか、そろそろお腹が空いてきているくらいだ。

 僕が空っぽになり始めて何かを求めるように泣きついてくる自らのお腹を擦っていると、お姉さんがパンッと手を打ち鳴らした。


「よし、それじゃあ、お昼も込みで私がお買いものに付き合ってあげるわ。はい、これは初心者の冒険者に配布される、初心者セットよ。少しだけど、お金とかダンジョン攻略に役立ちそうなものが入っているわ」


 そう言いながら、お姉さんが差し出してくれた袋を僕とアカリは受け取る。そこにはお金と、薬草と思われる大きな葉が数枚と、おそらくパンであろう物体が入っていた。


「そういう道具は手に持っていると邪魔だから、魔導書にしまっておくのが基本よ。魔導書の後ろの方に色が違うページがあるでしょ」


 お姉さんの言葉を確かめるべくアイリスに視線を合わせると、しょうがないわね、と言わんばかりの表情で魔導書へと姿を変えた。

 僕はその魔導書をペラペラとめくり、お姉さんの言うページを探す。それにしても、やっぱり僕の魔導書って文字が書いてあるページが少なすぎるよな……。

 そんな風に独りでに落ち込んでいると、後ろの方のページが少し年季の入った本に見られる、日焼けしたような茶色いページが現れた。


「これ、日焼けしてた訳じゃなかったのか。ちゃんとこのページにも意味があったんだ」


 僕がそんな魔導書の細かい違いに感心していると、お姉さんが説明を続ける。


「そのページの上に、今渡した袋をかざしてみて」


 僕とアカリは言われたとおりに、開かれた魔導書の上に手渡された袋をかざすと、急に袋が光りだして魔導書の中へと吸い込まれていく。

 そしてみるみる内に魔導書の中に新たな文字が書き足されていく。その文字は相変わらず知らない文字のはずなのに、その意味がわかってしまう。


 薬草×5 パン×3


 新たに記された文字はその二行だった。やっぱり薬草だったか、と自分の目利きに少しだけ賞賛を贈っていると、お金がどこかへ消えてしまったことに気が付く。

 まあ、一つ言い加えておくと、王道RPGをしたことがある者なら、あれが薬草であることは簡単に見破ることができただろう。

 僕がペラペラとページをめくりながらお金を探していると、アカリがそれに気が付いたのか、「ほら」とわざわざ自らの魔導書を指差して教えてくれる。

「自分のパラメータのページ見てみなさい。ちゃんと所持金がそこに書かれているから」

 僕はアカリの教え通りに最初ページを開くと、見たくもない数値の羅列の下に、


1500ベル


 という、謎の単位が付いた数値が記載されていた。

 謎の単位と言ってはみたものの、アカリの話からしてもこれがこの世界のお金の単位であることは明白だった。

 1500ベルがこの世界でどの位の価値があるのかはわからないが、とりあえずこれでダンジョン攻略に向けて、身支度を整えることができる。


「よし、じゃあ行きましょうか」


 そう言ってお姉さんはぐるっと他のカウンターを避けて、僕たちの元へとやってくると、遅まきながら自己紹介をした。


「私、エミリアよ。よろしく。あなたたちが、私の最初のお客さんだったの。だから、これからもご贔屓に」


 最後にとんでもないことを暴露してくれた。

 僕たちも初心者だけど、彼女も初心者だったのかよ。手続きとか、説明に穴が無ければいいんだけど。振る舞いとか見ていても、そんな様子おくびにも出さなかったのに……。

 あっ…。でも、途中で口調が変わったのは、もしかしてそういうことだったのかな?

 まるでベテランのように振る舞っていた彼女は既にそこには無く、最初に少しだけ感じた幼さを存分に振りまきながらアカリと僕に手を差し出す。その手を僕たちはしっかりと握り返し、自己紹介をする。


「トオルです。これから、よろしくお願いします」


「アカリです。私も、お願いします」


 三人はお互いに自己紹介を終えると、身支度をするためにギルドの受付から離れ、冒険者たちで賑わう市街地へと向かっていった。

 何気にまた、女性の手を握ってしまった。やっぱり柔らかかったなあ……。

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