嘘言
一旦二人きりとなった僕とアカリ (妖精は除外する)は、二人だけで状況の整理をすることにした。
「なんだか、面倒なことになったわよね。わざわざ異世界のために、頑張ってダンジョン攻略して強くなって、この世界を護れって言うんでしょ?なんで私たちがそんなことしなくちゃいけないんだか……」
アカリが溜め息を吐きながら呆れ顔で心からの不満の声を吐露する。
確かに、普通に考えればそういう結論に至るだろう。異世界のためにわざわざモンスターと戦わなければならないなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
しかし、僕は正直興奮を抑えきれないでいた。ダンジョンに向かうのが楽しみで仕方がない。
それはそうと、パートナーであるアカリの強さをとりあえずは把握しておきたい。
「ねえ、アカリ。アカリのパラメータってどれくらい?平均でいいから教えてくれないかな?」
僕がそう尋ねると「そうね」と言って頷きながら、ユナンと顔を見合わせる。アカリの意図を酌んだユナンは目を瞑ると光を放ちながら魔導書へと姿を変える。
アカリは自らの魔導書の一ページ目を開きながら少しの間何かと格闘し、やっと僕の方へと向き直った。
「えっとね、大体パラメータの平均は三十五程度かしら。別に、計算に戸惑った訳じゃないんだからね」
わざわざそういうことを言っちゃう辺り、頭の弱い子だな……。と僕が言葉には出さないように心の中で少しだけアカリのことを馬鹿にしながらアカリの言葉を反復していると、僕の額に汗がにじみだす。
「アカリ、もう一回だけ平均パラメータ言ってくれないかな……?」
僕はどうしても彼女の平均パラメータを疑わずにはいられなかった。だって、三十五だぞ。アイリスの話では、平均初期パラメータは大体二十前後、それに比べてアカリは三十を超えている。
「何よ、私が計算できてないとか思ってんの?私だって二桁の足し算くらいできるわよ」
なんか全然明後日の方向に捉えられてしまったが、それについてツッコんでいる余裕は今の僕には無かった。だって、目の前にいるのが、もしかしたら主人公級の高パラメータの持ち主かもしれないのだから……。
「そんなこと全然思ってないから……。ただ、もう一回だけ確かめたいだけ。でも、できればもう一回計算してくれると嬉しいかな、くらいには思っているかも……」
僕が大量の冷や汗を掻きながらアカリに懇願する。
アカリも僕の態度の異変に気が付いたのか「しょうがないなあ」と言いながら、もう一度魔導書を開いて数分近い時間を掛けて格闘した後、僕にもう一度告げる。
「やっぱり何回計算しても一緒よ。私の平均パラメータは約三十五。さっきからなんかものすごい表情しているけど、私のパラメータに何か不満でもある訳?」
もう聞き違えもないし、勘違いもない。いや、まあ勘違いについては、彼女の頭が本当に弱くて、計算が間違っているという可能性も残されてなくもないが、他人の魔導書を見ることはできないので、それについては言及しようがない。
僕の目の前にいるのは、かなり高パラメータの将来有望な冒険者なのだ。
そこで僕は一つの疑問が浮かぶ。確か僕の魔法は、ある意味現実世界での僕を如実に表した魔法だった。なら、召喚型の冒険者は現実世界の能力に合わせたパラメータになるのかもしれない。僕は失礼を承知で彼女の現実世界のことについて尋ねる。
「答えたくなかったら、全然答えなくてもいいんだけど、アカリって元の世界でなんかのスポーツ選手だったりした?しかも結構トッププレイヤーとか……」
アカリは僕の質問に、困惑して目を見開いたまま硬直する。そして、落ち着いたのか少しの時間が経ってから、現実世界についての質問という失礼極まりないものに素直に答えてくれる。
「ど、どうしてわかったの……?私何も言ってないわよね。まあ、確かに、私は陸上の短距離の選手で全国大会にも出てたけど……。まあ、トッププレイヤーとまではいかないにしても、そこそこ上位の選手であったことは、自分でも認めるわ」
やはりそうだ。この世界での初期パラメータは現実世界に依存している。ならば僕のこのパラメータはひどすぎやしないか。だって、現実世界でも最弱って言われているようなものだ。悪いが僕は自分をそこまで低く評価した覚えはない。僕より弱い奴なんて探せばいくらでもいると思う。うん、たぶんだけど……。
それは置いとくとして、僕はとんでもない人とパートナーになったのかもしれない。
「いや、すごいパラメータ高いって聞いて、もしかしたら元の世界でもすごい身体能力だったんじゃないかなと思って……」
僕が彼女がトッププレイヤーであることを推測した理由を述べると、彼女は納得したように「あぁ……」と感嘆の声を上げて何度か頷いていた。
「へえ、そういう考え方もできるのね。で、トオルは平均パラメータいくつなのよ。私にだけ言わせるなんてことしないわよね?」
すごい爽やかな笑顔をこちらに向けてきている。流石スポーツ少女。そういえば僕の見立てに間違いはなかったようだ。僕は出会ったその時から彼女をスポーツ少女だと看破していたのだから。
しかし、今は彼女が向こう側の世界でどんな人間かなんてことはどうでもいい。
もしかして、今の自分にはかなり危険な選択を迫られているのではないのだろうか。
だって僕のパラメータを聞いたら、彼女は弱すぎる僕に見切りをつけて一人で行ってしまうかもしれない。どう考えたって僕お荷物だし……。
しかしこんな爽やかな笑顔を見せる彼女に嘘を吐くのも後ろめたい。僕は精神的にかなりの時間逡巡した後、一つの答えを出した。
「僕の平均パラメータは大体二十前半くらいだよ。アカリ、相当強いんだね」
僕が選んだのは、嘘の方だった。だってしょうがないじゃん。今見捨てられたら僕絶対死んじゃうし……。
「まあ、普通の人はそんなもんらしいわね。ユナンも言ってたけど、私の初期パラメータって、結構高いんだってね」
よかった。特に何も疑うことなく普通の返事が帰って来た。僕は少し後ろめたい気持ちを心の中に抑え込んで、ふうっと安堵の溜め息を吐く。
「何言ってんの。あんたの平均パラメータって五でしょ」
右肩に乗っていた性悪妖精がなんか言った。僕の身体は硬直し、心の中が瓦解していく音が僕の身体に響き渡る。終わった……。僕の人生、ここで終わった……。
僕は右肩に乗っている、なんか羽の付いた小さな物体を摘み上げて怒鳴りつけた。
「なんで言っちゃうんだよ。僕がそんなに弱いって知ったら、アカリが僕を置いて行っちゃうかもしれないんだぞ。そんなことになったら、僕たぶん今日中に死んじゃうじゃないか。何のために他人の魔導書読めないようになってんだよ。魔導書自体が公言してたら何の意味もないじゃないか」
怒鳴ると言ったが、僕の表情は半べそ状態だった。正直自分でも見ていられない。
アカリは今どんな表情をしているのだろう?今のアカリの顔なんて見たくない。だって僕、情けなさすぎるじゃないか。自分を護るために嘘をついて、女の子に護ってもらおうとして、しかも本当のことを言われて逆ギレして……。もういっそのこと、今すぐ死にたかった。
僕がアカリの視線から逃げるように項垂れていると、隣から呆れ返った溜め息が聞こえてくる。
「なんで嘘つくのよ……。五って、トオルあんたそれ最弱のパラメータじゃない」
怒っているよな……。こんな情けない男見捨てようと思っているよな……。
僕がそんなことを思いながら腕の中に顔を埋めていると、急に首根っこを掴まれて無理矢理お互いの視線を合わせられる。
「別にいいじゃない。嘘つかなくたって。どうせ、戦闘になればあんたの弱さなんてすぐにわかるでしょ。なら、本当のこと言っときなさいよ。別にあんたが弱いからって見捨てたりしないわよ。最弱のあんたと、まあ最強とまでは言わないけど、それでも結構強い私で、バランス取れるんじゃないの?心配しなくても一緒に行ってあげるわよ」
女神が目の前にいた。救世主が、正義のヒーローが、ゲームやラノベの中の主人公が僕の目の前にいた。でも、それは僕じゃなかった。目の前の女の子は僕が目指したものを、自然体でやってのけたのだ。
この時僕は悟った。主人公なんてなろうと思ってなれるものじゃない。ゲームの中の主人公たちも、別に物語の中心にいるなんて一度も思ったことは無いだろう。結果的に世界を救っただけで、始まりはきっと些細なことだったのだ。
そう、僕は根本を間違えていた。そのことを、目の前のオタクでもない普通の女の子に気付かされた。
アカリは小さな声で、「もう、しょうがないな……」と独り言のように呟いていたが、僕は感動のあまり何も言葉を発することはできなかった。
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