Dream World Fantasia
わにたろう
登校
俺は今巨大な黒龍の前に立っていた。飛龍にまたがり黒光りする大剣を携え、後ろには大勢の仲間を引きつれ、相対するは恐ろしいほど巨大な黒龍。
人など容易に飲み込んでしまいそうなほど巨大な口からは鋭くとがった無数の牙と溢れんばかりの炎が顔を覗かせており、その眼光はまるで血のように濁った赤光を放っている。
山の頂上にまたがるその巨体は翼を広げると影で山をすっぽりと覆い尽くしてしまう。間もなくして、翼を広げた黒龍は凄まじい怒号を上げた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
耳を塞がなければ鼓膜が破けそうになるほどのけたたましい咆哮により、俺らの一団の編隊が激しく乱れる。そして、追い打ちと言わんばかりに勢いよく息を吸い込むと黒龍の巨大な口の周辺が禍々しく赤みを帯びていく。
「やばい……、炎のブレスだ。防御魔法準備」
俺の指示を受けて十人近い人間たちが俺と黒龍の間に割り込む。彼らは皆古びた本を携えており、それを身体の前に構えると呪文の詠唱を始める。詠唱が終わるのを待つことなく黒龍が動き出す。
その長い首を一度後ろに反らせると勢いよく首を振りおろし、その勢いに乗せるかのように凄まじい速度で炎のブレスを吐き散らした。
だが、俺の仲間たちも負けてはいない。黒龍が炎のブレスを放ったのとほぼ同時に呪文の詠唱を終えた。俺の目の前には巨大な魔法陣が形成されており、黒龍から放たれたブレスは魔法陣に阻まれ俺たちに届くことは無い。俺は最後の残り火を断ち切るように大剣を薙ぐと、いの一番に彼らの前へと出る。
「全員、突撃っ!!」
今度はこちらの番だ。俺の言葉に呼応するように、俺の後ろの仲間たちが雄叫びを上げながら黒龍へと向かって動き出した。まるで、俺たちの雄叫びに対抗するかのように黒龍がまたも咆哮を上げると、今度はどこからともなくモンスターたちが湧き上がってくる。
「くっ、このままではキリがない。一気にカタを付けるぞ。皆、ありったけの魔法を打ち込んで、俺の活路を開いてくれ」
俺の指示に皆が頷くと、皆が同じような本を構えて魔法の詠唱を始める。
「皆の魔法の詠唱が終わったら、一気に突っ込む。他のモンスターたちには目もくれてやるな。俺たちの敵は、あの黒龍だけだ」
まるで付き人のように先程からずっと俺の近くにいた三人の仲間に俺は呼びかける。皆鎧を身に纏っており、すぐに男女の区別がつかない。……って、そんなことはどうでもいいんだよ……。
三人は静かに頷くと、本に手をかざし短い詠唱を始める。彼らは詠唱を終えるとその本のページを開き、そこからそれぞれレイピアや太刀など異なる武器を引き抜く。どうやら俺の持つこの大剣も同じように本から出現したようだ。
俺を含めた四人の準備を待っていたかのように、俺たちが武器を構えたと同時に皆の詠唱が止み、大量の魔法がモンスターの大群めがけて雨のように降り注ぐ。炎、水、雷、氷、風、土、光などの様々な属性の魔法が敵に向かって襲い掛かる。
「いくぞおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺の咆哮と共に飛龍にまたがる四人の戦士が動き出す。向かってくるモンスターたちを生死など関係なく邪魔者をあしらうかのように大剣で軽く薙ぎ払いながら、俺たちは勢いよく突き進む。大半のモンスターたちは仲間の魔法によって撃ち落とされていく。
その様子を見た黒龍はまたも息を吸い込んで口を赤く染め始める。俺は黒龍の元へとさらに速度を増して近づいていく。だが、黒龍が炎を蓄える方が数秒早かった。俺たちが黒龍へと辿り着く前に、黒龍の炎のブレスが俺たちに向かって放たれた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺はなりふり構わずその炎のブレスに向かって突撃して、大剣を炎のブレスに向かって断ち切るように振りおろす。俺の大剣とぶつかったブレスは、俺を中心に左右に別れて逸れていく。だが相手の力も凄まじく、耐えることすらも厳しい状態である。炎のブレスによって俺の身体は少しずつ後ろへと後退していく。
こんなところで終わる訳にはいかない。俺は皆を護らなければならないんだ……。そんな俺の思いが大剣に通じたのか、大剣に輝きが増す。
「うわあああああああああああああ!!」
俺は咆哮と共にありったけの力で大剣を振り下ろした。すると、その大剣から斬撃が放たれ、炎のブレスをまるで固体であるかのように真っ二つに割りながら黒龍の元まで突き進む。そしてその斬撃は、ついに黒龍の片目を斜めに切り割くように大きな傷跡を残した。黒龍が痛みに悶えるかのように、雄叫びを上げる。
「今だ。皆、全ての力をこの一撃に込めるんだ」
四人の戦士が携える武器がそれぞれに輝きを放ち始め、黒龍へと一気に近づく。そして、四人の戦士は黒龍の頭上へと到着したところで飛龍から飛び降り、重力に任せてそれぞれの武器を黒龍に向けて振り下ろす。
「これで、終わりだあああああああああああ!!」
ゴトンッ。ジリリリリリリリリ…。僕はベッドから転がり落ち、けたたましい目覚ましの音と共に目を覚ました。大剣を携えて黒龍と相対するなどという壮絶な戦いは現実世界で起こる訳も無く、僕は夢からの覚醒と共に現実へと帰る。
けたたましい音を鳴らしていたデジタルの目覚まし時計が示すは午前七時。窓から差し込むまだ角度の浅い陽の光が、眠気眼を優しく撫でて僕を着実に現実へと引き戻していく。
「ああ……、楽しい夢だった。もう一回寝たら、さっきの続きが見られるのかなあ……?」
僕はぶつぶつと独り言を言いながら目をこすり、そんなのある訳ないか……、と自嘲気味に笑みを浮かべると、机の上に置いてあった眼鏡を掛けて二階にある自分の部屋から一階へと降りていく。今日もまたワクワクするような楽しい夢から覚め、憂鬱な現実が始まるのだった。
呟くように小さな声で紡がれた「行ってきます」の言葉と共に、僕は家を出る。
桜舞い散る季節、今日から新学期、僕は高校二年生になった。冬の寒さが抜けきらない春の風が僕の背中を押すように吹き抜ける。満開を過ぎた桜の花びらが風に乗ってハラハラと舞い、僕の肩に乗っては落ちていく。
僕は川沿いの桜並木の道を通りながら学校に向かった。まだ登校するには少し早い時間だったので、周りには同じ制服を着た人はあまり多くない。朝練で早くに学校に登校する人や、僕のようになんとなく家を早く出た人ぐらいしかここにはいないだろう。
新学年になる僕は、クラス替えに気持ちを高ぶらせたりはしない。新しい出会いとか、そんなものは望んでいないからだ。ただ平穏に過ごしたい。学校に友達も青春も求めない。部活にも入っていないし、サークルに所属している訳でもない。僕は昔から大人しくて何の特徴も無く、ただ空気のように過ごしている高校生だ。
クラスのトップカーストの奴らにいじめを受けることもあるが、空気のように自分の存在を殺すことでそんな日々から何とか逃れてきた。不登校になろうかと思ったこともあるが、両親に心配を掛けたくないし自分の将来のことを考えると不登校になる勇気も出なかった。僕はそんなどうしようもない人間だ。
そんな僕の生きる楽しみは、アニメやゲームやラノベと言った、まあ、所謂サブカルである。オタク文化と言ってもいい。
美少女モノとか萌え系とかそういうのも少しは嗜むが、なんといっても好きなのが、異世界ファンタジーやバトルもの。よく厨二病と呼ばれるような、長ったらしい魔法を唱えたり、カッコいい武器で戦ったりするようなものが僕は大好きだった。ゲームもRPGやアクションが多く、FPSやギャルゲーなどはあまりやったことが無い。
だから今朝の夢はそんな僕を大いに楽しませてくれた。あんな世界が現実だったら良いのになと浮かれながら、桜並木を歩いていく。でもやっぱり夢は夢……。時間が経つにつれ、寝起きにどれだけ鮮明に覚えていたとしても、かなり記憶が曖昧なものになっていた。
「あれ?黒龍と戦っていたのは覚えているけど…、僕が持っていたのって太刀だったっけ?そもそも、あの飛龍に乗っていたのって本当に僕だったっけ?」
そんな感じで、どれだけ記憶の引き出しを漁ったところで実際に起こっていない夢の内容を、思い出すことはできない。それでもたまに見るああいう夢は、こんな憂鬱な僕の現実に少しは彩りを与えてくれる。学校にいる間は無色透明な僕だけど、夢の中では僕にもはっきりとした色があるのだ。
そんな無色透明の僕の名前は、東雲 透(しののめ とおる)。名前まで透け透けである。まるで、無色透明であることを強要されているような、そんな気さえする。
それでも別にいいのだ……。別に誰かとワイワイやりたい訳でもないし、僕は一人で自分の世界に没頭している方がよほど楽しい。強要されたボッチではなく、自分からなったボッチは別に可哀想だとかは思わない。
唯一、たまにされる虐めさえなくなってくれれば僕はそれなりに幸せな生活が送れると思うのだ。
新学期という少し普段と違う空気に中てられて、柄にもなく色々と自分という人間について考察を加えていると、少し強い風と共に纏まった桜の花びらが僕の顔めがけて舞い散ってきた。
「ぶわっ……」
僕は何とも情けない声を漏らしながら、顔を逸らせてその桜の塊を何とか凌いだ。そして、その花びらを避けるために顔を逸らした僕の視界に、一人の少女が映り込んできた。
普段の僕だったら、桜並木の川沿いを歩く同じ制服を着た少女がいたところで、わざわざ立ち止まったりはしないだろう。今日の夢で気持ちが昂っていたせいか、はたまた新学期という物珍しい空気に中てられていたせいかはわからない。
僕は立ち止まって、その少女のことをじっと見つめてしまった。
目鼻立ちは整っており、顔の輪郭もスッとしている。漆黒という言葉がしっくりくるほどの黒髪が、肩を通り過ぎて胸の辺りまで垂れている。その髪が先程から吹きすさぶ風になびいて揺れている。身体の線は細く、出るところはある程度出ている。スカートから伸びる足は、細くしなやかな曲線を描いており、黒のニーソがひざ上までを覆っている。
「ふふっ」
僕が彼女の顔を眺めていると、急に彼女が口を押えながら笑った。その笑顔はまるで、深窓の令嬢のように厳かで晴れやかだった。でも誰なのだろうか……。僕の知らない顔と言うことは新入生か、それとも転校生か……。
この街はそれほど大きくはないので、同じ学校にいる人間はある程度見たことがあるし、これだけ可愛い女の子であれば噂にならない訳がない。
僕が少し困惑した表情で思考を巡らせていると、彼女の方からこちらに近づいてきて僕に話しかけてくれた。
「あの、同じ学校の方ですよね?私、今日からこちらに転校してきたものなのですが、道案内していただけませんか?」
話し方もすごく礼儀正しくてますますお嬢様のような雰囲気が漂ってくる。僕は完全に緊張してしまい、口をアワアワと開閉しながらなんとか喉の奥から言葉を絞り出す。
「あ、えっと……、はい。わかりました……。一緒に行きます?」
こんな僕のたどたどしい言葉を気にする様子なく彼女は微笑み交じりの表情で返事をしてくれるのだった。
「はい。よろしくお願いします」
僕たちは桜並木の道を微妙な距離を保ったまま並んで登校した。どうやら彼女は親の都合で、つい最近この街に引っ越してきたのだそうだ。
彼女の名前は高梨 蛍(たかなし ほたる)。僕と同じ二年生らしく、同じクラスだと良いね、なんて言ってくれた。
女子と会話をしたのなんていつぶりだろうか。僕はとにかく目立たないように自分を殺してきた。女子との会話なんて絶対にしないようにしてきた。でも、今日はまだ早いから誰もいないし大丈夫なはずだ。
僕たちは他愛無い話をしながら、学校へと到着した。
「道案内してくれてありがとうございました。まだ手続きとかあるから、なるべく早くに学校に着きたかったの。では、また……」
笑顔でそう告げる彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は手を振って、彼女を見送った。
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