決着
僕はとにかくアカリに向けられている照準をこちらに向けさせるために、無我夢中でゴーレムに向けてナイフを突き出す。
一秒足らずで繰り出した突きの回数、なんと十回超。自分でも制御しきれないほどに身体が動いてしまう。
攻撃自体は通らなかったが、僕の跳ねあがったパラメータのせいか、ゴーレムが僕の攻撃の勢いに負けて体勢を崩した。僕は体勢を崩したゴーレムの背中に乗り、今度は炎を纏わせたナイフを思い切り突き立てる。
「フレイム・エッジ。……喰らええええ!!」
フレイム・エッジにより纏った炎の火力もいつもと比べて、段違いに大きいものだった。巨大な炎を纏った刃を突き立てることにより、ゴーレムの岩肌の一部が削れた。
「ぐもおおおおおおおおおおお」
最初以外一度も叫び声など上げなかったゴーレムが、ここにきて戦いの中で初めて叫び声を上げた。ゴーレムの禍々しく光る眼光が鋭いものへと変化する。
ゴーレムは体勢を立て直すのと同時に、その巨大な腕を僕に向けて横に薙ぐ。その攻撃は先程までの動きよりも格段に早くなっていた。
しかし今の僕にはゴーレムのその速くなった動作すらも、まるで止まっているかのように見えていた。だから、ゴーレムの攻撃をいとも容易く避けた上に、その腕に一撃を入れることすら可能だった。
しかしその攻撃はあまり意味をなさなかった。背中を攻撃した時のような手ごたえは得られなかったのだ。
アイリスが言ったように、このゴーレムのどこかに必ずコアがあるはずなのだ。さっき背中を攻撃した時の反応は、もしかしてコアに近かったからなのか?
それならば、さっきと同じように何度も背中を攻撃することで岩肌を削っていき、中にあるコアを露出させるしかない。それがこのゴーレムの攻略法なのかもしれない。
だから一つずつの動きが遅くて、隙を見つけて同じ場所を何度も攻撃できるようになっているのかもしれない。
僕は思いついた攻略法が正しいことを信じて、何度も何度もゴーレムの攻撃を避けては背後に回り込み、同じ場所に攻撃を加えていく。攻撃するごとに背中の岩肌は崩れ落ちていき、それに伴ってゴーレムの動きの速度が徐々に増していく。
僕が戦うその姿を見て、俯いていたアカリの顔が徐々に上がってくる。僕を視界に捉え、動けないでいる自分と葛藤している。
しかしまだ震えが止まらないようで、その場から動こうとはしない。それでも彼女の心が少しずつ動き出しているのは確かだ。あと一押しできれば、いつもの優しく、強く、気高い彼女が戻ってくるはずだ。
僕は一段と力を込めて背中へと一撃を入れる。
「喰らええええええええええ!!」
僕が繰り出したその一撃により、削れた岩肌の隙間から赤い物体が顔を出した。これこそゴーレムのコア。
それを見た瞬間、ようやく見えた活路に僕は少しだけ気を抜いてしまった。そのせいで、素早くなったゴーレムの攻撃を避け切ることが出来ずに、巨大な岩の拳をまともに喰らってしまった。
僕はまた数メートル飛ばされて、岩壁に激突する。だが、今度はしっかりと痛みを感じることが出来る。身体もまだまだ動かせそうだ。
見た目は変わっていないのに、パラメータが変わっただけでこれほどまでに身体能力に大きく差が出るのは、少し気持ち悪さすら感じる。現実世界では考えられない現象だ。
しかしそんなことを言っている場合ではない。今のゴーレムは当初と比べてかなり動きが速くなっている。僕が飛ばされている隙にアカリに攻撃されては、止める術が無くなってしまう。
僕は口の中に溜まっていた血を地面に吐き捨てると、再びゴーレムに向けて突撃する。ゴーレムの背後を取ろうとするが、流石に動きが良くなったゴーレムの背後を取るのは容易ではない。あまり時間を掛けていては、僕に掛かっている魔法が解けてしまう可能性だってある。
追い詰められた僕は、希望を込めて塞ぎ込んでいるアカリに向けて、大きな声で呼びかける。
「アカリ、こいつの背中の赤い部分が露出したところを攻撃してくれ。そこなら、ダメージが与えられるはずだ。僕がこいつの気を引いている内に、後ろからその部分を刺すんだ」
しかし僕の言葉を聞いても、身体の震えが止まることはなく塞ぎ込んだまま動こうとしない。
「でも、だって……。私の攻撃じゃ、こいつは倒せない。私が攻撃したって意味が無い……」
僕が一人でどこかへ行ったとき、アカリもきっと僕と同じ気持ちを抱いたのだろう。
腹が立って仕方がない。どうしようもない怒りが胸の奥から込み上げてくる。
何をいつまでもウジウジしているんだ。一度失敗したから何だっていうんだ。前を見ろ、お前はまだ死んだ訳じゃないだろ。生きているなら、自らの刃を取って立ち上がれ。
「僕を護ってくれるんだろ。そんなんで、僕を護れるのかよ。たった一回攻撃が通らなかったくらいで、いつまでも、いつまでも塞ぎ込んで。生きているんだからいいじゃないか。死んだ訳じゃないんだからいいじゃないか。別に護って欲しいなんて言わない。ただ、僕と一緒に戦ってくれ。僕を一人にしないでくれ」
それは、いつか僕がアカリに言われた言葉だった。僕が自暴自棄になっているとき、僕はこの言葉で救われた。ならば、その言葉なら、アカリをもう一度立ち上がらせることが出来るはずだ。
僕は最後の希望を込めてその言葉をアカリに向けて放った。
そして、その最後の希望は、しっかりとアカリに届けられた。
まだ足は震えていて、その足取りもおぼつかない。それでも、アカリがようやく立ちあがった。アカリはレイピアを震える手で構えて、その切っ先をゴーレムの方に向ける。そして、アカリの口から少し不気味に震えた笑い声が漏れだす。
「ふふふ……。言ってくれるじゃない。弱いくせに、私の足元にも及ばないくせに……。一緒に戦えですって……。笑わせるんじゃないわよ。あんたは私が護ってあげるんだから」
やっと立ちあがったアカリを見て僕も自然と笑みが零れる。そして、アカリの気を紛らわすために少しだけ軽口を叩いてやる。
「大丈夫?笑い過ぎて、膝まで笑ってるみたいだけど?」
「何言ってんのよ。これは、武者震いよ。別に、怖い訳じゃないんだから……」
僕とアカリが会話をする間にも、ゴーレムは僕に向けて攻撃を止めることはない。僕はそれを全てかわしながら、アカリへと言葉を投げかける。
「アカリ、さっきも言ったけど、僕が気を引いている間に、背中に見える赤い部分を攻撃してくれ。できるよな?」
アカリは鼻を鳴らして笑うと、震える足を自ら叩いて無理矢理に抑え込む。
「ふんっ。余裕よ……。誰にものを頼んでると思ってんのよ。」
「よし、じゃあ行くよ」
僕が一気にゴーレムへと距離を詰めると、ゴーレムは両の拳で僕を挟むように殴りつけようとする。
僕はその攻撃に対して、魔導書からラビット・ナイフをもう一本引き抜いて、両の手に携えて、ゴーレムの両の拳を同時に弾き返す。このときラビット・ナイフが複数出せるということを、僕は自然に理解していた。
僕の攻撃で体勢を崩したゴーレムの背中に向かって、魔法を唱えて風を纏わせたレイピアを携えたアカリが走り込んでくる。
しかしその途中で、アカリの表情にどこか怯えが感じられた。だから、最後にもう一度だけ背中を押してやる。
「アカリは強いんだ。だから、自分を信じて、戦ええええええええ!!」
僕の言葉を聞いたアカリの表情から怯えは完全に消え、咆哮と共にゴーレムへと突撃する。
「うわあああああああああ!!」
突き出したアカリのレイピアの切っ先は、ゴーレムの背中から露出した赤い部分をしっかりと捉えた。今度はアカリのレイピアが弾かれることはなく、しっかりと赤い部分の奥深くまで突き刺さっていた。
そして、赤い部分が輝きを増したかと思うと、人型を模っていた岩は雪崩のように崩れ落ち、ただの岩の山がその場に形成された。
最後に残った赤い球体はレイピアから零れ落ち少しだけ転がった後に、パリンッという音を立てて、粉々に砕けて消えていった。
この空間を静寂が包み込む。僕たちは遂に、ダンジョンを攻略したのだ。
やった……。
直ぐには声にならない。ただ、凄まじい達成感が心の中を満たしていく。
僕はゴーレムの消滅を確認すると、攻撃を終え四つん這いになっていたアカリに歩み寄ろうと自らの足を一歩踏み出そうとした。
「あ、あれ。どうしたんだろう……」
その瞬間、僕の世界は激しく歪んでグラつき、立っていることすら困難なほどの目眩と頭痛が僕を襲った。そのまま僕はアカリに辿り着くことなく、その場に倒れ込んでしまった。
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