第19話愛
夏休みのあの日以来、俺はもう真田と連絡を取ることをやめた。
図書館でも会わないように行くのをやめた。
彼女のため。
そう思って会いたくなる衝動に蓋をした。
「おはよう!水谷君!偶然だね、夏休みあの後何にも会わなかったね」
「…」
教室にて。俺はなるべく無表情を装って、寄ってきた彼女をよそに席を立ち、廊下に行く。
「ちょ、何で無視するの!」
真田の叫び声が聞こえる。
新学期、学校で会うのはしょうがない。無視すればいい。
でもやっぱり、心の奥の奥の俺が、叫んでる。
また話したい、笑わせたいって。
彼女のためだ、彼女のためだ。何度そう思ったんだろう。
これは魔法の言葉なんだ、きっと。唱えると、話したいだなんてその一瞬だけは思わなくなる。
廊下には結構人がいてうまく彼女の目から俺を隠してくれる。
でもだからと言ってどこに行こうか。もう少しで朝のホームルームも始まる。
どこに行くのが最善なのか。
結局俺は図書室に行くことにした。
真田がここに来るとは思わない。
5分くらい本を読み、ホームルーム開始の3分前に教室に戻った。
真田は、普通に席に着いていた。何だ、追いかけてこなかったんだ。
でもその背中はすこし寂しそうに見えた。
真田は次の休み時間もその次の休み時間も授業が終わったらすぐに俺に話しかけようと近寄ってきたけれど、俺はその度に目線を逸らし、無表情で図書室に籠っていた。
さすがにそれからの休み時間は真田も学習したのか、話しかけようとしてくるのはやめた。俺も図書室に行くのはやめた。
帰りのホームルームが終わると、すぐに帰ろうと席を立った。
早く帰らないと、真田に話しかけてしまいそうで怖い。やっぱり気持ちを抑えるのは大変だ。
雑念を振り払いたい。あの家では嫌でもそうさせてくれるから。
少し早足になる。いつもは学校から10分で電車の駅に着くのに今日は6分で着いた。
真田は俺の家は知らないはずだ。
だから、地元の方で会って、それでつい話しかけてしまう…なんてこともないはず。
夏休みの海に行った日以降のように、図書館とか、お互いの共通の場所にはいかないようにしなきゃいけない。
俺の家は、10年前に建てられた建売住宅の一角だ。
同じような家が立ち並ぶ中で、俺の家も表面上は澄ましている。
でも、いつも息子に怒声を浴びせる母親というのはこの地域では有名な話。
まるで心霊現象のように扱われていて前に小学生が路上で騒いでいたことがある。
「ここのおうちのお母さん超怖いんだって!」
それを見つけた母親は、窓から大声をだし、小学生を退散させた。
そんな母親は、今日も、いつもと同じような感じで、帰宅し「ただいま」といった俺をにらみつけた。
でもそんな視線も前までは苦痛だったけれど、今は無視し、自分の部屋に早く行くことだけを考える。
家の中は異様にきれいなのに、家族の関係は異様に冷え切っている。なんという皮肉なんだろう。
家は2階と屋根裏部屋があり、俺の部屋はその屋根裏部屋だ。
ほかにも部屋があるのにも関わらず、その部屋にしたのは、ちょうどいいぐらいの狭さだから。
なぜだか昔から少しだけ狭くて暗めなところが好きだ。
今日も俺の部屋は、ぐちゃぐちゃだ。
そのぐちゃぐちゃさが愛おしい。自分と同じだから。
そういう面でみると、やっぱり俺と真田は似ているのかもしれない。
いや、俺のほうがまだ軽傷か。さすがに血痕はない。
学校指定のカバンを放り出し、ベッドに制服のままダイブする。
しわができてもどうせ構わない、今日で誰も俺に構う人なんて居なくなったし。
真田は今、何をしているんだろう。
何を考えているんだろう。
笑顔かな、泣いてたりしていないかな。
新しいともだち作ったかな。
やっぱりどうしてもどうしても蓋をしても、考えてしまうのは真田のこと。
考えないときなんてないほどだった。
よく話しかけないことができたなと、今更ながらほとほと感心する。
このまま誰ともほとんど深い関わりを持たないまま卒業し、それで大人になっていく。その時はまた、ともだちになってくれる人がいたらいいな。
でもさあ、どうしてだろう。
胸が痛い。
切なくて、悲しい。
目のあたりが妙に熱い。
こらえきれずにあふれてくるものを、手で必死に止めようとするけれど、止まらない。
…もしかしたらこれは恋だったのかもしれない。
その時だった。
母親の怒りの咆哮が家を震わせた。
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