第9話泣

「水谷、くん…」

彼女は泣いていた。顔をくしゃくしゃにして。顔を真っ赤にして。

口を、ゆがませて。

そんな気取らない彼女の泣き顔に戸惑ってしまう。

まあ、それは人としゃべるしゃべらないの有無ではないだろう。

そして彼女はそのまま、おれの学ランに手を伸ばし、ぎゅっとすそをにぎった。

顔を俺の胸の中にうずめる。

その手を振り払うことなんて、俺には出来なかった。


彼女が泣き止むまで、何分かかったのだろう。

きっと2,3分だろうけど、体感速度的にはもう20分30分くらいの感覚だった。

それに俺と真田(もう人気者ではないので)の、客観的には抱きしめあっているような姿を何人かの同級生に見られていた。

泣き止んだ彼女を振り切ることも俺には出来ず、また彼女はうずめていた顔を上げたには上げたものの、すそは離さずにいた。

「ねえ…」

彼女は少しの沈黙のあと、つぶやいた。

「水谷くんに関わるなって言われたけど、もう関わっちゃってるね…、ごめんね。

あのさ、これから仲良くしてくれない?」

そんなの、ただの、偶然…とは言えないのか?

彼女が泣きながら飛び込んでいったのが俺というだけで、別に実際は抱き留めてくれるのなら誰でもよかったのではないか。

仲良くしてくれない?だなんて俺に言うセリフじゃないだろう。

俺は、未だにあの呪縛から完全に解き放たれてはいないのだから。

でも、それを伝えるということは今の彼女には最悪な対応だろう。

殺人犯の娘…。

きっとそれを知った誰もが彼女のことを避けると思うから。

今、ここでできる、どちらにも最善の方法。

それは、話を逸らすこと。

「この前なんで俺を見てたの?」

きっと彼女はこの質問を無下にできないはず。

なぜなら優しく接してくれるのは俺しかいないから。

思った通り彼女は質問に答えた。

この前適当にごまかしたあの時とは違う答えが返ってきた。


俺は、彼女と「ともだち」になることにした。

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