第12話昔
真田観月は,自嘲的な笑みを浮かべながら、自分のベッドの上に座り、白いハート型のクッションを抱きかかえた。そこにも、わずかに汚れがあるのが見てとれた。
俺は、あいにく、初めて入った部屋の、しかも女子のベッドの上に座るという趣味はないので、床に正座をした。
「水谷君なら、いいかも。私の昔話を話しても…。」
昔話。
やっぱり彼女にも、そういう残酷で儚くきれいなものが存在するのか。
そこも俺と同じだ、状況は180度違うのに。
それに、俺ならいいとは、何だ。
俺は、真田とは何も同じ環境ではない。
共通するところなぞ、何もない。
でも、そう思っても、俺の好奇心は彼女に昔話をさせることを望んだ。
「私はその時小1だったかな…?
私のお父さんとお母さんは仲のいい夫婦だったの。お父さんはこれでもかってくらいお母さんのこと愛していたし、お母さんも十分にそれに応えていた。
でも、お父さんは仕事で色々あったみたいで、ちょっと鬱状態になっちゃったの。
それでありもしない妄想を抱くようになって、ある日、私が友達の家に遊びに行っている時に、お母さんに浮気をしているのかとつめよった。お母さんはもちろんそんな事実はない、と言ったわ。でも。妄想にとりつかれたお父さんは。お母さんをその場にあった鈍器で殴り殺した」
ああ、なんて悲しい物語。
愛していたのに、愛していたからこそ、妻を殺してしまうなんて。
綺麗だ。
「そのあとお父さんは家から飛び出し、図書館にあった施錠されていない自転車で逃走。その間に、私が家から帰ってきて、お母さんの姿を見て、動揺したわ。
…、正直、今でも目に焼き付いている。夢に見るほどよ。すぐに近所のおばさんを呼びに行って、警察に通報してもらって…。
お父さんはその2時間後に、大竹川という隣の地域の川の路地をふらふら自転車で逃走している所を発見されたの。
私は、この家に1人になった。
誰も世話を見てくれる人はいない。親戚からも縁を切られた。
今は、母親が貯めていた貯金を切り崩しながら生活しているの。」
そんなに、すらすらいうなよ。
躊躇う素振りくらい、少しくらい見せろよ。
そんな風に思うのは、やっぱり彼女という人間に関わり、感化されたからかもしれない。
でも、本当にすらすら言うな、普通は小1のことで覚えていないことも多いだろうに。まるで、台本を読んでいるかのようで。
…、台本?
もしかして。真田があの日図書館にいたのは。
意外とよく聞く話だ。殺人犯が自分の自叙伝を書くというのは。
なら、俺が真田と図書館で話していたとき、読んでいたあの本は。
「そうだよ、あれはお父さんが書いた本」
彼女はこくりとうなずいた。
「図書館で、いつもチェックしてた。お父さんの本が借りられていないかって。
もし借りられていた場合、私が殺人犯の娘だと知る人が1人、2人と増えるかもしれない。それで、いつも監視していた。やっぱり殺人犯とはいえ、駄文を読むような物好きは全然いなくて、私が発見したのは、水谷ケイ君、君だけ」
やっぱり俺はまだ、物好きだった、
彼女という人間と関わってはいても、まだ普通の人とは一線を越えた人間なのだ。
やっぱり過去は未来の人間を形成するためにあるのだ。
真田にとっても、俺にとっても。
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