第6話音

DVDを見終わると次に向かうべくは1階の文芸の本の棚。

世間では活字離れが進んでいるようだが俺は多分生きている間、ずっと活字離れをすることはないだろう。

それほど文を読むのが好きだ。

…書くのは嫌いだが。

俺は自分のくだらない考えなどどんなことでも公表する必要はないと思っているので、言うのも書くのも、嫌いだ。

文芸の棚にも、人間模様について書いてある本がたくさんあるので、とても勉強になる。

たとえば、麻薬売買をする人間の話、恋人が死に、自分も死のうとする女の話…。

いつも思うことは一つ。

俺は人と関わっていなくて良かった。


これ、おもしろそうだな。

そうやって手に取る本はたいてい面白い。

書き出しからして、俺の好みの本を見つけたときは、ガラでもなく歓声を上げてしまったほどだ。

今日も、そんな本を見つけた。

『楽になりたい、楽に生きたい。

私はそう思っていた。』

書き出しはこう。

まさしく、人間関係のゆがみが出てきそうな書き出しだ。

タイトルは『私と妻と子』。

つまり物語中の『私』というのは男性なのか。

私、ねえ。

自分のことをプライベートでも私という人は少ないと思う。

実際俺も、自分のことは『俺』なのだし。

この物語の主人公は生真面目な性格でそれで楽になりたいと思っていたがとんでもない壁にぶちあたる…、という感じの内容だろうか。

俺はこんな風にこれから読む小説の内容に目くじらを立ててから読むのが好きだ。

ふと図書館カウンターの近くにある、時計をみるともう11時だった。

まあ時間など関係ない。俺は昼飯など食べないのだから。

席を探す。なるべく人が周りにいないソファがいい。

年寄りの中には、「あら、お兄ちゃん、難しそうな本を読んでるねえ」などと

いちいち声をかけてくる人がいるのだ。

それに同年代の奴らはもっといやだ。

そしてようやく見つける。そこは町の歴史を調べようという感じの参考文献などの本がある棚の奥で、2,3脚丸テーブルとソファがおいてあった。幸運なことに誰もいない。意外と穴場なのだろうか。今度からここを特等席にしよう。

そうして俺は自分の世界を堪能していた。


…しばらくの間は。



ケータイの着信音が近くで聞こえたような気がして、本から顔を上げた。

目の前には人気者、真田観月が立っていた。

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