【番外編】銃とタバコと漢たち(後編)


 カイがカウンターの裏に隠れて安堵した瞬間に、血液不足で一瞬思考が飛んだ。

 まさにそのタイミングで隠れていたカウンター台を突き破ってチェーンソーがカイに襲いかかった。


「くそっ! 少しくらい休ませろ!」


 慌ててカウンターの横手から飛び出そうとして、急停止した。

 カイの鼻をかすめる位置で偃月刀が縦に振り下ろされてきたのだ。

 完璧な連係攻撃である。カイで無ければ確実に死んでいた。


(どうする?! 連携が厄介すぎる!)


 一人ならなんとかなる相手なのだが、合図一つせず完璧な連係攻撃をおこなってくる達人二人。こんなやっかいな敵はそうはいない。

 1対2のハンデが大きすぎる。


(……なら2対2にすりゃいいんじゃねーか)


 カイはマガジンに残った弾丸をまき散らして、なんとか別の物陰に飛び込んだ。素早くマガジンを交換しながら、モバイルに小声で話しかける。


「ディード! そっちから援護出来ないか?!」

「不可能ではないが、条件がある」

「なんだ?」

「そちらのモバイル光学カメラ映像とGPS情報が必要だ。数秒でいい。モバイルで敵の姿を確実におさえてくれ」

「無茶言うぜ」

「またはジャミング装置を破壊してくれてもいい」

「この雑伎団を退場させないことには無理だな! おそらくジャミングはこのビルのどっかだ。こいつらが守ってたに違いない」

「フォローはする」

「頼もしいこって!」


 カイは一息つくと、一気に物陰から飛び出した。飛び道具を警戒してゆっくりと距離を詰めてきていた二人が同時に左右に分かれる。


「ショータイムだぜ畜生!」


 カイが走りながら銃弾を発射するが、二人の絶妙な連携が狙いをつけさせてくれない。深追いすれば先ほどのように反撃をくらう。お互いに決め手の無いまま動き回る。だが彼ら・・はすぐにカイが不利になる事を悟って、二人の兄弟・・がぬらりと微笑した。


 敵の武器はハンドガン一丁。弾切れした瞬間に勝ちが決定するのだ。

 二人は絶妙な距離を保ちつつ、躱せる弾丸だけを浪費させる。今まで出会った敵の中では格段に強かったが、彼らの敵では無かったと、嬉しさとつまらなさが同時にこみ上げていた。


 それが油断になった。


 最後の弾丸が発射されホールドオープンになったのを確認、チェーンソー男が一気に2本の狂気を踊らせて斬りかかる。

 だが、カイは躊躇無く銃を放り投げると、信じられないことに細身のチェーンソー男に直進してきたのだ。

 兄弟の細い方、チェーンソー2刀流男はボランド兄弟の弟の方である。

 ボランド弟は少々頭に来た。昔聞いたカミカゼアタックという奴だ。自分はそんな物で沈むほど安い人間では無い。

 クロスさせたチェーンソーが火花を上げながらカイに躍りかかった。

 そして男は見た。まるでカイの身体が突然早送りの様に凶器を躱したのを。

 男にそのまま懐に飛び込まれると、身体が密着するほど接近された。彼の習ってきた武術にこんなに近距離の相手を攻撃する技は無かった。

 もっとも兄と違って、その武術を極める少し前に挫折して、イロモノに走ってしまったが、強さは変わらないと自負している。

 その彼が、弱そうな東洋人に懐を取られて動けないでいる。

 そして次の瞬間、ボランド弟の身体に信じられないほどの衝撃が走った。


「ぐぼぉあああああぅあ!」


 それは彼らの師匠が奥義とする技を食らったときに似ていた。

 身体の芯から破壊されるような恐ろしい技。

 ただ一つ違うのは、師匠が使う技はもう2歩離れた位置から繰り出される、一発の技だった。

 だがこの男はコマのように回転しながら、数えきれる手数の技を繰り出してくるのだ。距離が近すぎて反撃不可能。もし有効な方法があるのであれば両腕で抱えてしまうことだろうが、すでに技の衝撃で身体が一切動かない。


 一発一発の威力は師匠の奥義には遠く及ばないが、その本質は変わらず、身体の隅々にまでダメージが及ぶ。それを数十発食らったのだ。

 彼の強靱な肉体は一秒ほどの時間で限界を迎えた。


「ぐぼぁ……」


 ボランド弟はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 カイは荒い息で、男を踏みつけて動きを止めた。ZONEを発動した無茶な動きは、カイの肉体をも完全に破壊していたのだ。

 少なくとも数十秒は一切動けない。


「ぐぶおおおお!」


 その隙を見逃すボランド兄ではない。デブとは思えない俊敏な動きで間合いを詰めると、偃月刀を横薙ぎに一閃した。


 ……。

 たぶんそれが彼の最後の記憶だったはずだ。

 彼の指から離れた偃月刀は遠心力でカイの顔を横切り、コンクリート壁に突き刺さる。

 どうして彼が途中で偃月刀を手放したのか。答えは簡単だ。

 ボランド兄の頭がすっかり消し飛んでいたからだ。

 無くなった首からびゅーびゅーと血が噴き出し、巨体が半回転するとその場にどうと倒れ込む。


「ぐ……ぼぉ……」


 身体の動かない弟がその惨状に呻きを上げた。しばらくするとその両目から涙が溢れてきた。

 カイはゆっくりと、無理矢理に身体を動かし、まずはタバコをくわえて火をつけた。まったくもって不要な行動だが、彼にとっては必要な行動だったのだ。


「……吸うか?」

「ぐ……ぼ」


 弟は視線だけで兄を示した。

 カイは身体を引きずるように兄の死骸の横に立つと、その腹の上に吸いかけのタバコを置いた。


「最後になんか言い残すことは?」

「ぐぼ……」

「……わかんねぇよ」


 銃声とカイの言葉が重なり、金色の薬莢が弟の死体・・に落ちた。

 カイはもう一本タバコを吸うと、部屋の中を見回した。


「上……か?」


 ゆっくりと二階に上がると、特に隠される事も無く、ジャミング装置が部屋の真ん中に置かれていた。

 元はオフィスだったのかもしれないが、なぜか事務机が2つほど転がっているだけの閑散とした部屋であった。

 カイはスイッチを切った後、念のため銃で装置を破壊した。

 持って帰ればアルの野郎がはした金で買い取ってくれるとは思うが、今は安全を優先した。

 ジャミング装置を破壊した瞬間、カイの身体から、一気に力が抜けて、その場に座り込んだ。


「あ……やべ」


 血を流しすぎたのだ。

 カイは顔面蒼白の状態で座り込むしかなかった。

 もう一錠、修復ナノマシンを飲むかを悩む。通常以上に飲むとそれはそれで身体を蝕むのだ。


 かつん、かつん、とコンクリを打つ音が聞こえてきた。正確には常人ではほとんど聞き取れないレベルの足音で、本人からすれば忍び足をしているつもりなのだろうが、場数を踏んだJOATにとってはちんどん屋のパレードと変わらない。

 カイが入り口に銃口を向けようと身体をひねった瞬間、ぐらりと地面が傾いた。いや、カイの身体が地面に倒れたのだ。


「ほう……これは」


 絶妙のタイミングで部屋の中に入ってきたのはジャレンディンだった。


「ボランド兄弟を殺せる人間がいたことに驚いたが、無傷とはいかなかったようだな。むしろ生き残ったことを誇ると良い」


 ジャレンディンはライフルタイプのコイルガンをカイに向けた。普段のカイであれば、こんなど素人丸出しの男に負ける要素など何一つ無いのだが、なんせ今は指を動かすのも厳しい。

 仕方ないのでカイは銃を放り出して、タバコの煙をゆっくりと肺に吸い込むことを選択した。


「随分余裕だな?」

「……」


 嫌みの一つも言ってやろうと思ったが、それすら億劫になり、カイは倒れたまま無言でタバコの煙を吸っていた。


「さすがに喋れんか……どこの組織の人間か吐かせてやろうと思ったのだが……」


 ジャレンディンが思いっきりカイの顔を蹴飛ばした。


「私はタバコが嫌いでね。特に私を無視して無遠慮に煙を吐き出す阿呆共をだ!」


 鈍い音が三度響く。ジャレンディンがカイの頭をさらに蹴りつけたのだ。


「はぁ……はぁ……もういい。どうせ喋る口がないなら、このまま死ね」


 ジャレンディンが銃口をカイの頭に向ける。どんな馬鹿でも外さない距離だ。

 だが、そこでジャレンディン動きを止めた。カイの横顔に引っかかるものがあるらしい。


「いや、待て待て、その顔どこかで見たぞ……どこだったか……そうだ! 危険人物リストだ! 思い出したぞ!」


 目を丸くして足下のぼろ切れを見下ろす。

 コイツが最近有名な……。


「JOAT……その中でも若手ナンバー1の死に神コンビ、ウィケッドブラザーズ……てめぇらの事だったのか」

「……」

「ふん。もう答える気力もねぇか。たしか時代遅れの流線形宇宙船を駈り、銀河中どこにでも湧いて出るディャコタラメデュスみてえな野郎で、幾ら撃っても死なねぇ化け物コンビだって話だが……あながち嘘でもなかったようだな」


 陰湿で嬉しげな笑みでカイを見下ろすジャレンディン。今にも舌なめずりをしそうな表情だ。


「……っだ」

「あん? なんだって?」

「……ウィケッドブラザーズは……船名……だ。会社名はイェーデス……覚えておけ……このデコスケ……野郎」


 カイが血を吐きながら、息も絶え絶えに嫌味を言い切った。

 ジャレンディンは一瞬、阿呆な表情で固まったが、すぐに顔中が赤くなり、額に血管を浮かび上がらせた。


「よし、てめぇは死刑だ。今すぐここで殺してやる!」


 三度コイルガンの銃口をカイに突きつけるジャレンディン。

 にもかかわらず、カイは無理矢理、憎らしい笑みを浮かべて見せた。


「……最後に……」

「あ?」

「……最後に……言い残す……事は?」

「……なんだと?」


 ジャレンディンは何を言われているのかわからなかった。そしてそれが自分へ遺言・・を求めていると理解して、怒髪天を衝いた。


「てめぇ! こっちが下手に出てやってりゃ勝手言いやがって! よしわかった! てめえは両手両足ちぎり取って庭の盆栽に刺して飾ってやる! てめえが何度も死にたいと叫ぶような拷問を続けてやる! 決定だ! まずはこの場で両足吹き飛ばしてやる!」


 次の瞬間、言葉通り跡形も無くが吹き飛んだ。


「……くそ……タバコが取り出せねぇ……」


 カイ・・はコンクリートにへばりついて動けないまま、小さくそう呟きながら、気絶した。

 その二秒後、頭の無くなったジャレンディンが、カイのすぐ横へと倒れ込んだ。

 ジャレンディン最後のセリフは小者のそれだった。


 ■


 カイは救急隊の治療を受けながら、警察の事情説明に突き合わされていた。重傷の人間だというのに容赦が無かった。


「それで? お前がここに寝転んでどうしたって?」

「……もう三度も説明しただろうが、脳みそついてんのか?」

「クソJOATが反論してんじゃねぇよ! 俺は、説明を、求めてるんだ! 俺が聞いたら100回でも答えるのがてめぇらの義務だってことを覚えとけ! この疫病神どもが!」

「クソが」


 カイは吸っていたタバコを踏み消す。


「現場を荒らすんじゃねえ! このクソJOATが!」

「うるせえ、とっくに量子録画は終わってんだろーが! 俺がここで安眠してるところに、そこの首なし野郎が入ってきて、俺を踏みつけやがった。そして計算の終わったディードリヒの対物ライフル・・・・・・が奴のど頭を吹き飛ばしましたとさ。めでたしめでたし!」

「いったい何の計算が必要だった?! どうして部屋に入ってすぐ殺らなかった?! 何かやましい取引でもしていたんだろう!」

「アホか! いくら対物ライフルでも、分厚いコンクリートを何枚もぶち抜くんだ! めんどくせえ計算が必要になるに決まってんだろ! さらにその場で貫通弾のパウダー量を決めて数秒で詰めて、装填する必要もある! 相手がしばらく止まっているのも条件だ!」

「本当か? 麻薬・・取引の為に、おまえらの量子記録を切ったんじゃないのか?」

「アホか?! 光学的に同じ空間に2つのカメラが存在しなきゃ録画できないのはおまえらだって知ってんだろうが!」


 カイはイライラと二本目のタバコに火を点けた。


「ふん……まあいいそれでスナイパーは?」

「当然ディードがすぐに殺った。コンクリート越しのスナイプなんぞ、ど素人に防げるわけもないからな」

「ど素人だって? あいつらこの都市のギャングでかなり大きな組織だぞ」

「ふん。所詮田舎惑星のヤンキーってこった」

「田舎惑星だと?!」


 警官とカイが歯をむき出しにしてにらみ合う。


「クソが……まあいいこれで終わりだ……いやちょっと待て」


 タブレット端末をいじっていた警官が、資料の一文に目をとめて顔を上げた。彼らの乗ってきた船の名前を見たのだ。


「お前ら……最近噂のウィケッドブラザーズだったのか!」


 呆れたような、怯えるような表情でカイを見る。そこにちょうど別の場所で事情聴取を受けていたディードリヒが入ってきた。


「聞いたことがあるぞ、若造のくせにやたら速い船で銀河中を飛び回り、どうしてか・・・・・銃弾の当たらない悪運の持ち主とゲルマン巨漢の二人組……ウィケッドブラザーズ!」


 警官の定型文に、カイとディードリヒが同時にため息を吐き、そして同時に言った。


「「ウィケッドブラザーズは船の名だ、会社名はイェーデス! 覚えとけこのクソ警官!」」


 ■


 どんなに時間が経っても――。

 彼ら二人がウィケッドブラザーズ以外の名で覚えてもらえることは、とうとう無かったという。


 二人がシャノンと出会う遙か前の、日常の一コマであった。


 ――END――

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銀河のウィケッドブラザーズ+1 佐々木さざめき @sasaki-sazameki

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