第一話【カオスな二人とお嬢様】
男二人の船内はいつだってカオスだ。
破れてスプリングの覗くソファー。足の折れたテーブル。コーヒーのシミが目立つカーペット。これらの調和のとれていない家具は全てゴミから拾ってきたものだ。
シンクには洗われていない食器の山。積み上がった雑誌。写りの悪い壁モニターには古い映画がランダムに流されている。そんなどこにでもありそうなリビングダイニングに、二人の男がテーブルを挟んで向かい合っていた。
一人は黒髪の東洋人で、細身だが引き締まった体つきをしている。目つきの悪い視線はテーブル上の将棋盤を睨みつけていた。
もう一人は金髪の大男。ドイツ系で思いっきり刈り上げた短髪に、盛り上がった筋肉。ライトグリーンで平行四辺形の瞳を持つ目。ハーケンクロイツの制服を着せたらさぞ洒落にならないだろう。
「王手だ」
馬鹿でかい指のくせに、やけに器用に駒を置く。ぱちんという小気味よい音が今は忌々しい。
「おい、ちょっとまてディード」
まったく考えてもいなかった場所に置かれた角に動揺。手持ちは歩しかないので、防御しようにも二歩になる。他の駒を防御に回すと、一気に押し切られそうだ。王が逃げるのが一番良さそうだが孤立する。どれを選んだところで先が無い気がする。
東洋系の若者が腕を組んで唸ること数分、メールの到着を知らせる電子音が部屋のスピーカーから流れてきた。ディードリヒが100エピオン札を2枚掴んで立ち上がった。
「おい、まだ終わってないぞ」
「時間切れだ」
「いやいや、まだ詰んだ訳じゃねぇよ」
「……そこから逆転できると? カイ?」
カイと呼ばれた青年が黙り込むと、ディードリヒはエピオン札を指で軽く振ると、リビング奥にむかう。
普通のマンションならばテラスに続く窓でもあるだろう場所には、無骨なエアハッチが明け放れていた。その奥にはメカメカしい機器が並んでいる。耐Gシートが3席に、多種多様のレーダー。モニターには数値化された船の状態が常時表示されている。つまりまぁ操縦席というやつだ。
ディードリヒはパイロット席、コパイロット席、ナビゲーター席のうち、定位置のコパイからメールを取った。
カイは首を伸ばして動画メールを覗き込むと、折り目正しい背広を着た眼鏡の男が真正面に映し出されているのを確認できた。それだけで何の用件か一瞬で理解し、カイは目の前の将棋盤をひっくり返した。
■
「安全局から出頭の催促だ」
「わーってるよ……。無視してればあきらめると思ってたんだが」
カイが駒をせこせこと拾い集めながら嘆息。
「私は何度も言ったぞ。無駄だと」
「はいはい。お前さんはいつだって正しいよ。くそっ」
集めた駒を再び投げそうになるがかろうじて止める。
「で、期限は?」
「一週間以内」
「嘘だろ? どんだけ距離があると思ってんだよ」
「最終警告だそうだ」
「いつも思うんだが、安全局って俺らの事イジメんのが仕事なのか?」
「だとしたら非常に優秀な職員が揃っていることになるな」
「優秀な奴は嫌いだ」
カイは立ちあがってパイロット席に座るとギャラクシーマップにアクセスし、銀河中央への最も燃費の良いルートを選択して軌道修正をかける。
データを反映した船はゆっくりと旋回を始める。ごくわずかなGと進路図を確認してからリビングで珈琲を点てる。次の勝負までカイの仕事になる。
到着予定はちょうど一週間後だった。
■
軌道エレベーターに近づくと、惑星の外に向かって伸びるポール上をひっきりなしに大量のウェイトが移動している。シャフトの直径が100mという化け物エレベーターがあるのは俺が知る限り他にない。どうやって自重を支えているのか考えたくもない。当然宇宙ステーションの規模も半端なものではなく、ドッキングポートと通路が複雑に伸びて魚の骨を思わせる。
管制から指示された接続通路はその最外、魚の尻尾の先になる。なぜわざわざステーションから遠い場所に駐機するかといえば離れるほど駐機代が安くなるという理由だった。
コンピューターの指示にOKを押すだけの簡単な仕事を終えると、フルオートで小骨の先にドッキングされる。カイとディードリヒがエアロックをくぐり背骨を進むと、ステーション入り口が見えた。ちなみにこの通路だけで500m以上ある。電動カートを借りても良いのだが、きっちり小銭を持ってかれるので却下である。
通路とステーションの境目は改札になっている。簡単に乗り越えられる作りだが、そんな事をすれば警備員がすっ飛んでくるだろう。素直に自販機の前に立つとモニターに女性のCGが表示される。若干カートゥーンっぽい作りがイラつかせる。
『セントラルナディア空港へようこそ! 駐機スペースは何日のご利用になりますか?』
無駄に明るい声がさらにイラつかせる。カイは眉を顰める※吐き捨てる。
「明日の午前には出る」
長居する気は毛頭ない。
『了解しました。175エピオンになります。どうぞ楽しんでいってください!』
カイは遊びに来たんじゃねーよと洩らしながら自販機に紙幣をねじ込んだ。
■
惑星セントラルナディア(The central Nadia)と命名された惑星は「
中央政府やら銀行本店やら移民会社やらが集まり、天の川銀河の中央に近くアクセスの便が良いのも物流が集まる原因になっていて、まさに政治経済の中心地と言って良い。自転周期は平均25時間17分。銀河を二分する勢力の一つSUN、宇宙国際連合の主要施設が集まっていて、下部組織である安全局の総本山も当然この星にあるため、めったに来ない「中央」まで来る羽目になっていた。
「しかし……」
やけに天井の高い宇宙ステーションを歩きながらディードリヒが言い出した。
「なぜ中央に呼びだしなのだ? 大抵の用件は所属支部で十分だろう」
そう。それは気になっていた。用件が一ヶ月前に改訂された例の法律の事なのは間違いが無かったが、それこそ支部で事足りる。
「そうなんだよなぁ……なーんか嫌な予感がするぜ」
もちろん。
カイの予感は的中する。
■
二人でエレベーターを降りるのは金の無駄だと判断し、ディードリヒはステーションに残りついでに消耗品の買い出し。安全局へはカイが行くことにした。
「ディード、ついでに仕事が無いか探しておいてくれ」
「うむ。だが教会には寄らせてもらうぞ」
「好きにしてくれ」
ディードリヒは教会のある場所に寄った場合、時間があれば祈りを欠かさない熱心なキリスト教徒であり、いつもの事である。
「しかし、私たちが受けられるような仕事があるだろうか?」
「たいしたもんはねーと思うが、ここまでのガス代くらいは稼いどきたいだろ」
「うむ……前回来たときよりも空港利用料が25エピオンも値上がりしていたしな」
「ゲルマン系は細かいな」
お約束のやり取りをしてから、カイは軌道エレベーターロビーへと移動した。
■
エレベーターロビーはステーションの中央にあり、地上へのゴンドラの入口となっている。ドッキングポート通路にあった自動改札とは違いこのロビーは人間がやっている。実質的な税関になっているからだ。
ステーション上は基本的にSUNの国際法が適用されるが、惑星は個別の主権を持っているからだ。SUN加盟ではあるが、出入りが自由という訳ではない。もっとも現在は様々なシステム簡略のおかげで……、
「観光ですか?」
「いや、仕事だ。安全局の本部へ行く」
「わかりました。そちらの板に手を置いてください」
手続きはこれだけだ。
「エレベーター利用料は15エピオン……はい、たしかに。8番ゴンドラへどうぞ」
「領収書くれ」
忘れるとディードリヒに怒られる。
■
ゴンドラは30人乗りで広かった。別の惑星なら同じ広さに100人以上詰めるだろう。さらにイスすら無いことも多いのだが、さすが中央のエレベーターで一人一人がゆったりと座れるソファーが並んでいた。
時間的な問題か、偶然か、ゴンドラ数によるものか、中に人はまばらだった。
ホテルのラウンジがそのままリニアで加速されて地上に落下しているとイメージしてもらえば良いが、窓の景色以外にそれを体感できる情報は何一つ無い。
重力コイルやらZOIHジェネレイターやら多種の技術革新により、物理法則を魔法でねじ曲げていると錯覚するほどだ。遙か昔は軌道エレベーターの片道が3日以上かかっていたそうだが、今や片道20分の旅である。
そして20分という無駄な時間をどうやって過ごすかは人生で上位に入る難問であった。
眠くもなかったので無料誌でも読もうかとブックスタンドに近づくと、ツバ広帽子の女の子が熱心に求人情報誌を読んでいた。
なんとなく腕モバイルを確認すると、学生は春休みの時期だった。短期で率の良いアルバイトでも探しているのだろう。大きめな皮製トランクを横に置いているので旅行帰りかもしれない。俺は読書の邪魔をしないように新聞を取り近くのソファーに身を沈める。紙媒体というのは意外と廃れないものである。見出しだけを流し見るのはやはり紙に限るのだ。
『惑星利権を巡って開戦か?!』
ため息。
『16年の長きに渡る移民会社と遺族団の闘争ついに決着! 和解に!』
どうでもいい記事ばかりだった。
新聞を隣のソファーに放った時、左腕のモバイルが振動した。見た目は腕時計だがパーソナルタイム、惑星時間、銀河標準時、通信、コンパス、GPS、温度湿度気圧磁気計、ライト、鍵、などの機能が詰まった船乗りには必須のアイテムが、ディードリヒからの通信を知らせてきた。
「なんだ?」
「仕事を見つけた」
「早かったな。どんな仕事だ?」
「船の護衛だ。ドブルー建材という会社の船で積み荷は宇宙船の建材。目的地は都合の良いことにイオまでだ」
「へえ。そりゃ帰りが楽だな」
「急な依頼らしく、安全局に護衛依頼をだしたらしい」
「そんなもん警備会社に依頼すりゃいーじゃねーか」
「中央は何でも相場が高い。地方ならともかくセントラルナディアでは安全局の方が安くつくのだろう」
「なるほどな。中央はめったに来ないから思いつかなかったぜ」
「ちなみに仕事を受けた後にキャンセルすると違約金が発生する」
「なるほど……」
しばらく考える。
「仕事は正規なんだな?」
「安全局の仕事リストから拾った。問題ないだろう」
「ま、いつもみたいに怪しい直接依頼じゃないんだから大丈夫か」
「仕事料も安い、片手間の仕事なのだろう」
ディードリヒの推論は的を射ていると思う。悩んでいれば仕事が埋まってしまうだろう。
「わかった。受けといてくれ」
「うむ。だがアレはどうする?」
新法の事だろう。
「なに、どうせ説教だろ。適当に誤魔化してくるさ」
「うむ。任せた。出航は明日の9時だ。遅れるなよ。カイ」
「この惑星って何時間だっけ?」
ゴンドラはすでに減速ルーチンに入っていた。
■
地上はまさに未来都市だった。
多重高層建築で立体的な都市を網の目に超伝導道が結び、浮遊車がその上を流れる。インフラ整備に膨大な金がかかる超伝導道に個人所有のリニアカーが大量に走る光景が拝める星は数えるほどしかない。
実はカイもバスを除けば超伝導カーには一度しか乗ったことがない。タクシーに乗れば良いのだが、初乗り料金を見てため息をついたカイを誰が責められるだろう。
巨大な地上ステーション脇のタクシー乗り場でどこかで見覚えのある帽子が見えた気がするが、俺の意識は壁の案内図に移っていた。
「来るたびに街が変わり過ぎなんだっつーの」
ただでさえ曲線を多用した建造群のおかげで道を覚えにくいのに、そこへアイスクリームを追加するみたいに上に横に斜めに下にとでたらめに構造物を足していくのだからたまらない。ようやく徒歩でのルートを見つけて安全局へと到着する事が出来た。
安全局ビルは周りの建物と比べると随分と古めかしい印象がある。レトロという訳では無く寂れているという印象だ。実際他の惑星で一般的な建造方式で量産型で個性のない普通のビルなのだ。出入口も飾り気一つ無く中小企業っぽくもある。
カイとしてはこういう場所の方が安心する。無人カウンターで受付をして指定された席の向かいの人物を見る。よれた背広に、決まり切らない髪型、沈んだ瞳。どこをとっても疲れたサラリーマンだ。背筋を伸ばし、オーダーメイドのスーツで完全武装した企業戦士ばかりのこの惑星にしては希少種だろう。見た目通り投げやりに言った。
「営業停止処分ですね」
最初の一言がそれだった。
「は? ちょっと待て! なんでいきなりそうなるんだ!」
てっきり注意勧告の為に呼び出されたと思っていたカイは思わず声を荒らげる。
「あー。一ヶ月前に法律が変わったのは知っているでしょう。告知は半年も前から行っていたはずです。新法では3名以上の搭乗員がいない限り、JOATの活動は認められません」
どうでもいいという風に、男は書類をテーブルに置いた。差し止め勧告の通知書だった。
「ちょっと待ってくれ! 2週間前まではちゃんと三人いたんだ! 新人が逃げ出しただけで……!」
「それはご愁傷様です」
「今回の仕事が終わったらすぐに……!」
「その手の苦情は裁判所へどうぞ」
職員は表情一つ変えない。ただ疲れた視線を時折向けてくるだけだ。正直ここまで話にならないとは誤算だった。地元の安全局支部では見て見ぬフリをしていてくれたからだ。
「そもそも、今回の新法はアルバイトも可という大甘法ですよ。搭乗員が3名になれば出港許可を出しますから。はい、次の人」
「誰もいねぇよ!」
地方の安全局なら、仕事を求める食い詰めで溢れていると言うのに、本局には疲れた顔の公務員がカウンターの中で亡霊よろしくモニター光に照らされているだけだ。
セントラルで出世コースから外されたエリートたちの墓場っていうのは本当らしい。他人の事などどうでも良い彼らにこれ以上噛みついても、時間の無駄だ。カイは安全局を飛び出した。
■
「ディード! ストップだ! さっきの仕事を受けるな!」
左腕のモバイルに向かって叫ぶ。12本の見えないレーザーが大気中で干渉し合い、平面的な映像で、ディードリヒのごっつい顔を浮かび上がらせる。
「一歩遅かった。何かトラブルか?」
「もう船に戻ってんだろ? 今すぐ航行情報を確認してくれ!」
ディードリヒは読んでいた新聞を折り畳み、壁面モニターリモコンを操作する。
「うむ? 出港停止? どういうことだ?」
ディードリヒはナビゲーター席に移動し細かい情報をチェックする。
「720時間以内に免除手続きを取らない場合、JOATの資格無期限停止、登録船の没収、空港占有料の請求……カイ、安全局で銃撃戦でもしてきたのか?」
「するかっ! 例の最低搭乗員の話だ! 何でもいいからあと一人連れてこいだとよ!」
一気にまくし立てると、ディードリヒが首をかしげる。
「随分な強硬手段だが事前勧告も無しにそこまで出来るものなのか?」
確かにそれは気になる。
「……そうか。おそらくセントラルの惑星法にそういうのが出来たんだろ。だから支部で事足りるものをわざわざ本局まで呼び出しやがったんだ」
「考えられるな。うむ。そっちは私が調べておこう。しかし仕事はどうする? キャンセル料金9千エピオンだぞ」
「……まぢ?」
「うむ」
「……会社の残高は?」
「2千と60……」
泣きたくなってきた。
「わかった。俺はこのまま職安に行って、なんとか人を捕まえてくる。ディードは情報を集めといてくれ」
「うむ。……間に合わせろ」
「努力はする」
モバイル通信を切って、近くの案内端末に飛びつき、職安のマップを呼び出した。
■
「なんだこりゃ……」
広く開放的なロビー、高い天井、ねじ曲がった彫像、床はモダンなカーペット。
指紋一つない情報端末が並んでいなければ、A級ホテルのロビーと区別がつかない。カイが知る職業安定所のイメージとはあまりにもかけ離れていた。
室内を歩いているのもカジュアルな服装の若者がほとんどで、少なくとも洗濯していない一張羅で目つきだけが異様に鋭い中年たちがたむろしている様子はない。
いったいどんな求人があるのか興味が湧くが、閲覧してみる時間も余裕もない。おそらく新卒と転職に絞った求人ばかりなのだろうが今はどうでもいいことだった。
カイは求人側の受付で、臨時ブースを借りる手続きをした。壁際に並ぶカウンターの一つに座り、電光掲示板に「即日採用」を表示した。
情報端末に座っていた何人かが顔を上げる。背の高い、眠たそうなまぶたの青年が立ちあがってブースに近づいてきた。
「あの……お話聞かせてもらっていいですか?」
ベージュのスラックスと薄手のパーカーがイケてなかった。
「もちろんです。どうぞお掛けください」
慣れない敬語で席を勧める。
「あの……私その、高校を卒業したばかりなんですけど……やっぱり大卒じゃないと、あの……」
口調がはっきりしないが、それも仕方がないのだろう、この惑星で高卒なんてのは、別の星の中学中退に匹敵する。もしかしたら初っぱなから当たりを引いたかもしれない。
「学歴は問わない。安心してください」
粗野な印象を与えないように、出来るだけ丁寧な言葉を選んだ(つもりだ)
青年の表情が急に明るくなる。
「あの、御社の仕事内容を教えていただけますか」
うつむき加減だった青年の顔が上がり、すがりついてきそうな勢いで聞いてきた。
「内容は……あー、肉体労働……が、多い、な」
「肉体労働……ですか?」
青年が不思議な顔をする。
「あの、すいません。目の前でブースが開いたので、よく確認しないで来てしまったのですけど、御社の業種は何でしょう?」
さすがにここで嘘を言うわけにもいかない。一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「うちの会社はJOATでして、でも……」
「じょーと……え? JOAT?!」
青年の声に、館内中の人間が顔を上げた。カイは慌てて言葉を続ける。
「今回は短期のバイトでも構わないし、なんなら座っているだけでも……!」
「あのっ! すいませんでした! やっぱりいいです!」
青年は、落ちるようにイスごと倒れ、ディャコタラメデュス(惑星メデュスに生息していた22本足の非常に生命力の強い昆虫。その足をシャカシャカと動かし、凄まじいスピードで物陰に隠れる事で有名。物流と共に銀河中に繁殖。よく船にいる)の如く別フロアへ消えていった。
遠巻きに様子を見ていた学生たちも、JOATの単語で一斉に引いていた。
しばし唖然。そしてカイは頭を抱えた。
(まずい! これはまずいぞ!)
人気のある職業で無いことはわかっていた。いやむしろ嫌いな職業ランキングを上から探した方が早い事もわかっていた。それにしても予想以上に酷い反応だ。そしてちょっぴりカイは傷ついた。
(まさかこれほどとは……)
もうここでの求人は望めないだろう。ネットを使っての募集も論外だ。検索のNGワード筆頭候補だろう。近くに寄せ場があるとも思えない。
しかしどんな惑星にも田舎や景気の悪い地区というのはあるものだ。直接出向けば食い詰めの1人や2人いるかもしれない。銀河で一番進んでいる星の一番発展している首都で一二を争う不人気職の求人というのが無理だったのだ。
とにかくこのまま座っていても埒があかない。カイがブースから立ちあがろうとしたとき、目の前で白い帽子が揺れた。
■
同じ頃ディードリヒもネットを使って求人情報関連を当たるが、そもそも求人広告を出す金が無い。地方なら怪しいコネもいくつかあるが、惑星ローカル上では使えない上に、根本的に他の惑星で人を見つけても出航できないのだから意味がない。
一ヶ月前に施行された新JOAT法に合わせ、もちろん彼らも新たに従業員を雇った。金銭的に人を雇う余裕などなかったのだが、こればかりはしょうがない。しかしJOATは不人気職の上位に位置する職業だ。
そこで一計を案ずる。募集をかけたのはもっともなりたくない職業ナンバー1の座を一度たりとも譲ったことのない、木星の水素採掘所から独身の男を引き抜いたのだ。体力もやる気もあり、木星から出られるなら何でもやるという意気込みを買った。
そしていつもの仕事をいつも通り片付けている途中いつも通り始まった銃撃戦の最中に彼は甲高い悲鳴を上げながら走り出し、それきり戻ってこなかった。
彼はまともな定期便もない辺境惑星からいったいどうやって帰るのだろう。
速攻で連絡も取れなくなってしまったのでその後の消息はわからない。勤務日数1週間。そのほとんどは船内で飲み食いをしていただけだ。契約上給料を払わなくてよくなったのが不幸中の幸いだが経費は返ってこない。
その後仕事は2人で終わらせ、ホームである地球の月面、ジャンクキャッスルに帰る途中、安全局からお呼び出しをいただいてしまったのだ。
ディードリヒは目を閉じて息を吐く。もうどうでもいいことだった。
今頃カイは走り回っているだろう、1人だけのんびりしているわけにはいかない。ダメ元で銀行に借入申請を申し込む準備を始めた。
■
白いツバ広帽子はしゃがんでいた。理由は簡単で先ほどの高卒が倒していったイスを起こしていたのだ。そこでようやくエレベーターのゴンドラで見た少女である事に気付いた。
「自分が倒してしまったイスは、自分で元に戻すべきですよね?」
女性は帽子をゆったりとした動作で横のトランクの上に置くとたおやかに微笑んだ。
身長から中学生くらいだと思っていたのだが、シンプルで高級そうなワンピースは想像以上に凹凸のあるシルエットを浮かせていた。見事なまでなブロンドが腰まで揺れている。
俺は直感する。
こいつは弩級のお嬢さまだ。オーラが違う。俺は軽く咳払いして女性に向き直った。
「それだけ驚いたんだろう。イスありがとうなお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん、は少し失礼じゃありませんか? これでもレディーのつもりですよ」
「あー……そりゃ悪かった。ミス?」
「シャノン・クロフォードです。シャノンでいいですよ」
笑顔を咲かせるシャノンと対照的にカイはその単語に眉をひそめた。
「クロフォー……ド?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。イスの件ありがとうミス・クロフォード」
「はい。どういたしまして」
ここで腰でも折り服を指先でつまんだりしたら絵になっていただろうが、さすがにそれは無かった。かわりにシャノンは自分で起こしたイスに軽やかに座ったのだ。
「……」
脳みそが停止していた。しばらく考えさせて欲しかったが、その時間は与えられなかった。
「それでJOATというお仕事はどのような内容なのでしょうか?」
「……」
ナニヲイッテイルンダコイツハ?
「あっ! すみません! 盗み聞きをするつもりは無かったのですが……」
「あー……まぁあんだけ大声で叫べば嫌でも聞こえる……が……」
どうにもミス・クロフォードの言っている言葉が理解出来ない。もしかしたらSUNの国際標準語と違う言語なのかもしれない。
「許していただけますか?」
「許すも何もないんだが……それより悪いが俺は急ぎの用があるんで世間話なら他所でやってくれ」
ようやく動き出した脳みそが早くこの場を離れろと警鐘を鳴らす。
「お許しいただきありがとうございます。世間話というのはどういう意味でしょう? ここは求人ブースだと思っていたのですが、間違っていましたか?」
屈託のない笑顔。どうやら嫌がらせの類ではないらしい。……ということは?
「……あー、すまないがミス・シャノンには関係のない仕事さ。どうも俺はいる場所を間違えたらしいから移動しなきゃいけないんだ。わかったかいミス・シャノン?」
わざと威圧的に言ったのでこれでミス・クロフォードは恐怖におののき黙り込んで。
「さきほど学歴不問とおっしゃられていましたよね? それならば私にもお話を聞く権利はあると思います」
黙り込んでなかった。
「高校生は圏外だ」
本当なら高卒だろうが規定年齢を超えてれば何でもいい。
「まあ! ひどいです! 私高校生じゃありません!」
「あ? 中学か?」
「先月大学を卒業しました!」
シャノンは唇をとがらせる。
「……大学」
力無くオウム返しするのが精一杯だった。
「はい。ご確認ください」
シャノンが卓上の認識プレートに手を乗せると、モニターに履歴書が表示された。女子大卒の22歳とあった。
「納得していただけたのならお仕事の内容を教えていただきたいのですが?」
なるほど。このお嬢さまは就職活動中で偶然目の前に開いた求人ブースに何も知らずに来てしまった。
そんな簡単な事実にようやくカイは気が付いた。
正直こんな所で無駄な時間を使う訳にはいかなかったのだが、お嬢さまの妙な押しを無視できずに改めて座り直した。
なんというか、このまま無視するとどこまでも付いてきそうな気がする。確信に近い直感。
このお嬢さんが何をどう勘違いしてるのかわからないが仕事を説明してやればあっけらかんと他所へ行くだろう。
カイはため息混じりに説明を始めた。
「JOATはjack of all tradesの略だ」
「なんでも屋……という意味ですね?」
「ニュアンスでわかるとおり、汚い、危ない、キツい、その上給料も安い。まぁそういう事だ」
話は終わったと俺は立ちあがった。
「……お話の途中ですが、どちらへ?」
「耳ついてんのか? どう考えてもお嬢さん向きの仕事じゃない。あんたの学歴ならどこだって喜んで取ってくれるだろうよ」
「それならば御社も喜んでいただけますよね?」
「いや、そういう意味じゃ……」
「それにまだお仕事の内容を聞いていません。どのように汚くて危ないのか教えていただかないと判別できません」
おおまいが!
カイは無言で天を仰いだが、都合の良いときだけ祈るなとどこからか聞こえた気がする。怒鳴り出しそうな感情を抑えつけて話を続ける。
「なんでも屋は……なんでも屋だ。船の護衛をする時もあれば人捜しやら畑の収穫の手伝いなんてのもあったな」
「まあ楽しそうですね」
俺は苦虫を噛み潰しながらなんでこんな無駄話をしなければならないのか自問自答したが答えは出なかった。
「だが一番多い仕事は」
「はい」
目を輝かせて身を乗り出すシャノン。
「殺しだ」
「……え?」
「いや、一番じゃねーな。だが多い。安全局から直接依頼……実質命令で海賊捕縛やテロリストの逮捕。名目は立派だが自衛のための殺害を許可されてる。どいつも捕まれば死刑か無期かそんな奴らばっかりだ。大人しくしてる奴なんぞ一人もいねぇ。つまりは殺しの依頼そのものって訳だな」
沈黙が降りる。ちょいと脅しが過ぎたかもしれないが事実である。まぁ良い社会勉強をしたと思って忘れてくれればいい。
「それは不可抗力からの結果で目的ではありませんよね? それとも無抵抗の方を手にかけるお仕事なのですか?」
「……んなわけねーだろ」
さすがにそんな誤解は気分が悪い。
「賞金稼ぎとは違うんですか?」
「違う。JOATは賞金を受領する権利がない。安全局から直接依頼がくれば別だが、それも正規の賞金はもらえず、安全局の決めた報酬がもらえるだけだ。雀の涙のな」
実際JOATというのはややこしいシステムの隙間に存在する合法なイリーガル職業とでも思えばいい。取って付けたようなエサに釣られた奴らは命と引き替えに時々撒き餌をもらえる立場になるのだ。
「汚い仕事……の意味がようやくわかりました。人間社会の暗部に手を入れる辛いお仕事なのですね」
彼女が寂しそうな顔をする。
「そんなにたいそうな話じゃねーけどな。まぁこれでわかったろ?」
「はい」
彼女は笑顔で。
「ぜひ御社への入社を希望します」
それはもう、とびっきりの笑顔で。
■
ギリギリまで粘って人を探してみたもののまったくの無駄だった。
結局シャノンへ電話。まずはアルバイトとして採用するとして、明日の8時までに軌道ステーションに来るように連絡をいれた。
……泣く泣く。
深夜に船に戻ってディードリヒに大まかに説明した後は反論を聞かずにベッドに泥った。
■
翌日。
「どうするつもりだ? カイ」
軌道エレベーターロビー近くの喫煙所。カイは無害無臭煙タバコを吸い込んだ。
一度は廃れたタバコだったが、無害無臭煙のタバコが開発されるとそれも一変した。ニコチン量も激減し、燃焼することで精神を落ち着かせる物質が主成分になったことで、再び銀河中の労働者階級に蔓延したのだ。
タバコ産業の意地と高い税率を課せられる行政の利害もあったのだろう。無臭といっても燃焼によって生じるわずかな臭いがある。無臭というのはあくまでタバコ産業の言い分だ。その上無害とはいえ煙も出る。
そんなわけで未だに喫煙者と非喫煙者との争いは続いているが、今のカイにはどうでもいい話だ。
「今回の仕事だけの話だ。終わったら適当な理由付けて辞めてもらう」
煙を長く吐き出す。
「不当解雇だ」
「長く続くと思うか?」
「……思わん」
「しばらくの我慢だ。それより早く人を探す算段を考えておかないとまずいな」
「また木星から引っ張ってくるのか?」
「もう贅沢いってらんねぇからな。逃げ出さない奴なら誰でも良い」
「信頼できん人間を船に乗せるのは反対だ」
「なら代案をくれ」
「……」
めずらしくディードリヒが言葉に詰まっている。ずっと二人でやってきたのだ。今さらもう一人と言われてもイメージできないのだ。すでに職業を変える選択肢も無い以上社会を飲んで生きていくしかない。所詮小市民なのだから。
「ずいぶんなお嬢様みたいだからな、現実を知ればすぐに辞めるさ」
「そう思うがな」
「それより今回の仕事の件は調べたのか? サボってんじゃねーぞ」
「カイと一緒にするな。単純に大手の警備会社が破産倒産した。幹部の社費使い込みなどが原因らしいが詳細まではわからない。いきなり運転資金が無くなって潰れたそうだ」
「うへ……大手って、ハンマー?」
「エンパイアセキュリティー」
仕事柄セキュリティー会社には割と詳しい。エンパイアといえば一部惑星の警察組織の天下り先にもなっているかなりの大手警備会社だった。
「……そりゃしばらく警護の仕事が増えそうだな。もうニュースになってるのか?」
「お前が寝ている間にかなりな。だが戦争が起きそうなニュースにかき消えている印象か」
「なるほどね。しかし儲かりそうな情勢で倒産とは間が悪いな」
「そのゴタゴタもあって、急な護衛が見つからなかったのだろう」
「そうでもなきゃ安全局になんて相談しねーだろーともよ」
若干の沈黙。
「カイ。来ると思うか?」
「あれは時間通りに、かつ確実に来るタイプだな」
「……本当に乗せるのか?」
「しゃーねーだろ。本人の強い希望だ。それとも違約金を払えんのか?」
「無理だ。信用も失う」
「まぁそんなのは初めから無ぇとは思うがな。これ以上毛嫌いされる材料を投入する必要も無い」
「聞きたいことがある」
「なんだ?」
「クロフォード」
「偶然だろ? 良くある名前だ。そもそも調べるのはお前の仕事だ。むしろ俺が聞く立場だと思うがな」
タバコをひと吸い。俺が煙を吐き出すのを確認してからディードリヒが話し出す。
「セントラルのとなり駅近くの賃貸物件みたいだな。学校は有名な一貫校らしいが、公式のページを斜め読みした程度だ。格式は高そうだった」
「お嬢さまなのは間違いないだろうな。世間知らずにもほどがある。気になるならもっと調べりゃ良かったじゃねーか」
「プライベートに踏み込むつもりはない。通り一遍の調査をしただけだ」
「ならそれでいいだろ。まぁ本人に聞いてみりゃいいさ」
「ふむ……」
ディードリヒは納得いかない様子でアゴを撫でた。
「もう一つ聞きたいことがある」
「まだあるのかよ」
所々で完璧主義なんだよな、こいつは。
「うむ。割と重要な問題だと思うのだが、フロイラインのしんし――」
「お待たせしました!」
突然の元気な声に一瞬身を震わせる。気が抜けていたのか彼女がすぐ横まで来ていたことに気付いていなかった。もしかしたら俺たちはこういうオーラの人間をあまり認識出来ないのかもしれない。怪しい雰囲気の人間なら一発で見抜く自信があるというのに。
「本日よりお世話になります。シャノン・クロフォードです! よろしくお願いします!」
「お、おう」
理想的な明るく元気な挨拶に逆に引き気味になってしまうのは職業病か。ディードリヒは背筋を伸ばして彼女に正対する。
「私はディードリヒ・ウォルフ。イェーデス社の社長をやっている」
二人が握手。
「大学を卒業したばかりの若輩で右も左もわかりませんが、よろしくご指導ください。ウォルフ社長」
「ディードでいい。ミス・クロフォード」
「シャノンと呼んでくだされば嬉しいです。ディード社長」
「社長はつけないでくれ。カイと二人だけの会社だ。こそばゆい……それよりミス・シャノン」
「ミスはいりませんわディードさん」
「ではシャノン君、一つ気になっているんだがクロフォード社と何か関係がある人物か?」
直球で来たなおい!
「いいえ。ありません」
即答である。
「そうか……失礼な事を聞いた。よろしくお願いする」
「はい! あの、それで……」
快活な返事と思いきや、すぐに申し訳無さそうにこちらを見上げる。
「大変に失礼な事にわたくし貴方のお名前をお伺いするのを……」
「あー言ってなかったか?」
「はい。お電話でも『俺だ』としかおっしゃらなかったので、社名しかお伺いしておりませんでした」
「そりゃ悪かった。俺の名はカイ・ヨシカゲだ。ヨシカゲは発音しづらいからカイでいい。ミスターも副社長もいらん。つーか付けたら怒るぞ」
「わかりました。改めてよろしくお願いします。カイさん」
カイとディードリヒは顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。
「ここじゃなんだ、取りあえず船に行こう。1時間早く出航したら駐機代還ってこねぇかな?」
「ない」
「デスヨネー」
いつもの二人の軽口に背後からクスクスと小さな笑い声。なんだか調子が狂う。
「それでな、シャノン。ぜひ聞きたい事があるんだが」
「はい何でしょう?」
「お前の背後にそびえる荷物の山はなんだ?」
「しばらく滞在するとのお話でしたので、最低限の着替え等です」
彼女の笑顔に何かしら含むところはまったくない。眩しすぎて突っ込む気力が無くなった。無人の電動カートに載せられているのであまり考えないことに決めた。
フィッシュボーンの連絡通路を楽しげに歩くシャノン。ガラス(実際はシースルー素材)の外が気になるのか右に左に視線を移す。
「なんだ? 宇宙には出ないタイプか?」
こんな時代といえども実際に宇宙に出れる人間はまだまだ少ない。生まれた惑星で一生を過ごす人間が大半だ。もっとも旅行で別の惑星なんてのも当たり前の時代でもあり、宇宙が身近な人間も多く存在した。
「どうでしょう? 人並みだと思いますけれど」
「じゃあ真空なんて珍しくもないだろ……まぁこの辺は宇宙も明るいから見るもんは沢山あるか」
「そう言いますね。私はまだ暗い宇宙というのをあまり経験していません」
「俺からすりゃ、この辺は明る過ぎんだけどな……まぁ居住惑星の数も多いしこっちの方が標準って事か」
銀河は広すぎると改めて思う。
「あの……私たちの乗る船はどれなのでしょう?」
「ああ、それが気になってたのか。一番奥の、一番小さい、あれだ」
指差ししてやるとシャノンは窓に張り付く。彼女の視線の先に、時代遅れの流線型スタークラフトが小骨に横付けされていた。船体は汚れていて一見するとジャンク品にしか見えない。
「変わった型の船なのですね。私の知っているほとんどの船は長方形です」
「古い船だからな」
「でも可愛い船です。私は気に入りました」
お世辞で言っている訳ではなさそうだった。自分の船を褒められて悪い気はしないが、可愛いという評価は苦笑するほか無い。ディードリヒはいつもの仏頂面だった。
そんなどうでもいい会話をしているうちに入口ハッチに到着していた。ロックを解除して恭しく手招き。
「ようこそ
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