第三話【戸惑いの漢たち】

 寝付きが悪い日は寝起きも悪い。だから今日もそうだった。


 外音のない宇宙船では、わずかな機械音以外は一切存在しない無音の世界なのだが、どうにも朦朧とした脳みそは聞き慣れない音を捉えていた。ノイズ自体の音量は小さいモノだったので最初は夢の一部かと思ったが、覚醒するにつれ、現実の音である事を理解した。


 とんとんとん。


 くつくつくつ。


 リズミカルで心地よく、再び眠くなってくる。快いままに寝てしまいたくなる誘惑に逆らって、無理矢理上半身を起こした。


「おはようございます。起こしてしまいましたか?」


 カウンターキッチンの向こう側、見慣れない少女が緩やかな笑みを浮かべていた。


「う……ああ……」


 頭を振ってもう一度確認すると、ようやく昨日の事を思い出す。あの後カイは自分のベッドに消毒液をぶちまけてから、彼女の荷物を部屋前の通路に並べた。もともと狭い通路なので俺でも通るのに苦労した。無駄にでかいディードリヒなどは、そうとう苦労してとなりの自室に移動していた。


 最低限の荷物以外は後日コンテナルームに移動させる約束をさせてある。部屋に入ったシャノンは狭さと汚さに目を白黒させていたが気にしないことにして、カイは毛布一枚引っつかんでリビングのソファーに寝転んだ。


 飛び出たバネが背中に当たって眠れやしなかった。


 何か酷い悪夢をみた気がするのだが、内容は思い出せない。もっとも思い出したいとも思わないが。


 カイは回想を終えて、上半身をソファーから起こしてもう一度見慣れぬ少女に視線を向けた。


「もうすぐ朝食が出来ますから、ゆっくりしていてください」


 朝食?


 リビングから漂ってくるどこか懐かしい香りは、味噌の香りだった。


 ああそうだ。バイトを雇ったんだっけ。


 少女……いや、身長はやや低めだが、実際にはそこまで幼くは無い。出るところは大変に出ているし凹んでいるところはきっちり凹んでいる。


 現在彼女はどこの避暑地に遊びに行くのかと問いかけたくなる真っ白いワンピースと、モザイクパッチワークが素朴な味のエプロンという立ち姿だ。たしか彼女の名は……。


「シャノン」


「はい。呼びましたか?」


 つい口に出た名前に反応したシャノン・クロフォードがオープンキッチン越しにこちらに顔を寄越した。なんの外連味も無い笑顔というのは背中がむず痒くなるので辞めて欲しい。どうも食器類を洗っていた様でこちらの声が良く聞こえなかったようだ。


 カイは立ち上がってキッチンに足を踏み入れる。彼女の立つすぐ横の大きな引き出しを指差した。


「……ここが食洗機になってる」


 俺は食洗機を引き出して中を見せた。まさかと思うがこのお嬢さんは全部手で洗っていたのだろうか?


「はい。ですがこの食洗機は高速洗浄タイプですよね?」


「んあ?」


 カイは寝癖のついた頭を掻きながら食洗機を見下ろした。今時高速洗浄でない食洗機などあるのだろうか?


 宇宙船の燃料は液体水素金属である。液体酸素金属との組み合わせでいくらでも水も熱湯も生み出せる。核融合エンジンの生み出す熱量で超高圧水蒸気を吹き付けて一瞬で食器類を洗浄するのは当たり前だと思うのだが。


 地上で一般的に使われる食洗機も大抵は電力で水を瞬間沸騰させるタイプなので、仕組みとしては大して変わらないはずだ。


「高速洗浄タイプではお皿やお鍋が傷みますから、普通は繊細洗浄タイプか手洗いをしますよね?」


 彼女は首を傾げながらも、それが常識だと疑っていないらしい。わかってはいたがとんでもないお嬢さんだ。


「……この船に載っている食器類は残らず対応品だ……っていうか今時対応していない食器を探す方が大変だろ……。いったいお前の家ではどんな食器を使っていたんだ」


 カイは軽く額を押さえる。


「そうですね、金箔が貼られた物や、漆塗りの……」


「わかった。十分だ」


 カイは最後まで聞かずにシャノンの言葉を遮った。初っぱなから金箔が出てくる時点で普通じゃ無い。


 金属の金の価値は幾多の惑星開拓によって価値が大幅に下がってはいるが、未だに人気の装飾品である。


 特殊なプリント技術も進んでいて金箔を機械的に張り付けるなんてのも、もう当たり前の時代である。そしてそんな機械プリントであればたとえ金であっても高速洗浄に耐えられるコーティングをするものだ。


 それが食洗機に掛けてはがれるという時点で、おそらく人間が職人技を持って作り出した芸術品に違いない。それを普段使いとして利用している環境という事になる。


 さすがはセントラルのお嬢様学校に通うだけのことはある。かなり想像を絶するお嬢様であった。


 少し困ったようにこちらを見上げるシャノンについため息が出てしまう。彼女は何も悪くないというのに。


「……掃除をしてくれたんだな」


 見ればシンクに積み上がっていた食器類はほとんど消え失せていた。いったいどこに行ったのかと思えばしっかりと食器棚に収容されているでは無いか。これを全て手洗いしたのならたいした物である。


「はい。少し溜まっていたようですので。迷惑でしたか?」


「まさか。助かるよ。大変だったろ」


「いえ。お片付けは好きですから!」


 彼女はまるで筋肉のついてない二の腕を曲げて見せた。力こぶなどまるで無い。シミ1つない真っ白な肌に若干狼狽えてしまった。


「手伝う。といってもほとんど終わってるみたいだがな」


 よくもまああの食器の腐海を切り崩したもんだ。カイは残っていた鍋や皿を食洗機に雑に突っ込んでいく。たったこれだけの事をサボっていた自分が急に恥ずかしくなってくる。


 スイッチを入れて数十秒。ぽーんと間抜けな電子音なれば、洗浄も乾燥も終了していた。俺は食器を取り出すと、適当に棚に収めていった。


「ありがとうございます!」


 シャノンが元気に頭を下げる。むしろお礼を言わなければならないのはの方だというのに。


「そろそろ朝ご飯が出来るので、ディードさんを呼んできていただけますか?」


 彼女はことことと音を立てる味噌汁・・・をお玉で一掻きして、小皿に取り出し一口。


「うん。美味しく出来たと思います」


 白百合の笑顔がまぶしくて。


「ディードを呼んでくる」


 カイはその場を逃げ出した。


 ■


 ドンドン!


 カイは乱暴に部屋の扉を叩いた。インターホンとか知らん。返事が無かったので構わず部屋の中に入った。


「ディード。朝だ。起きやがれ」


 部屋の光量を最大にすると、ディードが一呻きした。


「う……。お前が先に起きるとは珍しいな。やはりソファーはきつかったか」


 ディードリヒは起き抜けとは思えないほど速やかに起き上がると、すぐに着替え始めた。白いスラックスに白いYシャツ。赤いサスペンダー。100以上所持しているネクタイから1本を見ないで選び、でかい手の割に器用に首に結んだ。


「何かあったのか?」


 ディードがカイの表情を見てそう言った。カイは顔を押さえながら「何でも無い」と答えた。


 二人がリビング兼ダイニング兼パイロットルームに戻ると、すでにテーブルには朝食が並べられていた。


「ほう……」


 ディードから思わず声が漏れる。


 どこにあったのか木目柄のお椀には豆腐の味噌汁。茶碗にはしっかりと炊いた白いご飯。それとどこから沸いて出たのか鯖の味噌煮が皿に載っていた。鯖を買い置きしていた記憶がまったくない。


 ディードは食事とシンクを交互に見た後、恭しくシャノンに頭を下げた。


「シャノン君。片付けてくれたのだね、ありがとう。いつもカイが汚す一方で困っていたんだ。大変だったろう」


「そんなことはなかったですよ。私はお掃除とか好きですから」


「昔は私が掃除していたんだが、する端から汚す人間がいてね。次第に諦めてしまったよ」


「まあ。それだけお忙しいのですね!」


 シャノンが妙に嬉しそうに手をひらを組んだ。宇宙に出たら暇な時間だらけというのはもう理解しているだろうに、どうしてそんな感想が出てくるのかイマイチわからない。ディードは少々ばつが悪そうに頬を掻いていた。


「それではお口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください」


 足の折れたテーブルには、雑誌が噛ませてありなんとか平衡を保っている。湯気を立てる朝食にシャノンが手をかざした。


「それはシャノン君が持ってきたのですか?」


 ディードが指摘したのは鯖の味噌煮だ。奴も鯖を買った記憶など無かったのだろう。


「いえ、お掃除をしていましたら、奥から缶詰がいくつか出てきましたので。特に損傷もありませんし全て賞味期限内でしたから使わせてもらいました。……もしかして緊急用の非常食か何かでしたか?」


 急に声を小さくするシャノン。言っていて気がついたらしい。余計な気遣いだった。即座にゲルマン紳士がフォローに入る。


「その缶詰たちは私たちを嫌いだったに違いない。だから隠れていたんだろう。でもシャノン君は缶詰たちに好かれたみたいだね。好きに使ってくれて構わないよ。もっとも料理を強制する気はないんだけれどね」


「まあ」


 シャノンが目を丸くして喜ぶ。なんちゅうファンタジーなフォローだよ。時々この巨漢ゲルマンの思考が理解出来なくなる。


「それでは冷める前にいただこうか」


 ディードが指定席の一人がけソファーに腰を下ろす。その流れで俺たちも席に着いた。ディードリヒが味噌汁を一口啜ると目をカッと見開いた。


「……美味い! 稀にカイが作るものと全然違う。身に染みる美味さだ」


 そのまま一息で味噌汁を飲み干してしまった。熱く無いのかね。


「良かったらおかわりもありますよ」


「いただこう」


 ディードリヒが立ち上がろうとするがその前にシャノンが立ち上がってお椀を両手で持ち上げた。


「すぐにお持ちしますね」


「そのくらいは私がやるが」


 ディードの事だ、女性蔑視やパワハラの心配でもしているのだろう。だが満面の笑顔でおかわりを持ってくるシャノンを見れば好きでやってることなどわかるだろうに。


 やりたいというのだからやらせておけば良いのだ。どうせそんなに長くは続かない。


 シャノンからお椀を受け取りディードが「ありがとう」と返していた。そこまで笑顔だったシャノンの顔が急に難しく変化する。


「あの……やはりお気に召さないでしょうか?」


 シャノンはカイを見ていた。


「カイ?」


 ディードもカイの様子に気づいたのか言葉尻に疑問符を貼り付けていた。


 カイはゆっくりと腕を伸ばしてお椀を手に取る。味噌汁の表面が僅かに揺れている。無言のままお椀に口を付ける。カイの背中に電撃が突き抜けた。その姿勢のまま彫像のように動きを止めてしまう。


 シャノンが不安そうにカイを見つめていた。


 もう一口啜ると、身体の硬直が溶けて、それと一緒に瞳が潤んでいくのがわかる。


「カイ?」


「カイさん……」


 カイははっと顔を上げ誤魔化すように残りの味噌汁を飲み込む。さらに3口で鯖とご飯を胃に放り込んだ。


「シャワーを浴びてくる」


 カイは立ち上がって逃げるようにリビングを出た。


 残されたシャノンはすがるようにディードリヒを見ていた。


「大丈夫だ。あれは怒っている態度では無い」


 ディードは少しだけ首を傾げる。怒ってはいないがカイがあのような態度を取った理由に心当たりはなかった。シャノンと言えば動揺しているのかまるで花が萎れてしまった様だった。


「怒ってはいない……、だがあんなカイを見るのは私も初めてだな」


 テーブルの上で味噌汁が立てる湯気と沈黙がたゆっていた。


 ■


 いつもより熱くしたシャワーを頭から浴びる。どこかに仕舞っておいたはずの思いが溢れて目頭を熱くしていた。温度をさらに上げてその熱で沸いて出た思いを溶かし流そうとする。10分ほどそのままの姿勢で乱れた感情を押し流した。


 シャワールームを出た洗面室に濡れたまま出るとすぐ横の壁にディードリヒがもたれ掛かっていた。


「落ち着いたか?」


 差し出されたタオルで髪を乱暴に拭う。


 鍛えられたカイの身体は彫刻のように美しい。


 カイはディードリヒを気にすること無く身体を拭った。


「ああ。落ち着いた」


「聞いて良いことなら教えても欲しいものだな。お嬢さんも気にしている」


 怒るでも無く呆れるでも無く冷静にいつも通りの口調だった。


「そうだな」


 カイは暫くタオルを首に掛けたまま動かない。熱せられた身体から湯気が昇っていた。


「あの味噌汁の味が……懐かしくてな。良くは覚えていないんだがお袋の味に似ている気がしてな。それで……な」


 タオルの両端を掴み、視線を下に向ける。


「たぶん……嬉しかったんだと思う」


 随分と女々しい感情だとは思うが、たぶん記憶の奥底にある郷愁を感じられて、感極まってしまったのだ。


「そうか」


 ディードが目を細めて口元を歪めた。


「ならばシャノン君に謝罪しないとな。誤解させている」


「そうだな。美味い味噌汁の礼も言わなけりゃな」


「本当ですか?!」


 開きっぱなしの洗面室の正面通路にシャノンが光り輝く笑顔を引っさげて飛び出してきた。通路で脇で立ち聞きをしていたのだろう。


 シャノンがピタリと動きを止める。そして眼球がわずかに下に動く。


 当然彼はアレ・・ぶらぶら・・・・させたままだった。


「あ……う……ご……ご! ごめんなさーい!!」


 彼女は両手で自らの顔を隠して光速の7.3%の速度で走り去っていった。


 30秒ほど経過してからカイは少しだけ赤面した。


 ■


 シャノンはずっと静かにディードの言葉に耳を傾けていた。カイは説明下手なので全てディードにぶん投げた。


「船の事故だった。私とカイは同時に両親を亡くしたのですよ」


「まあ……」


 彼女の瞳が潤んでいる。感受性の高い女らしい。


「気にしないでくれ。古い話だ。その様な訳で子供の頃からカイとは腐れ縁なんだ。困ったことにな」


「ふん。そりゃ俺の台詞だ。とっとと新しいパートナーを見つけてテメーとはおさらばしたいね」


 ディードの皮肉に嫌みを返してやる。いつものことだ。


「私がいなくて会社関係のことは大丈夫なのかな? 税金申請は? JOATの各種手続きは?」


「うぐ……」


 カイが言葉を詰まらせるとシャノンがクスクスと笑った。


「お二人はこのお仕事は長いのですか?」


「高二で中退してからだから、私が16歳でカイが17になっていたか?」


「俺がそんな細かいことを覚えているわけがないだろ」


 無駄なことを聞いて欲しくないね。


「それもそうだな。……もう8年続けているな」


 その言葉にシャノンは目を丸くする。


「え? それではお二人の年齢は、24歳なのですか?」


「そうなるな」


「まぁ……私ったらもっと離れているものだと……」


「カイの目つきが悪いのがいけないのだな」


「テメーはそのガタイで文句が言える立場かよ!」


 カイが無害無臭煙タバコに火を点けた。


 恒例になっているカイとディードのやり取りを見てシャノンが楽しそうに笑っていた。……そういえばギャラリーがいたんだったな。少々恥ずかしくなって咳払いした。


「でも凄いですね、高校二年生で自分の船を持つなんて考えられません」


「ちょうど出物があったからな。だから高校もすぐに辞めたんだがな」


「そんなにお求めになりやすかったのですか?」


「いくらなんでも高校生のバイト代で何とかなる額じゃねーよ」


 シャノンの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。


「実はまだローンの10分の1も払い終わっていない」


 ディードが腕を組む。ため息交じりのその言葉に「とっとと全額返したい」というニュアンスが含まれていた。



「なんで高校の身でそんなローンが組めたと思う?」


「え? お二人に信用があったからでは」


「どこの誰が親もいないガキに宇宙船分の値段をつけるってんだよ……」


 カイはため息を吐いた。この女に俺たち・・・がどう移っているのか脳みそを調べてみたいもんだ。


「私たちにはたっぷりと死亡保険が掛かっている」


「保険ですか」


 シャノンは納得したようだった。


「実はな、JOATでは入れないタイプの保険だったりする」


「え?」


「どこにでも悪い奴ってのは存在するもんさ」


 カイの知っている限り、知人友人仕事仲間敵味方の大半は悪い奴に分類される。それを言い出すとまたこのお嬢さんの質問攻めが始まるのでそこは流した。


「俺らに金を貸した奴らは、俺らが死んでも得するし、見事にローンを払い終わっても得するわけだ。なんせ通常の5倍は利子が高いからな」


「なかなか元本が減らなくて苦労している」


 金の管理を任せているディードリヒが深いため息を吐いた。


「あの、でも支払いが終われば証券は取り戻せます! 頑張って返済して見返してあげましょう! 私もお手伝いしますから!」


 彼女が手を握りしめて力説する。カイとディードリヒは顔を見合わせてから、その熱量に口を歪めてしまった。


「そうだな。そりゃ良いアイディアだ。採用させてもらおう」


「はい! 頑張ります!」


 ガッツポーズを作るシャノンを見ていると、二人が忘れていた何かが胸の奥底で再び熱を帯びていくような感覚があった。船を手に入れたばかりの、あの頃の熱い感覚を。


 だがこの時は、二人はその熱が灯り始めていたことを自覚していなかった。


 ■


 分解された銃の部品がテーブルの上に並ぶ。シャノンが横から夢中で覗き込んでいた。


 カイは手早くオイルで丁寧にメンテしていく。


「銃……ですね? なぜバラバラにしているんですか?」


「見ての通り手入れの為だ。商売道具だからな」


「コイルが取り出せるなんて知りませんでした」


 シャノンの手が一番大きなバネに伸びていく。おそらく無意識だろう。カイが片手で払うと慌てて引っ込めた。


「それは電気コイルじゃ無い。普通のバネだ」


 彼女はおそらく一般的に使われているコイルガンだと思っているのだろ。残念だがコイルガンは分解できない。


「まあ、ではこのバネで弾を飛ばすのですね」


「どんなおもちゃだよ……。この火薬の詰まった弾丸を使うんだ」


 カイが9mmパラを指で立てる。


「火薬……ですか?」


「4~500年前の銃だからな。今のメンテナンスフリーのコイルガンとはまったく違う。それとお前は知らないと思うが火薬式の銃は現在でも使っている奴は多いんだ」


 一通りクリーニングを終えて組み立て始めると、ディードリヒがテーブルの端に別の銃を置く。


「私のも頼む」


「自分でやれよ。P226なんて趣味が悪い」


「Px4Stormの方がよっぽど悪趣味だと思うが? それにお前、好きだろう。銃をいじるのは」


 カイが鼻で返事を返した。ベレッタPx4を左手に構えて動作確認する。異常が無いことを確認してから立ち上がった。そのまま部屋を出るとシャノンが付いてきた。


 リビング兼ダイニング兼パイロットルーム兼用の部屋を出るとすぐ目の前に壁がある。左右に通路が延びそのどちらの正面にもエアハッチがある。ここが船の出入り口だ。宇宙港などに駐機したときはこの場所に通路が繋がることになる。


 左はハッチしか無いが右のハッチ側は奥に通路が続いている。左右対称の作りでは無い。つまりリビングのハッチを出て、右に折れて数歩進むと正面に出入り口ハッチがあり、さらに左に通路が続く構造だ。


 そこを左に折れると通路が延びるが、左手に扉が2つ並ぶ。ここが俺とディードの部屋になっている。現在この通路にシャノンの荷物が並べられていて大変に狭くなっていた。荷物と扉を無視して通路を進むと左に少し広い空間に出る。


 部屋と平行に無骨な階段が上下に伸びる。下は機関室。上は元居住スペースで現在は物置やトイレシャワーなどの生活空間になっている。階段脇の空間の中央。ちょうどパイロットルームのエアハッチの対称位置にごっつい扉があった。


 もちろんこれもエアハッチなのだがかなり大型の物だった。カイは階段を無視してその大型のハッチを開ける。そこは船尾カーゴルームに繋がっていた。


「わあ、こんな広い空間があったんですね」


「居住スペースが狭いから広いと錯覚してるだけだろ、この船のカーゴスペースだ。3階もぶち抜きだから少しは高さがあるけどな」


 カイは説明しながら船の最後尾の巨大ハッチ前にビールの空き缶を並べていく。


「お手伝いします」


「じゃあ適当に並べてくれ」


「はい!」


 用事を言いつけられるのが嬉しいのか嬉々として空き缶を並べていく。なんていうか初々しいね。


 並べ終えてから、入ってきたハッチ側に戻り、壁面収納スペースからイヤーパッドを2つ取り出して1つをシャノンに渡した。


「これは?」


「いいから着けとけ」


 シャノンの質問を無視してカイもイヤーパッドを耳にはめた。


 壁面スペースから弾丸を取り出して手早くマガジンに詰める。左手で構えて連続撃ち。空き缶が4つ吹っ飛んだ。とりあえず問題は無いようだ。


 シャノンが拍手しながら口を動かした。


「凄いです! ……?」


 彼女は自分の声が良く聞こえずにイヤーパッドを外した。カイも片耳だけ外す。


「あの、これはしていないとダメな物なんですか?」


「……じゃあそのまま聞いてみな」


 カイが一発だけ発射する。


 ドガウ!!!


 さして広くもない金属に囲まれたカーゴスペースに響き渡る強烈な銃声に、シャノンは思わず座り込んでしまった。


「み! 耳が! キーンとします!」


 カイは口の端を少し吊り上げただけで、イヤーパッドをシャノンに再び被せた。どうせ今何を言っても耳が馬鹿になっていて聞き取れやしないだろう。


 彼は彼女を放置して床に空薬莢を散らかしていった。


 ■


 リビングブリッジに戻る前に、カイが銃をベルトに挟んだのを見て「危なくないですか?」と問いかけてきた。


「慣れているからな。それにこのベルトも気に入っている」


「大きなバックルのついたベルトですね。よく似合っています」


 カイは苦笑するしかない。自分でもこのバックルだけはセンスがないと思っているからだ。


「Gパンに革ベルト、それに革ジャン。男のファッションなんて何百年経ってもそう変わらないもんさ」


「それだけ男性に似合う服装なんですよ」


 こうも笑顔で言われると、洒落た返しも思いつかない。


「まあ……考えないで済むのは確かだな。


 リビングのハッチをくぐり、今度はディードの銃を清掃した。


「ディード。試し撃ちをするから一緒に来てくれ。その間にシャノンは昼飯を頼む」


「はい! 任せてください!」


 仕事を申しつけられて嬉しそうにキッチンに飛び込んでいった。


「食材は適当に使ってくれ」


 そう言い残して俺たちは部屋を出た。


「いいのか?」


 カーゴルームに入るなりディードが言った。


「どうしたもんか」


 ディードリヒがどこから出したのか、冷えた缶ビールを俺に渡してくれたので無言で受け取りプルタブを引く。アルコールのおかげで少し思考が楽になった。


「まさかと思うが本当にこのまま雇うわけではあるまい?」


「当たり前だ」


「……」


 ディードリヒもビールを胃に流し込んだ。こいつにとってビールなど水の代わりでしかない。その後は言葉が続かずに、無言のままディードが銃を発砲していた。


 黙っていたって二人とも本心は理解していた。厄介な事に。


 だからこそディードリヒはわざわざ口に出して確認してきたのだ。


「……立ててくる」


 ディードは空き缶を抱えて後部ハッチ前まで行って、並べて振り向いた。


 その時にはすでにカイの姿はなかった。


「……阿呆だな」


 カーゴルームにそんな言葉が小さく反響していた。

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