第六話【立ちはだかる壁】

 セントラル・ナディアの高高度衛星軌道の宇宙港に船を駐めて二人は歩く。


「何日のご利用ですか?」


 カウンターの男が聞いてきた。


「決まってない」


 カイが素っ気なく答える。


「では300エピオンをお預かりで、出港時に精算します」


 ディードリヒが支払いを済ませて軌道エレベーターロビーに向かう途中で二人の足が同時に止まった。


「カイ・ヨシカとディードリヒ・ウォルフだな?」


 特徴のない背広の男が正面に立ち、警察手帳を開いて見せた。


 同じ雰囲気の男たちがそれぞれ3方から二人を囲むように近づいてくる。


 正面の背広男が無言で首をエレベーターロビーに振った。


 二人は目配せしてから大人しくついて行った。


 ■


 カイはてっきり警察本部へと連行されるものと思っていたが、パトカーの向かった先は生い茂る緑に囲まれた巨大な石造りの城だった。


 街の中心地から離れたこんな場所に来たことは無かったのだが、どこかで見た覚えがする。必死に記憶を掘り起こすとようやく思い出した。昔見た金持ちの家を拝見するとかいうくだらない番組で紹介されていたはずだ。


 まだ城には距離があるのに大きなゲートがあらわれる。見た目は古めかしいが巧妙に隠されているだけで最新の防犯設備が満載だ。ここに忍び込めと言われたら、地方の刑務所に潜り込む方が遙かに楽だろう。


 ゲートを横切るときにこの家の持ち主が知れた。


 クロフォード。


「なぁディード。シャノンの住所はこんな場所だったか?」


「いや、違ったはずだ」


「なるほど。碌でもない事に巻き込まれる気がするぜ」


「いつもの事だ」


 カイは苦笑を浮かべて「それもそうだな」と返しておいた。


 最初のゲートを潜ってから、緩やかなワインディングロードを30分も走っただろうか、車を降りるとその城の圧倒的な存在感に押し潰されそうだった。


「こりゃまた……」


 カイが驚いたのは城にだけではない。庭に止まっている車の多さにもだ。数え切れないほどのパトカーと、ヴォルケイノ・セキュリティーの文字が入った大型車両も何台も並んでいた。二人の瞳に鋭さが走る。


 馬鹿みたいに広い玄関を抜け、馬鹿みたいに広いロビーに出る。馬鹿みたいに沢山の警官が男女問わずインカムに怒鳴りつけながら馬鹿みたいに走り回っていた。


 それを横目に分厚い絨毯の敷かれた階段を昇らされる。どうしてこんなに幅が必要なのか小一時間は問いただしたい。そしてこれまた不必要に馬鹿でかい両開きの扉を潜ると、巨大で豪華なシャンデリアの吊られた広い部屋に出た。どこもかしこも広すぎて感覚が麻痺しそうだった。


 部屋の中央に置かれたソファーとテーブルの周りに、他とは明らかに雰囲気の違う男たちが並んでいた。二人は案内されるままソファーに座った。


 正面にはまったく印象の違う3人の男が座っている。その中でもっとも異彩を放つ巨漢が身を乗り出して低い声を出した。


「何を企んでいる?」


 きっとセキュリティーの人間だろう。黒髪の巨漢がカイの胸ぐらを掴もうとするのを、中央にいた背広の優男が手で制した。


「失礼。私は公安のロジャーだ。この男は警察庁のアーノルド刑事部長だ」


(……この面でキャリアかよ)


 どう見てもゴリラかオランウータンで眼鏡猿キャリアには見えない。


「そしてこちらが……」


 中央のロジャーが隣の高級スーツの男を手で案内しようとする。


「ニコラス・クロフォード。シャノンの父親だ。――それで君たちの要求は何だね? もちろん娘は無事なんだろうね?」


 風格漂う紳士の第一声がそれだった。


 カイはため息と苦笑にまみれる。


「こりゃいったい何の冗談だ? 俺たちはその娘さんに用があってわざわざこんな所まで来たんだぜ?」


 この時点でカイとディードリヒは大まかに状況を理解していた。すでに洒落にならない事態だった。


「貴様! ふざけるな! シャノン嬢はどこだ?!」


 怒声より先にアーノルドの拳がカイのこめかみをぶち抜いていた。カイの意識が一瞬飛んだ。


「やれやれ、野蛮な尋問だね。皆さまに愛される警察官を目指すのならばもう少しスマートに振る舞うべきだと思うけれどね」


 ロジャーが肩をすくめつつディードリヒを見た。


「君は仲間がやられているのに随分と冷静なんだね?」


「お望みであれば大声をあげるが? お巡りさーんってな」


 まるで動じること無くディードは肩をすくめて見せた。


「そろそろくだらん話は終わりにしてさっさと要求を言いたまえ! いったい幾ら欲しいんだ?!」


 ニコラスの額に血管が浮かぶ。手にしていた杖が震えていた。最初は落ち着いているように見えたがそうでもなかったらしい。カイは頭を振りながら立ち上がった。


「シャノンなら太陽系内で接触してきた、表にたむろしてるセキュリティー会社に引き渡したぜ? どっかで寄り道してんじゃねーの?」


「貴様!」


「娘を呼び捨てるとは何事か!」


 アーノルドとニコラスが同時に叫ぶ。カイはアーノルドを無視してニコラスを向いた。


「シャノンはただの従業員だぜ?」


「そんなものは無効だ」


「そうなのか?」


 カイがロジャーを見る。ロジャーは眉を吊り上げただけだった。


「そろそろ説明して欲しいね。まさかドッキリパーティーじゃないんだろ?」


 ロジャーが首を振る。


「それだったら良かったんですけどね。残念ながら事態は急を要します」


(だったら初めからお前が仕切れ!)


 カイの殺気をロジャーは軽く受け流した。


「標準時間で2473年4月12日11時31分ヴォルケイノ・セキュリティー所属の警備艇kiraweaキラウェア017号の消息が不明に。当初は事故と事件の両面から捜査を開始しましたが、予定ルート上に今のところそれらしい物は見つかっていません。まぁ宇宙そらで事故が起きたのなら発見は難しいんですけどね」


 ニコラスがロジャーを睨み付けるが眉一つ動かさない。とんでもない狸だ。


 4月12日といえばシャノンを引き渡した次の日だ。こいつらは4日間も何を遊んでやがったんだ。カイは無能な警察を内心で罵った。


「だからこれは身代金目的の誘拐だと初めから言っている! 現にこうして誘拐犯がこの星に現れたのが何よりの証拠です! 締め上げれば吐きますよ!」


 アーノルドが激昂のままカイの襟首を掴んで持ち上げた。何が刑事部長だ。どっから見ても辺境惑星の平刑事じゃねーか!


「誘拐犯が目の前にいる理由が良くわからないね」


 ロジャーが苦笑する。


「それは我らの迅速な手配の賜物です!」


 アーノルドは得意気に胸を張った。嫌みも通じないらしい。


「まあアーノルド君がそこまで言うなら任せるよ」


「はっ! 任せてください! 来い! チンピラども!」


 カイとディードリヒは警官によって別室に連れてかれてしまった。


「やれやれ。どちらがチンピラなのやら」


 警視庁始まって以来の問題児。三世キャリアにため息しか出ない。


「ロジャー君。本当にあれ・・は事件と関係無いのだね?」


 ニコラスが杖で床を軽く小突いた。


あれ・・が犯人ならとっくに解決していますよ。それこそ公安わたしたちが出張ることもなくね」


「しかしあれら・・・は言葉巧みに自分たちの船に娘を引き入れたのだ! 初めから金が目的だったに違いあるまい!」


 杖がカーペットに大きな窪みを作る。


「私から言えることはミス・クロフォードの乗船に法的な問題は無いという事だけですね」


 ニコラスがロジャーを睨み付けた。


「話にならんな。私は尋問の様子を見に行ってくる」


 ニコラスは返事を待たず足早に部屋を出て行った。


「やれやれ……」


 ロジャーはソファーに腰を深く落として、テーブルのコニャックを舌に転がした。


「任務中に酒とは相変わらずだの」


 奥の扉からこの屋敷の主が現れた。


「これは御前」


 立ち上がろうとしたロジャーを男は手で制した。


「ワシにも同じ物を」


 見た目60代ほどの男性であったが、彼はニコラスの曾祖父であり、シャノンの高祖父に当たる。この時代金とコネがあれば100歳を超えてなおこれだけの若さを保っていられた。


「あれはまったく政治がわかっておらん。大局を望めぬ者はクロフォードを名乗る資格が無いというのに、そのことをまるで理解しておらぬ」


「相変わらずお厳しいですね」


 ロジャーは手早くコニャックの水割りを御前に差し出した。


「今は何と名乗っておる?」


「ロジャーです」


「まったく、会う度に変わるの」


「お前と呼んでいただければ十分ですよ。御前」


 ロジャーはキャビアのたっぷり乗ったオードブルを摘まんで口元を歪めた。


「それで首尾はどうなっておる?」


「まあ今のところは予定通りですね」


「わかっておるな?」


 御前が上目遣いにロジャーを射貫く。肉親を含めた全ての人間は御前の前に立つだけで震え上がり、中には痙攣して倒れる者すらいるというのに、この男はその視線を軽く受け流していた。


「心配には及びません。最悪の事態まで想定済みです」


 御前を前にして話しながらコニャックを飲む人間など天の川銀河中を探してもこの男だけだろう。御前はそこの所を気に入っていた。


 ――そういえばもう一人このワシを恐れずに接する者がいたな。


 御前は物怖じしない玄孫やしゃごの顔を脳裏に浮かべた。


 ■


 尋問とは名ばかりの拷問を受け続けた二日目の朝だった。


「出ろっ」


 アーノルドが憎らしげにカイを睨み付けた。痛みの無い場所を探す方が大変な身体を、無駄に磨き上げられた床から引っぺがす。これでこの部屋がこの屋敷で一番狭い用具室というのだから、全体像など想像も出来なかった。


 カイはまたこの巨漢と無駄な時間を過ごさなければいけないのかと、はらわたを煮え繰り返した。しかし逃げ出せるようなレベルの警備体制では無かった。奥歯を噛みしめると左下の歯の感触が無かった。どうやら昨夜に折れていたらしい。


「よう、元気か?」


 廊下に出たところで、ダルマのように顔を腫らしたディードリヒとかち合った。


「ああ。笑えるほどに絶好調だな。カイも元気そうだな」


「ああ、なんたってロイヤルスイートで美女と組んずほぐれつだったからな」


 二人でクツクツと暗い声を出す。


「無駄口を叩くな! 黙って進め!」


 月のシェリフ気取りなお巡りだってもう少し気の利いたセリフがあるだろうに。カイは階段を下りながらそう思った。


「随分と男前になったねぇ」


 ちょうど一階ロビーの対策本部横に来たときだった。


「おめでとう。君たちの容疑は晴れましたよ。協力に感謝するよ」


 ロジャーがすかした口調で肩をすくめた。


「ふん。初めっからわかってたんだろーが」


「まさか」


 大仰にかぶりを振った。


「昨日の時点であなた方が重要参考人であったのは事実でしたからね」


「それで、釈放の理由は?」


 カイがテーブルに置かれていた無害無臭煙タバコを勝手に一本取り出して火を点ける。アーノルドが憤怒の表情を浮かべたがロジャーが苦笑して止めた。


「今朝早くの事なのですが……」


「ロジャーさん!」


 アーノルドが慌てて言葉を遮ろうとするが逆にロジャーに一瞥されて黙り込んでしまった。


「失礼。例の警備隊長、ロバート・ブラウンからミス・クロフォードの身柄を拘束したとのメールが入りましてね。見ますか?」


「ロジャーさん! それだけはっ!」


 アーノルドが吠える。ロジャーが今度こそ苦虫を潰した表情で彼を向く。


「……アーノルド君。君の席はあの・・作戦本部長席だよ」


「っ!!」


 周りの警官たちはそのやり取りに巻き込まれないように、遠巻きかつ自分の仕事に極力集中しているフリをしていた。


 アーノルドは歯から音を立てながらその席へ向かった。慌てて部下たちがついて行く。


「ふう。困ったものです。さて、このモニターで見ましょうか」


 ロジャーが手近のモニターを二人に向けた。


「何が条件だ?」


「話が早くて助かります。あの・・刑事局長様はあまりご自分の立場を理解しておられなくてね」


 ロジャーは苦笑しつつ左右に首を振った。


「その尻ぬぐいをするのはいつも公安わたしたちなのですよ」


「ふんっ。こんなのはガキの頃から日常茶飯事だ。裁判沙汰になんかにゃしねえよ」


「それでは再生しましょうか。あっ視聴し終わったらそのままお帰りくださって結構ですからね」


 つまり情報はくれてやるから邪魔をするなという事だ。


 カイは顎で再生を促した。


 ■


「そこに書かれている事以外一切余計な事は喋るな」


 モニターに映し出されたのはまだ少し幼さを残す本物のお嬢様、シャノン・クロフォードだった。


 その瞬間カイの眉間の筋肉が反応したのをディードリヒは見逃さなかった。ディード自身の拳も血管が浮くほど握りしめられていた。


 いつどこで撮られたものかはわからないが、とりあえず無事らしい事実が二人を辛うじて冷静にさせていた。


 シャノンに画面外から用紙が渡される。


「読め」


 その声に聞き覚えがあった。ロバートの声だ。シャノンは頷いて用紙を読み始めた。


「ご覧の通りミス・クロフォードは我々が預かっている。一切の危害を加えていないが、これから述べる要求に従わない場合はその限りでは無い」


 彼女はそこで一度喉を鳴らした。カイの残った奥歯がぎしぎしと悲鳴をあげる。


「要求はただ一つ。コールダー文章の公開。それだけだ。4月22日までに主要居住惑星の大手マスコミに公開させること。指定日までに実行されない場合ミス・シャノンクロフォードの……」


 そこで言葉が止まりシャノンの顔色が見る間に青くなっていく。原稿を持つ手も小刻みに震え始めた。


「……シャノン?」


 カイの口から漏れ出した。しかし本人は気づいていなかった。


「そこまででいいだろう。十分だ」


 ロバートが画面に現れた。


「要求が履行されぬ場合はミス・クロフォードの安全は保証出来ない。その場合でも彼女を殺す事は絶対・・にしない。そうならない事を祈る」


 そこで動画は終了しモニターがブラックアウトする。二人はそのまま黒いモニターを睨み付けていた。


「ロジャー」


 カイが涼しげな表情の公安員を野太い声で呼んだ。


「コールダー文章とは何だ?」


 ロジャーは首を傾げると手を出口に向けた。


「お帰りはあちらです」


 ぎしり。と机が鈍い音を立てる。そこにカイの手が乗っていた。


 カイとディードリヒの二人が背を向けるのを確認してからロジャーは声を掛けた。


「そうそう忘れていました。ここでの事は口外しないように。特にマスコミなどにタレ込む様な事のないようお願いしますよ。誘拐事件の基本ですからね。情報規制は」


 振り返らなくてもどんな顔をしているのかははっきりとわかる。きっと振り向いてしまえば殴りかかっていただろう。二人は無言のまま無駄に豪勢な玄関を外に出た。


 そこに空港で二人を待ち構えていた背広の男たちが仏頂面で再び待ち構えていた。


「こっちだ」


 どうやら街の中心部まで送ってくれるらしい。おそらくここに残しておきたく無いのだろう。二人は促されるままパトカーに乗り込んだ。


「カイ。どうやら彼らはハイヤーのドライバーが仕事らしい」


 めずらしくディードから冗談を振ってきたのでカイがニヤリ返答した。


「へえ? 俺はてっきりドアマンだと思ってたぜ」


 ハイヤードライバー・・・・・・・・・ドアマン・・・・が二人に殺意を向けた。ディードリヒがやれやれとポーズを取った。


 街外れに到着したパトカーから二人は蹴飛ばされるように追い出された。


 ■


 軌道エレベーターのあるこの星の首都。二人は適当なファーストフード店に足を踏み入れた。


 机の上には大量のハンバーガーが積み上がっている。何人かの客はそれを見ると口を押さえて店を去って行った。二人はそんな悪意の視線を無視しながら、ほぼ二日間水しか飲んでない胃袋に大量のカロリーを放り込んでいく。


「どこから攻める?」


 ディードリヒが山盛りのポテトをブラックホールにでも近づけたかのように減らしていく。


「情報がいる。今すぐにだ」


 一方カイはハンバーガーを二口で消していくのだから似たもの同士である。


「コールダー文章。ロバート・ブラウン。クロフォード。ロジャー。ヴォルケイノ・セキュリティー。どれがシャノン君に一番近いかだ」


 ディードリヒが自分の額を指で何度も叩く。


「あのロジャーって男は調べるだけ無駄だろうな。ヴォルケイノ・セキュリティーも白だと思う。コールダー文章が一番臭いとは思うが……」


「クロフォード家はどう思う?」


「私たちには重い名前だな。あの一族の関わっている企業で問題の無い会社など存在しない。クロフォードに恨みを持つ者を探すくらいなら星の数を数えた方がマシだ」


 カイは首を横に振った。


「ロバート・ブラウン。やはりその線か」


「1エピオンも要求しないのがその証拠だろう」


「よし。その二つを中心にお前は図書館を。俺はブン屋を当たってみる」


「わかった。5時間後にエレベーターロビーで落ち合おう」


 嫌がらせのように積み上がっていたカロリーの山はすっかり無くなっていた。二人は暴走するアメ車の様にファーストフード店を飛び出した。


 ■


 この銀河には居住可能な惑星が5000以上存在していた。


 ただ重力が地球と近いとかそんなものではない。動植物が大地に広がり大気に満ちて、すぐにそのまま居住可能な惑星が5000以上あるのだ。準居住可能惑星を含めたらその10倍はくだらない。


 未だ人類は文明を築いた知的生命体とは出会っていなかったが、猿並の知能を持った動物は多数見つかっていた。いや見つかり過ぎたのだ。だから人類はその土地に土足で上がり込み、今までと同じ消費し続ける安易な道を選んでしまったのだ。


 最初は慎重であったが、次から次へと見つかる居住可能な惑星に、誰か一人が走り出せば先を越されまいと次から次へと走り出し、結局は全員が津波となって誰にもその流れを止めることは出来なくなっていた。


 だが幸いな事に銀河はそれを簡単に受け入れるだけのキャパシティーがあった。


 固体金属水素。液体金属酸素。重力コイルによる人工重力とその重力をエネルギーに戻す重力ダイナモ。ヒッグス粒子を船内に固定するZOIHゾイー。そして全ての物質をタキオン化するTTMH。まさに爆発的な進化だった。人類は水面に墨を垂らしたように銀河中に広がっていった。それがまるで人類という種の本能であるかのように。


 軌道エレベーターの地上側に鎮座する巨大な建造物は、実は元宇宙船である。


 開拓許可された惑星用にカスタマイズされた移民船が建造されると、その移民船は惑星に向かう。移民船は衛星軌道上に軌道エレベーター部分を切り離して、その巨体を地に下ろす。移民船その物が街であり工場であり発電所でもある。軌道上に切り離した軌道ステーションとただちにエレベーターで繋がれて必要な建材を積み卸しする。あっという間に宇宙港の完成だ。この開拓システムのおかげで惑星の初期開拓は10~30年で完了するようになった。今カイとディードが歩いているエレベーターロビーもそんな元宇宙船の中ということになる。


 まっすぐに喫煙所に移動して無害無臭煙タバコを吸い始めるカイ。


「どうだった?」


「あんまりだな」


 ガラスとエアカーテンで外界と遮断された喫煙者の楽園。ディードからすると良い迷惑なのだがすでに慣れていた。


「まずコールダー文章に関しては全滅だ。ロバート・ブラウンは無関係と思われる人物が大量に引っかかった。それとウィスキーの名前にも使われているらしい」


「日系の酒だ」


 カイは最初の一本目を一気に灰にする。


「ほう。植物学者の名前もあったが遙か昔に故人になっている。これも除外だな。ヴォルケイノ・セキュリティーに関しては少しわかったことがある」


 ディードがプリントアウトした用紙をカイに渡した。


「40年前に設立したんだが、急成長している。私たちの知っている噂よりももっと酷い手口で金を集めているらしい。だが腕は確かな集団だな。惑星ドラドの大使館襲撃籠城事件の時に突入したのは地元のスペシャルチームとなっているが、どうも実際にはヴォルケイノの精鋭部隊が解決したらしい」


 用紙のゴシップ記事を指差した。


「名目上は現場周辺の警備って事だったみたいだがな」


 カイが記事の一つに目をとめる。


「ディード。これを見てくれ」


 ディードリヒもその荒い写真を凝視する。


「……似ている……か?」


「難しい所だな」


 写真の一枚。大量の車両と警官の中、黒いバンの奥で横顔だけ映る男。


「ロバート……に見えなくも無いが。意識しすぎか?」


 ディードが額に指を当てる。


「そういえば、どこのグループの大使館だったのだ?」


 ディードは文字を目で追った。


「ぬ……これは、グループ大使じゃなく惑星大使だな。――セントラル・ナディア。この星の大使館だ」


「何か関係があるのか?」


 ディードリヒが激しく額を指打つ。


「もしかしたら……ここにあったのでは無いか?」


 カイがディードの目を覗いた。


「コールダー文章」


「そう。ロバートは突入時にそれを見つけてしまった」


「なるほどな。筋は通る。正義感かなんか知らんが、そいつを世に出すためにこんな真似をしたって訳か」


 カイは横の自販機から缶コーヒーを購入して一気に飲み干す。こんなものですら船の泥水とは雲泥の差だ。


「疑問も沢山残るがな」


「なんでクロフォードなのか」


「コールダー文章がクロフォードと関係があると考えるととりあえず説明はつく」

 ディードリヒも缶コーヒーを購入した。


「カイの方は?」


「ここにはあんまりツテが無いんでな。たいした情報は得られなかったが一つだけわかったことがある。この星にヴォルケイノの支社があるらしいんだが、少なくともこの中央で警備している気配が無い」


「ふむ……逆にわからなくなる情報だな。会社も噛んでいるのか?」


「ロジャーの子飼いって線はどうだ?」


「そうか……それだとすっきりするな。ロバートの独走で収まりもいい」


「しかしそうなると識別信号を消されて飛び回られたら見つけられねぇ」


「その時は警察に期待するしかないな。私たちでは手の出しようが無い」


 カイは飲み終わった缶を握りつぶした。


「アルにもメールを出しておいた。何か判明しているかもしれない。船に戻ろう」


 ディードリヒの手の中でも空き缶は形を変形させていた。


 ■


 シャトルを降りると、少しだけ強い重力を感じた。


 この惑星の重力は1Gよりも高いのだろう。シャノンが暮らしていたセントラルが0.96Gだったので余計に重く感じるのかも知れない。


「これは……移民船?」


「そうだ」


 シャノンは独り言のつもりで呟いたのだが、以外にもロバート隊長が即答した。


「ここはどこなのですか?」


 ロバートは彼女の問いに無言を返しただけだった。


 彼らの立つ場所は移民船の上であり、滑走路の引かれた空港でもあった。それでどれだけ巨大な建造物か想像が出来るだろう。強風に煽られて暴れる髪をシャノンが慌てて押さえた。遠くの山脈まで緑が広がり雲が流れていた。どうしてこんなに素敵な惑星の開拓をしなかったのか。それは開拓船の中央より前方のひしゃげた・・・・・様子が全てを物語っていた。


 電力は確保しているのだろう、ドアは近づくだけで開いた。


 ロバートとその部下23人に連れられて開拓船の中に移動した。大型のエレベーターが開くと巨大な公園スペースが広がっていた。開拓船はその性質上長い時間宇宙で暮らさなければならないし、また着陸してからも生活スペースとして活用されるのでこのような施設も多数内包していた。


 彼らは緑が広がる公園スペースを横切り居住スペースに移動した。一種のマンションの様な区画である。広い通路の左右には小さな庭の付いた住居が並ぶ。アメリカの建て売り住宅地に似ていた。


「レグ、ペイトン。ミス・クロフォードを適当な家に案内しろ」


 二人の男が前に出た。


「ミス・クロフォード。後でやっていただく事がある。それまでは身体を休めていたまえ。それでは後ほど」


 一見するとアメリカの住宅街ののどかな道を、武装した男たちが進んでいった。


「こっちだ」


 黒人の言葉に従い、家の門をくぐった。


「この区画は一番マシな所だ。水も電気も使える。中の窓はモニターだ。出入り口はここだけ。そして俺たちはココを動かない。OK?」


 男は親指で玄関前をぐいと差し下ろす。


「わかりました」


 シャノンは大人しく家の中に入っていく。レグとペイトンはそのまま玄関外に残った。明かりを灯すと室内は者が散乱していた。2LDKの家には確かに昔誰かが住んでいたのだろう。大小様々な食器類に本や子供のオモチャが転がっていた。


 生活の残り香にシャノンは耐えきれず、見つけたベッドに潜り込んだ。


 シーツからは嗚咽が漏れていた。

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