エピローグ

 カイは直ぐに墓を掘りに行こうとしたのだが、ディードとシャノンに止められた。


 普段通りディードだけだったならば無視していただろうが、今回はシャノンにしがみつかれて泣かれてしまった。しかたなく二時間だけ医療ポッドに入ることになった。


 呼び寄せたwicked brothers号でしばらく医療ポッドに浸かった後、軋む身体を無視しながらカイは二人に合流した。


「シャノンはどうした?」


「目印になる物を船の残骸から探させている」


「そうか」


 開拓船の破損部分周辺をうろついているお嬢様を確認する。この辺りは重機によって均されているのでたとえ野生動物が出てきても直ぐに対処できるだろう。すでに武器は補充してある。


「死体を見せたのか?」


「いや、他のことをやらせている」


 どこから探し出してきたのか電動カートに積まれた死体袋に目をやる。


「悪かったな」


「けが人は休んでいればいい」


「ふん。こんなの怪我の内にはいるかよ」


 カイはそう嘯いたが、実際には肋骨にヒビが入っている上に、体中銃創だらけだ。治療ポットによって弾は摘出されていたが外傷パッチだらけで言うセリフでは無い。


 カイはカートの横に立てかけられていたシャベルを、堀かけの穴に突き立てた。ディードは息を吐きながら首を振ったが何も言わずに同じように穴を掘り出した。


 二人は無言で穴を掘り続けた。途中で飲み物を探し出してきたシャノンの差し入れで喉を潤しながら巨大な穴を。


 すでに空は茜色に染まっていた。流れる雲が鮮やかに輝いている。


 穴の中に全ての遺体を並べ終わると、ディードリヒが祈りの言葉を唱え始めた。カイが黙礼し、シャノンが手を組んで祈りを捧げる。


 ディードリヒの低い声は鎮魂歌となって戦士たちの魂を癒やすことだろう。


 次の瞬間、カイが振り向きざまに銃を抜いた。遅れてディードリヒも銃を構える。その銃口の先にいつからいたのか背広の男が立っていた。


「いやいやまったく。あなた方は無茶をしますね。いくらいにしえの強攻探査船と言えど、あの進入角は無茶苦茶でしょう」


 シャノンがカイにしがみつく。


「ああ、無事で良かった。お父様が心配しておりましたよ。ミス・シャノン」


 カイは銃を下ろしながら呟いた。


「ロジャー」


「はい。お久しぶりですね」


 そこに立っていた背広の男はセントラルで二人を捕らえた公安のロジャーだった。彼は苦虫を噛み潰したような顔で近寄ってくる。


「この距離で気がつかれるとは思いませんでした」


「ふんっ。職業柄この手の危機察知には長けてるもんでね」


 カイがつまらなそうに吐き捨てる。


 どうやってこの星にとは聞くまでもないだろう。だから別の質問をした。


「軌道上に船は無かったのか?」


「お昼くらいに大きな流星を見ませんでしたか?」


 質問に対して質問で返すロジャー。だがそれが答えになっていた。


「ちと昼寝をしていたもんでな」


「それは残念」


 大仰にかぶりを振るロジャーにふんと鼻息を投げかけてやる。ロジャーは意に介さずにカイに近寄って、Gジャンの内側に仕舞ってあった耐年用紙を引っ張り出した。カイはそれを邪魔しなかった。


「それをどうするのですか?!」


 シャノンが叫んだが、ロジャーは無視してカイに声を掛ける。


「ライターをお借りしても? 私はタバコを嗜まないもので」


 カイは無言でライターを取り出そうとするが、シャノンがとっさにそれを押さえる。


「カイさん! 良いんですか?! それは――」


 今度はカイがシャノンの手を優しく取った。


「いいんだ」


 シャノンは理解出来ないという表情を浮かべた後、助けを求めるようにディードリヒに振り向いた。だがディードも首を横に振っただけだった。


「そんな……だって……」


 カイはシャノンの頭をくしゃりと撫でてもう一度「いいんだ」と言った。


「……よろしいですか?」


 ロジャーはカイからライターを受け取ると、それで最後のコールダー文章に火を点けた。強風に煽られてあっという間に火が回る。


 7割ほど燃えたことを確認するとロジャーはその指を離した。火の粉を後に残して中空へと舞っていく。そして地面に落ちる前に全ては灰となって大地へと散っていった。


「ああ……」


 シャノンだけが小さく呻いた。


 この中でシャノンだけが男たちの気持ちを理解出来なかった。


「……さて、お嬢様は私たちの方でお預かりしたいのですが?」


 シャノンが顔を上げるがその前にカイが返答した。


「そうだな。そうしてくれ」


「カイさん?!」


 強い風を避けるようにタバコに火を点けて、水蒸気を吐き出した。


「お前は少し頭を冷やせ」


「私の気持ちは変わりません! ですから……!」


 カイは片手でシャノンの言葉を遮った。


「誘拐されていた人間が実家に帰らない訳にはいかねぇだろ」


「そっそれは……いえ! そもそもカイさんは私を迎えに来てくれたのでは無いのですか?!」


 カイはゆっくりと懐から封筒を取り出してシャノンに手渡した。


「これは?」


「俺たちはそれを渡しに来ただけだ。死なれたら誰に渡せばいいんだ?」


 封筒の中にはくしゃくしゃの100エピオン札が数枚入っていた。


「そんな……」


 シャノンには続く言葉を見つけられなかった。


「後は任せた」


 カイはシャノンとロジャーに背を向けると遺体に土をかけ始めた。暫く見守っていたディードリヒも首を振った後、同じように死者の弔いを続けた。


 まるでそれが話の終わりだというように。


 シャノンは呆然とロジャーに手を引かれていってしまった。


 ■


 シャノンが乗せられたのは無音の飛行艇であった。バッテリー駆動でファンを回し風圧で飛行する警察や軍がよく使う飛行艇である。


 彼女は知る由も無いが機体番号の消された飛行艇はセントラル警察の特殊部隊のものだった。


 30分ほどの飛行をすると、海上に大型のシャトルが浮いていた。これも警察所属の大気圏突入シャトルであった。


 シャトルに乗り移り、席に案内されるが全てが上の空で何も頭に入らない。


「それでは出発します」


 規定のチェックを追えたパイロットがそう宣言すると、ハイパワーエンジンが生む推力で身体がシートに沈む。海上に機体の数十倍の水しぶきを吹き上げて加速していく。ふわりと浮いた感触がこの大地を離れていくことを教えてくれた。


 惑星大気内でZOIHジェネレイターを起動させないのは常識なので、しばらくは揺らされることになるだろう。


「……開拓船の横を通ってください」


 シャノンがぼそりと呟いた。


 パイロットがロジャーの方を見る。彼は肩の高さで両手を広げて見せた。


「了解。開拓船をフライパスします」


 シャトルがわずかに傾く。


 シャノンは窓から徐々に大きくなる開拓船をぼんやりと見つめた。


 その屋上にはwicked brothersウィケッドブラザーズ号がちょこんと止まっている。もう見ることも無いのだろうか……。


 そこに、彼女は信じられないものをみた。宇宙船のサイドに書かれた船名を。


 wicked brothers+1


 +1は殴り書きだった。


 ハシゴが掛けられていて、カイがスプレー缶を片手にこちらを見上げていた。照れた笑みを少しだけ浮かべて。ディードリヒも腕を組んでこちらを見上げていた。かすかに口角を上げて。


 シャノンはベルトを外して窓に張り付いた。


 そして涙を流しながら。


 満面の笑顔で。


 力一杯手を振りながら。


 大声で二人に宣言した。



 必ず会いに戻ります。



 と。


 ■


 ロケットブースターを点火して青い空に長い縦長の雲を残してシャトルは消えていった。


「素直ではないな」


 ディードリヒがハシゴの下から嫌みを言った。


「何のことだ?」


 カイがそらっとぼける。


「それを言わせるのか?」


 カイは明後日の方向を向いた。


「別に? これから誰かを増やさにゃならんからな。こう書いても普通だろう」


「もともと複数形だろうに」


「そうだったか?」


「ふん……まったく」


 カイはハシゴから降りるとそのハシゴを持ってカーゴルームに運ぶ。


「さて、これからどうするのかね?」


「さあ? とりあえずジャワハラルのクソ不味い飯でも喰いに戻るか?」


「悪くない」


 ディードリヒが僅かに微笑む。


「だが最後に一つだけやることがあったな」


「そうだな」


 二人は無言で歩き出した。


 ■


 人類に発見されて数十年。夢と希望を約束されたその惑星に、最後の飛行機雲が残る。それもゆったりと風に流されて消え去ってしまった。


 墜落した開拓船。


 そのすぐ脇に立てられた本当の慰霊碑。


 慰霊碑の横には真新しい墓が立てられた。


 墓と慰霊碑の前にそっと置かれた花束だけが、最後の飛行機雲を眺めていた。



 ——END——

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