最終話【ウィケッドブラザーズ】

 黒い闇色の蛇が這うような夜風が25階建てビルに匹敵する高さの開拓船屋上滑走路をぬめるように吹いていた。


 巨大な開拓船は積み木のブロックと同じに、やや平たい箱形をしている。その屋上部分の半分は軌道エレベーター用の施設で、半分は滑走路である。もっともこの滑走路は開拓初期にのみ使うもので、本来の開拓計画であれば真っ先に建造される空港で用済みなっている施設だった。軌道エレベーターの基幹部近くで航空機を常時飛ばすような事はないからだ。


 本来であればとっくに多重高層建築の一部として埋もれていなければならないその場所に、ロバートとシャノンは立っていた。ぬめる強風に髪を押さえるシャノンとは対照的に油断無く銃を構えながら進むロバートだった。


 ロバートがいきなり立ち膝で銃を前方に構えた。


「隊長?! なにがどうしたんですか! いきなり連絡が取れなくなって……!」


 軍服を着た男が奥から走ってきた。大気圏用シャトルに残してきた部下だった。


「襲撃に遭った。今も追われている。はどうなっている?」


「え? 襲撃?! いったいどうやって……、いえっ! 静止衛星軌道の本船は異常なしです!」


 ロバートは眉を顰めた。本船を奇襲で墜として降りてきたのでは無いとすると奴らは本当にどうやって……。そこでJOATの船が古い大気圏突入型であったのを思い出した。


 小型軽量ハイパワーのあの船ならばこんな無茶も可能かもしれない。だが、それだけではこの消された・・・・惑星の位置を知る術などない。


「まさか? ……いや、考えるな。相手は敵だ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「隊長?」


「なんでもない。お前はエレベーターホールに行って出てくるJOATの二人を足止めしろ。倒さなくて良い。少し時間を稼いだら逃げろ」


「えっ?! あっ……はい! エレベーターホールで足止めします!」


 何か言いたげだった部下だが、すぐにホールにすっ飛んでいく。わずかな時間、足止め出来れば良いのだ。シャトルの準備を終え、飛ばせるまで……。


 そんなロバートの願いを悲鳴が打ち砕いた。


「くっ!」


 ロバートは振り返りざまコイルガンの引き金を引いた。


 ■


 二人がエレベーターに乗り込むと、ディードリヒがカイの左肩を剥き出しにした。


「おい!」


「動くな。時間が無い」


 高速で昇降するエレベーターの扉が開くまでの時間はあまりない。


 ディードは手早く外傷パッチをカイの肩に空いた銃創に貼り付けた。カイは無言で服を戻す。


「お前はどうなんだよ」


「ふん。バッテリー節約モードで連射時間を稼いだ弾丸なぞ私の筋肉に効くものか」


 半分ははったりだろうが、半分は事実でもある。二人が死ななかった理由の一つに隊員たちはコイルガンの連射速度を重視して弾速を遅く設定していたのだ。


 もし彼らがもう少し冷静で、フルパワーの弾丸をしっかりと狙い撃ちしていれば二人は今頃肉片となっていただろう。


 マニュアル通りに動こうとして失敗した者たちのなれの果てである。全てが紙一重の上に二人は生き残っていたのだ。代償も大きかったが。


 それだけの会話の間にエレベーターは屋上に到着した。扉が開ききる前からフルオートで連射した弾丸が偶然エレベーター前で撃ちまくっていた男をかすった。男は悲鳴と共に銃口を外してしまった。それを見逃す二人では無い。一瞬で蜂の巣にされる軍服の男は断末魔を暗い空に投げながら絶命した。


「ラスト」


 マガジンを入れ替えるカイ。同じくディードリヒも最後のマガジンを差し込んだ。


 伏兵に注意しながら明るいエレベーターホールから墨を溶かした闇の中へと身を投じる。扉を潜った途端に強い風が二人を襲う。もう敵の武器を漁っている時間はないだろう。奥からわずかに見えるナビゲーションライトがシャトルの存在を教えてくれた。


 がんっ!


 突然の金属を打つ音に反射的に身を伏せる二人。コイルガンで撃たれたのだと本能的に察した。いったいどれだけの修羅場を潜っているのかを窺い知れるというものだ。


「カイっ」


 ディードは金属の床を這いずり回って仰向けに転がる。壁に足を掛けて膝を曲げ、腹の上で手を組んだ。カイはすぐにその意図を理解する。


 カイも地べたを這いずってディードに近づく。彼の組んだ手の上に片足を掛けて身を縮めた。


「3、2、1、いけっ!」


 一切説明無しでスリーカウント。


 よく刑事ドラマなどである、高い壁を越えるのに一人が下で手を組み、もう一人がその手に足を乗せて、一気に壁を登り切る映像を見たことがあるだろうか?


 二人はそれを垂直ではなく、水平に行ったのだ。


 ディードの筋力とカイの瞬発力が合わさって、空母のカタパルトよろしくカイが加速され飛び出した。すぐに地面に衝突しそうになるが、勢いを殺さずに低く低く速く速く一気に間合いを詰めた。


 この時点でカイは銃を捨て、ナイフ一本になっていた。


 ロバートは完全に不意を突かれた。もともとけん制のつもりで放った銃弾だ。倒せるとも思っていない。そもそも暗闇が濃くて敵の位置が把握できないのだ。ホールの出入り口にあたりをつけて数発放っただけだ。だがこれで敵は容易に突っ込んでこれなくなるだろうと予想していた。


 だから影が揺れたかと思ったら地面すれすれに身を低くして凄まじいスピードで

突っ込んでくる男への対処が一瞬だけ遅れた。


 ハンドガンタイプのコイルガンの銃口がカイへと向く。発砲。男の頬を大きく抉ったが彼の歩みを止めるには至らなかった。カイがナイフを突き上げる。ロバートは反射的にその凶刃をコイルガンで受け止めた。甲高い音と、金属同士が生み出す火花がお互いの顔を一瞬浮き上がらせる。


 信じられないことに、この青年は笑っていた。瞳孔まで見開いて。


 ZONEゾーン


 カイがどうしてこれまで生き残れてこれたのか。ガキの頃から比例視覚化戦術補正システムシミュレーターを遊びまくって身につけた、いつでもこの極度集中状態に入ることが出来る能力。これが発動したときカイにとって世界は緩やかに流れて見えると言う。


 この惑星への強行着陸にしても、超超低空匍匐飛行にしても、とどまることを知らない猛獣の波状攻撃にも、ヴォルケイノの銃弾の雨の中も、この能力のおかげで生きて抜けてきた。特にロバートの部下たちの猛攻を抜けられた理由は全員の銃口を理解し、射線を予測する事で紙一重で避け続けていたのだ。


 カイはこの一撃で決めるつもりだった。ZONEの発動に副作用は無い。だが発動には極度の集中が必要となり、疲労は洒落にならないほど高い。それを今日はほとんど発動しっぱなしなのだ。いくらブドウ糖を追加したところで脳の疲労は取れるものでは無い。最後の最後でカイのナイフはロバートに防がれてしまった。


 さらに体中からがくりと力が抜ける。無理が限界に来たのだ。


 ロバートは反射的にカイを蹴り飛ばすと、もう一丁のコイルガンを引き抜いた。事態を理解出来ていないシャノンを引き寄せて、その額に銃口を当てた。


「……え? か、カイさん?!」


 そこでようやく床に転がっているのがカイだと気づいた。シャノンからすれば、ホールから悲鳴が聞こえたところでロバートが銃を放ち、気がついたらカイが床に転がっていたようにしか見えなかったのだ。それだけここまでの攻防はハイスピードだったのだ。


 シャノンは自分の額に突き立てられた銃より、カイの登場に驚いていた。


「てめぇ……!」


 カイが歯を食いしばって立ち上がろうとするが、立ち膝をするのが精一杯だった。


 ディードリヒも追いついてきたが状況を見て立ち止まり銃口を下げるしか無かった。


「動くな……などと恥ずかしいセリフを言わせるつもりは無いだろうな?」


 ロバートはガッチリとシャノンを押さえ込みながら、じりじりと後退していく。この男がシャノンを殺す事は無いだろう。だがカイが動けば死なないように・・・・・・・何をするのか想像も付かない。これが男だったら、腕の一本くらい我慢してもらって無茶も出来るというものだが。


 カイは歯軋りしながらロバートを睨み上げる。冷たい視線がカイに突き刺さった。まるで隙がない。さらに奥歯を食いしばる。反対の奥歯も砕けた。近いうちに再生歯科治療を受けなければならないだろう。


「がはっ!」


 カイが咳と共に血と奥歯を床にぶちまけた。その身体も大きく崩れる。


「カイさん!」


 シャノンが飛び出そうとするが、ロバートに押さえられていてビクとも出来なかった。シャノンは一瞬ロバートを睨んだが、カイに視線を戻して何度も彼の名を叫んだ。


「……うるせえよ。鼓膜に響くだろ」


 カイがわずかに顔を上げる。その口元には血が溢れていた。ロバートは僅かに安堵した。こいつはもう終わりだと。


 そして。


 それこそがカイの誘った最後の作戦だった。


 カイが片膝になった理由。崩れ落ちたフリ・・をした理由。それまで口の中で溜めていた血を、このタイミングで吐き出して、身体を丸めた理由。


 それはベルトのバックルをロバートの視線から隠すためだった。あの趣味の悪い大型のバックルを。


 カイは血だらけの口角を僅かに上げた。ロバートがそれに気づく。同時にカイはバックルの隠しボタンを押した。


 バチッ!


 音と同時にカイが飛び出した。ロバートは反射的に手にしていたコイルガンを神速でカイに向け引き金を引いた。ギリギリでその動作は間に合ったはずだった。だがロバートは間違えた。先ほどの何かが弾けるような音がその手にしていたコイルガンから鳴っていたことを。


 弾は射出されなかった。視界いっぱいにカイの掌底が広がった。ロバートはさらにとっさに女をカイに突き出した。JOATの黒髪の男はそれを一瞬抱きかかえるとくるりと反転して女を大男へと突き出して、さらに半回転してロバートに再び掌底を放ってきた。流れるような動きだった。一切の淀みが無い。まるで黒髪の男の周りだけ時間がスローに流れているかのようだった。


 それでもロバートは男の掌底を躱した。軍用格闘の猛者でもあるロバートにとって素手同士なら負ける距離では無い。


 ギラギラと光る青年の瞳だけが気になったが、すでに死に体だ。一撃で落ちる。この間合いでお互いが放てるのは拳のみ。半歩下がれば蹴りも使えるベストポジションだ。ロバートは攻撃の為に半歩下がろうとした。だが青年はロバートの懐にさらに潜り込んできた。ロバートに比べれば身長も筋肉も少ない男がこの距離で何をしようというのか。ほとんど密着するこの距離から何を放ったところでダメージにはならない。


 だがロバートには一つだけダメージになる打撃が残っていた。拳を頭の上まで持ち上げて、真っ直ぐに振り落とすというシンプルな攻撃だ。単純ではあるが彼の膂力から繰り出される振り下ろしは肩の骨すら砕くだろう。ロバートの拳が振り上げられたとき、彼の身体に衝撃が突き抜けた。


「がっ?!」


 カイは神社で祈るような姿勢で、ロバートの内の内側に潜り込んでいた。


 完全にお互いの身体は密着している。普通ならここから繰り出せる有効打は無い。


 普通ならば。だ。


 カイはその状態から肘をみぞおちに突き上げた。ロバートから嗚咽が漏れる。わずかに浮いた顎めがけて左右の掌底を交互に連打。たたらを踏んで半歩下がった所に膝を突き上げる。最初の一撃以外は強打は無く全て高速の連打だった。


 一撃一撃の威力は低いが確実に急所を突きながら相手の体勢を崩していく。気がつけばカイはロバートの膝を踏みつけて骨を砕き折っていた。


 そこまでの攻防は3秒にも満たなかった。どれほど高速の攻防だったかがうかがえるだろう。


 が、カイの体力は完全にそこで尽きた。ロバートの上に崩れ落ちてしまった。


「カイさん!」


「ダメだ!」


 カイに押されてディードリヒが受け取った状態からシャノンが走り出そうとするがディードに押さえられる。


 ロバートはとっさにカイの首をその腕でいつでもへし折れるように抱え込んだが、すぐにそれを手放した。この男に人質としての価値は無いからだ。この独系の大男はこの状態でも躊躇無く引き金を引くだろうと確信したから。


 実際ディードリヒの銃口はロバートに向けられる寸前だった。カイを解放したのを見て、油断無く銃口を向けるディードリヒ。シャノンはディードの手が離れたのを確認して、カイの元へと走った。


「カイさん! カイさん!」


 シャノンは服が血まみれになるのも気にせずに抱きかかえてその身を揺らした。


「う……」


「カイさん?!」


「……だから耳元で騒ぐなって……鼓膜に響くんだよ」


「カイさん! 良かったっ!」


 シャノンはカイの顔を思いっきり抱きしめる。カイの顔が豊かな双丘に沈んだ。


「ちょっ……おま……」


「良かった……良かった……」


 涙を流しながらカイの無事に安堵するシャノンに強く突っ込む事も出来ず、暫くそのままバツが悪そうにバストに顔を埋めるしか無いカイだった。


 人間の身体というのは不思議なもので、動けなくなるまで酷使しても、少々休憩すれば歩くくらいは出来るようになるものだ。カイはシャノンを優しく押しのけて、立ち上がろうとするが、膝が笑ってシャノンにしがみついてしまった。


「すまん」


「良いんです。このままで」


 シャノンは力の限りカイを支えようと踏ん張る。カイは苦笑しながら自分の足を叱咤して立ち上がる。彼女に敬意を表して肩を借りておいた。ゆっくりと足の曲がった男の元へ行く。


「……よう」


 カイはまるで級友に挨拶するように軽く手を上げた。シャノンはその態度に驚いたが何かを言うことは無かった。


「……なぜ、ここがわかった?」


 ロバートは満天の星を見上げながら呟いた。


「このお転婆のおかげだ。くだんねぇメール出して来やがって。おかげでこんな場所に来なきゃならなくなっちまった」


 カイは痛む身体を動かして、無害無臭煙タバコを取り出して火を点けた。


「そうか……やはりお前たちは……この船に乗っていたんだな」


「昔の話さ」


 一度タバコを大きく吸い込むと、暗闇に水蒸気を棚引かせた。


「生き残りはほぼ全員把握していたと思っていたんだがな」


 ロバートが苦笑する。


「俺たちは裁判に参加しなかったからな。用意されたクソ安い保証金を受け取ってとっとと消えた。それにまだ未成年だったから開拓会社側が用意した弁護士にマスコミなんかをシャットアウトさせた。簡単には追えないだろうよ」


「そういう事か……」


 ロバートは一度目を閉じる。カイは吸い終わったタバコを踏み消した。


「部下は生き残りか?」


「……初めは7人だった。保証金などに納得はいかなかったが7人で集まればなんとかなると思った。私たちも最初の提示金で示談を終わらせて7人で戦場に行った。金になるからな」


 彼はどこを見つめているのだろう。きっと星空ではなく過去の戦場に違いない。


「生き残ったのは4人だった。新しい部下も出来た。私たちは戦場の死に神として名を馳せた。そんなときだった。セキュリティー会社からスカウトの声が掛かったのは」


 ロバートはゆっくりとした動作で懐から無害無臭煙タバコを取り出した。カイとディードリヒに見せつけるように一本取り出すとゆっくりと火を点けた。


「戦場よりは安全で給料も良かった。汚れ仕事が多かったが戦場に比べればマシだ。そんなある日、私は見つけてしまったのだ」


 彼は懐から耐年用紙の束を取り出した。


「……それがコールダー文章か」


 カイが身体にむち打ってそれを受け取る。ざっと目を通したがさっぱりだった。


「何が書いてあるんだ?」


「真実」


 ロバートは水蒸気を吐き出した。


「移民会社が経費削減の為だけに行った偽装の数々を示す資料だ」


 カイはもう一度数字の羅列を一瞥した。


「わかんねぇな。あんたがやる理由がだよ」


 カイは2本目を咥えた。


「私はコールダーという男と会ったのだ」


 そこで初めてカイはまともにロバートの目を見た。悲しみに染まった瞳を。


「コールダーは整備技師だった。開拓船建造から関わっている。だが事あるごとに強度に疑問をもったそうだ。……そしてこっそりと計測機器を持ち出して主要強度を測り直したらしい。どれもこれもがデタラメな数値だったらしいな。それが測定値だ」


 カイはもう一度耐年用紙に視線をやった。


「コールダーは会社、親会社、開拓会社へと、その資料を持って回ったらしい。マスコミにも送ったらしい。だが全てが沈黙を守ったらしい。会社を首になっていた所へ私が現れた訳だ。ある作戦でコールダー文章の存在を知った私がな」


 ロバートがタバコを指で弾いた。風に煽られ赤い軌跡を残して転がっていく。シャノンがカイとタバコの行く末に首を交互に振っていたのでカイはシャノンの腰を軽く押し出した。彼女は小走りでタバコの火を消しにいく。カイとロバートが苦笑した。


「彼は私にこの資料を渡した。私にこそ持つ資格があるとな……そんなものなどありはしないというのに」


 ロバートも2本目を咥えた。カイが火を点けてやった。


「私はあまりこの資料に興味は無かった。一つだけ計算が合っているのかだけが気になってしまって、一部を持ち出したその日だった。部屋が燃えていたのは。さらにコールダーも行方不明になっていた。その後この資料がコールダー文章と呼ばれているところまでは突き止めたがそこまでだった」


 暗闇の中。二つの火種だけが緩やかに大きくなったり小さくなったりしている。


「やはりわかんねぇな。俺にはお前が復讐の為にやったとは到底見えないんだがな」


 カイは指に挟んだタバコの先を倒れている男に向けた。


「……私の部下の大半は、この船の生き残りだ。集団訴訟の人間を探すのはさして苦労しない」


 そこにシャノンが戻って来て急いでカイの腕を自分の肩に乗せた。彼女の手にはご丁寧に火の消えたタバコがあった。カイは苦笑しながら携帯灰皿を差し出した。


「なるほどな……合点がいった」


 カイは星空を見上げる。満天の星空だ。あの日もこんな夜空だった。どうやら何も変わっていないらしい。


「しかしお前らもどうしてこの場所がわかったんだ?」


「コールダー文章に記載されていた」


「ああ。なるほどね」


 カイはタバコをシャノンの持っていた携帯灰皿に突っ込んだ。惑星情報は無くても恒星情報までは抹消出来ない。きっとこの恒星情報が残っていたのだろう。


「……そうだ、先ほどのそれは何だ?」


 ロバートがカイのバックルを指差す。


「ん? ああ。これは一回こっきりの奥の手だ。電磁パルスだけを発生させる爆弾みたいなもんだな。コイルガンを壊すとなるとあの距離まで近づかないと使えない」


「……もう一つ。あの格闘術はなんだ?」


「あれか? 知り合いの親父がな、昔のライブラリーから発掘した古い格闘術を、現代生理学とAIによる格闘シミュレーションの末に新たに復活させた武術だ。悪ふざけの産物だな」


「……名は?」


「骨法」


「……ふ。そうか」


 ロバートが僅かに微笑んだ。カイの悪友アルの趣味の品物が、まさか役に立つ日が来るとは思わなかった。


「カイ。これからどうするのだ?」


 黙って聞いているだけだったディードリヒがようやく口を開いた。銃口はロバートを捉えたままだ。


「そうだな……むかつくが、あの背広野郎に引き渡すのが一番かね」


 ディードも視線だけで賛同する。


「んじゃまぁwicked brothers号をここに呼ぶか。ちょうど空港だしな」


 カイが腕のモバイルでwicked brothers号を自動操縦でこちらに呼び寄せようとしたときだ。ロバートが跳ね起きてシャノンに突っ込んでいった。その手にはどこから取りだしたのか小型のナイフが握られていた。片足が折れている人間の動きでは無かった。


「っ!」


 さすがにゾーンを発動していないカイはシャノンを押し倒しながら身を守るのが限界だった。そしてディードリヒも反射的に引き金を引いていた。キュイーンという充電音だけが辺りに響く。カイは身を起こしてロバートの様子を見た。


「……助からないな」


 土手っ腹に巨大な穴が空いていた。ディードはフルチャージ状態で構えていたらしい。


「そんなっ……」


 シャノンが両手で口を押さえた。自分を浚った本人だというのにお優しい事だ。


「……何か言いたいことはあるか?」


 カイが男の横にしゃがみ込む。


「……私たちの遺体は……この星に……」


「わかった」


 カイは大きく頷いた。


「それと……タバコをくれ」


 カイは無言でタバコを咥えると火を点ける。それをロバートの口に咥えさせた。


「良い……空だな……」


 それが男の最後の言葉だった。

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