【番外編】銃とタバコと漢たち(中編)


 押さえた指の間からどす黒い血がだくだくと流れ出す。カイは舌打ちしながら迷わずに治療ナノマシンのカプセルを口に放り込んだ。


「くそっ、油断しちまったぜ」

「お前でなければ死んでる」

「そんで、どこの馬鹿だ! ガキの使いに銃弾浴びせてくる野郎は!」


 血の混じった唾と毒舌を一緒に吐き出す。


「さあな。だがこれ・・がらみなのは間違いないだろう」

「はぁ……録画してんだよな」

「ばっちり量子録画だ……」


 二人同時にため息を吐く。量子録画は裁判で公式の証拠品として認められる録画方式で、2台以上の量子カメラがあれば録画出来る。今はディードリヒとカイのモバイル……腕時計に見える未来ガジェットに組み込まれた量子カメラがゴーストタウンに入ってからの様子を全て録画していた。

 誤解を招きやすいJOATにとっては必須の行為ではあるが、このような美味しい・・・・案件に当たったときに邪魔になる。

 誤魔化す方法が無い訳でもないが、バレたら即賞金首である。元JOATの賞金首など、いったいどれだけの賞金稼ぎに集られるかわかったものではない。

 堅実に商売をしているだけなのだ。……と彼らは信じている。


「あー、俺が外に出て撹乱する」

「……行けるか?」

「ここでジッとしててもジリ貧だろ」

「わかった。任せる」


 常人であれば痛みで動けない怪我人に、機動力の必要な陽動を任せるディードリヒ。だが、それは彼らの隠れた信頼の証である。

 ディードリヒは担いでいたガンバックから、巨大なライフルを取り出した。


「ジャマーをなんとかしてくれ。カイ」

「了解だ」


 本来市販していないはずの強力傷パッチを腹に貼り付けると、カイは一気に駆け出した。玄関に飛び出すわずかな射線で確実に追加の弾丸が飛んできた。

 すでに扉の砕かれた玄関を転がり出てそのまま階段を一気に駆け下りる。ビルの出口から飛び出る際、一呼吸して自らZONEに突入する。時計の針が極限までスローに変わり、カイの時間が加速される。


 突入部隊は驚いたであろう。ビルの出入り口に黒い影が揺れたと認識した瞬間には撃たれていたのだ。何人かは自分の身体に大穴が開いた事にしばらく気づかなかったほどだ。


 カイは銃を撃ち終わった姿勢で膝を落とす。ZONEは意識を加速させるが、身体に作用するわけではない。限界を超えた動きで10人の人間を1秒に満たない時間で狙い撃ったのだ。人を越えた代償は筋肉崩壊になる。

 全身の筋肉がブチブチと千切れ、痛みが一気に押し寄せる。修復ナノマシンも内臓の修復を優先していて、なかなか筋肉に回らない。


「……はっ! いつもの事さ」


 カイは嘯くとタバコを取り出し火を点けた。

 悲鳴を上げる筋肉を無視して立ち上がる。どこから狙われているかわかったものではない。

 もっとも先ほどスナイプされた場所からは完全に死角なので、別のスナイパーがいない限りは、すぐに撃たれる事はないだろう。

 カイは痛みを脳から切り離して、ビルの陰から陰へと走り出した。


 ■


「あいつらは何者だ?」


 ようやくヴァンドの居場所を発見し、配置が完了する直前にフラリと現われた二人組。GジャンにGパンの時代錯誤の東洋人と、白い上下のスーツの巨漢という、目眩がしそうな組み合わせだった。

 観光客にも、警察にも、公安にも見えない。賞金稼ぎの可能性が一番高いが、それにしてはわざわざターゲットに声を掛けてから突入するという迂遠なやり方に疑問符を持つ。


 彼らはこの惑星のギャングの一つである。正確にはその末端組織の一つだ。

 この星に流れてきたヴァンドはお約束通りギャング入りして、麻薬の売人となり、そして薬に手を付けた。それだけならば尻尾を切った上で客にしてしまえば良いのだが、よりにもよってボスの女に手を付け、そそのかし、組の金庫から金と薬を持ち逃げしたのだ。

 上位組織への上納金が払えず、危うく抗争騒ぎになる所だった。

 落とし前はヴァンドの命だけで到底足りる物ではない。

 先のゴタゴタでヴァンドを追うのが後手になったが、この惑星にいる限り、ヤク中の行方などすぐに知れる。そしてこれから生き地獄を味わわせるという寸前に現われたのがカイとディードリヒだった。


 30人の手下を引き連れて来ていた。少々のトラブルなど問題にならないと高をくくっていた。それがどうだ。金の場所はすぐにバレるわ、突入部隊の10人が瞬殺されるわ、散々である。

 組のトップ2であるジャレンディンは窓に設置されたカメラの映像を物陰から確認して舌打ちする。少しでも姿を現せば、スナイパーの餌食だというのに。

 本当なら突入部隊が生け捕りにして何者か吐かせる予定だったのだが、それも潰えた。

 しかしそれなりに訓練も場数も踏んだ鉄砲玉10人を瞬殺とはどんなマジックを使ったのだ?

 ジャレンディンは親指の爪を囓り、すぐにやめる。心底イラついたときだけ出てしまう癖だった。


「マッカー、姿が見えたら構わねぇ。ど頭を吹っ飛ばしてやれ!」

「いいんですか?」

「かまわん。どうせハンターか流れの賞金首だろう。モバイルでも解析すりゃ入星ルートが割れる。ある程度の足取りは追えんだろ」

「そうですね。配置についてるロアンドにも伝えておきます」

「おう。任せた」


 ジャレンディンは指示を出しつつライフル型のコイルガンを取り出した。外付けのバッテリーパックを背中に装着する。


「若頭が出るんですか?」

「……念のためだ。ボランド兄弟に任せておけば問題は無いと思うがな」

「あいつらを連れてきて良かったですね」

「まったくだ。保険というのは掛けておくものだな」


 ジャレンディンは肩をすくめてから、ゆっくりと部屋を出て行った。


 ■


「無音高速弾なんて洒落た物をわざわざ使っていたって事は、そんなに離れてないな」


 音速を超えてなおほぼ無音で飛翔する無音高速弾は確かに比較的良く使われる弾丸ではあるが、こんな人気のないところで使う必要も無い。だとすれば答えは一つで遠距離スナイプに自信の無い奴が射撃手なのだ。

 カイは朽ちかけた墓標の陰から陰、さらには窓を砕いてビルの内部を移動する。想定狙撃ポイントから身を避けながら一気に距離を詰めていく。

 おそらくだが初期のスナイピングポイントから移動すらしていない。武器の練度はまぁまぁだが、それに伴う技術がまったく足りていない。まさに田舎のギャング、山猿の集団だった。


「ディード、相手の正確な位置はわかったか?」

「お前から見て15m先のビル、2つのうちのどちらかだ」

「せめてどっちかに絞れりゃな」

「ジャミングが効いていてダメだ。おそらく装置はそのあたりにあるはずだ。フォローはする。なんとかしてくれ」

「了解だ」


 通常ジャミング装置は狙撃手と同じ場所には置かない。その理由は簡単で、少し良い観測装置があれば、ジャミング装置の位置を把握されてしまうのだ。これはジャミング装置が様々な電波を駆使して欺瞞信号を放出する関係上、単純に「電波の発信されている位置」が判明すれば良いからだ。

 ディードリヒが持っていたバナナ型のレーダーは安物で、ジャミング装置の位置を正しく把握することが出来ない。ジャミングの影響を受けている為だ。ただ、距離が近いのとジャミング装置自体が高級な物では無いので、ある程度の位置が予測できるというわけだ。

 ディードリヒの解析した位置情報は常にカイのモバイルに反映されていた。それゆえ彼はこの建物までのルートを選んだのだ。


「さて、単純に放置してあると楽なんだが――」


 カイは反射的に横っ飛びしてそれ・・を避けた。

 彼の身体をすれすれで横切ったものは、よりにもよって青龍せいりゅう偃月刀えんげつとうであった。太古の中国で使われた薙刀のような武器だった。


「てめーはチャイニーズ雑伎団かっ?!」

「ぐぶー!」


 カイの戯れ言に意味不明の返答を返したのは、妙に太った男であった。頭は禿で、上半身が裸である。


「馬鹿かこいつは!」


 カイが銃口をデブ禿に向けようとした瞬間、背中に電撃が走る。本能に任せてその場に伏せると、今度は彼の頭上すれすれを、無音のチェーンソーが髪を切り裂いて横切っていった。


「嘘だろおい!」

「ぐぼー!」


 新たに表れたのは妙に細身の、頭の禿げた男だった。もちろん上半身は裸である。両手に1つずつ、つまり2つの無音チェーンソーを構えていた。わざわざ二つをぶつけて火花を散らすあたり、本物の馬鹿であろう。


「くそっ! てめぇから死ね!」


 転がりながら数発の弾丸をチェーンソー男に発砲した。

 が。


「ぐぼぉぅお!!」

「はぁ?! 嘘だろ!!」


 なんと男は全ての弾丸をチェーンソーを盾に防いだのだ。驚愕に一瞬動きを止めたカイを見逃してくれるほど甘い奴らでは無かった。デブ禿男が偃月刀を薙ぐように振り下ろしてきた。まっすぐに振り下ろさないあたり、そうとう熟練している。


「クソが!」


 カイは半ば強引にZONEを発動させて、男に飛び込むように偃月刀を避けた。

 ……つもりだった。

 加速化された意思に無理矢理付き合わされて悲鳴を上げる筋肉を無視して前進したのだが、それに合わせて男の蹴りが正面に突き出されていた。

 自ら丸太に突っ込むような衝撃と共に、カイは地面に激しく転がり落ちた。間髪入れずに偃月刀とチェーンソーが襲いかかるが、無理矢理身体をひねってかわし切った。そのまま反転して無理矢理身体を起こし、朽ち果てたカウンターの裏に飛び込んだ。おそらく元はカフェだったのだろう。今は見る影も無い。


「あのデブ野郎もZONEを使うのか? ……いや、その後の追撃で俺は生きているわけが無い……くそっ達人って奴か!」


 カイは毒づく。

 武術の達人というのは、長く身体に刻み込んだ技により、思考よりも身体が先に反応する。さきほどの蹴りもそうだろう。普通なら絶対に反応出来る速度では無い。

 もろにカウンターを食らって腹を押さえるカイ。パッチを無視するように血があふれ出す。


「やべぇ……血が足りねぇ……」


 くらりと揺れる頭、思考がわずかに止まる。その瞬間。

 隠れていたカウンター台を突き破ってチェーンソーが襲いかかった。

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