第三章 追手

第14話 アキバ神社

 アキバ神社では、巫女見習いの少女達が、凛達を出迎えた。

 刈谷仁がガジャに襲われた話を少女達にする。

「仁様、ガジャに襲われるなんて! すぐにお手当しますわ」

 黒髪を三つ編みにして赤いリボンをつけた少女が救急箱を持って来る。

「お着替えお持ちしました」

 別の少女、こちらは三つ編みを青いリボンで結んでいる、が浴衣を持って来た。

「お茶はこちらに」

 三人目の少女は緑のリボンを結んでいた。他の少女達も刈谷一人を甲斐甲斐しく介抱する。

「何? この待遇の差!」

 凛が叫ぶが、少女達はくすくす笑いながら、刈谷仁一人を囲んで別室に連れて行ってしまった。

 凛達の担当は、アキバ神社の賄いを手伝っているおばさんだ。愛想はよくないが、手当は的確だった。

 凛や西九条通兼にしくじょうみちかねの怪我は軽い打撲だったが、地ノ宮神社の宝田神主達は、ガジャに引っ掻かれたり噛まれたりしていた。三人は感染症の恐れがあるので、大事を取ってカガミバラ総合病院へ入院した。病院側は神主達がガジャに襲われたと聞くと警察に連絡を取った。

 宝田神主は警察が来る前に西九条通兼にしくじょうみちかね宮司にステルス型アンドロイド兵を見たと警察に話した方がいいかどうか相談した。宮司は仁と相談、言わない方がいいだろうと助言した。ビデオに映っていない以上、証拠がない。

 宝田神主は警察官にガジャに襲われた話はしたが、アンドロイド兵の話はしなかった。



 一方、ナニワに向っていた田沼奈津子もまた、カガミバラで客船を降りていた。船旅に飽きたのである。

 田沼奈津子はカガミバラの街を見物して回った後、列車でナニワに向おうとカガミバラの駅にやってきた。ナニワ行きの列車を探す。寝台列車があった。夜九時出発である。

 奈津子はその寝台列車のチケットを買い、発射時刻までどうやって時間をつぶそうかと思いながらふらふらと駅の正面入り口に出た。するとハッピを着た男が寄って来た。

「ねぇ、お姉さん、アキバ神社に行かない? 今評判のアキバミコシスターズの踊りが見られるよ」

「アキバ神社って?」

「ほら、あそこに見えるでしょ」 

 奈津子は男が手を降った方向を見た。駅から巨大なあかい鳥居が見える。

「アキバ神社は芸能の神様を祀ってるんだ。毎日三時から、巫女見習いの少女達が踊るんだよ。可愛いよ。これ、チケット。買わない?」

「お金がいるの?」

「1000クレジットだけど、今日はね、特別公演があってお得だよ。ロボットが奉納舞を踊るんだ。これがいま、ネットでもの凄い評判になっててね。どう?」

「うーん、行ってみたいけどぉ」

 奈津子は胸の谷間を男にちらりと見せた。

「でもぉ、旅行中だしぃ」

 とさらに、胸をつきだし、腰をくねらせた。男は鼻の下を長く伸ばし、目尻を下げ、奈津子の胸元を食い入るように見つめる。

「だったら、安くしとくからさ」

「いくらぁ?」

 奈津子が鼻にかかった艶のある声を出す。

「700、いや、500クレジット!」

「買った!」

 こうして田沼奈津子はチケットを購入、アキバ神社に向った。

 アキバ神社はアキバ駅の近くにあった。アキバ駅からアキバ神社までの参道は、商店が軒を連ねちょっとした賑わいである。

 奈津子は、チケット売りの男をたらし込んで安くチケットが買えたのでご機嫌だった。異常に暑い日だった。奈津子はチューブトップにホットパンツという服装だった。行き交う男達の視線が奈津子の胸元に釘付けになる。奈津子は男達の視線を浴び上機嫌でアキバ神社の参道を、商店をひやかしながら歩いた。

 ソフトクリームを見つけ迷わず買った。舌で絡めとる。バニラのあまーい味が口一杯に広がった。飲み込むと冷たい塊が喉から胃に落ちて行く。奈津子は幸せだった。

 奈津子が二つ目のソフトクリームを胃の中に収める頃、商店が途切れ境内に入った。ソフトクリームで汚れた手を手水舎できれいに洗う。柄杓に水をため、ごくごくと飲んだ。

 雅な音曲があたりに響いた。これから舞が始まるとアナウンスがあった。舞殿の周りには、パイプ椅子が置かれ観客席が作られている。観客席の周りには縄が張られ、参拝客と区切られていた。奈津子はチケットを係の者に見せ席についた。

 巫女見習いの少女達、アキバミコシスターズ八人が、巫女の装束をつけ、両手に鈴を持ち、頭にかんざしをさして舞台に出て来た。雅に舞を披露する。シスターズは総勢四十八人。六チームに別れているのだという。

 奈津子は舞台に熱中した。鈴の音。雅な音曲。少女達の衣ずれの音。どこか人を陶酔させるものがあった。

 演目は、特別出演というロボット舞になった。奈津子は、筒型をしたロボットが紋付袴を来て、六本の触手で日の丸の扇を器用に操って舞う姿に驚きながらも見とれていた。

 奈津子が熱心に見ていると、肩を叩かれた。何かと思って振り向くと悪夢が座っていた。

「よう、奈津子。久しぶりだな」

 米沢広司だ。

「あ、あんた!」

 奈津子の体が小刻みに震える。

「俺から逃げられると思ったのか? え、奈津子!」

「そんな、なんであんたがここに?」

「おまえを追って来たんだよ。おまえが行くとしたらナニワしかねぇだろ。空路は制限させてるし、車じゃあ、時間がかかり過ぎる。船で来たんだろうっておもってよ。会社の船で追いかけて来たのさ」

「そ、それで? わ、私、あんたとヨリを戻す気になんてないんだからね」

「おい、どの口で言ってるんだ。おまえは俺と一緒にハカタに帰るんだ」

「いやよ!」

 奈津子の大声に周りからシーッと言う声が聞こえる。

「ほら、行くぞ」

 米沢広司はパイプ椅子に座っている奈津子の体をむりやり後ろから立たせた。周りの迷惑も考えずに米沢広司は奈津子を引きずるように、会場から連れ出す。

「いや、やめて!」

「おまえ、荷物はどこだ?」

 奈津子は腕を振りほどこうと身をよじらせる。

「言え! 荷物はどこだ?」

「あんたに関係ないでしょ。私はあんたと別れるって言ってるのよ。離してよ!」

「離せねえよ。さあ、荷物はどこだ。荷物を持ってさっさと帰るぞ」

「帰るって、どうやって?」

「どうやって? 船に決まってるだろうが」

「無理ね」

「なんだと!」

「ハカタ行きの船は、私が乗って来た客船ニイタカ丸がナニワに行って戻って来るまでない。飛行機は飛ばない。後は高速バスか鉄道。だけど、直通はない。それとも、車? ハカタまで何日かかるかしらね?」

 奈津子のいいように米沢広司が切れた。米沢広司は奈津子を境内の隅に引っ張って行った。あたりに人気がないのを確かめると、米沢は奈津子を地面に突き飛ばした。

「貴様、バカにしやがって! 久しぶりにいたぶってやる」

「い、いや、やめて!」

 顔を覆う奈津子。だが、米沢広司は容赦しない。なぐろうと拳を振り上げた。

 しかし、米沢広司の手はがっちりと掴まれた。

「あんたさ、女を殴るしか能がないのか? 紳士とはいえないね」

「貴様、誰だ?」

「奈津子さんの友達」

 奈津子がぽかんと刈谷を見上げた。

「え? あんた、誰?」

 刈谷仁も、えっという顔をした。

「忘れた? ほら、スナックで会った」

「えーっと、そうだっけ? 私、プレゼントされないと男は覚えられないのよね」

「おい、腕を離せ。俺はこれからこの女にヤキをいれるんだ。おまえもこんな女の為に怪我したくないだろ? わかったら離せ」

 米沢が刈谷に凄んだ。だが、刈谷は怯まない。不敵な笑いを浮かべ米沢を睨みつけた。

「僕はあなたに用があるんですよ」

 刈谷は米沢広司の腕を掴んだまま体の下に潜りこみ投げ飛ばした。したたかに、地面に叩き付けられる米沢!

「きさまー!」

 米沢はわめきながら、刈谷に突進した。拳を刈谷に向って突き出す。何度も突き出される拳を鮮やかなフットワークで避ける刈谷。だが、石につまづいた。すかざす刈谷に馬乗りになる米沢。刈谷を殴ろうとした。

 ゴンという音と共に、米沢広司が刈谷に倒れ込んだ。気絶した米沢。目を剥いている。

 米沢の後ろに相沢凛が角棒を持って立っていた。



 舞殿の前で大声を出した奈津子にまず刈谷仁が気がついた。仁は奈津子を見つけて驚いたが、同時に米沢がいるのを見てさらに驚いた。何故二人がここにいるのか分からなかったので、取り敢えず様子を伺おうと二人の後をこっそり付けた。

 凛はアキバ神社の宮司ともめていて奈津子の声に気が付かなかった。

 アキバ神社の宮司はシチューの踊りに謝礼を出すと凛に約束したのだが、凛が謝礼を要求すると、支払いは来月末に振り込むと言ってすぐには支払おうとしなかった。凛はすぐに謝礼を支払ってくれと宮司に詰め寄った。

 そこにシチューが通信端末モビを通じて奈津子が米沢に連れて行かれたと凛に連絡してきた。

 凛は取り敢えず宮司に支払って下さいねと念を押して、刈谷仁の後を追いかけた。途中、神社を普請していた現場から角棒を取り上げ武器にした。

 仁に馬乗りになっている米沢広司を見つけた凛は躊躇なく殴っていた。

「ふう。じゃあ、行きましょうか? 奈津子さん。ここじゃあ、人目があるし。仁、この男をしばって運んでくれる?」

「おやおや、意外に人使いがあらいんだ」

「なんですって!」

「冗談、冗談! こいつを殴ってくれてありがとう、助かったよ」

 奈津子が当惑した顔で二人を見た。

「あの、助けてくれて嬉しいけど、あなたたち、誰?」

「えー、忘れたの? あんたを占った占い師!」

「ああ、あの時の!」

 相沢凛は奈津子に、奈津子を占ってから何が起きたか話した。

「えー、こいつ、あんたに迷惑かけたの! もう、信じらんない!」

 奈津子は、改めて米沢広司の乱暴さに驚き呆れた。



 奈津子と刈谷仁、相沢凛、西九条通兼にしくじょうみちかねは、アキバ神社に繋留しているアマノハシダテ号の倉庫で、気絶した米沢広司を囲んでいた。

「奈津子さん、この男、どうする?」と仁。

「どうするって?」

「ほっとくと、またあんたを追いかけて行くと思うんだ」

「うーん、ナニワに行ったら、大丈夫だと思うんだけどな。こいつ、ハカタ行きの貨物船か何かに放り込めない?」

「あんた達さ、警察に突き出すとか考えないわけ!」凛が仏頂ヅラして言う。

「警察に突き出しても、あっというまに出てくるのさ、この手の悪党は」

 刈谷仁がどうしようもないという表情で肩をすくめた。

「だって、こいつ、私の家を燃やしたのよ。りっぱな放火犯じゃない」

「証拠がない。俺達は数人の男が燃えている家の前で騒いでいるのを見た。その後、男達は大声を上げながら、車で逃げて行った。俺達が見た男が米沢かどうか、暗くてはっきりしなかったし。奈津子さんへのストーカー行為も男女間の痴話ゲンカで終わるだろう。警察に突き出せるとしたら、会社でしていた悪さを暴いた時だろう」

「ねえ、奈津子さん。奈津子さんはこの男が会社で何かこそこそしていたのを見てない。例えば、備品の横流しとか……、私の親、殺されたかもしれないんだ」

「ええ! 殺された! やっぱりねぇ。乱暴な男だもの。いつか人を殺っちゃうんじゃないかと思ってたのよねー」

「憶測でものを言うもんじゃないわい! かえって真実を見えなくするぞい」

 それまで黙って聞いていた西九条通兼にしくじょうみちかねが嗜めた。

「取り敢えず、この男にいろいろ聞いてみようぞ」

「そうするか、君たちは隠れていろ」

 凛達は隣の部屋に行きドアを閉めた。

 刈谷は椅子に縛られ目隠しをされた米沢広司に気付け薬を嗅がせた。目を覚ました米沢広司は、早速、喚き始めた。

「さっさとこの縄をはずせ。貴様、殺してやる。はずせ、はずせー!」

「静かにしなよ。聞きたい事があるんだ」

「なんだ? 何を聞きたい?」

「奈津子さんの居場所をどうやって突き止めた?」

「あん? 船会社に問い合わせたんだよ」

「だが、何故、船とわかった?」

「おまえも俺を馬鹿にするのか? え? 俺だって頭があるんだよ!」

 実際は、佐原和也の腹心の部下、ゼブラこと菅原直樹が調べたのだが、他人の手柄は自分の手柄とばかり米沢はぺらぺらとしゃべった。

「奈津子はナニワの出身だ。ハカタの街を探してもいなかったからな。ナニワに行ったんだろうとあたりをつけた。飛行機は制限されている。いろいろ聞いて回ったらよ、ナニワに行く船に奈津子が乗ったとわかってよ。俺はな、佐原ダイヤモンドの佐原和也常務と親しいんだ」

 米沢は得意気にしゃべった。大物と親しいのが、自慢でならないのだろう。

「所用があってナニワに行きたいといったら、会社の船に乗っていいと言われたんだ。え、わかったか。俺の扱いは丁寧にした方がいいぜ」

「そうだね、佐原一族に睨まれたら、ヤバイからな。それで、何故、ここがわかった?」

「俺の乗ってた船の船長が、客船がカガミハラの港に泊まってるっていうからよ、貨物船を降りたんだ。奈津子を締め上げてやろうと思ってよ、客船に乗り込んだら、一足違いで奈津子は下船しててよ。まさか、奈津子がここで船を降りるとは思ってなかったが、ここからナニワに行くなら列車だと思って駅に行ったのさ。駅員に女房に逃げられたと言ったら、寝台列車の切符を買ったと教えてくれてよ。列車は夜出発だ。だとしたら、奈津子の事だ、ふらふらして回ると思ったのよ。駅前でここのチケット売ってる奴に聞いたら、奈津子みたいな女が買ったっていうからよ。来てみたのさ。奈津子はこういうお祭りみないな所が好きだからな。これでも俺は奈津子を愛してるんだぜ。奈津子の好みはわかってるさ」

「愛しているという割には、奈津子さんより荷物を気にしていたな。奈津子さんを連れて行きながら荷物、荷物と連呼していたようだが」

「なにー! 関係ない。荷物なんか関係ないぞ! あいつを連れてハカタに帰るのによ、荷物がなかったら、また、買ってやらないといけないだろ。あいつは金のかかる女なんだ。だ、だから荷物がどこか訊いたんだ」

「あんた、下っ端だろ。常務が一社員の為に会社の船に乗って言いなんていうか? 出張ならいざしらず、私用だろ? あんた、何か隠してるだろ?」

「けっ、何も隠してない! さっさとこの縄をほどけ、奈津子を返せよ!」

「奈津子さんに荷物を取って来てもらう。そしたら、わかるだろうよ」

「くそ! 荷物は関係ないぞ」

 刈谷は米沢の反応に、奈津子に興味を持っているのは米沢だけでなく、佐原和也もだと思った。佐原和也が会社をやめた備品係の女に興味を持つとしたら、それは女個人ではなく、何か会社に関係したことなのだろうと、あたりをつけた。奈津子の荷物、そこに秘密があると刈谷は思った。

 同時に、刈谷は相沢凛の両親の事故についても聞きただそうとしたが、この質問を一介のフリーライターである自分がするのはかなりまずいと思った。もし、相沢凛の両親が殺されたなら、それを嗅ぎ回る自分もまた殺される可能性があった。刈谷は、凛の家の放火の件をきくことにした。

「それと、もう一つ。あんた、ハカタの街で占い師を襲っただろう」

「ああ? 占い師? ああ、あのツインテールか? 奈津子につまらんこと吹き込んだからな。しめてやろうと思ったんだ」

「襲っただけじゃなく、あんた、占い師の家を焼いただろう」

「家を焼いた? なんの話だ?」

「とぼけたって無駄だ」

「とぼけてない、とぼけてないぞ! 俺はやってない」

「嘘を付け!」

「嘘じゃない。濡れ衣だ。俺はいろいろやってるが、放火はしてないぞ」

「ふーん、あんたに襲われた占い師、うちに帰ったら家が燃えてたそうだ。数人の男達が家の前から逃げるのを見ている。あんたの仲間じゃないのか?」

「いや、違う。……俺が占い師を襲った夜だよな、放火があったのは。あの占い師、あいつ、機械人形パペッティア使いでな。情けないことに返り討ちにあったんだ。ケチがついたからな、その夜は何もする気になれなくて大人しくしてたんだ。放火なんかしてないぞ」

「本当に、放火してないんだな」

「ああ、第一、俺はあの占い師の住処をしらんぞ」

 だまった刈谷に米沢が言った。

「……そういえば、あの占い師の家かどうかしらんが、酒場で誰かが話してたぜ。親を亡くした女子工生の家に火をつけたら、金を貰えるって。女子工生の住処を焼いて、行き場がなくなった工高生を囲うんだってよ。あの占い師、若かったな」

「それをやらせてるのは誰だ?」

「誰かは知らん。だが、ハカタの夜を歩いてりゃあ、そういう噂は聞くさ。さあ、知ってる事は話したぜ、縄をほどけ、奈津子を返してもらおうか?」

「悪いな。あんたには、もう少しここにいて貰う」

 刈谷は米沢広司にアキバミコシスターズから借りたスタンガンを押し付け気絶させた。

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