第29話 占いロボットシチューの願い

「全員武器をおきなさい!」

 別荘上空に金色に光る飛行艇が現れた。飛行艇には菊の御紋が描かれている。

「全員武器をおきなさい。こちらは光輝宮こうきのみや明和あきかず殿下の船です。私は陛下の侍従を務める上田です。全員武器を置きなさい。戦闘をやめるのです」

 飛行艇から上田侍従の声が響く。

「橋本大統領、地球日本政府が話し合いたいと言っています。応じて下さい。三本木大将は、軌道上のドックへの攻撃準備を解除してください」

 別荘付近で発生していた戦いの響きが急速に止んでいった。

 上田侍従を乗せた飛行艇は静かにシャトルの横に降下する。飛行艇が着陸する。入り口がするすると開き、中から上田侍従が現れた。

「西九条さん、刈谷さん、相沢さん、シチュー君、久しぶり! 三本木大将、初めまして。お上が宜しく頼むとおっしゃっていました」

 頭を下げている三本木大将に上田侍従が言う。

 三本木大将は頭を上げ上田侍従に言った。

「では、地球日本政府から正式に戦闘停止命令が出たのですね」

「そうです。こちらに」

 上田侍従はお付きの者にモニター画面を運ばせた。

 そこには、三富進みとみすすむ首相が映っていた。

「橋本大統領、穏やかに話し合いたいんだが、どうかね。そちらにステルス型アンドロイド兵を派遣した事は謝る。内閣の承認を得ずに派遣していた。首謀者の六角君によると、犯人逮捕の為、警察に協力しただけだと言うんだ。文官に劣らぬ二枚舌を使うよ」

「では、彼らを引き上げさせて下さい。銃を突きつけられては話し合いは出来ない」

「三本木君、聞いただろう。すぐに兵を引き上げたまえ。君もすぐに帰ってくるんだ」

 こうして、イデ島の戦いは終結した。



 凛達は上田侍従の飛行艇に乗っていた。

 シチューがどうしてもイデ火山の山頂にある、ヒノヤマ神社の奥の院で舞を舞いたいというので、上田侍従の飛行艇に乗せてもらったのだ。

 山頂に着くと、一行はヒノヤマ神社の奥の院に参拝した。

 それが済むとシチューは、紋付袴を身につけた。

 奥の院に舞殿はない。わずかに石畳があるだけである。

 シチューはその二畳程の石畳の上に立った。

 3Dモニターで光輝宮こうきのみや明和あきかず殿下も同席している。

 雅な音曲がシチューの体内スピーカーから流れた。優雅に舞うシチュー。火口を前に六本の舞扇が揺れる。しめ縄を切って、舞は終わった。

 シチューは舞終ると、触手を使って体を前に傾け礼をした。

 その場にいた全員が拍手する。

 光輝宮こうきのみや明和あきかず殿下がモニター越しに言った。

「素晴らしい、実に素晴らしかった。シチュー君、また、ぜひ、キョウトに来てくれたまえ。もっと見ていたいが、次の予定があるのでね、私はこれで失礼するよ」

 光輝宮こうきのみや明和あきかず殿下はお付きの者に伴われて、モニター画面から姿を消した。モニターも片付けられる。

 舞い終わったシチューは、するすると火口へと向う。切ったしめ縄を火口に投げ入れた。

「シチュー、何やってるの。舞が終わったら帰るわよ」

「お嬢様、お話があります。聞いて下さい」

「何? それ、今、聞かないといけない」

「ぜひ」

「いいわよ。手短かにしなさいね」

「……、スペースシップ『トキ』号は凶星でした」

「は? 何を言い出すの」

「惑星タトゥ初のスペースシップ『トキ』号は凶星だったのです」

 その場にいた全員、シチューが何を言っているのかわからなかった。

「何の話?」

「私は占いロボットです。日ノ本五柱ひのもとごちゅう占星師会せんせいしかいに所属しています。略して日五占にちごせんといいますが、我々の占いは陰陽五行説を中心に、西洋の星占いを組み合わせて占います。人の産まれた年月日時間を元にその人の人生を占い、天空の星々の動きによって人の未来を占います。

 二十世紀、日本は世界に類を見ない管理社会になります。その結果、膨大な量の人の運命が数字化されたのです。占いというのは統計学に基づいています。人がいつ、どこで生まれ、どんな人生を送ったか。学校の成績、結婚、疾病、職業、いつ事故にあったか、人々の一生のデータが大量に三世紀に渡って蓄積されたのです。精度の高いビッグデータでした。それを分析、今までの占いに当てはめた結果、非常によくあたる占いが出来るようになりました。

 しかし、惑星タトゥが日本の領土となりました。果たして、地球日本で蓄積した占い結果がタトゥでも通用するのか、日ノ本五柱ひのもとごちゅう占星師会せんせいしかいはこの壮大な実験に取組みました。タトゥに植民した人々が全員、必ず日記を付けさせられたのはその為です。人々がどんな人生を送るのか、タトゥに影響を与えるのはどの星々か。我々は詳細に研究しました。今もその研究は続いています。

 タトゥは地球とよく似ていました。タトゥから見上げる星空も、タトゥが属する銀河系が天の川のように空を横切っています。

 人々は惑星間スペースシップを建設するドッグを軌道上に作りました。巨大なドッグです。地上に影を落とす程のドッグなのです。もちろん人々に影響を与えました。

 そんな状況で、惑星間スペースシップ『トキ』号が最悪のタイミングで発射されたのです。『トキ』号は、人々に幸福をもたらす星々の前を横切り、タロットカードを逆さまにするように吉を凶へと変えて行ったのです。現在、タトゥで起きている天変地異、独立のゴタゴタ。これらは総て『トキ』号によってもたらされた凶の運命なのです。

 私はお嬢様が旅に出るとわかった時、旅の吉凶を占いました。その占いの中に『トキ』号によって乱された気を元に戻す方法が暗示されました。

 『五神に舞を奉納すれば気は正されるだろう』というものでした。

 私はあらゆる宗教のデーターベースを持っています。どんな舞を舞ったらいいか研究しました。そして、お嬢様のおかげで、五神に舞を奉納出来ました。これで乱れた気は正されたのです。秩序は回復するでしょう。

 タトゥは完全な自治を獲得するでしょう。そして、地球日本とは緩やかな連合国家を形成するでしょう」

 凛はシチューの説明をぽかんとして聞いていた。

「あんた、何を言ってるの?」

 刈谷仁が口を開いた。

「君はロボット三原則、第ゼロ条に基づいて行動したのか」

「そうです」

「ゼロ条って?」

「第一条の人間が人類に置き換わったものだ。『ロボットは人類に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人類に危害を及ぼしてはならない』」

「そうです。私はスペースシップ『トキ』号が凶星だと知っていました。ですが、私にはどうにも出来ませんでした。しかし、舞を奉納すれば、凶を吉に変えられるとわかったのです。手段がわかり機会も与えられました。後は、舞を舞うだけでした」

「くっくくくく。シチュー、あんたって最高よ。あんたが舞をまったのは全人類の為だったのね。この惑星が幸せになる為に舞ったのね!」

 凛は爆笑した。そして、笑いながら言った。

「いい、占いっていうのは、あくまで確率よ。ホントの事じゃないわ。神様だって、いるかいないかわからないし、いたにしても人がどうこう出来るものじゃないわ。祈りでなんとかなったっていうのは、たくさんの人がこうなりたいっていう思いを抱いて行動した時よ」

 凛はさらに笑いながらいう。

「でも、あんたは、みんなの為に、この惑星にすむ全人類が幸せになってほしくて、行動したのよね。あんたが強情をはって、舞を舞いたいっていったのはみんなの幸せのためだったのね」

 凛はシチューを抱き締めていた。シチューの透明な頭部にキスをする。

「お嬢様!」

「シチュー、あんたが最高のロボットだって事はよくわかったわ。さ、山を降りましょう。人類はあなたが舞を舞ってくれたから、きっと幸せになると思うわ」

 刈谷仁が真面目な顔をしていった。

「君は頭からシチューの話を信じてないが、我々は一つの惑星の上にいる」

 凛は笑いすぎてわずかに浮かんだ涙を人指し指でぬぐった。

「は? 何、それ? 何がいいたいの?」

「君はカオス理論を知っているか?」

「?」

「『中国で蝶がはばたくとアメリカでトルネードが起る』とよく言われるが、俺達は同じ傘の上に乗った水滴なんだ。同じシステム系の上に生きている。シチューの舞が惑星全体にどう影響するかは誰にもわからないんだ。例えば、シチューが投げたしめ縄が火山の噴火を収めるスイッチではないと、何故、いい切れる?」

「確かにそうだけど、凶を吉に変えるとか、気を正すって!」

 まだまだ笑いがおさまらない凛に今度は、西九条通兼宮司にしくじょうみちかねが重々しく言った。

「何がおかしい。神は存在するぞ」

「そりゃ、神主さんだもの。神様いなかったら商売あがったりじゃない」

 それまで、黙って聞いていた上田侍従が言った。

「神様がいてもいなくても出来る事はあります。ロボットでさえ、全タトゥ人民の幸せを願って行動したのです。我々もまた、出来る事をしましょう。さ、下界に戻りますよ。飛行艇に乗って下さい」

 白い雲が夕日にあたって鮮やかな茜色に輝いた。

 あたかも神々がシチューの舞を喜び、惑星タトゥに幸福をもたらすしるしのように見えた。

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