第15話 田沼奈津子

 刈谷仁は米沢広司を気絶させると、凛達が隠れている隣の部屋に行った。

「凛、君の家を焼いたのは、米沢じゃないみたいだぜ」

「えー? じゃあ、一体誰が?」

「親を亡くした女子工生の家を焼いたら金が貰えるという噂がハカタの夜の街で流れていたそうだ。家を焼いて住処をなくし、住む所のなくなった女子工生を囲うつもりだったらしい」

「ええ! ま、まさか、あの保護司じゃないでしょうね?」

「ああ、あのガマガエル!」

 凛が吹き出した。

「そうね、ホント、ガマガエルだわ。あのガマガエル、強引にあたしを連れて行こうとしたし! あんの野郎! 帰ったら只じゃおかないんだからー!」

 凛はハカタの方角に向って雄叫びを上げた。その場にいた全員が耳を塞いだ。

「ふう、気がすんだかい。だけど、凛。保護司がしたっていう証拠はない。また、間違えないように今度は慎重にやらないと」

「そうだけど」

「この仕事が終わったら、ハカタに行って、保護司の事、調べてやるよ。他にも余罪がありそうだし。それより奈津子さん、米沢はあんたの荷物を気にしているようだけど、何か心あたりない?」

「荷物? 荷物ねえ??」

 結局、奈津子は駅に荷物を取りに行き、戻ってきた。テーブルの上にどさりと鞄を置く。

「私の荷物はこれだけよ。中身は私の着替えとかだし」

 鞄の中身を引っ張り出そうとした奈津子の手元から何かが落ちた。クリスタルのお守りだ。凛が拾い上げる。

「これ、どうしたの?」

「ああ、それ。流行ってるから、ハカタの街で買ったの」

 凛はお守りをしげしげとみた。六角形の断面をした長さ五センチ程の棒状のお守り。水晶で出来ているというそのお守りは、様々な悪い運気を吸ってくれると評判になり、ハカタの街で流行っていた。凛はクリスタルを固定している台座の部分をみた。

「でもこれロゴが入ってない」

「ええ? そうだった? ……ホントだ。ない」

 刈谷仁もまた凛からお守りを受取り詳細に観察する。

「シチュー、あんた、ラッキーアイテムとしてこれと同じお守り持っていたわよね」

「はい、お嬢様」

 シチューは風呂敷包みの中からクリスタルのお守りをだした。お守りには、アルファベットのAをデザインしたロゴが台座に入っていた。片や、奈津子のお守りにはこのロゴがなかった。

「えー、なんで? なんで、ロゴが入ってないの?」奈津子が首を捻る。

「このお守り、あやしいな」と刈谷仁。

「あー! 私、もしかして! あちゃあ。間違えたんだ! 備品を常務の部屋に持っていった時、絨毯につまずいてこけたのよね。常務の机にぶつかってさ、机の上の物がいろいろ落ちて、その時、つなぎの胸ポケットにいれていたお守りも落としちゃったの。同じお守りが二つあって、どっちも一緒だとおもって、一つおいてきたけど、あっちが私のだったんだわ」

「それはいつ?」と凛。

「金曜日の午後だったわ。私、早く帰りたくて急いでいたの」

 刈谷はクリスタルを持つと、ロボットカー・メリーナに向った。

「メリーナ、このクリスタルに何か細工がしていないかどうか、わかるか?」

「おまかせを」

 メリーナの荷台には簡単な分析機器が供えられている。これは、刈谷仁が取材していて珍しい物を見つけた時、分析する為だ。

 刈谷は分析用の箱にクリスタルをいれ、メリーナの分析ボードにセットした。

 しばらくして、メリーナが結果を報告した。

「これは人工物です。中に何かが刻まれています。恐らくデータかと」

「なんだって? データ? そのデータは読めるのか?」

「いいえ、私では無理です。これ専用の機械が必要です」

「は! さすが、佐原ダイヤだ。オリジナルデータパッケージを作れるシステムを持っているとは。メリーナ、ありがとう、助かったよ」

「情報は読み解けませんが、材料があれば私のシステムでコピーを作れます」

「凄い! で、材料は?」

 メリーナが材料を読み上げた。

「それでしたら、こちらのお守りと同じではないでしょうか?」

 横で聞いていたシチューが答える。

「え? じゃあ、このお守り! まさか! シチュー君! お守り、貸して!」

 刈谷はシチューからお守りを受け取ると、メリーナの分析ボックスにいれた。

「メリーナ、このお守りにデータをきざめるか?」

「はい、クリスタルピースと同じものです」

「なんてことだ! このお守りを作ったのはどこの会社だ!?」

「ああ、それでしたら、ナニワスイシン株式会社です。占いの館『アタル』でもラッキーアイテムとして仕入れていました」」とシチュー。

「ナニワスイシン株式会社? ナニワにあるのか?」

「はい、ナニワに本社も工場もあります」

「みんな聞いてくれ。奈津子さんの持っていたお守りはデータパッケージだった。お守りじゃなかった。中に情報が刻まれている。これを読み解けば、米沢達の悪事を暴けるかもしれない。米沢は自慢そうに佐原常務と親しいと言っていた。だったら、常務もグルだと思う。取り敢えず、このお守りを作った会社に行ってこれを読む方法を調べてみようと思う」

 西九条通兼にしくじょうみちかねが横から口をはさむ。

「お前さん達、わかっとるのか? 相手は凛君の両親を殺したかもしれない危険人物じゃぞ」

「ああ、わかってる。でも、知ってしまった以上野放しには出来ない」

「そうじゃの。よし、儂も人肌脱ぐか! 悪人共をやっつけようぞ!」

「ね、それより、これからどうする?」と凛。

「そうだな。米沢を監禁しておけたらいいんだけどな。しばらく監禁しておいて、奈津子さんが無事逃げられたら、米沢を解放する」

「だけど、米沢が奈津子さんじゃなくて、あのお守りを探していたとしたら、まずいんじゃない」

「……僕に考えがあるんだ。まかせてくれる」

 刈谷仁は、にーっと不敵な笑みを浮かべた。




 それから数時間後。とあるホテルの一室。田沼奈津子は、佐原ダイヤモンドに連絡をいれると、佐原常務の秘書を呼び出した。

 固定端末に秘書の顔が映る。2Dモードだ。

「あの、先日、退職した田沼奈津子です」

「あら、田沼さん、お久しぶり」秘書はにっこりと笑った。

「あの、佐原常務に繋いでもらえませんか? 実は、私、米沢さんとお付き合いしていたんですけど、あの、すっごい暴力振るう人だったんです。私、ハカタから逃げて来たんですけど、でも、米沢さん、追いかけてきて、もう、すっごく怖いんです。米沢さん、佐原常務の部下でしたよね。お願いです。彼にぃ、もう、私の事、追っかけるなって言ってもらえませんか。お願いします」

 佐原常務の秘書は胸が大きいだけでなく、如才なかった。秘書は佐原常務が、田沼奈津子という平社員の退職に興味を示していた事をよく覚えていた。

「まあ、それは大変ね。いいわ、常務にきいてくるわね。待ってて」

 佐原和也は秘書の連絡を受け、田沼奈津子と直接話をした。

「おお、田沼君か、久しぶりだな。米沢の所行については、任せてもらいたいと言いたいところだが、考えさせてくれないか。社員同士の恋愛に会社が口を出すのはおかしいだろうし……、それよりこれ、君のお守りじゃないかな」

 佐原和也は、例のお守りを出して見せた。

「え? 私、持ってますけど」

 奈津子は、自分のお守り、実はデータパッケージを出してみせた。

「それは本当に君のかね? 私のお守りは、特別に作らせた物なんだ。一見、他のお守りと一緒に見えるんだが、ロゴが入ってないシンプルな物なんだ」

「えー、そうなんですか。あー、ホントだ、ロゴがなーい。きゃあ、すいません。あの、私、すぐにお返しします。えーっと、どうしたらいいでしょう?」

「米沢君と会ったんだろう? だったら、米沢君に預けてくれたまえ」

「いやです。米沢さん、いきなり殴ろうとしたんですよ。もう、あんな乱暴者とはかかわりたくないんです」

「君は今、どこにいるんだね?」

「えーっとカガミハラです」

「カガミハラのどこに泊まっているんだね?」

「あ、今夜の寝台列車でナニワに行くんです」

「そうか……。じゃあ、こうしよう。もし、君が米沢君にそれを渡してくれたら、米沢君には二度と君に会わないよう、私から注意しよう。そうだな……、彼には君にあったら会社を首にすると注意しよう。どうだね?」

「本当に注意して下さいます?」

「ああ、もちろんだとも」

「だったら、一筆書いて貰えませんか? あ、信用してないわけじゃないんです。だけど、それがあったら、あいつ、私をなぐらないんじゃないかって」

「いいとも、それぐらいお安いご用だ。君、今の話きいていただろう。すぐに書面化してくれたまえ」

「はい、常務。こちらに」

「わお、はやーい!」

 奈津子は秘書の仕事の素早さに大きく目を見開いた。

「ほら、それでどうだ」

 佐原の作った書面は、通信回線を通じて奈津子の元に瞬時に届いた。それは、佐原の署名がしてある正式な物だった。

「はい、わかりました。じゃあ、米沢さんにも送って下さい。そしたら、会いに行きます」

「いいとも。今、送っておいた」

 奈津子の後ろから、通信端末に何か届いた音がする。

「うん? 今のは? 君の通信端末か?」

 佐原が怪訝そうな顔をした。奈津子は照れくさそうな顔をして、へへっと笑った。

「あれ、すいません、なんか端末の調子が悪いみたい。あ、あれ」

 奈津子は通信端末を待ちモード(「しばらくお待ち下さい」といったメッセージが流れ、こちらの画像が相手に届かないモード)にした。

「君! 何をしている! 失礼じゃないか!」

 待ちモードにすると、相手の画像もこちらには見えないが、音声は届く。

 佐原常務の怒った声が響き渡る中、奈津子は後ろのベッドに寝かされている米沢の側に行った。腕をしばられ気絶した米沢の通信端末を見ると、佐原から書類が届いていた。中身はパスワードがないと見られないが、佐原が書類を送ったのは確かなようだった。

 奈津子は固定式の通信端末に戻ると待ちモードを通常モードに切り替えた。佐原の怒った顔が目に飛び込んできた。

「何をしていたんだ?」

「あ、すいません。端末の調子が悪くて」

「……、それで、君は米沢に会いに行くというが、米沢がどこにいるか知っているのか?」

「あ、こちらに」

 奈津子がさっと体をよけた。佐原和也の顔が驚きにゆがんだ。そこには、ベッドに気絶して横たわっている米沢広司が映し出されていた。

「えへへ、親切な人がいて、米沢さんを捕まえて下さったんです。じゃあ、お守りはこちらに」

 奈津子は持っていたクリスタルピースを米沢の上着のポケットにいれた。

「それじゃあ、えー、米沢さんには、ハカタに帰ってもらいますので、後のこと、どうか宜しくお願いします! あ、私のお守りは常務さんに上げます。ありがとうございましたー」

 奈津子は接続を切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る