第16話 米沢広司

 その夜、田沼奈津子は予定通り寝台列車でナニワに向った。

 翌朝、目を覚ました米沢広司は、見た事のない天井に驚いて起き上がった。深酔いしたように頭がクラクラする。もう一度ベッドに横になる。

(チクショウ、ここはどこだ?!)

 あたりを見回す。ホテルの一室のようだった。手元に白い封筒があった。

「なんだこれは?」

 裏を見ると、奈津子とある。米沢は急いで封を切った。便せんを取り出す。



 ヒロシ、ごめんね。

  私、どうしたってあんたと付き合えない。

  あんたの上司に相談したら、直接あんたに注意してくれるって。

  もし、あんたが私に会いに来たら、会社を首にしてくれるって言ってくれたの。

  常務はちゃんと書類にしてくれたのよ。

  あんたのモビにも届いている筈。

  会社を首になりたくなかったら、もう、二度と私に会いに来ないでね。

  それと、常務からお守りを返してくれって言われたから、

  あんたの上着のポケットにいれておいたわ。

  あんたが目を覚ます頃には、私、ナニワについてると思うの。

  今いるホテルは私のおごり。

  ゆっくりしていってね。

  じゃあね。グッバーーイ! 

               奈津子



「くそぉ! 奈津子の奴!」

 米沢は、上着のポケットに手をあてた。何か、固い物が入っている。取り出してみると、例のクリスタルピースだった。台座を見る。ロゴがない。奈津子の言った通りのようだ。

 米沢は通信端末モビを見た。モビの時計は朝の九時を示している。モビには、佐原常務から書類が届いていた。中を改める。奈津子の手紙の通り、奈津子に会ったら首にするという内容だった。

 米沢はすぐに佐原に連絡を入れた。

 佐原の不機嫌な顔が通信端末モビに3D画像として映し出される。

「米沢です。昨日は申し訳ありませんでした。しかし、この通りクリスタルピースは取り返しましたんで。これから、ハカタに戻ります」

「ああ、そうしてくれ。とにかく、クリスタルが手元にないと落ち着かん」


 佐原は米沢の話の内容から、米沢を尋問した相手がフリーライターの刈谷仁だと突き止めた。佐原は、自身の行いから記者が自分の周りをうろちょろするのは馴れていたし、どこをつつかれても、何も出る筈がないと思っていた。だが、それでも用心の為、刈谷仁の調査を腹心の部下、ゼブラこと菅原直樹に命じた。


 米沢は列車とバスを乗り継いでハカタに戻る事になった。地球日本の宇宙自衛隊が惑星タトゥの月、衛星ナトに布陣した為、高高度を飛ぶ航空機は全面運行中止になっていた。

 米沢は、列車を待つ間、昨日、自分を閉じ込め尋問した刈谷に、復讐心をつのらせた。米沢は何故、刈谷がタイミングよく奈津子をいたぶっている最中に現れたのか不思議に思った。さらに、何故、刈谷が占い師の家の放火を聞いてきたのか、訳がわからなかった。

 訳が分からない時は頭のいい奴に聞くのが一番と米沢は、佐原常務の腹心の部下、ゼブラこと菅原直樹に連絡をいれた。

「おい、ゼブラ、今、暇か?」

「暇じゃないですが、何かあったんですか? カガミハラからこっちに戻るんでしょ」

「ああ、そうなんだが、ちょっと気になってよ」

「なんです?」

 米沢は、客船がカガミハラに停泊しているときいて、会社の貨物船から降りて奈津子を探しにいった経緯をゼブラに話した。

「どうして、あいつ、刈谷って男はタイミングよく俺が奈津子をいたぶっている時に現れたんだ?」

「奈津子さんと一緒に客船に乗っていたんじゃないですか?」

「いや、それはない。奈津子は刈谷の事をまったく覚えていなかった」

「じゃあ、ただの偶然じゃないですか?」

「偶然? 偶然か?」

「奈津子さんとはアキバ神社の境内であったんですよね」

「ああ」

「ちょっと待って下さいよ。アキバ神社の三時の催し物と……」

 ゼブラはネットに検索をかけ、アキバ神社の出し物の情報を集めた。

「昨日はロボット舞があったそうですね。見ましたか?」

「ロボット舞? いや、俺は奈津子しか見てなかったんだ」

「刈谷はあなたに占い師の家を放火したかときいたんですよね」

「ああ、そうだ」

「その占い師の特徴を言って下さい」

「えーっと、そいつは若い女で、工高生じゃないかと思う。黒い髪をツインテールにして、アラビアンナイト風の衣装を着て、いかにも占い師っていう格好をしていた。それで、そいつ、筒型のロボットを連れていて、俺達が痛めつけようとしたら、ロボットを機械人形パペッティアに変えやがったんだ。機械人形パペッティア使いだったんだよ」

「え! その占い師は機械人形パペッティア使いだったんですか?」

「ああ、そうだ」

 ゼブラはしばらく考えていたが、おもむろに言った。

「ロボットで繋がるんじゃないかと思うんですよ。ロボット舞と占い師の機械人形……。ロボットの持ち主が誰かきいてきて貰えませんか? ロボットの名前は『シチュー』だそうです。ネットで検索しても個人情報なので出てこないんですよね」

「つまり、何か? あの占い師もここにいるってのか?」

「推測ですよ。それをあなたに確かめてほしいんです」

 こうして、米沢広司はもう一度、アキバ神社に向った。


 アキバ神社社務所の前には掲示板が設置されている。

 米沢広司は掲示板を見て拳を固めた。ぎりぎりと掲示板を睨みつける。

「あの占い師!」

 米沢広司は掲示板に張り出された写真を見て怒り狂っていた。そこには、アキバミコシスターズとロボット、観光客が映っていたが、その中にあの占い師がいたのだ。

 米沢は頭に血が登った。どうしても、こいつらを痛めつけなければ気がおさまらない。

 そこに神主が社務所から出て来た。

「すいません、こちらに写っているこの女の子。もしかたら、ハカタの占い師さんじゃありませんか? 名前を思い出せないんですが、このロボットと何か関係があるんで?」

「さあ、占い師かどうかわかりませんが、このロボット、シチュー君の持ち主ですよ。名前は確か相沢凛さんと言っていましたね」

「そうそう、相沢さんですよ。へえ、このロボット、シチュー君っていうんですか? 今日はもうやらないんですか? 見たいんですが」

「残念ですが、彼らはもう、出発したんですよ」

「へえ、どちらに?」

「ヒノヤマ神社です。明日、そこでシチュー君がロボット舞を舞うんですよ」

「ヒノヤマ神社というのはどちらにあるんですか?」

「ああ、ナニワです。昔はイデ島にあったんですが、火山の噴火で埋まってしまいましてね、ナニワに移転したんですよ」

「ナニワですか。だったら、列車ですね」

「いえいえ、シチュー君をつれてきたのは、ダザイフテンマン宮の宮司さんでしてね。飛行船を持ってるんですよ。ああ、いま、ちょうど飛んで行く所です。ほら、あそこ!」

 米沢が振り返ると、巨大な飛行船が飛び立った所だった。あかあかしい朱色に塗られた飛行船がどんどん高度を上げて行く。巨大な船は見る間に小さくなった。

 米沢の顔が一瞬、恐ろしい顔になった。

「くそぉ、おい、あんた。飛行船は他にないのか?」

 神主はぽかんとした。

「ああ、ロボット舞を見たいのですか?」

 米沢はぐっと怒りを抑えた声でいった。

「ああ、そうだ……」

「だったら、今夜の寝台列車でナニワに向えば、明日の三時の舞に間に合いますよ」

「そ、そうか……」

「ぜひ、見に行って下さい。素晴らしかったですよ!」

 米沢の抑えた怒りにまったく気が付かない脳天気な神主に見送られて米沢はアキバ神社を後にした。

 歩きながら、米沢はゼブラに連絡した。

「おい、あの占い師、相沢凛という名だったぜ。ロボット舞のシチューの持ち主なんだ。ダザイフテンマン宮の飛行船できていた。俺が奈津子を見つけた時、舞台の近くにいたんだぜ、きっと。俺を後ろから殴ったのはあの女かもしれん」

「相沢凛? 相沢凛……、どこかで聞いた名前ですね。工高生って言ってましたよね。ちょっと待って下さいよ」

 米沢の耳に、ゼブラが何かやっている気配が伝わってくる。

「おい、ゼブラ、何やってるんだ?」

「今、ハカタの工高生名簿にアクセスしてるんです。……わかりました。何? これは!」

「どうした!」

 ゼブラは冷静沈着な男である。常に表情を崩さず、平然と恐ろしい事をやってのける。米沢のような体育会系の男がゼブラのようなインテリ系に素直に従っているのは、ゼブラが真実恐ろしい男だと知っているからだった。その冷静な男が驚きの声をあげている。

「おい、ゼブラ! どうした?」

「相沢凛は、あの相沢主任の娘でした」

「なんだって! 本当か?」

「まずい、まずいですよ。バレないと思いますが……。彼らは田沼奈津子と接触しているんですよね。しかし、あなたに、相沢主任の事故については聞かなかった。まず、彼らが何をどこまで知っているのか探った方がいいですね」

「おーし、ゼブラ、任せてくれ。あの占い師を追いかけたかったんだ。ギタギタにして、何を知ってるか吐かせてやるぜ」

「ではクリスタルは書留速達で私宛に送って下さい」

 米沢広司は通信を切った。気分は高揚していた。ゼブラのお墨付きで占い師をギタギタに出来る。米沢の頭には占い師をなぐりたいという衝動しかなかった。後は何も見えなかった。

 米沢は郵便局に行き、書留速達でクリスタルピースを佐原ダイヤのゼブラ宛に送った。

 そして、駅に行くとナニワ行きの寝台特急の切符を買おうとした。が、満席で手に入らなかった。

 米沢は、レンタカーを借りようとしたが、こちらも一台もなかった。切れた米沢は中古車のディーラーに行くと、ロボットカーを買った。米沢の年収に匹敵する額だったが、米沢は構わなかった。一刻も早く相沢凛を叩きのめしたい。どす黒い欲望だけが米沢を突き動かしていた。

 米沢は高速道路をナニワに向けて突っ走った。


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