第一章 ロボットと美少女

第2話 相沢 凛

 火州地方都市ハカタの片隅で、占い師見習いの相沢凛あいざわりんは、筒型ロボットシチューと共に、全速力で逃げていた。

「待てぇ。貴様、半殺しの目にあわせてやる。彼女の居場所を教えろ!」

 凶暴な顔をした男達が後ろにせまる。ショッキングピンクのアラビアンナイト風の衣装を着た凛は、顔にかけたヴェールをひるがえして叫んだ。

「知らない! 彼女って誰? そんなの知らないってば!」

 男達は凛の言い訳など、聞く耳を持たない。

「お嬢様、こちらです!」

 相棒の占いロボットシチューが、凛を路地へと導く。

「あんたなんか拾うんじゃなかった! これも全部、あんたがあたしをそそのかしたせいだからね! 占い師になんかなるんじゃなかった!」

「お嬢様! 私はお嬢様によかれと思ったのでございます」

「どうでもいいけど、後ろの連中、あんた、なんとかしなさいよ」

「無理です、お嬢様。私めはロボット。人様を傷つけるわけにはいきません」

 総てのロボットにはロボット三原則がメインフレームに刷り込まれている。その為、シチューには人を傷つけられない。それでも凛に言われてシチューは、路地にあったゴミ箱を触手型の腕を伸ばしてひっくり返し、後ろから追って来る男達を足止めしようとした。

「ああ、もう、あんたなんか拾うんじゃなかったわよ! とにかく、そのブリキ頭を使ってなんとかしろって言ってるのよ」

「ですから、今日のラッキーアイテム、藍の浴衣を着て下さいと朝から申し上げたのです。今からでも遅くありません。浴衣を着て下さい。私、風呂敷に包んでずっと背中にしょっております」

 シチューが背中にしょった唐草模様の風呂敷包みを見せた。

「そんなの着たら逃げられないじゃない」

「いいえ、少なくとも、お怪我はされません」

「本当に怪我しないのね」

 季節は初夏。夕方八時、街には涼を求める人々が三々五々と歩いている。凛が路地を走り抜けると目の前に公園が広がっていた。凛は公園の中に走り込んだ。隠れる場所を探す。木立の向うに子供向けの遊具が目に入った。凛は走っていって、ドーム型の遊具の中に飛び込んだ。ここなら覗き込まれない限り、外からは見えない。真っ暗な中、わずかにもれる公園の街灯をたよりに、凛はシチューの風呂敷包みの中から藍染めの浴衣を取り出した。さっと着替える。シチューが紅色の帯を文庫に結んだ。ツインテールの黒髪を頭に巻き付けピンで固定する。そうしている間も、男達の声が近づいて来る。

「エセ占い師! どこに行った? 彼女を返せ!」

 浴衣に着替えたものの、凛は隠れ場所から出るのをためらった。

「大丈夫です。お嬢様。これで、堂々とお帰りになれますよ。えーっと辰巳の方角の入り口からお出で下さい」

 シチューに促されて、凛は隠れていた山型遊具の下から、のそのそと這い出した。立ち上がって、浴衣についた砂を払い落とす。凛は下駄をカタカタと言わせながらバス亭に向った。途中、殺気立った男達とすれ違ったが、男達は凛とわからなかった。

「シチュー、着替えて正解だったわ。いつもこんなに運がいいといいんだけど」

「お嬢様、私めはいつも正しいラッキー・アイテムを出しております。ただ、占いには予期しない要素が加わる場合がありまして」

 凛はシチューの言い訳を聞きながら、こんなロボット拾うんじゃなかったと、もう一度激しく後悔していた。


 相沢凛十七歳、ハカタ技能工高二年生。

 惑星タトゥには普通科の高校はない。職業訓練をかねた技能高校がある。地球日本政府は惑星タトゥに高等教育機関を設置させなかった。そのかわり、技能教育を奨励した。物を作る技能者要請学校を多数作ったのである。実際、何もない惑星には、サバイバルな人間が必要であり、文明に支えられなければ生きていけない人間は必要なかった。

 相沢凛は、一ヶ月前、事故で両親を亡くしていた。父方の親戚はいない。母親の祖母が地球にいるらしいが、音信不通だ。

 初七日を終え、久しぶりに登校した帰り、凛はロボットに話しかけられた。

「お嬢様、そこの美しいお嬢様……」

 美しいと言われて、新手のナンパかと思った凛は文句を言ってやろうと振り向いた。ゴミ置き場に筒型ロボットが捨てられている。どうやら、声を書けて来たのはこのロボットらしい。ロボットは昔の映画「スター・ウォーズ」に出て来るR2D2に似ていた。

「美しいお嬢様、私の主人になっていただけませんか?」

「は?」

「美しいお嬢様、どうか私の主人になって下さい」

「その『美しいお嬢様』っていうの、やめてくれる。ムシズが走るから。それに、ごめん、あたし、お金がないの。あんたを養えない」

 凛が立ち去ろうとすると、ロボットが追いすがるように言った。

「お金の心配はいりません。私のいう通りにしたら、お金が稼げます」

 立ち去ろうとした凛は、「お金が稼げる」の一言にピタリと止り、もう一度くるりと振り向いた。

「お金、稼げるの?」

「はい、稼げますよ。私は占いロボットでございます。私が占って、お嬢様がお客様に占いの結果を言うのです」

「でも、あたし……、占い師なんてやった事ない」

「大丈夫ですよ。私には占い師養成プログラムも装備されております。一週間ほど訓練すれば、見習い占い師になれますよ。どうかお嬢様、私を助けて下さい。このままでは私はスクラップになってしまいます」

 相沢凛は、ロボットの頼みを考えて見た。しかし、結論を出すには情報が少なすぎる。

「あんた、どうしてそこにいるの?」

「私の主人が、この度の独立のゴタゴタで地球に戻る事になったのです」

「へぇー、あんたの元ご主人は地球人なの?」

「はい、今、地球へ行くスペースシップは一杯一杯で、荷物は極力減らすよう指導されております。ご主人様は私を売ろうとしたのですが、その、私は占いロボットなので人気がなく、買い手がつかなかったのでございます。仕方なくご主人様は私をゴミとして捨てられたのでございます」

 相沢凛は、もう一度、ロボットを眺めた。

(お金が無ければ、あの家を手放さないといけなくなる。タトゥは地球日本から独立したっていうけど、相変わらず、地代は引き落とされているし……。このロボットにかけてみようか? どうせ、只なんだし)

 凛は両親が残してくれた家と貯金通帳の残高を思い浮かべた。月末には地代を払わなければならない。二、三ヶ月は払えるだろうが、その後は心許ない。もし、地代が払えなくなったら、家を出て安い家賃のアパートに移るしか無い。

 しかし、アパートに移るには保証人が必要だった。両親のいない凛は保護司を頼るしかないが、役所からやって来た保護司は、いつでも力になるよといいながら、ねぇっとりした視線で凛の体をむさぼるように見て帰って行った。あの男を頼ったら、どういう人生が待っているか容易に想像できた。

 凛は早急に自力でお金を稼ぐ必要があった。

「いいわ。あたし、あんたのご主人様になってあげる」

「ありがとうございます! お嬢様! 私、STSM1000、シチューとお呼び下さい」

「あたしは相沢凛、宜しくね」

 シチューは、ピョンと立ち上がると、凛に触手を差し出した。凛はその手をじっと見ていたが、ふっと笑ってシチューと握手をした。

 こうして、凛はシチューと一緒に暮らし始めた。学校から帰ると凛はシチューの占い師養成プログラムに取り組んだ。一週間程でプログラムを終え、実地訓練に移った。凛は夕方から夜にかけて、繁華街にある占いの館「アタル」で、見習い占い師として働き始めた。実際に占うのはシチューだったが、シチューの結果をそれらしく客に伝えるのが凛の役目だった。

 占いの館「アタル」のベテラン占い師達は、凛の不幸な境遇に同情して、客のあしらい方や道具の使い方、料金の受取方法などを細やかに教えた。

 或る日、若い女性から彼氏との相性を占ってほしいと頼まれた。シチューが占うと絶対別れた方がいいという結果が出た。凛は結果の通り「絶対別れなさい」と女性に告げた。

「そうよね、絶対別れるべきよね、あんな暴力男。ありがとう、これで決心がついたわ」

 女性はまるで迷いが吹っ切れたように、晴れ晴れとした表情で帰って行った。

 そして、今日、凛のブースにやって来たのだ、数人の男達が。女性の元カレと悪友達あくゆうたちである。

「おまえのせいで、彼女に逃げられた」と凛を逆恨み。今、凛をボコボコにしようと探しまわっているのだ。浴衣姿で男達を出し抜いた凛だったが……。

「あの、ちょっと」

 やり過ごした男達の一人が、凛を追いかけてきた。凛はベンチの上に捨ててあったウチワをさっと拾うと、顔を隠しながら振り返った。

「あんた、この辺で、ツインテールでアラビアンナイト風の衣装を着た女の子を見なかったか?」

「さ、さあ?」

 凛はさもわからなそうに小首をかしげた。

「あたしは見なかったです」

「そうか」

 男は二三歩立ち去りかけて止まった。くるっと振り向く。

「きさま! そのウチワは何だ!」

 ウチワにはデカデカと占いセンター「アタル」と書いてあった。

「お嬢様、ウチワは今日のアンラッキーアイテムですうう!」

 シチューが泣きそうな声で叫ぶ。

「ええ!」

「女、いつのまに着替えた? おい! いたぞ!」

 凛はウチワを男に投げつけるや浴衣の裾をからげ、全速力で走りだした。下駄がカンカンカンとあたりに鳴り響く。

「シチュー、あんた、気絶しなさいよ!」

「お嬢様、そればっかりは! 後生ですう」

 とうとう、凛は数人の男達に取り囲まれてしまった。

「おい、よくも奈津子をそそのかしたな! 彼女の居場所をいえ! 言わないと、この街で商売出来なくするぞ」

「あたし、知らない。一度あっただけの人よ、ホントよ、ホントに知らないんだから」

 言いながら、凛はシチューを抱き締めた。いや、抱き締めるふりをして脇のスィッチを押した。シチューの電子頭脳はスリープ、シチューは「気絶」した状態になった。シチューの腕がだらりと垂れ下がる。同時に脇からコントローラーが飛び出した。凛はコントローラーをつかむや、スイッチを入れ、戦闘モードを選択、シチューの頭に飛び乗った。二本の触手が伸びて凛の体を支える。四本の腕が、男達めがけて振り下ろされた。

「貴様、機械人形パペッティア使いか!」

「そうよ、驚いた? コントローラー持たせたら、あたしの右に出る者はいないんだからね」

「ひぃー」

 男達が悲鳴を上げる。凛がコントローラーを操る度に、触手が男達を殴り、巻き付き、吊るし上げて行く。男達は「助けてくれ!」と叫びながら逃げ出した。そして、全員がいなくなった時、ビルの暗がりから声が聞こえた。

「お嬢さん、見事な戦いっぷりだな」

 凛は振り向いた。

 ビルの影から若い男が姿を現した。

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