第3話 刈谷 仁

 Tシャツの上からでもわかる引き締まった身体をした長身の青年は、ジーンズ、スニーカー、キャップ帽というラフな服装でありながら武装した兵士のように隙がない。たてがみのような金茶色の髪がキャップ帽からはみ出している。

「あんた誰?」

「君の味方。君が追っかけられていたから助けようかなって思ってみてたんだ。その必要なかったけどさ。それより、ロボットから降りて、浴衣の裾、揃えてくれない? 目のやり場がないんだよね」

 男はバツが悪そうに視線をそらした。

 凛ははっとして、下を見た。太ももが丸見えだ。慌てて、シチューから飛び降り、浴衣の裾を直す。同時にシチューの体にコントローラーを差し込んだ。シチューが目を覚ました。

「お嬢様! また、私を道具としてお使いになりましたね? 私は由緒正しき占いロボットですのに」

「泣き言、言わないの。あんたが戦えない以上、あたしがああするしかないじゃない」

 ぐずぐずと泣き言を言っていたシチューだったが、見知らぬ男に気が付いた。

「ところで、こちらは?」

「今、知り合ったの。あたしを助けようとしてくれたんですって。その必要なかったけど」

「僕は、刈谷仁かりやじん。フリーライターだ。宜しく。さ、家まで送ろう」

「いいわよ、この先にバス亭があるから。バスで帰るわ」

「いいのかな? さっきの男達、しつこそうだったけど。いいから、待ってろって」

 刈谷仁と名乗った男は腕に巻き付けた通信端末モビに向って何事か言った。しばらくすると、ブンという音がして、銀色に輝くランドクルーザー型のロボットカーが通りをこちらにやって来た。

 しかし、凛はシチューを連れ、刈谷仁の言葉には耳を貸さず、すたすたとバス停に向って歩いて行く。ロボットカーに乗った仁は、凛と平行してゆっくりと車を走らせた。

「なあ、君さあ、意地はってないで乗りなよ。さっきの男達が戻って来たらどうするんだ?」

「また、戦うだけよ。チンピラには負けないわ」

「お嬢様! 私は戦いたくありません!」

 シチューが泣きそうな声を出す。

「ほら、君のロボットが嫌がってる。僕もこのまま帰ったら、君が襲われたんじゃないかって心配でしょうがないだろう? 頼むから乗ってくれよ」

 頼むという言葉を聞いて凛は立ち止まった。

「頼む? そうね、あなたの頼みなら乗ってやってもいいわ。車に乗った後に法外な料金を請求されたら困るもの」

「しかし、お嬢様、見知らぬ男性の車に乗っては、万が一という事があります。私めが確認致しましょう」

 刈谷仁がシチューの言いようにくすくすと笑いながら、ロボットカーに言った。

「メリーナ、このロボット君とコンタクトしてくれ」

 シチューは刈谷のロボットカー・メリーナと通信回線を使ってコンタクトを取った。情報の交換は速やかに行われ、どうやらシチューは安全だと納得したようだ。

「お嬢様、こちらのメリーナさんは、とても良いお人柄のようです。刈谷さんは、地球アメリカのご出身で、現在デイデイホテルにご宿泊中です。取り敢えず、安全かと思われます」

 刈谷仁は薄い唇の端を皮肉げに曲げながら言った。

「これで信用して貰えましたか? 占いロボット君?」

「あ、私めはシチューとお呼び下さい。はい、この頃は物騒ですのでね、一応、確認させて貰いました。ロボットは嘘がつけませんから。刈谷様、改めまして私の主人を紹介させて頂きます。相沢凛お嬢様、ハカタ技能工高の二年生です」

「シチュー、何ベラベラしゃべってるの! よけいな事、言わないの!」

「しかし、お嬢様。この方は身元を明らかにされたのですよ、こちらも名乗るのが礼儀かと。さ、乗っても大丈夫でございますよ」

 刈谷仁が助手席のドアを開ける。凛はつんとすました顔で助手席に滑りこんだ。シチューが後部座席に乗る。

「で、君の家は?」

「あ、行き先はメリーナさんにすでに伝えてあります」とシチュー。

「それはそれは……、ではメリーナ、シチューが教えた場所まで行ってくれ」

 ロボットカー・メリーナは「おまかせを」というと、速やかに発進した。

「君、見事に機械人形パペッティアを操っていたなあ。どこで習ったの?」

「え? ああ、工高のクラブに入ってるの。シチューと知り合う前は、クラブのロボットを使ってたんだけど、この子と知り合ってからはシチューで戦ってる」

「お嬢様、私めは」シチューが口を挟もうとした。

「はいはい、由緒正しい占いロボットって言うんでしょ。しばらく黙っててくれる。刈谷さんと話してるから」

 シチューは仕方なく黙った。

「シチュー君と知り合うって、買ったんじゃないの?」

「ううん、拾ったの」

「へえ、珍しい出会いだね」

「この子、前の主人が地球に帰るからって、捨てられてたの。スクラップになるって泣きついてきてね。占い師にしてやる、お金を稼げるっていうから拾ったんだけど、まさか、チンピラに絡まれるとは思わなかったわ」

「君さ、占いの館『アタル』でブース出してる占い師さんでしょ」

「え? どうして知ってるの?」

「実はさ、僕も奈津子さんを探していてね」

「ええ! ちょっと、どういう事?」

 相沢凛は身構えた。どうして誰も彼も田沼奈津子を探しているのだろう?

「大丈夫。そんなにピリピリするなって。とにかく、落ち着いて話を聞いてくれる」

「……、いいわよ。聞くだけならね」

「今夜、君に会ったのは偶然じゃないんだ。君に会いに占いの館に行ったんだよ。あの男が言っていた奈津子さんって」

 だが、そこで刈谷仁の話は途切れた。ドンという音が聞こえた。暗闇の一角が明るく輝く。

「何あれ? うちの家の方角よ!」

 ロボットカーは郊外に出ようとしていた。ポツポツと家がまばらになっていく。道路の先で男達が火の手をバックに何か喚いているのが見えた。

「あれ、あの家、あたしの家よ!」

 男達がトラックに乗ってこちらに走って来る。

 刈谷仁はロボットカーをマニュアルに切り替えそのままバック、横道に滑り込んだ。

 男達の笑い声が近づいて来た。街灯の灯りに酒を飲み、大声で喚いているのが見える。トラックは猛スピードで逃げて行った。

「ひどい! 人の家を焼くなんて! 早く家に連れてって! 火を消さなきゃ!」

「君の家の人は?」

「あたし、一人暮らしなの。両親は一月前に死んだわ、事故で」

 凛達が家に着くと、辺りは火の海だった。凛がロボットカーから飛び出す。シチューが続く。

「シチュー、たすき!」

 シチューが風呂敷包みから紐を取り出す。凛は差し出された紐を掴むと、浴衣の袖をたすきで縛った。落ちていたバケツを拾って近くの小川に急ぐ。

「メリーナ、消火ホースの準備!」

 ロボットカー・メリーナは小川のそばで停まりホースを伸ばした。小川の水を汲み上げる。刈谷仁はホースの端を持って燃えさかる家に走る。二人と二台は懸命に水をかけた。近所の人達も集まって来て加勢する。小一時間ほどして火はようやくおさまった。

 しかし、凛の家はほとんど焼け落ちてしまった。凛は家の焼け跡を前に呆然と立ち尽くす。

 両親と共に暮らした家。それが跡形もなく無くなってしまったのだ。

「どうしよう、これから……」

 その時、相沢凛の隣人、長谷川好子が声をかけてきた。

「凛ちゃん、大丈夫だったかい? 怪我しなかったかい?」

 長谷川好子は人の好さそうな小太りのおばさんだ。凛が両親を亡くしたので、何かと世話をしてくれている。

「あ、おばさん! 大丈夫です。それより、迷惑かけて申し訳ありませんでした。おばさんの家、大丈夫でしたか?」

「うちは大丈夫だよ。早めに水をかけたからね。それより、さっきの男達はなんなんだい?」

 消火作業を手伝っていた大人達が皆振り向いた。

 凛は思わず目を伏せた。大人達の怒りが伝わって来る。この辺りは独立のゴタゴタで公共サービスが低下している。火事になっても消防車が来ることがまれになった地域だ。火事は自分達の家にも移るかもしれなかったのだ。大人たちの静かな怒りに凛は目を伏せるしかなかった。

「あの、わかりません。ごめんなさい、おばさん。あの、みなさん、ご迷惑をかけて申し訳なかったです」

 凛は、見習い占い師をしている事、占った女性が彼氏と別れた事、別れた彼氏が凛を逆恨みして襲ってきた事を話した。

「……もしかしたら、そいつが、あたしの家をどこかで調べて、家を焼きにきたのかもしれません。あたしのせいでこんな大事になって、本当にすいませんでした」

「謝る事はないよ、凛ちゃん。あんたが悪いわけじゃないんだから」

 そうだ、そうだと声があがる。大人達は凛の説明を聞いて納得したようだ。

「さ、今日は私んちに泊まりなさい。みなさん、今夜はありがとう。この子は私の方で面倒みるから」

「その必要はありませんよ」

 人を威圧するようなだみ声が響き渡った。振り返ると、がまがえるのような風貌をした男が立っていた。汚いタオルで汗を拭いている。

「私は保護司です。親を亡くした子供達の世話をしています。相沢さんのお宅が火事と聞いて、駆けつけました。相沢さんの面倒は私の方でみますから」

 集まった大人達は保護司の出現に安心したのか、凛に向って口々に頑張れよと言って帰って行った。

「さ、行きましょう。あなたのように親を亡くした娘達が一緒に住んでいるアパートがありますからね。そこに入れば大丈夫ですよ。さ、いらっしゃい」

 保護司がニタニタと笑って凛の二の腕を掴んだ。

「良かったね、凛ちゃん、保護司さんがすぐに来てくれて」

 長谷川好子がにこにこと言う。保護司という官憲の出現に安心したようだ。

「イヤ! あたし、行かない! おばさん、お願い、今日はおばさんの所に泊めて」

「え?」長谷川好子が怪訝そうな顔をする。保護司が畳みかけるように言った。

「何を言うんです、相沢さん。あなたがそちらさんの家に泊まったら迷惑をかけるでしょう。さ、来るんです。あ、ロボットは来なくていいですよ。相沢さんはもう、ロボットを飼えません。一文無しになったのですから、ほーっほっほっほ」

 保護司は嫌らしい笑いを浮かべ引きずるように連れて行こうとする。

「いや、離して!」凛は保護司の手を振りほどこうとした。

「君、やめたまえ」

 刈谷仁が保護司の前に立ち塞がった。背の低い保護司はがまのような顔をゆがめて、刈谷仁を見上げる。

「うん? なんだ、おまえは?」

「君、相沢さんが嫌がってるだろ。今日はもう遅い。明日にしたらどうだ? 隣の人が泊めてくれるって言ってるんだし」

「私は役所の仕事として、相沢さんを保護する義務があるんですよ。私の仕事を邪魔するなら、公務執行妨害で警察を呼びますよ」

「へえー、火事が起きたのに消防も来ないこんな辺鄙な場所に警察が来るとは思えないけど」

「それでも、私が呼べば来るんですよ。さ、そこをどきなさい」

「いやだね」

 刈谷仁は動こうとしない。仁の後ろにはロボットカーがいて、道を塞いでいる。

「く、くそ! 今、警察を呼んでやる!」

「ええ、いいですよ。警察を呼んで下さい、呼ばれて困るのはそちらじゃないんですか? こんな夜中に嫌がる女の子を無理やり連れて行こうなんて非常識でしょ」

「く、くそ! ええい、そこをどけ!」

 保護司はがまのような顔を真っ赤にして怒り出した。凛を突き飛ばして、刈谷仁に掴み掛かる。凛は掴んでいた手が離れるや、走り出した。

「シチュー!」

「お嬢様!」

 凛はシチューに駆け寄り、脇のスィッチを押した。シチューを気絶させ、コントローラーをつかむ。戦闘モードを選択、シチューの頭に飛び乗った。保護司に向き直る。

「ちょっと、保護司さん」

 保護司が振り返った。あっという間だった。凛は保護司の胴体をシチューの触手で掴み上げていた。

「こら、な、何をする! 離せ!」

 保護司を宙釣りにしたままで、凛は言った。

「いいこと! あたしはあなたの世話にはならないわ! いい、金輪際、あたしの前に顔を出さないで! もし、出て来たら、承知しないから!」

「おまえみたいな小娘がどうやって生きて行く? きさま、降ろせ!」

「降ろしてほしい? だったら、二度とあたしの前に現れないって約束しなさいよ!」

「私の保護がなかったら、あんたは飢え死にするんだぞ! どうやって生きていくつもりだ? ええ! 家も無いくせに!」

「なんとかするわよ。あんたに心配される覚えはないわ! とにかく、あたしはあんたが気に入らないの。二度とあたしの前に現れないって誓いなさい!」

「くそー、こんな事で私はあきらめんぞ!」

「あ、そう! だったら、これならどう?」

 凛は保護司のズボンを触手を使って器用に引き下ろした。保護司がパンツ一枚になる。

「や、やめろ!」

 保護司が悲鳴を上げる。騒ぎを聞き付け、火消しを手伝った大人達が戻って来た。保護司の姿を見て大笑いする。

「さ、どうなの。言う事を聞かなかったら、パンツも降ろすわよ」

 凛は触手で保護司のパンツのゴムをひっぱった。

「やめろ。やめてくれ。わかった。あんたの事は諦める。二度と姿を表さない」

「誓う?」

「ち、ちかう!」

「いい、あんたの今の様子は、全部、録画したからね。もし、またあんたが、そのがまのような顔をあたしの前にだしたら、このビデオをネットに公開するわよ」

 凛は保護司を宙釣りにしたまま、近くに停めてあった見慣れない車のそばに行った。

「これ、あんたの車?」

「そうだ、おい、何をする!」

 凛はタイヤを次々にパンクさせた。さらに保護司を道に放り出す。ズボンを投げつけた。

「さ、とっとと消えて!」

「くそー!」

 保護司は、ズボンを履こうとして転び、走ろうとしてこけた。必死に逃げて行く後ろ姿に回りの大人達が大声を上げて笑う。しかし長谷川好子だけが曇った顔をして凛に声をかけた。

「凛ちゃん、大丈夫かい? ああいう手合いはしつこいよ」

「そうですね。だけど、あれだけ脅したから。しばらくは、大丈夫だと思います」

「今夜はうちに泊まってゆっくりするといい。さ、みなさん、見世物はお終い。帰った帰った」

 周りの大人達は、皆、笑いさざめきながら三々五々と散って行った。

「おばさん、迷惑かけてごめんなさい」

「いいの、いいの、困った時はお互い様。そこの若い人もうちにおいで。凛ちゃんが世話になったね。お茶でも飲んでおゆき」

 凛と刈谷仁は長谷川好子に招かれるまま、好子の家にあがった。再起動したシチューは、焼け跡の片付けに向った。

 凛は長谷川好子の好意に甘えて、風呂に入り好子の古着に着替えた。凛の浴衣は煤で汚れどろどろになっていたのである。

 風呂から上がった凛はお茶を飲んで帰ろうとしていた刈谷仁を見送りに玄関先に出た。

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