第4話 旅立ち

「今日は大変だったね。実は……、君に折り入って話があるんだ。明日の朝、もう一度、会ってくれないか?」

「いいけど、話ってなに?」

「明日、話すよ。今日は大変だったろう。ゆっくり休むといい」

「ううん、待って。これぐらい平気だから。気になるから話して」

「だったら、車に乗ってくれる? 誰かに聞かれたら困る話なんだ」

 凛はロボットカー・メリーナの助手席に座った。

「……僕は、話した通りフリーライターでね。今、佐原ダイヤを調べてるんだ。特に一月前に起きた事故、あれが、どうもひっかっかってね」

「事故って、落石事故? うちの父さん達が巻き込まれたあの事故?」

 凛の父親はダイヤモンドの研磨技師、母親は宝飾デザイナーとして佐原ダイヤに務めていた。二人はハカタ市内にある佐原ダイヤの本社ビルを職場としていたが、仕事でダイヤモンド鉱山に出張、その帰り、落ちてきた岩を避けようとして崖下に転落、亡くなったのである。

「父さんって、君、相沢主任の娘さん?」

「うん、……父さんは慎重な人だったの。あんな山道を走るような人じゃない」

「その話、聞かせてくれない」

「あのね、ダイヤモンド鉱山からハカタに出ようと思ったら、普通は国道を走るの。だけど、もう一本、まだ舗装されてない山道があって、父さん達はそっちの道に行って事故にあったの。どうしてそんな道を通ったんだろうって会社の人に訊いたら、会社の人は早く帰りたかったんじゃないかって。ハカタに戻る近道なんだって。でも、運転に慎重なお父さんが、母さんが乗っているのに、舗装されてない道、走るかなって。いくら早く帰りたいからって、雨もふってたのに。会社の人は雨が振ってたから尚更、早く帰りたかったんだろうって言うの。ロボットカーだから、悪路でも安心してたんじゃないかって……」

「……その事故だけど、おかしいんだよね」

「え? どういう事?」

「僕は今度の事故、いろいろ調べたんだけど、君の両親が鉱山に出張した理由が曖昧なんだよ。君のお父さん達は佐原常務に呼び出されたらしいんだけど、別に鉱山まで行かなくてもメールで済むような内容なんだ。君の言うように、慎重な人間が、雨の中、悪路を選ぶとは思えない。君の両親は、何か会社の不正を掴んで殺されたんじゃないかな。いや、憶測だけど」

「ええー! 殺された? 殺されたって、そんな! ひどい、あんまりよ!」

 凛は急に涙が込み上げて来た。荒くれ者に追いかけられ、家を焼かれ、散々な一日の最後に両親が殺されたかもしれないと聞かされ、さすがの凛も耐えられなかった。嗚咽を上げる凛に刈谷仁はハンカチを差し出した。凛はしばらくハンカチで目を抑えて泣いていたが、気持ちが落ち着くと言った。

「ごめんなさい、もう大丈夫」

「君、今日はもう休んだ方がいい。こんな話してすまなかった」

「ううん、いいの。それで?」

「君の両親が殺されたとして、じゃあ何の不正を掴んだのか、それを調べてたんだ。ここに来る途中話したけど、今夜、僕は君に会いに占いの館に行ったんだ。あの男、君を襲った男は米沢広司っていうんだ。彼が言っていた奈津子っていう女性はね、田沼奈津子さんと言って、佐原ダイヤモンドの備品課に務めてる子なんだ。僕は、奈津子さんとハカタのスナックで知り合ったんだ。スナックのママに佐原ダイヤモンドに務めている女の子がいないかって聞いたら、田沼奈津子さんを紹介されてさ。田沼さんは、備品の在庫管理をしているんだ。一番の下っ端でね。仕入れデータと実際に入ってきた物をチェックするんだ。飲みながら話してたら、彼女、彼氏が暴力的で別れようか悩んでるって話し始めてさ。暴力的だけど、なんだか、羽振りがいいからつい付き合ってるっていうんだ。鉱山労働者は給料がいい。だが、奈津子さんの感覚では、給料以上の買い物をしているっていうんだ。それで僕は、奈津子さんの彼氏、米沢広司について調べてみた。

 確かにおかしいんだが、金の出所がわからない。米沢は、会社でも彼女の部署に時々やってくるっていうんだ。最初はそれで知り合ったらしい。だけど、鉱山労働者が何故、備品倉庫に来る? その上、米沢の上には佐原常務がいる。何かあるんじゃないかと思ってさ。奈津子さんにもっと詳しく調べてもらいたかったんだ。その前に、姿を消したんだけど、消える前に君に会ってる。君に何か言ってなかったかと思ってね」

 凛は田沼奈津子に会った時の事を思い出そうとした。が、大勢の客の一人と思って会った相手だ。ほとんど覚えていない。

「えーっとね、うーん、特に何も言ってなかったような。あ、待って、シチューが記録してると思う。ちょっと待って、シチューを呼ぶから」

 凛は通信端末モビの表面に指を滑らせた。

「シチュー、刈谷さんの車まで来てくれる?」

「はい、お嬢様」

 月明かりの中、焼け跡の片付けをしていたシチューがこちらに来るのが見えた。ロボット用磨き布を使って体についた煤を落としている。メリーナが助手席側の窓を開けた。

「シチュー、田沼奈津子さんって占ったでしょ。その時のデータまだ残ってる?」

「はい、ございます。メリーナさん、私を乗せて貰えますか?」

 メリーナが後のドアが開いた。シチューが後部座席に乗る。

「再生してくれる?」

「残念ながら、それは出来ません」

「え? どうして? どうして主人の命令が聞けないのよ?」

「お客様はお嬢様を信用して秘密を打ち明けていらっしゃいます。お客様の秘密を簡単に人に言う訳には参りません。刈谷様がいらっしゃる以上、データはお見せ出来ません」

「いいじゃない、ちょっとぐらい」

「いいえ、駄目です」

「もう、杓子定規なんだから!」

「ロボットですから」と澄まして答えるシチュー。

「まったく! 刈谷さん、そういうわけだから外で待っててくれる?」

「僕は『仁』でいいよ、じゃあ、待ってるから」

 刈谷仁がくすくすと笑いながら、ロボットカー・メリーナから降りた。

「では、モビの方に再生致します」

 凛の腕にまかれた通信端末モビの上に3D映像が浮かび上がった。奈津子が話している。


『西? 西ねえ、、。あー! 州都だわ。ナニワにいけばいいんだ。私ナニワの出身なの。あそこに工高の時付き合ってた元彼がいるのよね。そもそも、ナニワ勤務だってきいて佐原ダイヤに就職したのに、こんな辺鄙な所に飛ばされちゃってさ。私やっぱり、ナニワがいいわ!』

『とにかく、暴力男とは絶対別れなさい』

『そうよね、絶対別れるべきよね、あんな暴力男。ありがとう、これで決心がついたわ』


 奈津子が出て行く音がして、ビデオは終わった。

 凛は外にいる刈谷仁に声をかけた。刈谷仁が再びロボットカーに乗りこむ。

「奈津子さん、ナニワに行くって言ってたわよ。ナニワ出身なんですって」

「そうか、ありがとう。僕は奈津子さんを追ってナニワに戻るよ。彼女に聞いたらなにかわかるかもしれない」

「ね、お願い! 一緒に連れてって! あたし、父さんと母さんの仇をうちたい!」

「でも、奈津子さんに会っても何もわからないかもしれないよ」

「でも、でも、もしかしたら何かわかるかもしれないでしょう? どちらにしろ、あたし、ここにはいられない。家が燃えて、住む所がなくなったし。長谷川のおばさんはしばらく面倒を見てくれるかもしれないけど、おばさんも一人暮らしで生活は楽じゃない。これ以上、迷惑はかけられない。あたし、あんたが奈津子さん探すの手伝うから」

 刈谷仁はしばらく考えた。

「そうだな、米沢広司がまた君を襲わないとも限らないしね。早く逃げた方がいいかもしれない。わかった。じゃあ、こうしよう。僕が君を雇うよ、ボディガードとして」

「ホント?!」

「ああ、本当だ。危険な旅になるかもしれないからね、機械人形パペッティア使いの君とシチューが一緒なら心強そうだし」

「お嬢様、私は由緒ある占いロボットでございます。機械人形になるのはイヤでございます」シチューが哀れっぽく懇願する。

「我が儘言わないの。仕方がないでしょ。働かないと生きていけないんだから。それで、報酬なんだけどね、いくら出す?」

「そうだな、五百万クレジットでどうだ?」

「ええ! そんなに! それだけあったら、十八の成人式まで生活出来るし、お釣りがくるわ。成人したら、まっとうな職業につけばいいし」

「占い師はまっとうな職業でございます」

 シチューが訂正のチャチャを入れる。

「あたしが言ってるのは、成人しないと雇ってくれないお役所とか大企業っていう意味よ。でも、五百万クレジットって、あんた、金持ちなんだね」

「いや、まあ、なんというか、危険手当込みだし。危険手当を考えたら、これぐらい相場だよ。じゃあ、明日から奈津子さんを見つけるまでで、いいかな?」

「オッケー、契約成立ね!」

「じゃあ、明日の朝、迎えに来るから」

 こうして、相沢凛とシチューは、刈谷仁と共に旅に出る事になった。刈谷仁は凛と話がつくと帰って行った。


 翌朝、凛はシチューの風呂敷包みから占い師の衣装、ショッキングピンクのアラビアンナイト風の衣装を出して着替えた。長谷川好子に、刈谷仁と一緒にナニワに行く話をする。

「そうかい。それは良かったね。あの若い人、良さそうな人だったじゃないか。それにフリーライターで生計を立てるなんて、なかなか出来ないよ。きっと、運も才能もあるんだね」

 凛は何と言ったらいいかわからず、曖昧に笑った。

「ところで、あの保護司、なんだか嫌な奴だったね。独立騒ぎでゴタゴタしてるから、ああいう連中が幅を効かすようになるんだよ。少々税金が高くても平和でまっとうな世の中が一番だよ」

「でも……、やっぱり、税金やら地代やら取り過ぎだと思います。せめて地代がなくなれば」

「何言ってるんだい。そしたら、地代のかわりに税金をかけるんだよ。地球日本みたいにね」

「え! そうなんですか?」

「そうそう、お役人っていうのはね、どうやって税金を搾り取るか、それしか考えてないんだよ、まったく」

「あ、あのおばさん、昨日借りた古着、ありがとうございました。洗濯して返さないといけないんですけど」

「いいよ、いいよ。凛ちゃん。寝間着にでも使っておくれよ。ああ、そうだ。この古い鞄を使うといい。旅に出るんだったら必要だろう」

「ありがとうございます。でも、シチューの風呂敷包みに入れるから」

「そうかい」

 凛はシチューの風呂敷に長谷川好子から貰った古着やタオルを包んだ。それをシチューに持たせる。そこにロボットカー・メリーナと共に刈谷仁がやって来た。

「おはよう、凛。支度は出来た?」

 凛は名前を呼ばれてドキッとした。

「あ、あのねぇ、あんた、勝手に人の名前、呼ばないでよね」

「え? 名前って? 凛って呼んで悪かった?」

「ああ、もういい! 雇い主だから許す」

 凛は乱暴に助手席に乗り込んだ。


 長谷川好子が凛に聞こえないように刈谷仁の耳元で囁いた。

「刈谷さん、凛ちゃんをお嫁さんにするつもりはないかい? そしたら、あの子の将来は安泰なんだけどね」

「いやー、それはちょっと。参ったな」刈谷仁が照れくさそうに笑う。

「とにかく、凛ちゃんを頼んだよ」

「何? 何の話?」

 相沢凛がきょとんとして二人を見る。刈谷仁と長谷川好子は笑って誤摩化した。

 二人は長谷川好子に手を振ると出発した。


 刈谷仁は昨夜の内に田沼奈津子がどのルートでナニワに向ったか調べていた。

「奈津子さんは船で先週の土曜日に出発してる。今、飛行機は独立のごたごたで空港に行っても乗れるかどうかわからない。奈津子さんは早くハカタを離れたかったんだと思う。僕らも船で行こうかと思ったんだけど、次のナニワ行きの船は土曜までないんだ。だから、高速道路でナニワに向おうと思う」

「お嬢様、お願いがございます」

 珍しくシチューが口を挟んだ。

「何? どんなお願い? 言うだけ言ってご覧。きいてやる保証はないけど」

「旅に出る前に、ダザイフテンマン宮で旅の安全を祈願しても良いでしょうか?」

「は? ダザイフテンマン宮? ってあのダザイフテンマン宮?」

「そうでございます」

「君のロボット、変わってるなぁ」刈谷仁が呆れたように言う。

「仕方ないでしょ、拾ってきたロボットなんだもの」

 凛はシチューに向き直った。

「あんたね! 学問の神様に旅の安全祈願してどうなるのよ」

「しかしながら、お嬢様。昨夜旅に出ると決まってから、私、旅の道中を占ってみたのでございます。すると、『信心すると良い』と出ました。ハカタで信心するならダザイフテンマン宮と決まっております。テンマン宮では、水の神竜神様を一緒に祀っておられます。これは、ハカタの街を作る時、水が出て街の建設が困難だった為、水の神を鎮める為に一緒に祀ったと聞いております。旅に天候は重要な要素! 竜神様といえば、雨を司る神様。ぜひ、良好な天候が続くよう祈願したいのでございます。お願いでございます、お嬢様。ほんの三十分程寄り道して下さいませ。どうか、お願いでございます」

 結局の所、凛はシチューに甘かった。

 両親を亡くし、葬式やら何やらが終わった後の空虚な時間、もう二度と両親に会えないのだと泣きそうになった時間をシチューのおかげでやり過せた。このとぼけたロボットの存在で凛はどれほど救われたかしれない。

 三十分くらいならと二人と二台はダザイフテンマン宮に行く事となった。

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