第四章 戦闘

第22話 格闘

 一方、倉庫に置き去りにされた凛と仁は、手首にまかれた縄を解こうとしていた。

「君さ、椅子を動かせる? だったら、えーっと右に九十度回転して!」

「え? 九十度? 右? えーっとどっちだっけ?」

「箸を持つ手! 窓じゃなくて壁の方を向くの」

「そんなにガミガミ言わないでよ!」

 仁も椅子を動かした。凛と背中合わせになる。仁と凛の手が触れ合う。

「さ、僕の縄をほどいて」

 凛は自由のきく指で仁の縄目を探った。

「西九条のじいさん、きつく締めちゃって。あ、でも、待って! この縄目」

 凛は西九条通兼から船乗りの伝統的な結び方をレクチャーされていた。

(よいか、ここをこう結ぶとじゃな、ほどけんのじゃ。ほどこうとするとますますきつく締まるんじゃよ。じゃが、ここを引っ張ると簡単にほどけるんじゃ)

 凛は首をひねって仁の縄目を見た。

「これ、わかった。この結び方!」

 凛は西九条通兼に教わった通りに縄の端を引っ張った。するすると解ける縄。

「ふう、西九条のじい様から縄の結び方を習っといて正解だったわ」

 仁はすぐさま足の縄をといた。凛の戒めを解く。

「大丈夫か?」

「うん」

 遠くに銃の発射音が聞こえた。

「何? あれ? あの馬鹿、飛行船の中で光線銃を撃ったの?」

 飛行船がいきなり飛び立った。

「おい、嘘だろう。一体どこへ行くんだ」

 飛行船がどんどん高度を上げて行く。

「凛、君はここにいて。いい、絶対、ここから出るなよ」

「いや、一緒に行く」

「駄目だ!」

「だって、あたし、あんたのボディガードよ! 雇い主に守られたらお金貰えないじゃない!」

「じゃあ、今から休暇だ! いいから、絶対にここにいろ」

 凛は仁の真剣な声色に気圧された。こっくりとうなづく凛。

 仁は倉庫の扉に耳をつけた。廊下の様子を伺う。安全とわかると飛び出した。

 一人残された凛は、天井を仰ぎ見た。飛行船が、右に左に大きく揺れる。

「きゃあ、どうなってるのよ!」

 凛は不安に堪えられなくなった。倉庫を飛び出す。階段を登って操舵室に向った。

 飛行船はぐんぐんと上昇する。

 毎日のように州都ナニワに降っていた夕立がこの日も突然降り出した。雨がアマノハシダテ号に容赦なく吹き付ける。われた窓ガラスから雨が吹き込んで来た。雨の中、西九条通兼は進路を東に取ろうと、舵を回した。

 バン!

 操舵室の扉が開いた。

 米沢が振り返る間も無く、仁が米沢に飛びかかっていた。

「こいつ!」

 仁は米沢の銃を持つ手を上に向けた。米沢と仁が揉み合う。

「はなせ! じいさん、こいつをなんとかしろ! 孫を殺すぞ!」

「西九条さん、大丈夫です。僕は取引材料を持っている」

「なんだと!」

 その時、飛行船が大きく傾いた。警告音が鳴り響く。照明が赤にかわる。西九条通兼が飛行船を安定させようと、舵に飛びつく。しかし、舵が回らない。飛行船は海に出た。船はまっすぐイデ火山へと向って行く。

 仁と米沢が床に転がった。仁が米沢を殴った。米沢が反撃する。米沢は銃を仁に向けようと必死だ。

 凛はキッチンから、フライパンを持ち出した。米沢の頭を殴ろうとするが、仁と揉み合っていて出来ない。凛はキッチンに戻り、包丁をつかんで引き返す。

 米沢が足で仁の腹を蹴って立ち上がった。しかし、船が揺れ米沢はバランスを崩して窓ガラスに突っ込んだ。飛び散るガラス! 銃を離さない米沢! 飛びかかる仁。

 仁は米沢の腕を上に向けさせた。そのまま米沢の首をしめる。米沢が仁を押し返した。

 突風にあおられ傾く船。テーブルが滑って窓にぶつかる。

 窓ガラスが大きく砕けた。船体に穴が開く。

 船が逆に傾いた。テーブルが逆方向に滑る。

 凛は米沢を狙って包丁を振り下ろした。包丁が米沢の太ももをかすった。痛みに逆上する米沢。

「何しやがる!」

 仁と格闘しながら、米沢は足をばたつかせた。米沢の足が凛の鳩尾にはまった。弾き飛ばされ穴から落ちる凛! 長い悲鳴が遠ざかる。

「凛!」

 仁が叫んだその瞬間!

「お嬢様!」

 シチューだ。

 飛行船の底に六本の触手を使って貼り付いていたシチューが凛に向って触手を伸ばす。凛を抱きかかえるシチュー。同時に!

 バッ!

 シチューの風呂敷、大風呂敷が開いた。

 シチューの風呂敷は二重構造になっている。一番外側が大風呂敷。その中に小風呂敷がある。

 シチューは二本の触手で凛を抱き、残り四本で大風呂敷の四隅を掴んだ。大風呂敷はパラシュートに変身。

 シチューと凛はゆっくりと落ちて行った。

 それを狙って米沢が光線銃を撃つ。

「シチュー!」

「お嬢様!」

 シチューはわずかに体重を前に傾けた。みるみる、飛行船から遠ざかっていく。米沢はそれ以上、撃ってこない。

「シチュー、あんた、スイッチ切られてなかった?」

「その話をすると長くなります。今は、安全な場所に」

 凛の耳は風の音で一杯だったが、いつのまにか波の音が聞こえてきた。

「シチュー、もうすぐ海よ。あたしは浮かぶけど、あんた、沈むんじゃないの?」

「お嬢様、大丈夫でございます。この大風呂敷、スイッチ一つで救命筏になります。ちなみに私めは防水仕様でございます」

 シチューは着水するや、大風呂敷のスイッチを入れた。ポンと膨らむ大風呂敷。シチューは海水におちた凛を救命筏となった大風呂敷に押し上げた。自身も大風呂敷に乗る。

 ピカッとまばゆい光が走ったかと思うと大きな音を立てて雷が飛行船におちた。

 同時に何かが爆発した。飛行船が火をふく。

「仁! 宮司さん!」

 飛行船はイデ島に向ってゆっくりと落ちて行く。

 凛が見ている目の前で飛行船から誰かが飛び出した。パラシュートが開くのが見えた。

 が、凛が見たのはそこまでだった。飛行船はイデ島の山陰に入り凛の視界から消え、あたりに轟音が響いた。飛行船が墜落した。



 大風呂敷に乗った一人と一台はイデ島の海岸に流れ着いた。

 雨は上がったが、あたりは真っ暗である。がたがたと震えながら、凛は仁や西九条のおじいさんは大丈夫だったろうかと思った。

(誰かパラシュートで脱出したみたいだけど、仁だろうか、それとも宮司さん? まさか、米沢だったらどうしよう……)

 シチューは海岸にある枯れ枝を集めた。風呂敷の中から、ライターを出し枯れ枝に火をつける。まもなく火が燃えかがった。凛は火を見てほっとした。火にあたって体を乾かす。

「お嬢様、お気に召さないかもしれませんが、アラビアンナイトの衣装がこちらに」

 シチューは小風呂敷の中から、ビニール袋に包まれたアラビアンナイトの衣装を出した。

「ああ、もう、いいわよ、なんだって。ハックション。着替えないと。濡れた服を着ていたら風邪をひくわ。あれ? あんたこれ、クリーニングに出したの?」

「はい、夕べクリーニングして参りました」

「ええ! もったいない! これって、自宅で洗えんのよ」

「しかし、お嬢様、鹿園寺様の家事ロボットに、これを洗濯していただくのはいかがな物かと」

 凛はけばけばしいショッキングピンクの衣装を両手で広げると、確かに鹿園寺家の家事ロボットに洗ってもらうのはまずいと納得した。

「ああ、もういい! わかったわよ!」

 凛は叫ぶと、占い師の衣装に着替えた。濡れた服、買ったばかりのジーンズとTシャツは側にあった岩の上に広げた。

 凛が火の前に落ち着くと、声が聞こえた。

「おーい!」

 凛は声のした方を見た。

「宮司さんだ!」

 凛は手を振った。西九条通兼が砂山の向うからよろよろしながら現れた。

「凛君! 無事じゃったか! シチュー君!」

「宮司さんも!」

 抱き合って喜ぶ二人。

「刈谷君は大丈夫じゃったかのう?」

「あいつ、結構しぶとそうだし。きっと、きっと大丈夫よ」

 宮司は落ち込む凛にかける言葉がなかった。

「とにかく、何か食べよう」

 宮司は背中にしょった救命パラシュートの袋から食料と水を取り出した。

「ワシの孫達はどうなったかの。痛い目にあってなければいいが」

「宮司様、じつは……」

 シチューは、メリーナやノートブック型ロボット・デン助から聞いた話を交えて、凛達が連れて行かれた後、何があったか話した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る