第21話 米沢広司、再び
一方、高速道路をナニワに向って突っ走っていた米沢広司は、途中休憩したサービスエリアで尻軽な女を拾いバックシートで楽しんだ。女と一緒に寝てしまった米沢だったが目覚めるとナニワについていた。
尻軽女と別れ、安っぽいホテルに宿を取った米沢は、「めちゃめちゃにしてやる」とつぶやきながらシャワーをあびた。すっきりした気分になった米沢は、ホテルを出てメンズショップに行き、迷彩柄のカーゴパンツ、濃い茶のタンクトップ、ワークブーツ、サングラスを買い着替えた。鏡に映った自分自身に向ってもう一度「ギタギタにしてやる」とつぶやく。
米沢はメンズショップの駐車場に停めたロボットカーの中からハカタのゼブラに連絡をいれた。
「ゼブラ、ナニワで銃が手に入る所を知らないか?」
「ちょっと待って下さい」
ゼブラはある住所を米沢に教えた。
「銃を手に入れても連中を襲うのは待って下さい。彼らに言う事を聞かせるいい方法が見つかりましたから」
「いい方法ってなんだ?」
ゼブラが簡単に説明した。
「そいつはいい。くく、あいつらがほえ面かくのが見えるようだぜ」
「それと、彼らはヒノヤマ神社の宿舎に泊まっています。場所は、こちらです」
ゼブラは米沢に神社の見取り図を示した。
「ここか……、準備が出来たら連絡してくれ」
米沢はロボットカーにゼブラに教えられた住所に行くよう命令した。ナニワの歓楽街、入り組んだバザールの奥にその店はあった。
「ゼブラの紹介できたんだが」と米沢がいうと、店主は何も言わずに一丁の光線銃を差し出した。
「変わった形だな」
「ああ、それは復刻版でね、大昔の銃、ワルサーP38っていう銃と同じ形をしているんだ。弾はエネルギー弾だ。殺傷力の強いタイプだ。ゼブラから未開地に行くって聞いたが、他にもいろいろ揃うぜ」
「そうだな……、こいつの試し撃ちがしたいんだが」
「奥にはいりな」
米沢は店の奥から裏庭に抜けた。裏庭に射撃の的が並んでいる。
米沢は何発か撃ってみた。バランスのいい使いやすい銃だった。
「補充用の弾と狩猟用のナイフを一本くれ」
米沢は店を出てロボットカーに戻った。店主から渡された紙袋からナイフを取り出しブーツに仕込む。
「へへ、ギタギタにしてやるぜ」
米沢はロボットカーをヒノヤマ神社に向け走らせた。途中、食堂に入り腹ごしらえをする。ヒノヤマ神社の駐車場に車を停め待った。
「準備が出来ました、いつでもいいですよ」
ゼブラからの連絡が入った。時刻は三時過ぎ。米沢は行動を開始した。
米沢がヒノヤマ神社の境内に入ると、どこからか雅な音曲が聞こえてきた。舞殿で舞が奉納されている。舞殿の周りには人々が集まっていた。遠くに触手を持ったロボットが日の丸の舞扇を器用に操っているのが見える。
米沢は周りの人間に見つからないよう社務所の裏手に回った。神主の住まいらしい所を通り抜ける。二階建ての家屋があった。開いた窓から、声が聞こえる。テレビが付けっぱなしになっているようだ。米沢は壁に身を寄せて中の様子を伺った。誰もいないのを確認すると、中にあがりこんだ。一つ一つ部屋を見て回る。
米沢が部屋を見て回っている間も、3Dテレビからニュースが流れていた。
「宇宙自衛隊の総大将、三本木大将と、橋本大統領の会談の日程が決まりました。会談は大統領のイデ島別荘にて、明日十三時から行われる予定です。イデ島西側大統領別荘付近は立ち入り禁止となっています」
米沢は一階を見て回ると、二階への階段を登った。
ニュースは流れ続けている。
「今回の会談、モニター会談ではなく直接会っての会談を望んだのは橋本大統領です。日本古来の言い回し、腹を割って話そうというのが、大統領の考えです。また、イデ島への出入りは制限されます。島への上陸は会談が終わるまで出来ません。イデ島住民は、速やかに本土へ渡るよう要請されました。尚、イデ病院に入院している重病患者と医療関係者は島内に残る事を許可されています。しかし、病院の敷地外には出られません」
米沢は順番に二階を見てまわった。人の気配はない。米沢が一階に戻ると、テレビの番組は天気予報に変わっていた。すらりとした美人キャスターが火州南の海で台風十一号が発生したと告げている。
米沢は居間のソファーにドカッと座り刈谷達が帰って来るのを待った。
米沢広司がヒノヤマ神社にやってくる三十分ほど前、シチューは舞を舞う準備をしていた。
シチューは社務所の控え室で、風呂敷包みの中から紋付袴を取り出すと身に付けた。特殊な合成繊維で出来た着物は正月用にとシチューの前の主人があつらえた物だった。シチューは舞扇を取り上げた。小刀としめ縄を持ち舞殿に上がる。
鹿園寺茉莉子に紹介されて、シチューは舞を舞い始めた。普通だったら、シチューは体内スピーカーで踊る。今日はイデ神社の楽部の面々が生演奏をしてくれた。雅な音楽が境内に響き渡る。いつものように扇を使って舞うシチュー。ひらひらと着物の袖をひるがえし、扇を投げるシチュー。
集まった人々は、シチューの舞に大きな声援を送った。
次にシチューは鹿園寺茉莉子と舞を踊った。一人と一台の舞は、美しさと迫力に満ちていた。こちらも、大きな拍手が起きた。
総ての出し物が終り、人々が去ると凛達は宿舎に引き上げた。
「あれ、テレビ付けっぱなしにしてたっけ?」
離れの玄関から宿舎に入ろうとして凛が声をあげた。その上、煙草の匂いがする。凛はへんだなと思いながら玄関から続く居間の引き戸をあけた。
「よう、お嬢ちゃん、久しぶりだな」
突然現れた米沢広司に、凛達はぎょっとして立ちすくんだ。米沢の銃が凛をピタリと狙っている。
「おい、ロボット! 動くなよ。動いたらおまえの主人を撃つからな」
「きさま!」
刈谷仁がギリギリと米沢を睨みつける。
「おっと、大人しくしてくれ。今日は話し合いにきたんだ。ちょっと聞きたい事があってな。俺の言う事は聞いた方がいいぞ。ちょっと待ってな」
米沢は部屋においてあった通信端末をポンとたたいた。等身大の3Dモニターに佐原和也の姿が映し出された。
「やあ、皆さん、初めまして、佐原です。西九条さんはいますか?」
「わしじゃが」
「ダザイフテンマン宮の宮司さん、ですね。今、パーティをやってましてね。あなたのお孫さん、清香さんをお招きしたんですよ。清香さん、おじいさまですよ」
「おじいちゃん、佐原さんがパーティに招いて下さったの。お母さんも一緒よ」
3Dモニターによって等身大に再現された若い娘と四十代の女性。西九条通兼の孫娘とその母親である。
「清香! 孝子さん!」
「素敵なパーティよ。佐原さん、毎月自宅でパーティを開いているんですって。ほらみて、佐原さんからお着物までいただいたの」
モニターの向うで見事な振り袖に身を包んだ清香がくるりと一回転した。
「清香さん、向うでビンゴゲームが始まりますよ。いってらっしゃい」
「おじいちゃん、またね」
画面の中の清香と孝子が去って行く。
「ま、孫に何をするつもりじゃ!」
西九条通兼が真っ青になって3Dモニターで立体化された佐原和也にせまった。
「お近づきの印ですよ。これからダザイフテンマン宮の信者になろうと思いましてね。ところで、西九条さん、うちの米沢がお世話になったみたいで、この男がいろいろお聞きするでしょうが、正直に答えてやって下さい。お願いしますね。そうすれば、お嬢さん達は無事、送り届けますから」
通信は切れた。
「孫を、嫁をどうするつもりじゃ!」
西九条通兼が米沢にくってかかる。
「何もしやしないよ。あんた達の出方一つさ。さてと、ここでは、誰が来るかわからないからな。飛行船に乗ろうか。おい、占い師、こっちに来な」
「何すんのよ」
「いいからこい。おい、ロボット、貴様はじっとしてろ。いいか、お前がちょっとでも動いたり下手な真似をしたら、おまえの主人の命はないぞ!」
凛がしぶしぶ、米沢の前に行くと、米沢は凛の腕を掴み、後ろ手にひねりあげた。凛の頭に銃を突きつける。
「痛い!」
「お嬢様!」
「動くな、ロボット! きさまら、前を歩け」
米沢は刈谷と西九条通兼に、顎をしゃくって命令する。
「おかしな真似するんじゃないぞ。じいさん、おかしな真似したら孫娘を売り飛ばすからな。わかったら、さっさと歩け! おい、じいさん、こいつのメインスイッチを切れ。完全に停止させろ」
「すまんが、ワシのロボットではないんでの。メインスイッチがどれかわからんのじゃ」
「チッ! おい、占い師、おまえがやれ、おかしな真似するなよ。ちょっとでもおかしな素振りをしたら、このじいさんの孫娘をギタギタにするからな」
米沢は凛の片腕を掴んだまま、凛を突き飛ばす。凛は仕方なく片手を伸ばしてシチューのメインスィッチを切った。シチューの機能は総て停止した。
米沢は人目につかないよう凛達を宿舎の裏手から駐車場へ行かせた。凛達を自分のロボットカーに押し込む。宮司に命じて凛と仁の手を縛った。通信端末モビを取り上げる。
米沢はロボットカーに飛行船の駐機場へ向うよう言った。米沢はゼブラが調べたアマノハシダテ号の見取り図を見ていた。自分が拉致されたのは恐らくアマノハシダテ号ではないかと、米沢は思っていた。
米沢はアマノハシダテ号の倉庫に入るなり銃のグリップで刈谷仁を殴った。苦痛に顔をゆがめ、床に膝をつく仁。
「おい、刈谷とかいったな、そこに座れ! 俺が拉致られたのはここじゃねえのか? え! 占い師、おまえもだ。おい、じいさん。こいつらを椅子に縛りつけろ」
西九条通兼はくやしそうに歯ぎしりをしながら、米沢の言う通りにした。
椅子に縛られた凛と仁の前に米沢はにたにた笑いながら立った。
「へへ、この間のお返しだぜ」
刈谷の顔や腹を殴りつける。
「僕は……、なぐらなかった。紳士的に扱ったつもりだけど」
「ふん、どうだっていい。さてと、おい、おまえら、一体どういうつもりだ。何を調べている。この占い師、相沢主任の娘だっていうじゃねえか。え、どういう事だ」
「どうもこうもないでしょ。父さんと母さんが死んだから、占い師のバイトしてたんじゃない」
「口ごたえするな!」
米沢が凛のほほを打った。
「やめんか! 女の子をなぐるんじゃない! 何が聞きたいんじゃ? え? ワシは孫を人質に取られとる、なんでも答えてやるぞ」
「だったら、最初から話してもらおうか?」
「最初から?」
「ああ、そうだ」
「……この子はの、凛君は両親を亡くし、これからどうしようかと途方にくれとったんじゃ。その時、シチュー君と知り合っての。ゴミ箱に捨てられとったんじゃそうじゃ。
シチュー君は占いロボットじゃ、凛君に占い師養成コースを受講させて、ハカタの占いの館で働けるようにしたんじゃ。実際に占うのはシチュー君じゃが、ロボットは金を稼げん。占い結果をアレンジして、お客に告げるのが凛さんの役目じゃった。
そのうち、凛君の占いはあたると評判になっての。それで、あんたの彼女、奈津子さんが来たんじゃ。奈津子さんはあんたが乱暴者だとわかって別れるかどうか悩んでおった。シチューが占うと別れた方がいいと出ての。後はあんたの知っての通りじゃ」
「じゃあ、奈津子とこの女が知りあったのは偶然だっていうのか?」
「そうよ。偶然よ。でも、あんたに追いかけられた上に、家を放火された。最初、あんたが家に火をつけたって思ってた。でも、この間、あんたの話きいて、保護司だってわかったけど……。
まあ、これはどうでもいいけど、とにかく、あんた達に追い回されて、撃退したでしょ。あのあと、仁と知り合ったの。仁は奈津子さん、探してて、それで、奈津子さんをおいかけてナニワに行こうって話になった時、うちのシチューが、舞をダザイフテンマン宮に奉納したいって言い出したのよ」
「ロボットがなんで、奉納舞なんかするんだ?」
「あたしの旅を占ったらそういう結果が出たんですって。実際、シチューが舞を奉納してくれたおかげで、宮司さんと知り合いになれたし、飛行船に乗れた。シチューの占いって結構あたるのよね。ああ、ちなみに、あんたと奈津子さんの相性も占ったけど、あんたも奈津子さんと別れた方がいいわよ、彼女、あんたの財産食いつぶすから」
「は、馬鹿馬鹿しい。俺には財産なんかねえんだよ」
「え? そう?」
「ああ、外れたな」
「ううん、シチューの占いはよくあたるのよ。ふーん、じゃあ、あんた、身内に亡くなった人がまだいないのね」
「亡くなった人だと?」
「そうよ。遺産を貰うのよ。そしてお金持ちになる。だけど、奈津子さんに食いつぶされる」
「け、そんな話、誰が信じるか。第一、金持ちの身内なんぞいねぇよ。それに、おまえらのおかげで奈津子と別れたしな」
「でも、未練があるんでしょ。奈津子さんはね、沐浴って言ってね、淫乱の星をもってるの。男にとっては無視出来ない星なのよ。あんたはね、彼女の虜なのよ」
「う、うるせー、わかったような事、いうんじゃねえ! おい! 占い師さんよ、あんたの両親、事故で死んだんだってな」
「な、何よ、いきなり。だからどうだっていうのよ」
「けけ、本当にそう思ってるのか? さて、次はおまえだ」
米沢が刈谷仁に向き直る。
「おまえ、この女の親の事故、嗅ぎ回ってるよな。何故、俺に聞かなかった? ええ?」
「僕が調べてるって何故知ってる?」
「それぐらい調べりゃすぐわかるさ。おい、何故、聞かなかった?」
「君たちが殺したんなら、事件を調べている僕も殺されるかもしれない。だから聞かなかったんだ」
「賢明だな」
「あたしの両親、殺したのあんた達なの?」
「ほう、どこまで知ってる?」
「知らないから聞いてるんじゃない。あたしの両親が死んだのは雨の日だった。普通じゃ通らない道を通って事故にあったって聞いた。父さんと母さんが死んだ場所、行ってみたの。落ちた岩はもうなかったわ。でも、父さんも母さんも、自分で運転するような人じゃなかった。いつも、ロボットにまかせてた。あの日に限って自分で運転して事故にあったなんて信じられない」
「ロボットカーってのは故障するんだよ。ロボットが故障したら人間が運転するしかないだろう。俺の相棒のゼブラってのは頭のいい奴でな。舗装されたちゃんとした道を塞いで、車を脇道に誘導するなんざ、朝飯前なんだよ。そこに岩が落ちてくりゃ、簡単に人は死ぬのさ」
「あんた達が仕組んだの!」
「証拠はないさ。それに、道を誘導しようが、岩を転がそうがロボットを故障させようが罪にはならない。せいぜい、器物損壊。つまり、直接手を下さなくても、人を殺す方法はあるってわけさ。わかったら、これ以上、俺達のまわりをうろちょろするんじゃねえ。ま、もうすぐ出来なくなるがな。さてと、船を出して貰おうか」
「なんじゃと」
「いいから、じいさん、船を飛ばすんだよ」
米沢は銃を西九条通兼に突きつけ凛と刈谷を残して、操舵室へ登って行った。
「どこに行くんじゃ」
「ハカタだよ。この船なら、三日で着くだろう。三日で着かなかったら、孫はギタギタだからな」
「三日? 三日じゃと! だったら、陸地を進まねばならんじゃないか!」
「ああ、そうだ、東に向うんだよ」
「だめじゃ! 今はだめじゃ!」
「逆らうんじゃねぇ。孫がどうなってもいいのか?」
「いいから、ワシの話を聞け! いいか、今、タトゥには地球自衛隊のステルス型アンドロイド兵が来とるんじゃ。ここから東、都賀平に終結しとる。ワシらは見たんじゃ。今、おまえさんが言った東にいけば、そのアンドロイド兵の真ん中に突っ込む事になるんじゃぞ!」
「は、誰が、そんな話、信じる? え? ステルス型アンドロイド兵だと! 笑わせるな」
「信じないのか! どうなっても、知らんぞ!」
「さっさと、船を出せよ」
「やはり、駄目じゃ」西九条通兼は抵抗した。
「おい、じいさん、孫がどうなってもいいのか!」
ババババ!
米沢が光線銃を天井に向って撃った。弾が室内を飛び跳ねる。窓ガラスにあたった。ガラスが粉々に砕け、弾が外に飛び出す。
「さっさと飛べ!」
米沢の剣幕に西九条通兼は仕方なく牽引ビームのスイッチを切った。
飛行船は速やかに上昇して行った。
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