第20話 橋本大統領

 火州州都ナニワ。その中央にひときわ聳える建物があった。タトゥ行政庁である。その最上階に大統領執務室があった。

 凛と仁がケイエスグラントに到着した頃、橋本大統領はナニワの街を見下ろしていた。

 地球日本からやって来た宇宙自衛隊にどう対応するか、議会は紛糾、反独立派が活動を活発化させている。

 大統領は反独立派の党首の顔を思い浮かべた。

「地球日本に頼らず、どうやってタトゥが発展していけるのか、具体案を出せ!」

「列強がタトゥ合衆国など認めるか!」

 数々の罵倒の言葉が、大統領の頭の中に響いた。疲れが澱のように溜まり手足を重くする。

 その時、モニターが鳴った。

「大統領、ナニワ日報の社長が至急面会したいといらしてます。国防に関わる重要用件だそうです」

「恵美須君が? 彼が直接ここに来ているのかね?」

「はい、本人確認致しました」

「……そうか、すぐ通してくれ」

 橋本大統領は驚いた。ナニワ日報の社長と橋本大統領は旧知の間柄だ。友人といっていいだろう。しかし、仮にも橋本は大統領である。面会しようと思ったら、緊急の用件であってもアポイントを取るのが常識だ。ところが、直接会いに来たという。

 橋本大統領は何事だろうと思ったが、気のおけない友人に会えるのは嬉しかった。

 執務室に入って来たナニワ日報の社長、恵美須太一えびすたいちは名前の通り福々しい初老の男だった。

「よう、太一。また太ったんじゃないのか」

 大統領が軽口を叩く。

「おまえの方だろう、太ったのは。お互い節制しないとな」

 顔を見合わせ、二人は笑い合う。橋本は急に肩が軽くなったように感じた。

「ところで、急用ってなんだ?」

 笑いを収めた大統領が真顔で聞いた。恵美須社長も真剣な表情になる。

「実は、フリーライターをやってる男がいてね。信用の出来る男なんだ。その男がある事件を追っている最中に偶然見たんだ。これが、その映像だ」

 社長は内ポケットから一枚の電子書類を取り出した。書類を広げ、右端と左端といくつかのポイントを指で触れた。書類上に3D映像が再生される。どこかの荒地を取った映像のようだ。

「これは?」

「都賀平荒地の映像だ。これを見ても信じられないだろうとおもってね。この映像を処理したのがこれだ」

 恵美須社長が書類の右端をもう一度触れた。荒地にアンドロイドの姿が幽霊のように浮かび上がった。

「こ、これは?」

「ステルス型アンドロイド兵だ。君も噂を聞いた事があるだろう。このアンドロイド兵、肉眼なら見えるそうだ。しかし、電子機器には全く反応しない。それでだな、原始的なカメラならうつるんじゃないかと思ってな。趣味で大昔のカメラで写真を取っている奴を知っていたから、そいつに頼んで都賀平の写真を取ってもらったんだ。これがそれだ。今朝、届いたんだ」

 恵美須社長は、印画紙に焼き付けられた写真を取り出した。そこには、銀色に光るアンドロイド兵が整然と並んでいる姿が映っていた。数は百体に登るだろうか。

「ま、まさか! では、防衛線は突破されたというのかね」

「そういう事だ」

「なんてことだ! 知らせてくれてありがとう。早速、軍と協議しよう」

「頼むよ。吉報を待ってる」

 ナニワ日報の社長、恵美須太一えびすたいちは橋本大統領に声援を送ると帰って行った。

 橋本大統領は秘書官を呼んだ。

「軍総司令官石原君を至急呼んでくれたまえ」

 しばらくすると、床面の一部が白く光って石原司令官が現れた。3D映像である。

「閣下、至急の用件と聞きました」

「ああ、この映像を見てくれ」

 石原司令官もは絶句した。

「そんな、そんな筈はありません。その映像は捏造された物です。我々を混乱させる為です」

「いや、違う。実際に見た人間がいる」

「しかし、我々の防衛網は完璧です。漏れはありません」

「もちろんだ。しかし、今回は相手が一枚上だったんだ。これは、ステルス型アンドロイドだ。君も聞いた事があるだろう」

「では、すぐに攻撃致します」

「いや、待て。駄目だ」

「では、どうするんです?」

「私はイデ島に行く。彼らの狙いは私だろう。彼らに私を狙いやすくしてやろう。ナニワを戦場にするわけにはいかんからな。イデ島には私の別荘がある。あそこに三本木大将にも来て頂こう。三本木君は恐らくステルス兵がタトゥにいるとは思ってない。彼は軌道上のドックを人質にする為に来ているのだからな。あれを破壊すると言って我々を脅せば、地球日本政府側は交渉が有利になる。

 三本木大将をこちらに抱き込みたい。そうすれば、戦艦カイコウが手に入る。彼の知らない所でステルス兵を派遣した地球日本政府のやり方を見せれば、寝返るだろう。彼は実直でまっすぐな男だからな、卑怯なやり方を嫌う」

「では、ステルス兵は誰が派遣したんです?」

六角譲ろっかくゆずる参謀長ではないかな。現首相、三富進みとみすすむ首相は穏健派だ。戦争ではなく、あくまで、騒乱罪を起した私を警察権で逮捕して、事を納めるつもりだろう」

「なるほど」

「すぐにイデ島での作戦計画を立案致してくれ! イデ島で敵を迎え撃つ。しかし、表向きはあくまで、会談だ。三本木大将と日程を調節しよう。今回の作戦、そうだな、名前は『裸の王様』作戦としよう。アンドロイド兵が自分達はレーダーに引っ掛からないと思ってくれていた方が好都合だ」

 石原司令官は橋本大統領の命を受けると担当武官を集め作戦計画を練った。

 昼を回る頃には、宇宙自衛隊側との協議も終り、明日十五時イデ島で橋本大統領と三本木大将との会談が開かれると決まった。

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