第13話 危機一髪

「なんだって!」

 仁がフロントガラスの向う、道路の先を見た。道路に何かいる。

 メリーナは前方の様子を拡大してモニターに映し出した。

 カニによくにた生物が道路を横切って行く。もの凄い数だ。

「何、これ?」

「ツガダイラリクガニじゃ。荒地に生息しとる。そうか、今日は満月じゃったの。夏の満月の夜、卵を産みに森へ行くんじゃ」

 西九条通兼が得意げに解説する。その時、宮司の通信端末モビが鳴った。宝田神主だ。神主の顔が小さな3D映像となって現れた。

「車が止ったようですが、何かあったんですか?」

「いや、目の前にツガダイラリクガニが大行進しとってな」

「え? それはまずい。カニを狙ってガジャがやってきます。すぐに突破して下さい」

 宝田神主の言葉を受けて、刈谷仁がメリーナに命令する。

「メリーナ、このまま進んでくれ」

 ロボットカー・メリーナは、ゆっくりと進んで行った。ぐしゃぐしゃとカニを踏みつぶして行く。潰したカニの破片がメリーナの体にへばりつく。宝田神主もメリーナの後から、トラックを動かし始めた。

「ここは早く抜けた方がよさそうだ。メリーナ、出来るだけ早く進んでくれる?」

 ドン!

 メリーナがスピードを上げる前に何かが屋根の上に落ちて来た。

 上を向いた凛は悲鳴を漏らした。ルーフガラスの向う、暗闇の中から、ガジャがこちらを覗き込んでいる。大きく口をあけたガジャ。カニを噛み砕く鋭い歯が見える。

「こ、この車、大丈夫?」

 仁が宥めるように言う。

「窓は強化ガラスで出来ている。ガジャが乗ったくらいじゃ割れない。安心して」

 凛はほっとした。こんな所でガジャに引き裂かれて死にたくはない。

「うわあ!」

 西九条通兼の通信端末モビから悲鳴があがった。

 宮司の端末は宝田神主の端末と繋がったままだった。神主の悲鳴が端末から響いた。全員、振り向いた。夜の山道。宝田神主のトラックが見えた。数匹のガジャがトラックの上に乗っている。一匹が運転席を覗き込んでいる。ガジャに視界を塞がれ、宝田神主が急ブレーキをかけた。振り落とされるガジャ。トラックがガジャをひいた。キーッと叫ぶガジャ。仲間のガジャが怒り狂ってトラックに襲いかかる。

「メリーナ、止まって! 後ろの三人を助けないと」

「今出たら危険だ」

 ガジャ達が、トラックの荷台で飛びはねている。揺れるトラック。道の片側は谷だ。このままでは谷に落ちるかもしれない。

 メリーナが車体をバックさせトラックの前面にぴったりと寄せた。

「みなさん、目をつむって下さい。車体を輝かせます」メリーナが言った。

「宝田神主さん達も」メリーナが宮司の端末に向って言う。

「宝田クン、聞こえたかね。しっかり、目を閉じるんじゃ!」

「一、二、三で輝かせます」

 歯を剥き出しシーシーと威嚇するガジャ。

「一」

 奇声をあげ仲間を呼ぶガジャ。

「二」

 ドンドンと飛び跳ねるガジャ。

「三」

 メリーナの車体が強烈に発光した。

「キーー! キィー!」

 ガジャが悲鳴を上げる。目を焼かれ動けなくなったガジャ達。

「今です」

 メリーナが素早く扉をあける。シチューが触手を延ばしてトラックの扉を開けた。手前にいた少年の胴に触手を巻き付け引っ張る。少年をメリーナの車内に取り込んだ。二人目も同様に引っ張る。しかし、ガジャに袖を掴まれた。宝田神主がガジャを叩く。二人目の少年がメリーナの車内に。同時に宝田神主が飛び込んできた。メリーナの車内はぎゅうぎゅう詰めである。メリーナは宝田神主が乗り込むや、扉を閉め車を発進させた。

 道には大量のカニが、依然、ゆっくりと森へ向って歩いて行く。

 そのカニを大量虐殺しながら、メリーナはスピードを上げて走り出した。

 カニの大群を走り抜け、ガジャの追跡を振り切ったが、メリーナはスピードを落とさなかった。車体にはカニの体液が大量についている。洗い流さない限り、ガジャはまた襲ってくるだろう。しかし、山道の急カーブを曲がりきった所で、もう一度メリーナが止った。

「仁、橋がありません」

 メリーナは確認の為、橋近くまで車を寄せた。昼間通った時は確かにかかっていた橋がない。

 メリーナの声は、落ち着いた女性の声だ。その声から一度も焦りや不安を感じた事のない仁だったが、初めてメリーナの声に微かな不安が漂った。

「さっきの地震で落ちたんじゃろ」宮司も不安そうに言う。

「メリーナ、バックだ。バックしろ」

 メリーナが猛スピードでバックした。

 ドンッ!

 今、メリーナのいた所に大きな石が落ちていた。メリーナはバックしたまま、急カーブを曲がった。次々に石が落ちて来る。

「い、いまのは?」

 宝田神主が、うわずった声で聞いた。凛が上を見上げた。

「見て! あそこ! 何かいる!」

「ガジャだ」と仁。

「嘘、ガジャが岩を落とすなんて!」

 凛が驚きの声をあげる。

「危険を回避する為、崖下におります。みなさん、衝撃に供えて下さい」

 メリーナの落ちついた声が響く。

 道の片側は切り立った崖だが、崖の下には原生林が茂っている。

 メリーナは、発進すると、カーブを曲がらず、そのまままっすぐジャンプ。空中で車体をふって方向を転換。メリーナはレーダーが捉えた大木の枝に向って落ちて行った。原生林の枝々をクッションにして、メリーナは見事に大木の枝に着地。エンジンを吹かして、もう一度、ジャンプ。谷底の川に着地、岩棚の陰に隠れた。ドンドンッと上から石が振って来る。メリーナは岩棚の下に隠れた。ガジャ達をやり過ごすつもりだ。岩棚の下をそろそろと動いて行く。浅瀬につかり、カニの体液を洗い落とす。

「みんな、無事か?」

 刈谷仁が低い声で言う。皆、ヒソヒソ声で口々に大丈夫だという。

 何か大きな物が落ちて来た。ドォーンと地響きがあたりを揺るがす。

「た、宝田君のトラックじゃ!」

 落ちて来たトラックがごうごうと炎を上げて燃えている。

「危なかった!」と仁。

「このまま、川の中を行きます。カニの体液を洗い流せますし」

「ああ、そうしてくれ。メリーナ」

 メリーナはひっそりと川の中を走っていった。夏である。水量は少なく、川床はでこぼこしていたが、ゆっくり走る分には問題なかった。

 三十分ほど、川の中を走り、ガジャから逃げおおせたと思える頃になって、漸く、車内にほっとした空気が広がった。

 川は、徐々に川幅を広げて行く。メリーナは適当な場所で、川から上がって一般道路へ戻った。

 カガミハラのアキバ神社にたどり着いたのは、真夜中だった。

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