第11話 地ノ宮神社
田沼奈津子の元カレ、暴力男の米沢広司は佐原ダイヤモンド所有の砕石運搬船並一号に乗っていた。
「くっそー、奈津子の奴、船でナニワに向ったとは。おかげで俺まで船旅じゃねえか」
米沢広司は、船長室の隣の部屋で船酔いに苦しんでいた。一人である。米沢は相沢凛を一緒に襲った悪友達を連れて行きたかったのだが出来なかった。米沢が佐原和也に仲間と一緒に行きたいと言うと怒鳴られた。
「貴様の女の不始末だろうが! 一人で行ってこんか!」
奈津子の乗った船は客船である。イブスキ、カジマ、カガミバラといった港に寄ってから最終目的地ナニワに到着する。砕石運搬船は直接ナニワに向うので、うまくすれば、ナニワには、田沼奈津子より早く到着出来る。
「奈津子、覚えてろよー!」
米沢広司は吐き気の合間に元カノにむかって悪態をついた。
凛達は、アマノハシダテ号に乗って次の目的地に向っていた。
次の目的地は、地ノ宮神社だった。地ノ宮神社は火州大陸の西南にある
都賀平は荒地である。岩がゴロゴロと転がり、低い樹木が所々に生えているだけである。荒地の端に断崖があった。断崖の下に深い洞窟がある。洞窟の入り口は、崖をえぐったようにぽっかりとあいている。
その洞窟の前に地ノ宮神社があった。
地ノ宮神社は、洞窟へむやみに人が入らないようにと作られた神社だった。ハカタのダザイフテンマン宮やイセ神宮は、地球日本の習慣をタトゥに持ち込んで作られた神社だったが、地ノ宮神社は巨大な洞窟への敬意と人々への警告の為に作られた神社だった。祭神は
飛行船は直接、地ノ宮神社に行けない。飛行船を留める場所がないのだ。地ノ宮神社に一番近い街、カガミバラにアキバ神社があった。アキバ神社は芸能の神を祀っていた。凛達は一旦、このアキバ神社に降り、そこからロボットカー・メリーナに乗って地ノ宮神社を目指した。
人里離れた地ノ宮神社へは車一台が通れる山道があるだけだった。三人と一台が朝早く出発したにも関わらず、地ノ宮神社に着いたのは、昼過ぎだった。途中、見晴らしのいい場所で、三人はアキバ神社の巫女見習いの少女達が作った弁当を食べたのだが……。
「あれ? 仁、あんたのお弁当、あたしのよりおにぎりの数が多い! あたしのは六つなのに、そっちは十も入ってる。宮司さんのは?」
「わしのは六つじゃが、年寄りにはちょうどええぞ」
「なんで、あんたのお弁当だけ、おにぎりが十個も入っているのよ」
「さ、さあ? えーっと、ほしいの?」
「べつに! ほしいんじゃなくって、あたしが言いたいのは不公平だってことよ」
仁はおにぎりを一つとって、凛の前に差し出した。思わず、食べる凛。
「ふーん、食べてる間は静かなんだ」
「もがもが」
口一杯のおにぎりを食べ終わると、凛はさらに文句を言い募ろうとしたが、その度に仁がおにぎりを凛の口にほうりこむ。おにぎりがなくなると次は卵焼き、焼き魚、ソーセージと凛が文句を言いそうになる度に仁は凛の口に食べ物を放り込んだが、とうとう、おにぎりもおかずも尽きた。二人の口喧嘩が始まり、結果出発が遅れた。
山道の終点に地の宮神社の駐車場があった。昼間だというのにあたりは暗い。巨大な原生林が日光を遮断していた。
惑星タトゥには地球のセコイヤに匹敵する巨木が生えていた。都賀平は荒地だが、断崖の下には巨木の森が広がっていた。
三人と一台は、神社へと続く道を、ゆっくりと登っていった。三十段ほどの石段を登り、鳥居をくぐった。見上げると巨大な洞窟を背景に地ノ宮神社が建っていた。
人里離れたこの地に来る者は無い。人影を探して、社務所に行き中を覗いたが、誰もいない。仕方なく、神主の住まいへと向った。神主の住まいは質素な佇まいだった。原生林の中に埋没してしまいそうな茅葺き屋根の建物。入り口には板を打ち付けただけの簡素な引き戸があった。その引き戸を刈谷仁が横に引く。中には、土間があり、その奥に囲炉裏のある広い部屋が見えた。
「すいませーん。誰かいませんか?」
刈谷が奥へ声をかける。
しかし、誰も出て来ない。
「おかしいのう」
西九条通兼が、首をひねりながら板の間に上がった。
どこかからモニターの音が聞こえる。囲炉裏のある部屋の奥にふすまが見える。ふすまを開けると、3Dモニターテレビがヒステリックに喚いていた。
「地球日本政府の宇宙自衛隊がタトゥの月、衛星ナトに達しました。地球政府から全権を委任された
宇宙自衛隊母船カイコウのエネルギー砲は照準を軌道上のスペースシップ組み立て工場にピタリと狙いをつけています。我がタトゥにとって、この工場を破壊されては、『トキ』に続くスペースシップを建造出来ません。我々はまた、地球日本政府支配の暗黒時代に戻るのでしょうか?」
ニュースキャスターの叫び声が響くが、社務所の中は静まり返ったままだ。
「始まったか」刈谷仁が難しい顔をして言った。
「ああ、いづれ攻めて来ると思うておった」
「タトゥはどうなるの?」
宮司は白い髭をひっぱりながらしゃがれ声を出した。
「さあな、橋本が地球政府とどこで手を打つか、それにかかっとるの」
三人はしばらくテレビをみていたが、いつまで見ていてもどうなるものでもないので探索を続ける事にした。
「西九条さん、ここの神主はなんて人なんだ?」
「宝田君と言っての、もう五十代になるかな。自然の好きな男でのう。神主をする傍ら、あの洞窟について調べとるんじゃ」
「一人暮らしなの?」と凛。
「いや、神主見習いの子が二人ほどおった筈じゃが」
「じゃあ、ここに住んでいる人は三人?」
「ああ、その筈じゃが」
「お嬢様、社殿の方から何かの気配がします」
シチューの言葉に、凛達は社殿に向った。社殿の後ろにある洞窟から風がひゅうひゅうと吹き出し、気味の悪い音をたてている。その音に混じって、微かに人の声が聞こえる。
「たす、けてー! 誰か!」
三人は走りだした。シチューが後に続く。社殿の後ろに洞窟へと続く小径があった。小径を駆け上がり、洞窟を覗く。神主の衣装を身につけた男が数十匹のガジャに囲まれていた。
ガジャというのは惑星タトゥの固有種で、地球のヒヒに似ている。体全体は白い毛に覆われ、顔は無毛で焦げ茶色をしている。ガジャは温厚な性格で普段は人を襲ったりしない。何があったのか、複数のガジャが神主を取り囲み威嚇していた。
岩棚にしがみついた神主にむかって、ガジャが歯をむき出してシーシーと叫び声を上げている。さらに上の岩棚には二人の神主見習いの少年がいた。少年達は真っ青な顔で下を見ている。
西九条のじいさんが声をあげた。
「宝田君!」
「だめだ!」
仁が西九条通兼の口を塞いだが遅かった。
ガジャ達が一斉に振り向いた。
「キシャー!」
奇声を発し、数十匹のガジャが凛達に飛びかかって来た。
「シチュー!」
「お嬢様、獣相手なら私が!」
三人はシチューの後ろに隠れた。
シチューが六本の触手を使って襲いかかってくるガジャを投げ飛ばす。足を持って地面に打ち付ける。二匹のガジャを掴んで頭と頭をぶつける。シチューの周りにガジャの死骸が転がる。
ガジャがシチューの後ろに回り込んで来た。次々に飛びかかってくる。
仁は落ちていた太い枝を掴んで、飛びかかってくるガジャに振り下ろした。
「お主、剣道の心得があるのか?」仁の背中に隠れていた宮司が言う。
「少しね」
飛びかかってくるガジャを枝で薙ぎ払いながら仁が言う。
「アメリカ人なら銃が得意なんじゃないの?」と凛。
「それより、花火だして!」
「え?」
「花火! イブスキで百合子さんから貰った」
「ああ!」
凛は沢田百合子から貰った花火をシチューの風呂敷包みにいれておいたのだ。
「シチュー、風呂敷包みを降ろして」
シチューはガジャと戦いながら、風呂敷の結び目をほどいた。
落ちて来た風呂敷包みの中から凛は花火を取り出し、仁に渡した。仁がライターで火をつける。シュルルルと花火に火がついた。明るい光が吹き出す。それをガジャに向って投げつけた。火薬の匂いがあたりに満ちる。ガジャがキィーキィー言いながら逃げ惑う。凛は爆竹に火をつけ、ガジャに投げつけた。パンパンと破裂音が辺りを圧した。
ガジャ達は驚き逃げ惑い、とうとう、崖の上へと走って逃げて行った。
宝田神主と神主見習いの少年が、岩棚から降りて来た。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
「一体何があったんです?」
「はい、よくわからないのですが、今朝からガジャが騒ぐ声がしまして。ガジャはこの崖の上、都賀平の西の方に住んでおります。普段は声を聞く事も姿を見かける事もありません。それが、何故か、今朝はこの崖の上あたりで騒いでいたのです。昨夜大きな地震がありましたから、それでかなと思っていたのです。いつものように神事を行って、最近地震が多いので、その、気になりましてね、洞窟の中に異常がないか見に行ったんです。入り口付近を見て戻ろうとしたら、洞窟の入り口にガジャがいて、じっとこちらを伺っていたのです。怖くなってそこの岩だなに登ったんです。そしたら取り囲まれてしまって」
「一体、何があったんじゃろう」
ピィーピィーと泣き声が響いた。ガジャの死体の中から声がする。子供のガジャが死んだガジャの側で泣いている。親を亡くしたらしい。
「どうする? あの子?」
「ほっとけば、群れに戻るだろう」と仁。
神主見習いの少年の一人が言った。
「でも、ガジャの死体をこのままにしておけません。このままにしておくと、ガジャの肉を狙って、野獣がやってくるでしょう。ガジャよりもっと凶暴な連中です。急いで始末しないと」
「それなら、うちのシチューがやってくれるわ。シチュー、後始末を頼むわね」
「はい! お嬢様!」
「あたしは、あの子を崖の上に連れて行く。群れに返した方がいいわ。子供を取り返しに来るかもしれないし。神主さん、この崖の上に行くにはどうしたらいいですか?」
「そこの道を登って行くと三十分ほどで、崖の上に出ますよ。しかし、今はガジャも気がたっている。行くと襲われるかもしれない」
「大丈夫、遠くから、この子を返すだけだから。シチュー、あの子、捕まえられる?」
「しばらくお待ち下さい」
シチューは触手を素早く伸ばして子供のガジャを捕まえた。風呂敷包みの中から布袋を取り出しその中に入れ袋の口を閉めた。子ガジャは泣きながらも大人しくしている。
凛はシチューから布袋を受け取った。念の為花火を持つ。崖を上る道へと向った。
刈谷仁が凛の後からついて行く。
「なんであんたが来るのよ?」
「いや、一人じゃ危ないって思ってさ」
「大丈夫よ、一人でも」
「いいからいいから、一緒に行こうぜ」
仁が凛を見て、ニコッと笑った。
「ああ、もう、そういう笑顔を振りまくんじゃないわよ」
凛は頬が熱くなるのがわかった。ぷいっと横を向く。仁の先にたって崖道を登る。
仁はくすくす笑いながら後に続いた。
やがて、二人は崖の上に出た。遠くの岩の間にガジャ達がいるのが見える。
「うーんと、ここからが難しいのよね。出来るだけ近くに置いて、それからゆっくり逃げないと」
「その袋、貸しな」
仁が凛から袋を取り上げる。
「え、どうするの?」
「僕が返してくるからさ」
「だけど、相手は野生のガジャよ」
「まあ、まかせとけって」
刈谷は風を確かめた。風下に回る。風下から群れにそっと近づく。袋を地面に置き口を開けた。震えている子ガジャの背中を押して袋の外に出す。そのまま、ゆっくり後ろに下がった。安全な所まで下がると、小石をガジャの群れにむかって投げた。
小石が地面にあたる音にガジャ達がきょろきょろと辺りを見回す。とうとう、子ガジャを見つけた。同時に子ガジャがピィーピィーと泣きだした。群れの中から一頭の雌のガジャが子ガジャに走り寄り、抱きかかえる。雌のガジャは群れに戻って行った。
ガジャ達に子供を返して凛はほっとした。襲われて仕方なかったとはいえ、子供の親を殺したのは後味が悪かったし、ガジャの子供が親を無くして泣いているのを見るのはやるせなかった。
凛と仁は隠れた場所からそろそろ下がり、元来た道に戻ろうとした。
凛の目の端に何か動く物が見えた。
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