第26話 巨頭会談
橋本大統領の別荘は、惑星タトゥの海を見晴らす丘にあった。
丘全体が別荘の敷地となっている。広大な敷地の中には、ゴルフ場、テニスコート、プール、ヨットハーバー、来賓宿舎、大統領執務室棟、セレモニーホール、大統領専用宿舎、職員宿舎、情報センター、駐車場、そして、シャトル駐機場があった。
一台の白いシャトルが、大統領の別荘に向っていた。シャトルには宇宙自衛隊大将
シャトルから降りて来た三本木大将を橋本大統領はにこやかに出迎えた。二人は専用カートにのり、セレモニーホールに向った。
通常であれば、マスコミがセレモニーホールの前で待機、要人が専用カートから降りるのを今か今かと待ち構えている筈だが、今日はシャットアウトされている。
ホール正面玄関で専用カートを降りた三本木大将は、ホールの前に敬礼して立っている石原司令官をちらりと見た。石原司令官はかつて三本木大将の部下だった。
セレモニーホールは大統領がパーティに使う場所である。普段は何も置いていないが、今日は中央にテーブルがおかれていた。テーブルの周りには、左右合わせて四十席程の席が設けられている。その中央の椅子に三本木大将と橋本大統領が座った。両サイドに二人の副官や秘書官達が座る。
三本木大将が口火を切った。
「橋本さん、一体、どういうつもりです。独立などと。私はあなた方を攻撃してでも独立を阻止せよと言われてきているのですよ」
「では、攻撃したらどうです」
「そんな事をしたら、今まで築いてきた物が灰になる。この百年の努力が灰になるのですぞ」
「君、三本木大将にあれをみせたまえ」
橋本大統領は秘書官に言って、独自に編集させた地球日本政府によるタトゥ搾取の歴史を3Dモニターに映してみせた。
「この百年の努力とあなたは言うが、その努力の結果をあなた方が持って行ったんじゃないか! タトゥはもっと豊かになれるんだ。道路や鉄道の整備、大学、普通科高校の設置、病院の建設。地球日本政府に支払っている地代をタトゥ開発に振り替えたらどれだけ豊かになれると思う」
「橋本さん、それは綺麗事だ。あんたは、明治時代、政府がやったのと同じ事をしようとしている。日本政府によって開発された土地を独立という名の下に格安で民間に払い下げるつもりだろう」
「今、借りている人達に無償で所有権を与えて何が悪い。そのかわり、地代の代わりに固定資産税をタトゥ合衆国政府が徴収する。我々は今、その準備を進めている。しかし、地球日本政府がタトゥ銀行のオンラインシステムを抑えているから、今でも、地代は地球へと送られている。さっさと我々の独立を承認してオンラインシステムを解放したまえ」
「タトゥから地代が入ってこなかったら、日本政府は破綻する」
「何を言う。地球日本の国民で支えたらいいじゃないか。我々に頼っているから活力がなくなったんだ」
「タトゥに移民した人々がもっとも、活力のある人間だったんだ。新天地で新しい世界を作る気概のある人間だったんだ。彼らがいなくなって、地球日本はますます衰退したんだ。今更、地球日本の国民だけで、地球日本政府の建て直しをやれっていうのか」
「そうとも、やれる筈だ。いいかね、日本人は第二次世界大戦の後も、数々の大震災の後も立ち上がって来たんだ。今回だって、我々がいなくなっても日本は復興する。それがわからんのかね。むしろ、我々がいない方がいいんだ。そうではないかね。我々がいるから甘えているんだ」
二人は会議室のテーブルをはさんで睨み合った。
バン!
会議室の扉が乱暴にあいた。
「大統領、来ました」
「そうか、迎撃したまえ」
三本木大将が驚いたように言った。
「私は攻撃命令は出してないぞ」
「わかっている。あなたはそういう人ではない。あなたが攻撃するとしたら軌道上のスペースシップ組み立て工場だ」
「では一体誰が?」
「やはり、ご存知なかったようですね。ステルス型アンドロイド兵がタトゥに来ているのですよ」
「なに! そんな話は知らんぞ」
「これが地球政府のやり方ですよ」
橋本大統領はスクリーンに戦闘状況を出して見せた。タトゥ軍が何もない所にむかって攻撃している。大統領はスクリーンを切り替えた。普通の映像ではなく八色ほどに色分けされた画面だ。
「こ、これは!」
そこには無数の飛行艇が白く映っていた。三本木大将が顔をゆがめた。
「レーダーには映らないんですよ。こちらのモニターは、ステルスが映るように改良したカメラで取った映像です」
「ま、まさか」
「こちらにいらっしゃい。肉眼では見えますから」
橋本大統領は三本木大将をテラスへ案内した。三本木大将は信じられない光景を目にした。銀色に光る飛行艇が、空中から落ちて来る。石原司令官はレーザー砲を別荘周辺に配備、アンドロイド兵の乗った飛行艇に向けて発射していた。
「信じられん」
三本木がうめいた。
三本木が見ている間にも、飛行艇が次々と撃ち落とされて行く。
「恐らく六角参謀長あたりの計略じゃないかと思うがね。私が君にここにきてほしいと言ったのはこれを見せたかったんだよ。地球日本政府は私を騒乱罪の犯人として捕らえるつもりだろう。君は現政府のやり方に腹が立たないかね」
三本木はじっと空を睨んでいた。だが、ついっと視線を海に転じた。
セレモニーホールは断崖の上に建てられている。テラスの向うは絶壁だ。三本木はテラスの端へと歩いて行った。手摺に手をかけ、じっと海を見つめる。振り返って三本木大将は言った。
「橋本君、もし、独立が成功したら、地球日本を攻撃するかね。或は、他国を」
「何を言い出すんだ。ここに広大な未開の地があるんだよ。この広いタトゥにたった三千万人しか住んでないんだ。ここの資源だけで、十分我々は豊かな生活が出来る。他国を攻める必要が一体どこにある」
「では、何故、スペースシップを建造出来るようにした?」
「は? スペースシップが無ければ他の星々と交易出来ないじゃないか?」
「だったら、買うなり、借りるなりすればいい。何も自国で作る必要はない。地球日本から買えばいい」
「何を言ってる。自力で宇宙に行けなければ、あなた方や他国に宇宙航路を抑えられ、身動きが出来なくなる」
「そこだよ。君が信用出来ないのは。いいかね、スペースシップを建造出来るなら、宇宙戦艦も作れるんだよ。我々が危惧しているのは、君が宇宙艦隊を率いて地球日本を攻めにくるんじゃないかって事なんだ」
橋本大統領は爆笑した。
「地球の官僚達の考えそうな話だな。官僚達に言いたまえ。一度、タトゥに来いと。資源もない、疲弊した地球日本など、わざわざ銀河を越えてまで占領しに行くつもりはないと。地球日本にそんな魅力があるものか!」
橋本大統領は爆笑して三本木大将に歩み寄り、豪快に彼の肩を叩いた。
と、その時。
崖の下から五体の銀色のアンドロイド兵が現れた。
橋本大統領は、はっとして身を翻そうとした。
が、そのうちの一体があっという間に橋本大統領を羽交い締めにしていた。
「何をする!」
「閣下!」
お付きの者達が駆け寄ろうとするが、三本木大将が一喝した。アンドロイド兵が橋本大統領の頭に銃を突きつける。
「動くな、橋本大統領は捕らえた。降伏しろ!」
三本木大将は橋本大統領に言った。
「橋本君、ステルス型アンドロイド兵がタトゥにいるのは偶然知ったんだよ。この星の通信網、特にマスコミ関係をね、傍受していてわかったんだよ。民間の通信網は甘いからね。
君が推測したように、ステルス型アンドロイド兵の存在は私にも知らされてなかった。しかし、タトゥにいるとわかった以上、利用しない手はないからね。六角君と一次的に手を組んだんだよ。あの卑劣な男と手を組むのは不本意だったが、仕方あるまい。君の身柄を拘束出来るチャンスを逃すつもりはないよ」
全部隊に戦闘中止の連絡が行く。一斉に砲撃が中止された。
こうして、橋本大統領は捕らえられた。
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