第25話 イデ山にて
刈谷仁と米沢広司はイデ山の山の中に降りていた。巨木の森である。あたりはすでに暗い。
刈谷は枝の上に降りていた。背中にしょったパラシュートバッグを外す。あたりを見回し、やはり枝にひっかっかっている米沢をみつけた。
「おい、大丈夫か?」
米沢は失神している。刈谷は米沢のパラシュートを外した。パラシュートのひもで支えられていた米沢の体ががくんと下がる。巨木の枝は太いが、さすがに大人二人が乗るとたわんだ。刈谷は米沢の体を持ち上げると、そろそろと幹の方へ運んだ。米沢を寝かせ、もう一度、自分と米沢のパラシュートバッグを取りに戻る。パラシュートバッグには救命グッズが入っている。刈谷は二つのパラシュートを枝から回収、米沢の元に戻った。
刈谷は米沢の脇腹の傷を見た。米沢の鍛えられた筋肉のおかげで、内蔵は傷ついていないようだ。刈谷は止血しようと救命バッグの中を探した。水と非常食の他に、消毒薬と包帯がある。刈谷は傷を消毒すると、米沢の腹に包帯を巻いて止血した。
刈谷は自分達が落ちたのはイデ島のどのあたりだろうと思った。イデ島の地図を思い出し、大体の検討をつける。朝になったら救援を呼ばなければと思った。気絶している米沢をパラシュートで巻いてやった。多少は暖かいだろうと、刈谷は思った。自身も水を飲み、非常食で食事をする。
(凛や西九条さんは大丈夫だったろうか? まさか、シチューが飛び出して来るとは思わなかったな。メリーナはどうしただろう? シチューが一人でヒノヤマ神社から格納庫までくるとは思えない。メリーナに乗ってきたんだろう)
そんな事を考えている内に、刈谷は幹にもたれてうとうとと眠ってしまった。
翌朝、刈谷が目を覚ますと、米沢がナイフを持ってギラギラと刈谷を睨みつけていた。
「な、何をする!」
いきなり米沢がナイフを投げた。
ナイフは刈谷をそれて、刈谷の頭の上にささった。
刈谷の肩に何かがポタッと落ちてシミを作った。刈谷が見上げると、気味の悪い多足動物が頭をナイフで幹に留められていた。落ちて来たのはその動物の体液だった。
「うわっ!」
気持ち悪さに刈谷は大急ぎで幹から離れた。
米沢はどさりと横になった。
「ふう、助かったよ。なんだか、気持ちの悪い動物だな。なんだろ? これ?」
「知らんが、あんたを頭からかじろうとしていた。これで仮りは返したぞ」
刈谷は立って、ナイフを抜いた。落ちて来たムカデに似た動物の死骸を枝から蹴り出す。ナイフを拭いて、バッグに入れる。
「水をくれ」
「ああ……」
刈谷は米沢の体を起し、水の入ったボトルを口にあてがった。ゆっくりと水を飲ませる。ごくごくと米沢が水を飲んで行く。
「ふう、うめえ」
刈谷は米沢の体が熱いのに気が付いた。熱が出ている。早く医者に見せた方がいい。
「……パラシュートのロープを使って下に降りよう」
刈谷は米沢のナイフを使って器用にパラシュートのロープを外した。ロープとロープを繋いで長くする。枝に結んで垂らした。二つのバッグの中身を出して一つにまとめ下に降ろす。地上まで十メートル程だ。
「僕につかまって」
刈谷は米沢を背中にしょった。そろそろとロープを伝い、枝から降りる。五メートル程下に、足がかりになりそうな枝があった。その枝の上で一息つく。刈谷の肩に米沢の体がずしりとのしかかる。ロープが刈谷の手に食い込んだ。刈谷は歯を食いしばって耐えた。
やっと地上に降り立った刈谷は、米沢を降ろすと自分もその横に座り込んだ。
肩で息をする。
刈谷は立ち上がって、救命バッグを取り上げ、背中に背負った。
「さ、行くぞ」
刈谷は米沢を立たせ肩を貸して歩かせた。
二人は森を下っていった。イデ島はイデ火山を中心に、ほぼ円形をしている。どこにいても、下っていけば、海岸線にでる。刈谷は凛がシチューと共に落ちるのを見ていたので、海岸線のどこかに凛がいるだろうと思った。
「あんた、モビは持ってないのか」
「あるが、壊れてる」
「そうか……」
(飛行船が落ちた事はきっと、警察か役所に誰かが届けてくれているだろう。
そもそも自分達を殺そうとした米沢を、何故助けたのだろうと、刈谷は今更ながらに自分のお人好しな性格にあきれた。
米沢を半分担ぐ格好で、刈谷は巨木の森を歩いて行った。
あの気持ちの悪いムカデのような生き物とは出会わなかったが、刈谷の目の端に時々、何かが滑るように動いていった。
樹々が深い影を落とし、あたりは薄暗い。
突然、大地が揺れた。地震だ。が、すぐに収まった。
「そういえば、カガミハラの地ノ宮神社でも地震があったな」
刈谷はいつのまにか、独り言を言っていた。半病人をかかえ、道のない森を歩いて行く。自分自身に思考が向っていたのだろう。
「地震? 地震かあ、多いよな」
突然、米沢が応えた。
「なんだ、起きてたのか? びっくりした! まさか、イデ火山が噴火するとかじゃなければいいけど」
「ははは、あれが噴火したら、俺達はお陀仏だな。いてててて」
「縁起の悪い事を」
刈谷の耳に川のせせらぎが聞こえた。刈谷はあたりを見回した。
「やった、川だ!」
「川だから、なんだっていうんだ! 助かったわけじゃあるまい。いちいち、いてて、騒ぐな」
「何言ってる。川があったんだ。川沿いに歩けば、水を確保出来る。川に沿って下っていけば、海岸に出られる。助かる確率がグーンと上がるんだ。枯れ木があればな、あんたを乗せて運べるんだが」
二人は森を抜けて河原に立った。目の前に川が流れている。幅は五メートルほどだ。夏なので水量は少ない。しかし、米沢を乗せて運べるような都合のいい枯れ木はなかった。
刈谷はそのまま、河原を歩いていった。米沢の体が重く刈谷にのしかかる。
(自分を殺そうとした男だ。捨ててしまえばいい。そしたら、体力のある内に、海岸まで降りていける。一人ならもっと身軽に動ける)
刈谷の額に汗が流れる。ふっと、川から涼しい風がふいてきた。
(いや、駄目だ。一度は助けたんだ。最後まで面倒をみなければ)
河原の丸石が刈谷の足を捉える。滑りそうになって、慌ててバランスを取る刈谷。
「おい、こけるな」
「わかってる」
(面倒をみても、結局助からないかもしれない)
米沢の体が熱い。刈谷は立ち止まった。
「少し休もう」
刈谷は岩陰に米沢を寄り掛からせた。水の入ったボトルを米沢の口にあてる。水を飲む米沢。
刈谷は救命バッグについている救難信号のスイッチをいれた。ところが、故障しているのか動かない。
「くそっ!」
刈谷は発信器を投げた。発信器に怒りをぶつける。
「俺を置いて行け……」
「え!」
「いいから、置いていけ。さっさと行って、助けを呼んでこい。俺は……、疲れた。休みたい」
「何言ってるんだ。がんばるんだ」
「いや、俺はもう動きたくない。置いて行け。一緒にいても共倒れになる」
刈谷はあたりを見回した。安全そうな場所を探す。ここ以上に安全な場所は無さそうに思えた。
「わかった……。救命バッグとナイフだ」
刈谷は米沢の体をパラシュートで包んだ。
「これで、寒くない筈だ。必ず、救援を連れて来る」
刈谷はその場を立ち去ろうとした。
その背中に米沢が声をかけた。
「帰ってこなくても、俺はあんたをうらまねえよ」
刈谷は一瞬、立ち止まった。が、振り返りはしなかった。
米沢は意識が朦朧とし始めていた。脇腹の傷がずきずきと痛む。
(くそ、俺はこんな所で死ぬのか)
米沢の体は寄り掛かっていた岩からずるずると落ちた。米沢が見上げると明るく晴れた青空が目に飛び込んできた。
(けっ、つまらねぇ人生だったなぁ。もし、生きて帰れたら、やり直したい。きっと、やり直す)
「奈津子、へへ、あいてぇなぁ」
米沢は気絶した。
米沢が次に目を覚ました時、空に行く筋もの飛行機雲が見えた。そして、彼はまた気絶した。
米沢は混沌とした意識の中で、銀色の光をみた。
「……れ……か……。……を……」
銀色の何かがキラキラと光っている。虹色の影が反射した。
米沢は誰かに体を持ち上げられていると思ったが、また、気を失った。
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