第7話 クリスタルピース
タトゥ地方都市ハカタは、佐原ダイヤモンド株式会社を中心に発展した街である。佐原ダイヤモンドは工業用ダイヤを主に算出した。しかし少量ではあったが質のいい宝飾用ダイヤモンドも算出していた。ダイヤモンドによって、企業が潤い、街が潤った。
鉱山事務所の所長をやっている佐原和也は、佐原ダイヤモンド社長の三男だった。佐原一族の中では、どちらかというと、はみ出し者だったが、その荒い気性から鉱山労働者に慕われた。
佐原和也はいらいらと執務室を歩き回った。事務所の外からは、鉱山を露天掘りする音がかすかに響いてくる。
「おい、ゼブラ、田沼奈津子の居所はわかったか?」
佐原和也は腹心の部下、ゼブラこと菅原直樹に声をかけた。菅原直樹はシマウマが好きで、ゼブラ柄のTシャツをいつも着ていた。その為、皆、彼をゼブラと呼んでいた。
「今、米沢広司を呼びにやってます。田沼奈津子の恋人ですから、この男に聞いたら何かわかるでしょう」
やがて、米沢広司が呼ばれて来た。
「今日来てもらったのは他でもない。田沼奈津子から、今日、辞表が送られて来た。おまえ、理由を知らんか?」
「いやあ、実は、俺も探してまして」
米沢広司はへらへらと笑いながら頭をかいた。
「奈津子とは先週の水曜日に会ったんです。その後もしばらくは連絡がとれてたんですが、土曜日から連絡がつかなくなくなってしまいまして、アパートに行ったら藻抜けのからなんでさあ。どうも、逃げられたみたいで」
「役に立たん男だな」
「あの、奈津子が何かしましたんで?」
「おまえ、田沼奈津子に俺が頼んでいた仕事の話はしてないだろうな」
「も、もちろんです。それに、あいつは、頭がパープリンですから、何もわかってない筈です」
「そうか、だったらやはり間違えただけか」
「あの、何か?」
米沢広司がおずおずと聞いた。
「田沼奈津子が、データの入ったクリスタルピースを間違えて持って行ったんだ。あのピースには、全データが入っているんだぞ」
「え? どうして奈津子だと……」
「他にこの部屋に入った者がいないんだ。その上、これだ」
佐原和也は、クリスタルピースを取り出した。
「よく見ろ! ここにロゴが入っている。これは今流行りのお守りだ。こんなもの、若い女が好きそうな物じゃないか。恐らく、こいつは田沼奈津子の物だろう」
「げ! で、ですが、あのクリスタルは特殊な機械じゃないと読めないんじゃ」
「あのな、人間が作ったものだぞ。それがデータだと思って解読しようとすれば、読める機械を探したり作ったりするのが人間だ。まあ、あれがデータパッケージだと気づく人間はいないだろうがな。だが、万が一という事がある。取り戻すんだ。田沼奈津子の行方を探せ。奈津子は恐らく、自分のを落とすか何かして、クリスタルピースと混ざったんだ。あわてて、データの方を持って行ったんだろう。一体、誰があんなお守りを流行らせたんだか。おかげで、こっちはあのお守りを見る度にひやひやしなけりゃならないんだぞ。おい、米沢、行き先に心当たりはないか?」
「へぇそれが、心当たりは全部探してみたんですが」
「役に立たん男だな。ゼブラ、奈津子の親兄弟はどこにいる?」
「今、履歴書を出しますので、ちょっとお待ち下さい」
モニターに田沼奈津子の履歴書が映し出される。
「ナニワか。ハカタから出て、身を寄せるとしたら、ナニワの実家だろう。しかし、ナニワ空港は制限されている。とすると、バスか車か。おい、ゼブラ、至急調べろ。あれが、万一、警察の手に渡るとやっかいだ」
「は、至急調べます」
米沢広司とゼブラは慌てて、佐原和也の執務室を飛び出して行った。
佐原和也は二人がいなくなると、秘書を呼んだ。胸がぷっくりと膨らんだ美しい女がしなを作って執務室に入ってくる。
「こっちにこい」
美しい秘書は、腰をくねらせて、佐原和也に近づていく。和也は女の腰を引き寄せ、膝の上に抱きあげた。
一方、飛行船アマノハシダテ号は、大陸の南の端、イブスキに到着しようとしていた。
「さてと海に出るぞい! みんなクッションシートに入って体を固定してくれ。ちょっと揺れるからの」
宮司はあっちこっちのスイッチを入れたり舵を回して、飛行船アマノハシダテ号の進路を海に向けた。
飛行船の下にイブスキの海が広がっている。夏の夕方、まもなく日が暮れようとしていた。飛行船は、海風に逆らって海へと出て行く。みるみるスピードが落ちていった。
凛は窓の向うに広がる海を眺めた。夕日にきらきらと輝いている。キレイと思った凛は同時に、右の方、はるか向うに黒雲がそびえるのに気が付いた。雨雲である。凛が「あ、まずいなあ」と思った瞬間、夕焼けの美しい海は灰色に変り、雨が降り出した。
ザーッ
雨が凄まじい勢いで飛行船に叩きつけ始めた。同時に強い風がゴウゴウと吹き出す。大量の雨と強風に飛行船アマノハシダテ号はグラグラと揺れた。
「おい、じいさん。じゃない、西九条さん。この船、大丈夫なんだろうな」
「何をいうとる。わしゃこれでも、この船を十年操縦しとるわ。何度、ここに来たと思うておる。じゃが、今日の雨は一段とすさまじいのう」
ドーンと雷の音が近づいてきた。
「おい、西九条さん、ホントに大丈夫か?」
刈谷仁が不安になって叫んだ。
「なんのこれしき!」
しかし、アマノハシダテ号は強風に押され、陸へと押し流される。警報音がワンワンと鳴り響く。照明が赤に変わる。宮司が必死に舵を操るがうまくいかない。
「タツタ神社、タツタ神社、こちらアマノハシダテ号。海に出て凪ぎを待つつもりじゃったが、この雨で危うい。緊急避難の準備を頼む。牽引ビームを! うわー」
アマノハシダテ号は横腹に強風をまともにくらった。大きく傾く船体。機首を陸に向けなければ、船体は安定しない。宮司が椅子から転げ落ちた。頭を打って気を失う。
刈谷仁がクッションシートの中から出ようともがくが、体を固定しているベルトが外れない。
シチューがロボット用ボックスの扉を開けた。
船体が傾く。
シチューが転がり出た。二本の触手で、壁を掴み体を固定しながらもう二本を宮司に延ばす。宮司を助けるシチュー。
陸が近づいてきた。
シチューは最後に残った二本の触手を舵に延ばした。しかし、届かない。
丘に沿って鉄塔が並ぶ。電線がせまる。
凛が飛びだした。仁が続く。
電線がせまる。
二人は舵に飛びついた。
「どくんだ! あんたじゃ無理だ!」
仁が怒鳴った。
「な、何よ!」
凛がムキになって舵を回そうとするが、回らない。
「貸せ!」
仁が凛の横から舵をもぎとった。
ぐうっとで舵をまわす!まわす!まわす!!
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