第6話 飛行船アマノハシダテ号

 飛行船はハカタ空港から飛び立つのだと凛も仁も思っていた。宮司に空港に行くと米沢広司に見つかるかもしれないと相談する。が、西九条通兼にしくじょうみちかねは、白髪頭を振り立てて胸をはった。

「何をいっとる。ダザイフテンマン宮は由緒ある神社じゃぞ。見よ、この広大な敷地。飛行船はもちろん神社の境内にあるわい」

 地球日本では考えられない広大な敷地。その敷地内をロボットカー・メリーナで走って行く。森の奥に突如、大きな建物が出現した。飛行船の格納庫ハンガーだ。中に入ると派手な飛行船が駐機されていた。

 ダザイフテンマン宮所有の飛行船アマノハシダテ号はあかあかしい朱色に塗られた船だった。船の大半をしめる空気袋には、横に黒色で線がひかれ、その上に「ダザイフテンマン宮アマノハシダテ号」と書いてあった。空気袋の先端にはやはり黒で鳥居が描かれている。

 巨大空気袋の下にはゴンドラが吊るされていた。ゴンドラは二層に別れ、下層が倉庫、上層は操舵室と住居スペースになっていた。

「よくもまあ、こんなド派手な飛行船つくったわね!」

「フン、これぐらい目立てば、皆、お参りに来るじゃろうからな」

 宮司の西九条通兼にしくじょうみちかねは、老人とは思えない身軽さで飛行船のデッキへと駆け上る。宮司は慣れた手付きで機器類を操作、飛行船を起動させた。 荷物室の扉が開いた。ロボットカーが飛行船の荷物室に向ってするすると登って行く。荷物室内にある車止めに自らを固定させた。

 荷物室のドアが閉まった。操舵室のスピーカーから少女の声が響き渡る。

「おじいちゃん! お弁当!」

 宮司の孫娘、清香さやかである。宮司は操舵室の窓から外を見た。長い黒髪をピンクのリボンでまとめ、巫女の装束をつけた清香さやかが手を振っている。

「ほう」

 刈谷仁は美しい清香さやかに見とれた。そんな刈谷の様子を見て凛は(これだから男は)と思った。

「ちょいとお兄さん。何、ぼーっと見てるのよ」

 凛の言いように、仁がゴホンと咳払いをする。

「男が美人に見とれるのは、礼儀なの」

「手を出してはならんぞ。我が輩の自慢の孫じゃ。孫が神楽かぐらを踊る姿は神々しいぞ」

「おじいちゃーん」

 清香さやかは格納庫に据え付けられている飛行船連絡用のマイクを置いた。弁当箱を高く振って見せる。老人は飛行船の倉庫へ降り、脇にある扉を開けた。

「清香、弁当をありがとう。急で悪かったと、孝子さんに謝っておいてくれ」

 孝子というのは、宮司の長男の嫁である。弁当を作った本人だった。清香さやかから弁当を受け取る。

「うん、わかった。おじいちゃん、向うに着いたら連絡してね」

「ああ、わかっとるわい」

 宮司は清香に向って手を振って扉を閉めた。

 操舵室に戻った宮司は、弁当を冷蔵庫にしまい操縦席に座った。格納庫ハンガーの屋根を開き、牽引ビームのスイッチを切る。飛行船はゆっくりと上昇していった。

 操縦席に座った宮司に向って、刈谷仁が言った。

「なんだ、美人の孫娘は一緒に来ないのか。それは残念」

 宮司は飛行船を操縦しながら、刈谷仁をじろりと見た。

「ふん、どこの馬の骨ともしれん男に孫を紹介できるか。あんた、そこのお嬢ちゃんとはどうなんじゃ?」

「彼女とシチューは僕のボディガード。彼女は機会人形パペッティア使いなんだ。……さっき話した通り米沢広司に目をつけられて、彼女、家を焼かれたんだ」

「なんという乱暴な! 警察には届けたんかい?」

「今、独立騒ぎでごたごたしてるだろ。家が焼かれたっていうのに、消防も警察も来なくてさ」

「で、あんたは一体、何者なんじゃ?」

「僕? あ、申し遅れました。僕、こういう者です」

 刈谷仁はジーパンのポケットから名刺を出して宮司に渡した。

「フリーライター、記者さんか」

 刈谷仁はこれまでの経緯をかいつまんで話した。

「ある事故を調べている内に、米沢広司の元カノ、田沼奈津子さんと知り合ってさ。ところが、奈津子さんは相沢さんに占って貰った後、姿を消したんだ。相沢さんにナニワに行くって言ってる記録が残っててね。ナニワに行くのは奈津子さんを探す為なんだ」

「しかし、今、この時期にフリーライターが何故ハカタに? ナニワで独立の取材でもしとるのが普通じゃろ」

「してたの。詳しくは話せないけど、橋本大統領の金の流れを調べているうちに、佐原ダイヤモンドの持ち株会社佐原ホールディングスに行き着いてね。いろいろ調べていたら、佐原ダイヤモンドから攻めると面白い記事が書けそうだったんだ。それで、ハカタまで来たんだ」

「ふむ。今回の独立、わしぁ宮司じゃけんの。中立を保っとる。あんた、関わった以上、お嬢ちゃんの面倒は最後までみるんじゃぞ」

「言われなくてもわかってる」

「それよりじゃ、田沼奈津子さんか? お嬢ちゃんが占った?」

「ああ、奈津子さんでいいけど」

「その子はどうやって、ハカタから逃げ出したんじゃ? 飛行機でナニワには行けんぞ。今、ナニワ空港は制限されとるからの」

「えーっと、それなら僕が調べた。ナニワ行きのバスや空港会社に問い合わせたんだ。でも、乗った形跡がない。それで船会社に問い合わせたらビンゴだった」

「ふむ、なるほど。しかし、船は本数が少なくなかったか」

「そうなんだ。毎週土曜日に出航するんだ」

「それなら……、途中で奈津子さんに追いつけるかもしれんぞ」

「奈津子さんが船でナニワに向ってから、三日経ってる。今頃は、イブスキを出て次の港に向っている頃だ」

「とにかく、急ごうかの」

 宮司はスロットルを回し、飛行船アマノハシダテ号のスピードを上げた。


 飛行船は、順調に飛行を続けていた。大陸の西には大東山脈が北から南に走っている。その大東山脈を右に、海を左に見ながら船は南下して行った。

 凛は窓の外を見下ろした。先日の豪雨の傷跡が生々しい。緑の山肌が土石流となって流れ落ちた跡が黒々と残っている。幸い、無人の地域だったので、亡くなった人はいなかった。

 この所、各地で自然災害が続く。人類が惑星タトゥの観測を始めて百年程にしかならないが、それでも今年は突出して多い。まるで、タトゥの独立と呼応するように自然災害が増えている。人の世の乱れが大自然に反映されたようだと凛は思った。


 昼になり、清香さやかから受け取った弁当を三人は食べていた。

「今向っとるタツタ神社は、風の神様をまつっとっての。実際、風の強い所なんじゃ」

 宮司が説明した。

「飛行船は一旦、海に出ての、着陸出来る時間を待つんじゃ。夕方、海からの風が山からの風に変わる時間があるんじゃ。凪ぎと呼ばれる時間じゃがな。それを狙って、タツタ神社の飛行船の格納庫に降下するんじゃ。タイミングが難しいがの」

 凛は宮司の話に相槌をうちながら、鳥の唐揚げにかぶりつく。

「もがもが、これおいしい!」

 刈谷仁は形のいい指で箸を操り煮物の里芋をつまむ。

「タツタ神社にはいつ頃着くんですか?」

 お茶をすすりながら、宮司が言った。

「夕方にはつくじゃろう。おお、そうじゃ忘れとった! シチュー君、君もきいとってくれ」

 宮司は二人と一台を連れ操舵室に行った。棚から救命パラシュートを取り出す。そして、直立不動の姿勢になった。

「えへん、御乗客の皆様」

 凛と仁は吹き出した。

「なになに、一体、何を始めるの?」

「笑わんと、きかんかい。船が万が一落ちそうになった時、どうしたらいいか教えておく」

 宮司はあたかもキャビンアテンダントのように説明を始めた。刈谷仁と凛は、宮司の生真面目さに、必死に笑いを堪える。宮司は、救命パラシュートが保管されている場所、非常口、パラシュートの付け方、開き方、陸地に降りた場合、着水した場合を説明した。

「それでじゃな、このパラシュートバッグには、非常食、水、救急セット、遭難信号発信器がついとる。覚えといてくれ」

 凛は宮司の話を黙って聞いていたが、パラシュートは絶対使いたくないと思った。そういう事態になりませんようにと、そっと心の中で祈った。


 凛は弁当箱を洗って流しを片付けた。あとは何もする事がない。

「はあ、平和だなー、それに退屈。乗ってるだけって楽だけどなんにもする事ないんだもん」

 その言葉に宮司が振り返った。

「退屈! ほう、言っとくがの。あんた達は客じゃありゃあせんが。シチュー君は大事な舞手じゃが、あんた達は違うぞ。ワシは船の操縦に忙しいんじゃ、暇なら掃除くらいせんかい」

「ふーん、だったら船の操縦の仕方教えてよ。そしたら、休んでられるわよ」

「何を言うとる。この船の操縦には免許がいるんじゃ。無免許運転が見つかってみろ、大変なんじゃぞ」

 そばで聞いていた刈谷仁が口をはさんだ。

「あのね、じいさん」

「ワシァ、じいさんではない。西九条通兼にしくじょうみちかねという立派な名前があるんじゃ。ちゃんと名字を呼ばんかい!」

「おっと、これは失礼、西九条さん。この船、ロボット船でしょ。あんたが操縦しなくてもいいんじゃないの?」

「若いの、この船は旧型での、ロボットじゃ、あらせんのじゃ。むろん、自動操縦装置はついとるがの」

「ええ! 今頃、ロボットに運転させないの?」

「運転! 操縦といわんか! なんでも、ロボットにまかせたら、脳みそがくさるわい」

 その時、シチューがおずおずと言った。

「あのー、宮司様、試験はネットで受けられます。お嬢様に、万一に備えて飛行船の操縦を教えていただけませんか?」

「シチュー君、君はなんと主人思いのロボットなんじゃ。いいじゃろ。若い時はなんでも覚えておくに越したことはないからの」

 宮司は飛行船のマニュアルを戸棚から出した。

「このマニュアルを読め。読んだら、もう一度ここに来い。練習させてやる」

「げげっ! 言うんじゃなかった」

 文句をいいながらも凛はマニュアルに向った。


 同じ頃、一ヶ月前に地球を出発した地球日本政府の宇宙自衛隊は、惑星タトゥの宙域に近づきつつあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る