第10話 魔王「ワガハイの味方になれば、世界の半分であるカラオケのない世界をやろう」
いろいろあって、魔王オルタンスとの戦いである!
「みんながどうにかなる相手じゃない。部屋の外に出ていろ」
「冗談じゃないわ。私は戦うわよ、アラン君!」
「いいから、下がるんだ。……もしものときは、サーシャとフィルを守ってやってくれ」
「……!」
俺は真顔でマリカに頼んだ。
すると彼女は、俺の心を察してくれたようである。
いつもの態度はどこへやら。こくりと大きくうなずくと、部屋を静かに出ていった。
かくして室内は、俺と魔王オルタンス、そして魔王の娘ミドラの三人だけになる。
俺ははがねの剣を正眼に構え、眼前の敵と睨み合いながら問いかけた。
「魔王、戦う前に聞いておく。平和的に解決する気はないんだな」
「ない」
「残念だ。……俺とミドラは仲良くなることができた。だから人間と魔族でも話せば分かりあえる。そう思うんだけどな」
これは俺の本音だった。
「パパ。ミドラも、アランと仲良くしたい」
「……ミドラ?」
「アランはミドラと遊んでくれた。……ミドラは人間の友達なんかいなかったし、魔王様の娘だからって、モンスターの友達もいなかった。そんなミドラとアランは遊んでくれた。空唱を歌ってくれた。すごく、すごく楽しかった……!」
「…………」
「魔王。ミドラもこう言っている。それでも戦わなきゃいけないのか!?」
俺は必死になって叫んだ。
ミドラのためにも、できるならその父親と戦いたくはない。
だが、魔王オルタンスはかぶりを振った。
「ワガハイも、人間と仲良くできないかと思ったことがある。この戦い、魔王軍から仕掛けた戦いだが、和睦をしようと最近は考えていた。……だが、ダメだ。ワガハイは人間を絶滅させねばならないのだ。それだけの理由があるのだ」
「理由だと? どんな理由だ、それは?」
強い声音で尋ねると、魔王オルタンスは低い声で回答した。
「空唱だ」
はい。
……なんか魔王様、意味不明なこと言い始めた。
「ワガハイは空唱が嫌いなのだ。だから空唱が好きな人間どもは滅ぼさねばならぬ。先日そう決意した」
「……ちょっと待て」
俺は神妙な声で言った。
「俺も空唱が嫌いだぞ」
「なんだと!? 嘘を言うな。人間のくせに空唱が嫌いなど――」
「パパ、それは嘘じゃない。アランは空唱が嫌いだと言っていた。ミドラが何度もお願いして、ようやく少し歌ったけれど」
「……それは……本当か……?」
魔王オルタンスは、ぎょろり。視線をこちらに送ってくる。
俺は小さくうなずいた。
「俺は空唱が嫌いだ。なにが楽しくて人前で歌を歌わないといけないんだ」
「ワガハイも空唱が嫌いだ。どこがおもしろいのか皆目理解できぬ」
「それなのに周囲から歌え歌えと言われたりして」
「勇気を出して歌ってみればボロクソだった」
「だから歌いたくないと言ったのに」
「歌わなければ人でなしみたいな扱い」
「ゆ、勇者よ。気が合うではないか」
「俺もだ。魔王……」
話せば話すほど、魔王の空唱嫌いが本物だと分かっていった。
「な、ならば勇者よ。われわれが争うことなどないではないか」
「あ、ああ……。いや、しかし……俺は仮にも勇者で……」
「肩書など友情の前では無意味。……勇者アランよ。ワガハイは言いたい」
魔王は、一度深呼吸をしてからはっきりと言った。
「ワガハイの味方になれば、世界の半分である空唱のない世界をやろう」
世界の半分も占めてるのかよ、空唱は。
思わず心中でツッコんでしまった。
だが、なんて魅力的な言葉なんだ!
想像してごらん。空唱のない世界を。
もしもこの世に空唱がなかったら、俺の人生はどうなっていたか。
きっと、もっと優しく、温かい人生が待っていたに違いない。
そうだ、空唱がなければ……空唱さえ滅ぼせば……!
俺は勇者だ。世界の平和を守る立場にある。……しかし。
こんな(カラオケだらけの)世界を守る価値はあるのか……?
数秒の逡巡を経て、俺は魔王の言葉に、こう答えたのであった。
「はい」
こうして、俺と魔王は手を組んだ!
そして翌日、俺はオルタンスは、ふたりでアイザイル王宮に攻め入ったのである。
兵士や騎士が攻めてきたが、俺はダウンの魔法を発動させ、やつらの素早さを下げる。
兵士たちは、ゆっくりとした動きになる。こうなれば、もはや俺たちの敵ではない。
「魔王、いまだ。一気に王様のところへ攻め込むぞ!」
「おおとも、勇者!」
「必ず作る!」
「空唱のない世界をな!」
俺たちはいま、一丸となっていた。まさに友情パワーだ!
俺とオルタンスは全力で疾走し、謁見の間に突入した。
室内には、王様がひとり。その王様は俺の姿を見るなり嘆いた。
「おお、勇者よ。魔王の手先になってしまうとは情けない!」
「なんとでも言うがいい!」
空唱をこの世から無くすためなら、俺は手段を選ばない。
「王様、俺と魔王には要求がある。この要求さえ飲んでくれたら、俺たちはさっさと撤退する。そして魔王軍は、二度とアイザイル王国に攻め入らない。そうだよな、魔王?」
「うむ」
「……なにが望みなのじゃ」
王様は、俺たちふたりを睨みつけながら、震える声で問うてきた。
「簡単な話だ」
俺は、その要求を口にした。
「アイザイル王国から、空唱をすべて消滅させろ」
こうして、アイザイル王国から空唱はなくなった!
そんなわけで数日後。
「いやあ、めでたしめでたしだ。世界は平和になった。最高の気分だ」
「……楽しそうね、アラン君」
俺の隣にはジト目のマリカがいる。
「ああ……なんてことかしら。平和はいいことだけど……あまりにも馬鹿げた終わり方よ。いくら魔王が空唱嫌いだからって、それに便乗するなんて」
「うまく利用したと言ってほしいな」
俺と魔王が、空唱が嫌いという点で意気投合した事実は、みんなには秘密にしてある。
今回の一件は『魔王オルタンスは空唱が嫌いだった。そのため、アイザイル王国から空唱をなくせば、もう侵略はやめると言った。それを知った勇者アランは、魔王を国王のところまで連れてきて、和睦を成立させる仲立ちをした』ということになっている。
王国最大の娯楽である空唱が消える――
それについては、国民の間でも賛否が分かれたのだが、しかし平和には代えがたい。
だれの血も流さず、空唱がなくなるだけで魔王軍と和睦が成立するならけっこうなことだ――そういう意見もそこそこ出ている。
とにかく、王国が平和になったのは間違いないのだ。
俺としても、空唱がなくなったのは大変めでたい。
「これこそまさにハッピーエンドさ。あのまま魔王を倒していたら、ミドラだって悲しんでいただろうしさ」
「それはそうなんだけど、なにか釈然としないわね……」
ため息をつくマリカだったが――ところでそんな彼女は、いつもの騎士服ではなくメイド服を着ていた。
いま、俺とマリカがいるのはアイザイル王国首都。
の中にある、元空唱室『歌姫』の屋内だ。
ここは、いまではメイド喫茶になった。
国中で空唱が禁止されたため、サーシャのお父さんは商売替えをして、メイド喫茶を開いたのだ。
なにせ国が平和になったので騎士団は人員削減。その結果、マリカは騎士からメイドさんに転職することになった。
そして俺も勇者をやめて、メイド喫茶の警備員になったのだ。
いや、だって俺が勇者になったのは職場の空唱から逃げるためだし。
その空唱がなくなったのなら、普通の仕事に就いてもいいし。
ましてその就職先がサーシャのお店なら、気苦労もなくていいってもんだ。
「とにかく平和はいいことだ。みんなハッピーハッピーだ」
「そうですわよ、マリカさん。血を流さずに解決する。これこそ真の勇者ですわ」
やっぱりメイド服を着ているサーシャが言った。
すると、これまたメイド服を着ているフィル(この子は正式に就職したんじゃなくて、アルバイトで働いている)が口を開く。
「そういえば、あのギリアムさんって人、お店をやめちゃったんだよね?」
「ええ。あの人はアラン様のように腕っぷしも強くないので警備員も務まりませんし。そこで第二の人生を歩んでいただくことにしたのですわ」
「そうか、ギリアムはクビになったのか」
どうりで顔を見ないと思った。
「あいつ、どこに再就職するんだろうなあ」
「うちをやめるときには、アンパン売りになると言っていましたわ」
「餡パン? あの、東方の国にあるってうわさのパン? 黒くて甘くて、もったりとしたクリームが入ったパンだよな?」
「いえ、それではなくて。袋に入った空気みたいなもので、スーッと吸ったら極楽の世界、それがアンパンだ、と言っておりました」
「……アンパンってそんなんだっけ」
ところで、メイド喫茶はそれなりにはやっていた。
サーシャの用意した料理やケーキ、フィルの愛嬌、それになんといっても元美少女騎士のマリカ・エスボードがメイド服を着て出迎えてくれるのだ。はやるのは当然である。
「アラン様、すみません。倉庫からミルクを持ってきてくださいませんか? 二十人分、お願いします」
「おう、分かった。お安い御用さ」
サーシャの指示に応えて、ミルク運びの仕事を行う。
よいしょ、よいしょと厨房にミルクを運び入れるのだ。
「お兄ちゃん、警備員なのにミルク運びもするの?」
「雑用係も兼ねているのさ」
罪悪感もあるのだ。
勢いに任せて空唱を国から無くしてしまったが、それはガイさんとサーシャの仕事を奪うことでもあった。ふたりは気にしていないようだし、メイド喫茶もうまくやれているようだが、それでも気にはなる。というか、この点は本気で悪かったと思っているんだ。
ガイさんなんか『空唱こそわしの命だ』って言ってたほどの人だしな……。
その人から空唱を奪ったのだから、せめて一生懸命、お店のために働かないと。
――と、そのときだった。
「ん?」
「どうされましたか、アラン様」
「いや、あのふたり。なんか挙動不審なんだが」
店の片隅にいる、ふたりの男。なにやらキョドキョドしているのだ。
怪しいな。声をかけてみるか。
「ちょっとすみません」
そのふたりに声をかけると、彼らはギョッとして振り向いた。
「あなたたち、さっきから注文もせずに、そんなところでなにをやってるんです?」
「……そ、それは」
男たちはオドオドする。いよいよ怪しい。
と、そのときだ。……ぽろり。
男の上着のポケットから、小さな袋がこぼれ落ちたのだ。男たちは顔を蒼白にした。
「なんだ、この袋?」
「この袋はうちの袋ですわ。金貨をまとめておくために使う小さな袋なのです」
「なんだって!?」
隣に来たサーシャのセリフに、俺はまなじりを吊り上げる。
「……お前ら、泥棒か」
「か、勘弁してくれ。仕方がなかったんだ」
男の片割れが、泣くような声で言った。
「おれたちは傭兵なんだが、魔王との戦いが終わって平和になって……。失業したんだよ。盗みでもやらないと、食っていけなかったんだ」
「だからって、盗みはよくないぜ」
「アラン様。もういいですわ、金貨も戻ってまいりましたし、この人たちも反省しているようですから、見逃してあげてくださいまし」
「サーシャは優しいなあ……」
甘い気もするが、まあこれがこの子のいいところでもあるんだよな。
とりあえず、雇い主のサーシャがそう言ってるのだからと思い、俺は泥棒ふたりを解放してやった。男たちは何度も頭を下げながら、その場を去っていったのだが……。
「だけど根本的な解決になってないな。ああいうやつらが、またきっと出てくるぜ」
うーむ、平和になると困るやつも出てくるんだなあ。
魔王との戦いでメシを食っていたやつもいるってことか。
まあ、俺やマリカもその類だったんだけど。
「この状況を生み出した俺にも責任の一端はあるな。……よし」
俺はぽんと手を叩くと、サーシャの大きな瞳を見つめながら言った。
「サーシャ、悪いが早退させてくれないか。ちょっと俺、出かけてくるよ」
「どちらへいかれますの?」
怪訝顔のサーシャに向かって、俺は答えた。
「魔王のところ」
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