第7話 カラオケから逃げ続けていたら、なぜかハーレム系勇者になってしまった件(前)

「うちのおじいちゃんが村長なのは、お兄ちゃんも知ってるよね。村長ってね、毎年一回、必ず王様に会ってあいさつをしないといけないんだけど、おじいちゃん、腰を痛めちゃって。だから今回は、孫のあたしが代理で来たんだよ!」


「お父様の空唱室が、ついに首都に進出ですの。そのためにまず王様にごあいさつをしにきたのですが、あいにくと父が風邪を引きまして。その代わりにわたくしが、ごあいさつに伺ったのですわ」


「でねでね、お兄ちゃん。あたし、このまま首都に残るつもりだよ。あたし、僧侶になるために本格的に修行したいんだけど、やっぱり勉強のレベルは首都のほうが高いから」


「わたくしも、しばらく首都に残りますわ。今度、父が開いた『歌姫』の首都店は大きな店ですので。わたくしも気合を入れて、父のお手伝いをするつもりです」


 ――と、いうわけで、フィルとサーシャは家族の代理で王様のところへやってきた。

 で、そのまま首都に残るつもりらしい。


 アランオレのこと大好きなカラオケボックスの娘。巨乳お嬢様のサーシャ。

 田舎育ちの無邪気っ。妹キャラのフィル。

 自分大好き女騎士。俺をライバル視しているマリカ。


 俺に縁のある女の子たちが三人、首都に全員集合してしまった。

 三人揃うと、どうなるのか。

 なんだか嫌な予感がした。


 その予想は当たった。

 俺が三人を引き連れて(別に引き連れたかったわけじゃない。彼女たちが勝手についてきたのだ)王宮を出た瞬間のことだ。

 彼女たちは、はああああ、と、大きくため息をついた。


「まさかお兄ちゃんに女の子の友達がいたなんて……ふたりともすごい綺麗だし……どうしよう。お兄ちゃん、実はロリコンだったりしないかなぁ……」


「アラン様の周りに、こんなに女性がいたなんて……。でもアラン様、わたくし、アラン様の二号でも三号でも構わないので、お側にいとうございますわ……」


「まさかいきなりライバルが増えるなんて……ううん、私は世界一の美少女、マリカ・エスボードよ。相手がだれだろうと負けるはずがないわ……絶対に……!」


 三人はそれぞれ、あさっての方向を見つめつつ、ぶつぶつと独り言を言っている。

 客観的に見てけっこう不気味だ。通行人もじろじろこっちを見てくる。視線が痛い。

 と、とにかくこの状況をなんとかしたい。空気が悪すぎる。


「な、なあ、みんな。せっかく知り合ったんだから、仲良くやろうぜ。な?」


「「「仲良く……?」」」


 三人娘は、まさに仲良くハモってくる。


「そう、仲良くだよ。その、例えば四人で遊ぶとか」


「あたし、お兄ちゃんとふたりきりで遊びたいなあ。ねえねえ、お姉ちゃんたち。ちょっと死の魔法で息絶えてみない? 心配しなくていいよ、ちゃんとあとで生き返らせてあげるから」


「さわやかな笑顔でとんでもないことを言いますのね、フィルさん。わたくしこそアラン様とふたりきりになりたいですわ。それが叶わぬというのなら……お二方の故郷に、食料も物資も届かないよう、経済封鎖をするまでですわ」


「フィルちゃんも、サーシャさんも、そういうことを言っちゃダメよ。バチが当たるわ。そう、例えば――ヒットポイ村やガレオスの街の近くにいる騎士団が、なにかの拍子で人々を守らなくなるかもしれないわよ? ふふふっ……」


「やめろよ、物騒な話は!!」


 三人の女の子が、にこにこ笑いながら、しかし暗黒のオーラを放ちまくりつつお互いを牽制しあっている。俺は半泣きになってツッコんだものだ。


「な、とにかく四人で遊ぼう。そうだ、マリカはともかく、フィルとサーシャはせっかく首都まで来たんだし、なにかやりたいこともあるだろ? ……フィルはどうだ。首都で行きたいところとかないのか?」


「そう言われても……王様へのあいさつと、僧侶の勉強と、あとはお兄ちゃんと再会することしか考えてなかったから、行きたいところって言われても思いつかないよ」


「そう言わずに。なんかあるだろ」


「……あ、そういえば今日、王宮にいく途中に変わった建物を発見したんだよね」


「へえ、どんな建物だ?」


「なんかランプがたくさんついてて、すごく派手な建物だったんだけど。あたし、そこならちょっといってみたいかな」


「ランプがついてる? どこだろう?」


「あ、あった。あれだよ、お兄ちゃん! すっごい偶然。こんなところにあるなんて!」


 フィルが、その建物を指さす。

 なんだ、この近くにあったのか。どれどれ――



『癒し処 人妻専科 銀貨十枚ポッキリ! 若妻が貴方との出会いを待ってます★』



「十年はええよ!」


 俺はフィルの両目をふさぐと、その建物に背を向けた。


「な、なにするのお兄ちゃん。あたし、行きたいから行きたいって言っただけで――あそこ、子供がいったらダメな場所なの?」


「ダメな場所ですわよ、フィルさん。そもそも女の子がいくところではありません。あそこは大人の男性がこっそりと向かう場所でして――」


「サーシャも解説しなくていいから! この子は田舎の純朴な少女なんだから、あまり変なことを教えないで――」


「派手な外観だと子供が興味を持つわけね。規制するように王様に進言しようかしら」


「お前もお前で、変なタイミングで騎士の仕事をしようとするなよ!」


 叫びまくる俺であった。


「とにかくフィル、あそこはダメだ」


「ちえ。じゃあ、あたしの意見は却下として……。これから、どこにいくの?」


「そうだな……よし、サーシャの意見を採用しよう。どこか行きたいところはないか?」


「急に言われましても……。わたくし、アラン様とならどこにいっても楽し――」


 言いながら、ぴたり。サーシャの動きが止まった。

 なにか、建物を見ているらしい。

 俺はそちらへ目を向けた。



『宿屋 べろちゅう  ご休憩 銅貨三枚  ご宿泊 銅貨八枚』



「ちょっと待ってくれ。なにをまじまじと見つめて――」


「アラン様、わたくし、いつでも覚悟はできております。……ふふっ、男の子だったらサラン、女の子だったらアイシャと名付けたいですわね(はぁと)」


「子供の名前にまで話が飛んでる!?」


「わー、すごーい、お城みたい! お兄ちゃん、あたしもここに入ってみたーい!」


「だから十年早いってばよ! フィルだけじゃなくて俺とサーシャもよ!」


「アラン君……みんなで入るなんて……あなたまさか、そんなアブノーマルな嗜好が」


「だから違うって。おい、そんなけだものを見るような目はやめろ」


「わ、私も巻き込まれてしまうのかしら。このマリカ・エスボードがジゴロのものになってしまうなんて……ああ、どうして私はこんな獣のような男に恋を――」


「だから違うって!」


「ち、違う? ま、まさかもっと過激なことをしようとしているの? この変態!」


「頼むから聞いてくれ、人の話を!」


 どんどんツッコミが激しくなる。

 俺はマリカに、食らいつくようにして近づいたのだ。


 だがそのときである。

 俺は不意に、つまずいてしまった。


「おっと」


 すぐそばにあった、木の壁に手を突く。

 ――それがいけなかった。


 塀の上には、だれが置いたのだろう。古ぼけた花ビンが置かれてあった。

 そしてそのビンは、俺が手を突いた衝撃のせいか、塀の上でバランスを崩し――

 ばっしゃーん!


「「「「あ」」」」


 俺たち四人。異口同音に声を出す。

 瓶の中には、花は入っていなかったものの、水が入っていたのである。

 その水が、たまたまその場を通りがかった人に、かかってしまったのだ。


「…………」


 花瓶の真下にいたのは、見知らぬ女の子。

 瞳の大きなツインテールの少女であった。


 フィルよりもさらに年下だ。たぶん、十二歳くらいだろう。薄手の真っ白なワンピースを着ている。ぼんやりとした表情のその子は、宙を見つめたまま、微動だにしない。


 少女は悲鳴ひとつあげないまま、水をかぶったおのれの肉体をじっと眺めている。


「ご、ごめん! 大丈夫か!?」


 俺は慌てて女の子に駆け寄った。


「花瓶、ぶつかったよな? 怪我はないか?」

「怪我してるなら、あたしが回復魔法をかけてあげるけど」


 フィルが、優しげな声を発する。

 だが、少女は小さくかぶりを振った。


「怪我はしていない。そもそも花瓶は当たっていない。水がかかっただけ」


 抑揚のない声音で、告げてくる。


「そうか、よかった。いや、よくはないけど、とりあえず怪我がないのだけはよかった」


 俺は少女の足下に転がっている花瓶を見る。こちらも壊れていないようだ。とりあえず、その花瓶をそっと手に取って――塀の上に置いたら、また落ちて危ないので、道の隅にそっと安置した。花瓶はこれでよし。


 だが、女の子がよくない。

 ワンピースが、水で濡れきってしまっている。


 ……この子、なぜか下着もつけていない。その上、濡れきったワンピースが、ぴったりと肢体に貼りついていて、少女のボディラインを浮きだたせてしまっているから、非常にヤバい。

 子供とはいえ、女の子にこういうかっこうをさせるのはちょっと、よろしくないな。


「あなた、家はこの近くなの? 送っていくわ」


「ああ、服を濡らしたことを謝らないとな」


 マリカのセリフに、大きく首肯する俺。

 だが、少女は大きな瞳をじっとこちらに向けたまま、


「家は、ない」


 と、淡々とした声で告げてきた。


「ミドラは旅人。パパと一緒に、この街に来た」


「ミドラ。それが君の名前か。……えっと、それじゃ、ミドラ。お父さんはどこかな。この近くにいるのかな?」


 きょろきょろとあたりを見回す。

 繁華街の中だ。忙しく人が行き交っているが、それらしい人はいないようだ。


「……はぐれた」


「え」


「気が付いたら、パパは、ミドラの隣にいなかった」


「迷子、ということですの?」


「そのようね」


 サーシャの言葉に、マリカがうなずく。

 なんてこった。偶然にも迷子と出くわしてしまった。


「お兄ちゃん、どうする?」


「どうって、とりあえずミドラを俺たちで保護して……それからこの子のお父さんを探すしかないだろう」


「さすがアラン様、お優しいですわね。たぶんミドラさんのお父様も、この子がいなくなったことには気付いているでしょうし、探していると思いますわ」


「そういうことなら、こっちから、その子のお父さんを探しましょうか」


「でも見つかるかな? この街は広いぞ」


「……そうね。ある程度、的を絞って捜索したほうがいいわ」


 マリカはそう言うと、振り返って、ミドラに尋ねた。


「ねえ、ミドラちゃん。パパはこの旅で、首都のどこに行きたいとか、これをやってみたいとか、そういうことをなにか言ってたかしら?」


 なるほど、ミドラパパの向かいそうな先を調べるわけか。

 そうだな、なんのヒントもなく、探し回るよりはマシだろう。

 ミドラは、わずかに目を伏せてから考える仕草を見せてから、


「そういえば、パパが行きたいと言っていた場所がある」

「え? どこ?」


 目を見開いたマリカに、ミドラはさらりと答えた。


空唱室カラオケボックス


 なんでやねん。

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